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22勝手に処分するなど

「仲良くなられて安心しました。話し合いがすみ次第、出て行くので、それまでご不快かもしれませんけど、もう少しだけお待ちくださいね」

 昼過ぎ、部屋に訪れたミアが穏やかな笑みを浮かべて言った。


 ディルクは毎日必ず、セレイアの前に現れた。時には一緒にお茶をすることもあった。

 湖に行った一週間後には、領地の孤児院に視察へ一緒に行かないか、と誘われた。

 セレイアは一応、彼の婚約者だ。領民の前に婚約者として立つのはちょっと、と渋ると、メイドのふりをすればよい、と返された。それならばと、セレイアは同行した。


 ハズバの孤児院は王都と同じくらい、いやそれ以上に設備が整って見えた。

 広い庭には遊具が揃い、建物もしっかりとした造りで大きい。

 近くの領地と共同の孤児院のため、多くの子どもがいた。

 子どもたちが将来、善き領民として、領地の発展を担えるよう、学ぶことにも力を入れているという。

 護衛と、体を鍛えることを望む子どもたちには指導もしているらしく、騎士団の団員たちが代わる代わる孤児院に滞在していた。

 

 幼い弟の成長を見守ってきたのもあり、セレイアは子どもが好きだ。

 子どもたちの遊戯に混じったりして、正直、湖に行った時よりも楽しく過ごせた。

 帰りの馬車の中でディルクに、また同行させて欲しい、とお願いしたくらいだ。


 けれど、それらの出来事と、ミアの言う『仲良く』は違う。


「いえ、仲良くといっても、友人としてですよ」

「……友人?」

「ええ、友人としてです」

 セレイアの返答に、ミアは僅かに眉を顰めた。

「セレイア様はディルク様の婚約者なのですよ。いずれ彼と結婚することになるのです。友人として親しくなんて」

「ディルク様も私のことは友人だと思われていますし、私もディルク様と結婚することになっても、友人関係でいたいと思っています……出来ればミア様にいて欲しいんですけど……ミア様にも事情がありますよね……」


 ミアがいなくなれば、誰か別の人。変態行為に付き合うことができ、跡継ぎを産んでくれる女性が、彼の傍でセレイアの代わりに妻の役目をしてくれないだろうか。セレイアは身勝手な願いを抱いていた。

 ひとりの女性を愛人という立場に追いやることになるが、ディルクならば愛人でもよいから傍にいたいと願う女性もいる気もした。――変態行為が受け入れられるかはわからないが。

 セレイアは離れでもいいし、領地のどこかで、別居というかたちで暮らすのが理想だった。


「……セレイア様はディルク様のことがお嫌いですか」

「嫌いではないです」

 最初はゴミ……とはいわないが、思い込みの激しい失礼な男だと思った。

 コルネリア王女の身代りとして、ミアを囲った話では、女性として許せない行為だとも思った。

 けれど話をしている中で、出会ったときの言動を反省していること、ディルクがミアの夢を手助けしたいと思っていること、が知れた。

 今はそこまで、ディルク・ヘルトルという男性を、悪人だとは思い毛嫌いはしていない。


「なら……友人ではなく、本当の妻になってあげることはできませんか?」

 コルネリア王女と同じ空色の瞳が、セレイアを真摯に見つめてくる。

 セレイアはそっと視線を逸らした。


「私は……」

 殴られたり叩かれたりするのを悦ぶディルクの欲求を、セレイアでは満たすことはできない。

 だから、妻になるのは難しい。

 ディルクの本当の妻になれない理由を言いかけたセレイアは、胸の奥が鈍く痛み、先の言葉が続けられなくなった。



『私の方がずっと彼に相応しいと思わない?私は伯爵家の次男でしかない彼に、地位や財産、領地だって与えられる。ねえ、あなたは彼に何をあげられるの?』

『……王女様は、彼のことを愛しておられるのですか』

『ええ、あなたよりもずっと。私のほうが彼を愛してる』

 空色の瞳をきらめかせ、彼女は言った。


 考えてみると、セレイアは彼にあげられるものが何もなかった。

 爵位だけじゃない。結婚したとしても、生活は彼に頼りきりだ。セレイアに出来ることといったら、美味しい料理を作り、温かい部屋に彼を迎え入れること。傷ついた時、手を握って傍にいてあげる、それくらいだ。


