39どこが好きだと問われたら2
「……たぶん、か。……私は男として女性を幸せにする能力が欠落しているのだろうな……」
確かにディルクが改めなければならない部分は、たくさんあるだろう。
いくら互いに了承しているとはいえ、身分差で妻には出来ない女性を、自身の欲求のため傍に置くのは感心しない。そのうえ、彼がミアを愛人に選んだのは、容姿が本命の女性に似ているから、という酷い理由だ。
悪い噂を耳にしていたとしても、事実を確かめもせずに、いずれ妻になる女性を冷遇したのも愚かとしかいいようがない。
そして何より――彼には多くの女性が受け入れ難いであろう変態的な嗜好があった。
「誠実な態度をとるのが大前提ですけど……きっと、ディルク様の嗜好を理解してくださる方……もしかしたら同じ嗜好を持つ方もいるかもしれませんし」
確か、コルネリア王女も同じ嗜好だったはずだ。滅多にいないとは思うが、そういう趣味の女性も存在するのだろう。
「ディルク様が嗜好を変えられたらよいのですけど……そういうのは生まれついたものなのでしょうか?」
野菜嫌いなどの味覚ならば、大人になれば変わることもあるし、味付けを変えたら好きになる場合もある。
しかし被虐趣味、という変態的な嗜好はどうなのだろう。
「嗜好……?」
「そう簡単に変えられるものではありませんよね……」
セレイアは呟くように言って、はたりと気づく。
ディルクは痛めつけられることで、幸せを感じているのだから、そもそも嗜好を変えたいなど、思ってはいないだろう。
「いっそのこと、みなに教えてしまえば……いえ、そういう嗜好が知れ渡るのは、辺境伯という立場上、問題がありそうですね……」
同じ嗜好の貴族女性を募集してみたらと思うが、多くの人からは白い目で見られるに違いない。
「私の知り合いに、そのような嗜好の方がいたら紹介するんですけど」
セレイアの近くには、彼と同じ嗜好の持ち主はいない。……隠していたらわからないけれど。
「いったいあなたは何を言っているのだ」
思案するセレイアに、ディルクが眉を顰める。
「ディルク様の嗜好の話です」
「私のしこう……?」
「ディルク様、痛めつけられるのが好きなのでしょう?」
「…………痛めつけられる?……あなたは何を言っているのだ?」
わけがわからないという風な顔つきで問われ、セレイアは驚く。
もしかしたら、ひどい勘違いをしていたのかもしれない。
「こか……以前、私が蹴り上げてから、様子がおかしくなったので、てっきり……。殴ってくれたまえ、とか仕置きしてくれ、と仰るし、アンネが殴られて喜ぶ変態的な趣味の方もいるって言っていたから、ディルク様も痛めつけられて喜ぶ方なのだと……ごめんなさい。勘違いでしたか?」
「…………あなたはずっと……そういう目で私を見ていたのか」
「私に殴って欲しいから、大事に扱ってくださるようになったのだと……違ったのですね」
「待ってくれ……あなたは……私があなたを外出に誘ったり、部屋を用意したり、食事を一緒にしたり……あなたに積極的に近づこうとしていたのを、好意だと……愛されているからだとは、思っていなかったのか」
「愛?でも、ディルク様は私のこと地味で冴えないと言っておられましたし。コルネリア様やミア様のような方が、好みなのでしょう?婚約者として、友人のように尊重してくださっているだけだと……そんな自意識過剰なことは、思っていません」
ディルクは今までも多くの女性と交際してきたであろう色男だ。そういう目の肥えている男性が、自分に恋愛的な意味合いで惹かれるなど、考えにくい。なので嗜好を刺激された上での友情だと思っていた。
「コルネリア王女のような方が好みなのはハロルド・ランドールも同じだろう」
唸るような低い声で言われ、セレイアは首を振った。
「ハロルドは王女様のような美少女ではなく、普通の顔が好みなんです」
「普通の顔……」
「普通の顔で、取り柄が……少ししかないところが、好きなんだそうです。変わっていますよね」
ちょっとだけ見栄を張り、セレイアは微笑んだ。
「……あなたもハロルド・ランドールのことが好きなんだな」
「はい」
セレイアが即答すると、ディルクは俯き、長い溜め息を吐いた。
ディルクの沈んだ姿に、もしかしたら彼は自分に対し恋愛的な好意を抱いていたのではなかろうか、とセレイアは思った。
「あの、ディルク様……その勘違いをしていたなら、すみません」
彼の想いを知ったところで、セレイアにはどうしようもない。
心苦しくなりセレイアが謝罪を口にすると、ディルクは勢いよく顔をあげた。
「誤解ではない。私は、殴られることが好きな男なのだ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。あなたのことは友人だと思っている。だからあなたが謝る必要などない」
「よかった……いえ、よかった、ではないですね。ディルク様。あなたの嗜好を理解してくれる女性が現れるといいですね」
「そ、そうだな」
「きっとどこかにいるはずです。ディルク様を殴ることに喜びを感じる女性が」
「…………そうだな。そうだとよいな」
ディルクは苦く笑った。




