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4どこから間違ったのか<ハロルド>

※8/28、王太子関連の設定を変更し、改稿しました。

「図体ばかり大きくなって……やれ頭がよいだの、顔がよいだの、剣の腕が立つだの……褒めたたえられたところで、実際は女性ひとりまともに幸せにすることさえ出来ない、ただの甲斐性なしではないの!」

 ハンカチーフを握り締め、母が熱く言い放つ。

「私は……絶対に!絶対に!認めませんからね!」

 いくら母が認めないと言ったところで、すでに婚約は解消されていた。

「いったい、何の権利があって、私の幸せを奪うのです!」

 ハロルドが冷めた目で見返していると、母は怒りで顔を真っ赤にさせ、掌でテーブルを叩いた。


――本当に……その通りだ。

 ハロルドも心の中で、母の言葉に同意する。


「今からでも遅くありません!迎えに行きなさい!」

 涙目で命じられたが、その命令には決して応えることは出来なかった。

「それは無理です」

 ハロルドは薄く笑い言うと、母は息子に向かって、馬鹿馬鹿馬鹿、と連呼し、大粒の涙を零し、号泣をし始める。

 淑女らしからぬ癇癪を起し始めた母の扱いに困っていると、声が聞こえたのだろう。メイドが駆けつけてきた。

 泣き喚く母をメイドに任せ、ハロルドはその場を後にした。


 応接間から廊下へと出ると、ハロルドの五歳年上の兄が立っていた。

「母上も……怒ってみても仕方のないことだとは、わかってはいるのだ」

「……ええ」


 セレイアは、母の若くして亡くなった親友の、たったひとりの娘だ。

 そして婚約をしてからずっと、母はセレイアが自身の娘になる日を心待ちにしていた。


 ランドール家は代々、騎士を輩出することで有名な名家であった。

 爵位を継ぎ騎士団から退団したが、父は近衛騎士団の団長を務めていたし、祖父は爵位を父に譲ってからは、騎士学校で今も若き騎士たちに剣技を教えている。

 兄は騎士学校在学中に事故で足を痛めてしまい、騎士団へは入らなかったものの、足が不自由になる前は優秀な騎士見習いだったと聞いていた。


 武芸に秀でているからなのか、血筋なのか。

 ランドール家の男たちは、みな硬派というか、口数が少なく、面白みのない性格をしていた。

 祖父と父と兄とハロルドが揃っても、会話らしい会話はない。事務的なことを端的に話して、あとは沈黙である。


 母はランドール家の男たちのことを、陰気だ、つまらない、といつも言っていて、セレイアがランドール家に来たら、屋敷も華やかに、明るくなるに違いないと楽しみにしていた。

 セレイアが娘になったら、一緒にお菓子作りをしたり、男どもを放置してふたりで旅行に行ったり、ふたりで買い物したり、と。いろいろ想像し、長い年月をかけ、その日のための準備もしていた。

 母の長年の夢が潰えたのだ。

 どうしようもないことだとわかっていても、その元凶であるハロルドを責めたくなるのも、仕方がないと思っている。


「……今日、発つらしい」

「……そうですか」

 ハロルドは心配気に見つめてくる兄から視線を逸らし、窓に目をやる。

 ガラス越しに、春のうららかな、雲のない空が見えた。


  ◇

 どこを間違えたのか。

 どのような選択をすれば、このような結果にならずにすんだのか。

 ハロルドはセレイアとの婚約解消を受け入れてから、ずっと考えているが、正解は見つからない。


 本来なら騎士学校を卒業次第、セレイアと結婚する予定であった。

 それが延長されたのは、学友であり、ハロルドの主でもある王太子エトムントが、後宮に入り浸る父王に、諌言をした。それにより父王の怒りをかい、紛争地への出征を命じられ、ハロルドも追従することになったのが理由だ。


 宰相を始めとする臣下達は、エトムントを危険な地にやることを止めたというが、王太子だからといって特別扱いはしない、王太子が行くことにより士気が上がる、紛争を収めれば民の支持も得られる、ともっともらしいことを言われ、反論できなかったという。


