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15/44

15挙動不審です

「最近、ゴミをよく見かけるんですけど」

 アンネの言葉に、セレイアは首を傾げた。

「そう?綺麗にしてるつもりだったのだけど……見落としてたのかしら」

 掃除はセレイアの担当だった。慣れないことなので行き届いていないのだろう。

「違います。そのゴミじゃなくて、辺境伯です」

「ああ……そっち。アンネ。ゴミとか言っては駄目よ」

「さっきも、食事取りに出たら、離れの周りをうろついてたんです。一応挨拶したんですけど、だんまりで。だんまりだったかと思えば、口をアワアワさせて。何か言うのかなって思ったから待ってたんですけど、結局、何も言わずに帰って行きました。辺境伯っていう立場じゃなかったら、不審者ですよ、あれ」


 ディルクの股間を蹴り上げてから、十日ほど過ぎていた。

 怒鳴り込んで来るかもしれないと身構えていたが、そんな心配は無用だったらしく、あの行為について咎められることはなかった。

 けれどなぜか、あの日から、ディルクを頻繁に見かけるようになっていた。

――少し前、セレイアもディルクと遭遇し、アンネと同じような感想を持った。


『先日は、申し訳ありませんでした』

 どのような事情があれ、セレイアが暴力をふるったのは事実である。一応、謝罪をするとディルクは、おどおどと視線を彷徨わせた。

『……それはもう、よいのだ……よいのだが……私は……』

 言いたいことがあるのだろう、と待っていたが、口をぱくぱくさせた挙句、もうよい、と言い残し去って行った。


 いったい何が言いたかったのか……謎な行動であった。


「そういや、セレイア様。つい叩いてしまったって、言ってましたよね」

 セレイアは先日あったことを大まかに、アンネへ報告していた。

 ただ、口づけされたことや股間を蹴ったことは、流石に言い出し難く黙っていた。手をあげてしまったとだけ、伝えている。

「ええ」

「それで、目覚めてしまったのでは?」

「めざめる?」

「あれですよ。女の人に叩かれたり殴られたりして、喜ぶ人なんですよ、きっと」

「叩かれて喜ぶの?そんな人いるの?変態じゃない」

「変態なんですよ、きっと」

 アンネが力強い声で断言する。


 股間を蹴ったとき、すごい形相をしていた。喜んでいる風には見えなかったが、実は興奮していたのだろうか。


「あんな変態とは早く離れた方がいいですって。ニコラス様に言われたんでしょう?酷い扱いされているなら、婚約を白紙に出来るって。証言が必要なら私がしますし、辺境伯の使用人の中にも、セレイア様へのなさりように不満を零してる人結構いるし、協力してくれる人もいますよ、きっと」


 アンネを遠ざけようとしたり、先日のような不埒な真似をするというならば……ニコラスに頼んでもよいとは思っていた。

 けれど――。


「アンネは辺境領の騎士と恋をしたいとか、言っていたでしょう?結婚してもメイドを続けたらいいじゃない。忙しくても、ときどき、この離れを覗いてくれたら嬉しいわ」

「……何を仰ってるんです」

 アンネが顔を強張らせる。

「何って……ディルク様との婚約を白紙にしたって、また別の場所へ行って、別の人と婚約するようになるのよ。面倒じゃない。それよりは、ずっとこの離れで、多少は不自由だけれど、穏やかに暮らすのも悪くないなって」

「セレイア様はまだ二十一歳なんですよ!何でそんな人生、諦めたようなこと言うんです?」

「諦めたわけじゃないわよ……。次の人も、ディルク様以上に酷い人かもしれないじゃない」

「あんなゴミ、滅多にいません」

「人を、ゴミ扱いするのは、失礼よ……今のところは、そう困ってもいないのだし、別にいいでしょ。何かもっと酷いことをしだしたら、その時に考えるわ」

「……セレイア様、セレイア様は……」

「私が、なに?」

「…………もう、いいです」

 静かにアンネを見返すと、アンネは声を詰まらせて、長い溜め息を吐いた。



  ◇

「お買い物に行きましょう!」

 アンネが朝起こしに来るなり、弾けるような騒がしい声で言った。

「買い物?」

「そうです。こちらに来てから、ずっと離れに閉じ篭りっぱなしでしょう?街も、馬車の中から見ただけだし」

「でも、外出は禁じられているわ」

 最初のときに、メイド長から言われていた。

「おととい、メイド長に、お願いしたんです。気晴らしに街を見て回りたいって。今日なら、護衛を回せるからいいですよって」

「勝手なことをしては駄目よ、アンネ。みんなに迷惑でしょう」

 そう口にしながらも、こちらに到着した日、窓越しに眺めた風景を思い出す。

 異民族らしき人たちが闊歩する活気のある街並みだった。そこを歩けるのだと思うと、期待で少しわくわくしてしまう。

「朝食後に行けるようにしますって。だから早く用意しましょう」

「ええ!」

 セレイアは寝台から下り、慌てて支度を始めた。



 朝食後、離れに現れた男を見た瞬間、アンネが舌打ちこそしなかったものの、顔を盛大に歪めた。


「あの、出掛けるのは禁止なのでしょうか?」

 むっつり顔のディルクにおずおずと、セレイアは訊ねた。

「いや、そうではない。私が同行した方がよいのであろうが、残念ながら、仕事もある。それに私がいないほうが目立たぬからよいだろう。……羽目を外さぬよう、忠告に来たのだ」

 期待をしていたので、今更駄目だと言われるのは堪える。

 セレイアはほっとし、微笑む。

「もちろんです。ディルク様にご迷惑を掛けるような行為はいたしません。お約束します」

「う、うむ。ならば、よいのだ……」

 ディルクは気まずそうに、セレイアから視線を逸らした。

「護衛の騎士を二人、それから馬車を門の前に用意してある」

「ありがとうございます」

 セレイアが礼を言うと、ディルクは口を開いては閉じるを繰り返し始める。


「あの、まだ何か?」

「……いや、何でもない。気をつけて行きたまえ」

 ディルクはそう言い、離れの屋敷から出て行った。


 相変わらず挙動不審ではあったが、何にせよ、セレイアの外出を大目に見てくれ、それどころか馬車や護衛までつけてくれるのだ。

 ありがたいことである。



 アンネとともに離れを出て、門へと向かう。

 馬車の前に、二人の男性が立っていた。

 辺境領所属の騎士なのだろう。王都では見かけない深緑の騎士服を纏っていた。

 一人は体つきのしっかりした厳つい顔の髭を生やした男性で、もう一人は、ひょろりとした優男であった。

「今日はよろしくお願いします……あなたがテリーさん?」

 二人にゆっくりと視線を這わせたあと、セレイアは優男の方に向かって訊いた。

「さん付けしなくていいですよ。……よくわかりましたね」

「だって、そっくりですもの」

 テリーは、ニコラスと双子といってよいほど、よく似ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかして、これゴミとくっつくの? 生理的にまじで無理なんだけど。
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