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23今更気づく、

 探しても姿が見えないので、ヘルトル家の使用人に居場所を訊ねる。

 離れの片づけをしていると教えてもらい、セレイアは足早にそちらへと向かった。


 アンネは床の拭き掃除をしていた。

 けたたましい音とともにドアを開き、現れたセレイアに、驚いた顔をして立ちあがった。

「……セレイア様?どうしたんです?」

「アンネ……あなた、私の蛇の置き物……ディルク様に処分してもいいって言ったの?」

 セレイアの問い掛けに、アンネの顔が強張る。

「…………言いました。正確には、辺境伯のなさりたいようにどうぞ、でしたけど……意味合いは同じですから」

「どうして……。私物を勝手に処分させるなんて、なんでそんな」


 アンネは確かに図々しく、考えなしのところもあった。主従の関係であったが、言葉遣いなど、礼儀知らずなところもある。

 けれど、今まで、これほどまでに勝手で、失礼な行為をされたことはなかった。

 怒るよりも、何故、といった気持ちの方が大きい。

 セレイアが訝しむように見つめると、アンネが覚悟を決めたように口を開いた。


「だってあれ、ハロルド様に貰ったものでしょう?あんなのをいつまでも未練たらしく持っているから、セレイア様は幸せになれないんです」

 アンネの右手が、雑巾をぎゅっと握りしめる。

「……幸せって」

「だってそうでしょう?辺境伯が嫌なら別の婚約者を用意してくれるって、せっかくニコラス様が言ってくださったのに、全然乗り気じゃないし、かといって辺境伯との関係を進展させるつもりも、全くないじゃないですか」

「……あなた、ディルク様をさんざんゴミだって。スケコマシだから気をつけろって言ってたじゃない」

「言ってましたよ!言ってましたけど……それでも、セレイア様より王女を選んで、セレイア様を捨てた、ハロルド様よりはマシです。……こんな、こんな辺境の街へ追いやられたのも、あんなゴミと結婚させられそうになってるのも、全部、あの男のせいじゃないですか!」

 アンネの双眸が少しずつ潤み始め、溢れて、頬に伝った。

「冷たい人でしたけど、セレイア様のことは大切にしてるって信じてました。セレイア様もハロルド様に会うとき、あんなに幸せそうだったのに……なのに、王女様と恋仲になるなり、セレイア様を邪魔者扱いなんてっ……」


 アンネはもともとの気質もあるがそれ以上に、セレイアのためを思い、ずっと明るく振舞っていたのかもしれない。

 心の中ではセレイアに同情し、セレイアを捨てた元婚約者への恨みを募らせていたのだろう。

 蛇の置き物が切っ掛けとなったのか、アンネは今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、言葉を重ねた。


「あんな男のために、人生を諦めるんですか。離れに閉じ篭り、誰からも愛されず、愛することもなく、一人で死ぬつもりなんですか?」

「……そういうわけではないわ」

「ハロルド様はコルネリア王女と結婚されるんです。セレイア様もさっさとあんな薄情な男忘れて……ゴミが嫌だっていうんなら別の相手を見つけて、幸せになるべきです!」


 アンネの言うとおりだ、と思った。

 すでに婚約を解消している男だ。未練を抱いたところで、どうしようもないことはわかっている。

 自分では捨てられなかった未練の証のような蛇の置き物。それを捨ててくれたのだから、感謝をしなければいけないのかもしれない。

 けれど――。


「まだ捨てたばかりなのでしょう?探してくるわ」

「セレイア様っ!」

 アンネが呼び止めるのを無視し、セレイアは離れを出た。



 ディルクの元へ行き、あれが必要なものであると言い、処分した方法と場所を聞いた。

 使用人に任せたというので、その使用人を探す。ディルクが探してくれると言ったが、断った。

 セレイアはあれを、彼との想い出を、他の誰にも触れさせたくなかった。

 自分の手で見つけたかった。



  ◇◇◇

 春。王都ではロラント王国の建国祭が、三年に一度、大々的に開催されていた。

 以前は一年に一度、開催されていたらしいが、四代前のロラント王が倹約家で、華やかな行事に税を使うのを嫌った。建国祭自体を失くす案もあったらしいが、商業組合をはじめとする民からの反対もあり、三年に一度というかたちで残された。

 現王は華やかな行事を好むため、建国祭を毎年開催に戻そうとしているとの噂も聞くが、セレイアには本当かどうかはわからない。

 お祭りが毎年になれば嬉しい気もするが、たまにだからありがたいのですよ、とメイドから言われればそうなのかな、とも思った。


 ひと月前。

 セレイアは婚約者から、一緒に建国祭に行こうと誘われた。

 婚約者と一緒に街に行くのは今回が初めてではない。しかし建国祭へは初めての、()()()()での外出だった。

 これまで出掛ける際は、護衛として使用人が必ず同行していたのだが、互いの年齢が十四歳になったこと。建国祭は国を挙げての行事で、問題事を取り締まるため多くの騎士が街の警備にあたっていることもあって、二人だけの外出を許された。

 もちろん、多くの人が集まる祭りなので全く危険がないわけではない。

 セレイアは朝から、決して人気のない裏通りなどには行かないこと、婚約者の指示に従い、傍を離れず、迷子にならぬように、と家令やメイドに、何度も何度も、しつこいくらいに言い聞かされていた。

 同い年なのに、自分よりも婚約者の方が信用されていることは釈然としなかったけれど、家庭教師を呼び屋敷内で学んでいるセレイアと違い、彼は騎士学校に通っていた。彼の方が社会の何たるかを知っていると思われ、しっかりしていると判断されるのは当然のことだった。


 服は動きやすいようにと、膝丈のワンピースが用意された。

 人混みの中にいても目立つように、と色鮮やかな若草色だったのは恥ずかしいし好みじゃなくて嫌だったけれど、腰の部分のリボンの生地には、花柄の刺繍があしらわれていて可愛らしかった。

 髪は後ろでお団子に纏め、ワンピースと同じ生地のリボンをつける。

 頭を振ると、若草色のリボンがひらひらと揺れる。

 姿見に映ったセレイアはいつもより少し、華やかだった。


 初めての二人っきりのお出掛けだ。

 いつもよりちょっとお洒落をして来るかもしれない、と期待していたセレイアは彼の姿を見て、落胆した。

「……ねえ、何で?何で、いつもと同じ格好なの?」

 彼は深緑色の騎士服――いつもと同じ、見飽きた騎士学校の制服姿だった。

「何で、とは?」

「いいわよ。もう」

 何がなんだかわからないとでも言うように、眉を寄せ見返され、セレイアは溜め息を吐く。


 期待して馬鹿みたい、と空しくなったが、深緑と若草だけど同じ緑色。お揃いに見えなくもないので、まあよいか、と思った。

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