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3嫌いになれたら楽なのにね

 持ったままでいるのは心苦しかったため、九つあった勲章の入った木箱は、使用人に頼み、ランドール伯爵家へ届けてもらった。

 いずれはハロルドの妻となるコルネリア王女が管理することになるのだろうが、とりあえずは彼の母が持っていてくれるだろう。


 大きな木箱に入っているものはどうするべきか。

 セレイアは箱を前に思い悩む。

 中に入っているのは大量の手紙だ。

 年代ごとに束にしてまとめてある。

 

 ハロルドは口数もそう多くないし、気の利いたことは喋らない。

 けれど割りと筆まめで、騎士学校の寄宿舎に入っている時も、騎士団に入団し、出征していた時も、かかさず手紙を送ってきた。

 内容といってよいほどの内容などなく、……愛の言葉なども、もちろんなくて……天気の話とか読んだ本の話とか、体の鍛え方とか、セレイア的にはすごくどうでもよいことが、大半だった。

 

 勲章とは違い、手紙はハロルドがセレイアのために、書いたものだ。返品するのも失礼だし、セレイアの所有物であるべきだろう。

 しかし辺境領へ嫁ぐというのに、元婚約者からの手紙を持って行くわけにもいかない。

 燃やすなり、埋めるなり、何なりして……処分するのが正しい。


「……姉様?」

 険しい顔をして木箱の中身と睨めっこしていると、背後から声がした。

 扉が少し開き、そこから栗色の瞳が覗いていた。

 愛らしい少年の姿に、セレイアの顔は綻ぶ。

「クリス」

「何度もノックしたのだけれど……返事がなかったから」

「ぼんやりしてて気づかなかったわ。ごめんなさい」

 軽やかに言って、手招くと、クリスが安堵したような表情で、部屋に入ってくる。


 今年八歳になるクリスは、セレイアの弟だ。

 義母によく似た顔立ちで、半分だけ血の繋がった弟を、セレイアは可愛がっていた。


「姉様が結婚されるって……家を出て、遠くへ行ってしまうと、母様から聞きました。本当ですか?」

「……ええ……しばらくは帰っては来られないだろうけれど……手紙を書くわ」


 セレイアの言葉に、クリスは木箱の中をじっと見た。


「……ハロルド兄様は、どうするのですか?」

「たぶん、王女様と結婚すると思うわ」

「……そんなの、おかしいです」


 騎士団に入団してからは、ハロルドは忙しく、ひと月顔を見ない時もあった。

 けれど騎士学校に通っていた時は、休日のたびに、セレイアに会いに来ていて、クリスも彼にとても懐いていた。

 子ども相手にも無愛想で、ぱっと見は興味なさ風だったけれど、ハロルドはクリスのお喋りを飽くことなく聞いていた。

 せがまれると、乗馬や剣技を教えたりもしていて……彼なりに、クリスのことを可愛がっていた。


 セレイアは何と返すべきか言葉が見つからず、弟の柔らかな栗色の髪を撫でる。

「ぼく、ハロルド兄様のこと、嫌いになりました」

「嫌いになったの?」

「はい。次に会っても、絶対、口をききません……姉様、どうして笑うのですか?」

 クリスに話しかけ、無視されているハロルドを想像し、思わず笑ってしまっていた。

「だって……可哀想よ」

「……姉様は、ハロルド兄様のこと、嫌いではないのですか?」


 嫌いになれたなら、清清しい気持ちで新しい婚約者の元へ旅立つことが出来るのだろう。人の気持ちというのは、ままならない。


「ハロルドより、クリスの方が大好きよ」

 セレイアの言葉に、クリスは嬉しがりはせず、不満げに唇を尖らせた。

「姉様……そういうのは、ごまかし、って言います」

「本当のことなのに……そうだ、クリス。お願いがあるの」

「お願い?」


 セレイアは大きな木箱をクリスに差し出す。


「これを預かっていて欲しいの。あなたの部屋に置いていて。邪魔になるでしょうけれど」

「ハロルド兄様からのお手紙をですか?」

「落ち着いたら、必ず、取りに来るから。だから、それまでの間、お願いできる?」


 いつか――。

 一年先か、それとも十年先かわからないけれど。

 辺境伯と結婚し、子どもを産んだりして。いつかは、ハロルドのことも完全に過去のこととなるだろう。

 今はまだ胸が痛いけれど、その時には、捨てることが出来るはずだ。

 もしかしたらクリスが姉との約束を忘れてしまい、捨ててしまうかもしれないけれど。それはそれで構わない気もした。


「……わかりました」

 クリスが神妙な顔をして頷く。

 そして、はっとしたように木箱のすみ。手紙の束に隠れるように置いてあったモノを指差す。

「姉様、それは怖いので、預かれません!」


 大蛇……といっても掌ほどの大きさしかないのだが、木製の置き物である。

 ぐるぐると、とぐろを巻いていて、口からは細い舌が、つるるんと出ている。

 腕のある職人が作ったのだろう。

 緻密な細工の置き物は、まるで本物のようで、気味が悪い。


 セレイアはそれを木箱から取り出し、掌に乗せる。

 懐かしい想い出に、目を細めていると、

「あっち、あっちやってください、姉様!」

 と、クリスが涙目で叫んだ。


 クリスが嫌がるならば、預けるわけにはいかない。


(確か、東方の古い民族の間では、蛇は、悪いものから身を守ってくれるって……前にそう、教えてもらったわ)

 元婚約者から貰ったものだったが……手紙や貴金属ならともかく、ただの気味の悪い置物だし、お守り代わりに持って行ってもよいだろう。



 

 それから、十日後。

 セレイアは伯爵家のみなに見送られ、生まれ育った王都を離れ、辺境領へと向かった。

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― 新着の感想 ―
本音と建前、しがらみに塗れた大人の中で、クリスの純粋さが可愛いw 今のところ唯一の癒し人ですね。。。
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