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27嵐<ハロルド>

 国境の砦は、近隣から集まり結成された辺境騎士団が守っていた。

 砦は何度か襲撃を受けていたが、落ちてはいない。怪我人はいたが、死人は出ていなかった。領民にも、今のところ被害はない。

 

 コルネリアとの婚約を見栄えよくするためか、討伐騎士団として華やかに送り出されたが、実際は討伐というより、バーム族の意図を探ること。そして王家が動いていることを、バーム族だけでなく民や近隣諸国に見せるための、体裁の意味合いの方が大きかった。

 もちろん状況によっては血を流すことになるだろうが、主体となって動くのは辺境騎士団だ。

 そのためハロルドの率いる騎士団は百人弱。大掛かりな騎士団ではなかった。


 

 王都を出発し、三日。

 北の辺境領に到着し、砦に物資を届けたハロルドは、この地を治める辺境伯に会いに行く。

 彼は先代の国王の側近でもあった大騎士で、その功績から、爵位を得て、領地を任された。


「元気そう……ではないな。痩せたのではないか?」

 レストン辺境伯は祖父の友人でもある。そのため、顔を合わせた機会は少なかったが、以前から気に掛けてもらっていた。

 六十歳を超えているというのに、白髪と顔に刻まれた皺以外は年齢を感じさせない。引き締まった体つきをしていた。

「コルネリア王女殿下の婚約者になったと耳にしたが……あまり幸せそうではないな」

 幸せになるどころか、コルネリアの名前を耳にしただけで、気分が悪くなる。

「……閣下。状況をお教えください」

 ハロルドは現実から逃避するように、レストンに砦が襲撃された時のこと、なぜ和平案を結んだバーム族が今になって行動を起しているのか、その理由に心当たりがあるのか、訊ねた。

 レストンは渋い顔をして、最近起こったことと、彼の見解をハロルドに語った。


 バーム族はロラント王国の北。広大な土地を治める部族たちの総称であった。

 気候に恵まれず、目立った地下資源もないため、国として繁栄はしなかったが、他国からの侵略もないことで、独自の文化を形成していった。


 人が集まり村を作り、いくつかの村が掟のもとに結束し、部族となる。

 昔はいくつもの部族が互いに牽制をし合っていたというが、今は三つの部族がそれぞれの地を治めている。


 四年前に起こったロラント王国との紛争の切っ掛けも、そもそもは部族同士の駆け引きが発端だった。

 そして今回もまた、部族同士の争い――ロラントからの和平案を呑んだことに不満を抱く部族が仕掛けている、とレストンは言った。

 バーム族産の織物は大陸中で人気があり、高価な取引をされていた。四年前結ばれた和平案の中に、バーム族が代々引き継いできた『織物技術』の提供があり、それを許せない者達がいるという。

 厄介なのは、ロラント王国と同盟を結んでいるはずの隣国が、その部族に武器を提供しているらしいということだ。

 国として表だっては動いてはいないので、一部の民が商売しているだけだと言われてしまえば、ロラント王国としても書面で抗議するぐらいしか出来ない。


「陛下にはしっかりしてもらわねばならんのだが……。まだ腑抜けのままか」

 内政は宰相を始めとする臣下で補うことは出来るが、外交は容易ではない。愚王の噂が広がれば、他国に侮られもするだろう。

 ハロルドは返答をしなかったが、レストンはその態度で察したのだろう。

「……王太子殿下と話がしたい。お前から、伝えてくれぬか?」

 エトムントの代わりに泥を被ろうとでもいうのか。彼の真意はわからなかったが、ハロルドは頷く。


 王のことも、隣国のことも。早急に動く問題ではない。

 ひとまずその件については置いておき、バーム族に対し今後どう動くのが得策か話し合った。



 ◇

 ふた月をかけ、レストンはバーム族と交渉をした。

 どれほど不満があろうとも、ロラント側が四年前の和平条約を破棄することはなく、それを理由に戦を仕掛けられれば、応じるだけだ。

 バーム族の多くの者たちも、敗戦したばかりなのに、再びロラントと戦いたくないと思う者がほとんどで、再び地を血で染めるなら――未来のために、同族の血を流すほうを選んだ。