 北側の国境で起きたバーム族との紛争を収めるのには、半年の月日がかかった。ロラント側の勝利で終わりはしたが、ハロルドは何人もの仲間を失った。



 王都に戻ったハロルドは、紛争地での働きを評価され、国王から勲章を受けた。

 そして、その叙勲の儀の時、コルネリア王女に見初められてしまった――。


 紛争地から戻ったら、今度こそセレイアと結婚するはずだった。

 しかし……コルネリアに邪魔されて、今に至る。

 お姫様の気まぐれなのだから、相手をしなければすぐに飽きるだろうと思っていたが、頑なな態度が矜持を傷つけでもしたのか、コルネリアのハロルドへの執着は日に日に強くなっていった。

 あまりにしつこくされ、鬱陶しくなったハロルドは、婚約者がいるから想いを寄せられても応えることは出来ない――。そうはっきりと口にした。

 社交界でおかしな噂を立てられるようになったのは、それから少し経ってからのことだった。


 

 エトムントと騎士学校で会い、彼ならばロラント王国をさらなる発展に導くだろうと思った。

 彼の身を守ることが民として、騎士としての当然の務めだと思い、紛争地へも同行した。……それが間違っていたのだろうか。

 紛争地へ行かなかったら、叙勲の儀で王女に見初められることはなかった。


(それとも王女の矜持を刺激しないよう、適当に相手をすればよかったのか。……そんな器用なこと出来る気はしないが……)


 もっと上手く立ち回っていたら、何かが変わっていたのだろうか。

 それとも何をしても、変わりはしなかったのか。


 後悔だらけであったが、婚約解消をしたことに関しては、後悔はしていなかった。

 これ以上、コルネリアを無視し続ければ、自尊心を傷つけられたと、セレイアの身に危険がおよんでいたのかもしれない。

 セレイアを王都から追いやり、辺境伯との結婚を押し付けたことからも、コルネリアの異常な嫉妬心が感じられた。



 エトムントは何度も異母妹を窘め、彼女を溺愛する王を説得しようとしてくれたのだが、結局、反感を持たれただけで終わった。

 ハロルドは彼から、すまない、と何度も謝られた。

 王と王が寵愛する側室の間には七歳になるアランという王子がいた。最近では冗談交じりではあるが、王太子を廃嫡し、アランを王太子にしたいと口にしているらしい。

 この時期にこれ以上、父王との関係に軋轢を生むのは、彼も避けたかったのだろう。


 良縁だと祝福する者も多くいたし、上手く取り入ったと嫉妬する者もいた。

 相手は王女だ。かたやハロルドは、王太子に気に入られているとはいえ、伯爵家の次男でしかない。それにコルネリアは、誰をも魅了するような美姫だった。

 彼らから見れば、ハロルドは大層幸運な男に見えたことだろう。


 

 ハロルドは貴族の子息だ。

 結婚は家と家とを繋ぐためのものであり、自身の想いなど二の次である。

 セレイアとの婚約も、母親同士が親友であった以上に、家柄が釣りあっていたからこそ結ばれた縁だった。

 セレイアでなくとも……別の誰かだったとしても、ハロルドは婚約をしていただろう。

 事情が変わり、相手が代わった、それだけの話である。

――しかし。


 王命に逆らい彼女の手を取る。甘美な夢想をしてしまう。

 ハロルドはセレイアが、父や義母はともかく、半分血の繋がった弟のことを、猫かわいがりしていたのを、知っていた。

 なので夢想はしても、多くの人を不幸にしてしまう選択を。何より、彼女自身を不幸にしてしまう方法など、決して選ぶことなど出来はしないのだが。


 出会った時から、いずれは自分の妻になる女性だと。幼い頃からそう思い、過ごしてきた。

 彼女以外の女性と結婚することなど考えたこともなかった。

 傍にいることが当たり前だった。

 ハロルドが妻にしたかったのは、誰をも魅了するような美しい王女様ではなく、幼い頃から傍にいて、たくさんの想い出を共有してきた、セレイアだけだ――。



 婚約の解消とともに、彼女に渡していた勲章が、母宛に届けられた。

 誉れであったはずの勲章の数々は、ハロルドを空しくさせただけであった。

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