『……縁がなかったのよ。幼い頃にお母様同士の口約束で、始まった婚約で、いずれは結婚するって思っていたけど、そうはならなかった……私達はそういう運命ではなかった。それだけの話よ』

 自身が前に放った言葉が頭の中に浮かんだ。


 それだけだった。それだけの関係で。

 きっとすぐに忘れられると、そう思っていたのだ。

 なのに、どうして――。

 

 幼い頃から、物心ついた時から傍にいた。

 これほど長い期間、会えないだけではなく、手紙もない。彼の存在を感じられないことは初めてだった。

 だからだろうか。喪失感で胸が痛む。

 この先もずっと、彼に会えないという事実に気づくと、怖くて辛くて仕方なくなってしまう。



「セレイア様」

 ミアに呼ばれ逸らしていた視線を戻すと、彼女は悲しげな顔をしていた。

「そんな顔をなさらないで……ごめんなさい。急かせたつもりはないのです。時間はたくさんあるのだから……ゆっくりと、考えて……答えを出せばよいのです」

 そんな顔とは、どんな顔なのだろう。

 セレイアは不思議に思いながらも、頷いた。



   ◇

 離れから屋敷に移り、ふた月が経過してしまっていた。

 体の方は完全に元通りになっているのだが、退屈させまいと気を使うメイドたちに、セレイアの方が気を使ってしまい、精神的に苦しくなってきた。


 セレイアとは逆で、アンネはこちらで交友関係を広げていた。充実しているのだろうか。このままここで暮らしては?、と言い出しはじめていた。

 裏切り者と思ったが、いくらセレイアが掃除などを受け持っているとはいえ、離れでの暮らしは彼女の負担が大きい。

 ディルクがなぜ、離れに戻るのを引き止めているのかもよくわからないが、こちらに移った方が彼にとって都合がよいなら、一度きちんと相談しようと思っていた。

 今、セレイアが寝起きしている場所は来客用の広い部屋なので、どこか小部屋を借りて。メイドたちにも気を使わないようにお願いして――などと考えていたのだが。


「離れにあったあなたの荷物を運ばせた。ここがあなたの部屋になる。自由に暮らしたまえ」

 話があると言われ連れて行かれた場所は、来客用と同じくらい広い部屋だった。

 天蓋付きの寝台に、壁には化粧台。衣装棚もある。

 切り花が置かれた南向きの出窓からは、陽光が差し込んでいた。

 隣室はアンネの部屋にしてある、とディルクは言う。


「離れだと、この前のように倒れてしまった時に困るであろう。私は昼間は、執務室に篭りっきりだ。あなたは気兼ねなく過ごせばよい」


 セレイアは部屋を見回す。

 衣装棚をのぞくと、セレイアが実家から持って来たドレスが掛けられていた。装飾品の類も、きちんと整理され仕舞われていた。

 愛用の櫛や化粧品は、化粧台にあった。

 以前、初めて街に行った時、アンネが買った香水もある。飴はすでに食べてしまっていたけれど、あの時、買い込んだものは全てこちらに運ばれているようだった。

 しかし――ひとつだけないものがあった。


「あちらにあったもの、全部、ここに運ばれたのですよね」

「そうだ」

「あの……蛇の置き物を知りませんか。木彫りの」

「蛇?……ああ、あれか。処分したが」

「…………は?」

「あなたは知らないのかもしれないが、蛇というのはこちらでは、悪霊を呼び寄せるという言い伝えがあってね。寝台の傍に置いていたのだろう?だから、あなたも病に倒れたのではないか」

 何ら悪びれた風もなく、良い行為をしたとばかりにディルクが言った。

「私物を勝手に処分するなど」

 セレイアは表情をなくし、抑揚のない声で言う。

「一応、あなたのメイドにも聞いたのだがな。私がいらないと思うなら処分すればよいと……セレイア?」


 ディルクの言葉を聞いたセレイアは、アンネを探すため、部屋から飛び出した。

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