 ロラント側に戦になった時の援助も要請されたが、隣国との代理戦争のようになっても困る。

 ここから先は辺境伯の立場で決められる問題ではなかった。

 ハロルドは騎士団を辺境領へ残し、十五人の騎士を連れ、交渉の結果を王都に持ち帰ることになった。


 どこからか情報が漏れていたのか。

 午後過ぎ。辺境領地の山道で、ハロルド達は武器を手にした集団に襲われた。

 体が大きく、赤毛で、毛深い。バーム族の特徴を持つ者達だ。

 相手は数で上回っていたうえに、奇襲を受けたかたちとなり、応戦したものの四人の命が失われた。


「……お前のせいじゃない。そんな顔をするな」

 もっと慎重に動くべきだった。

 十五人の騎士の一行は目立つ。結果を伝えるだけなのだから、ハロルド一人だけでも良かった。連れてきたのは失敗だった。あるいは、多ければ被害は少なかったのか。

 この道を選んだから、待ちぶせをされたのか。

 部下の亡骸を前に、悲嘆にくれ、後悔をする。しかし、いくら後悔をしたところで、起きた現実をなかったことにはできない。

 ニコラスの慰めの言葉も、空しく響いた。

 しかし、沈んでばかりいるわけにもいかなかった。

 生き残った者は自分を含めて十一人。怪我人は五名。そのうち重傷者が二名いる。すぐさま辺境領へ帰り、手当てせねばならない。

 応急処置をした後、ハロルドはそれぞれに指示をし、一行は怪我人を庇いながら来た道を戻ることになった。



 何とか日が暮れる前に戻れれば――。ハロルド達をあざ笑うかのように、雨がぽつぽつと降りはじめた。

 雨脚は次第に強くなっていく。

 土がぬかるみ、歩くのも危険だ。本来なら雨が弱まるまで木陰で休んでいた方が良いのだろうが、怪我人がいる。血の臭いに誘われた獣にでも襲われたら、被害は拡大するだろう。

 

「うわああ」

「おい、気をつけろ」

 どうすべきか迷いながらも、足を進めていると、激しい雨音の中、背後で叫び声がする。

 怪我人を支えながら、後ろを見ると、薄茶色の髪をした小柄な男が盛大に転んでいた。


 騎士学校を卒業したばかりの年若い騎士だった。

 志願したので連れて来たが、せめて辺境領へ残しておくべきだった、と後悔する。先ほどの襲撃の時も、命を落とさなかったのが奇跡なくらい、酷い立ち回りだった。

 命の重さは同じとはいえ、自身よりも若い者の命が散るのは見たくはない。

 

 年若い騎士は足を痛めでもしたのか、転んだままだった。距離が開き、一人取り残されている。

 ハロルドはニコラスと二人がかりで支えていた男を、いったん彼に任せ、後方へと向かった。

「大丈夫か」

「え?ああ、はい……足を枝で切っちゃったみたいで……歩けるのは歩けると思うんで、大丈夫です」

 近づき声を掛けると、年若い騎士は尻餅をついたまま、ハロルドを見上げた。

 雨に濡れた顔を仰のかせ、ハロルドを安心させようとでもしているのか、緩く笑んだ。


 ――騎士は、焦げ茶色の目をしていた。


 顔立ちは似ていないが、笑い方が似ていた。

 髪も目の色も一緒だった。

 胸が切なく疼いた、その時だった。

 地鳴りのような音がして、焦げ付いたような臭いがした。

 ハロルドは上を見、咄嗟に、年若い騎士に駆け寄った。


「ハロルド!」

 雨と、そして地面が崩れる音がする。

 ニコラスの叫び声が聞こえた。

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