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12ふられても、恋をして良かったと

 ヘルトル家の屋敷は天井が高く、廊下や階段は広く、窓も大きかった。

 王都ではほとんどの屋敷が、色合いや模様が華やかな壁紙を貼っている。しかしヘルトル家の壁は、石壁がむき出しで、ごちゃごちゃした装飾の類がないのもあり、荘厳な雰囲気を醸し出していた。


 不躾にならない程度に、ちらちらと辺りを見回していたセレイアは、廊下の壁に掛けられた絵画に気づき、足を止めた。

 上半身が描かれた人物画で、年若い男性と女性が並び、こちらを見ている。女性の方は、癖のある金色の長い髪をしていて……ディルクに似ていた。


 セレイアが足を止めたのに気づいたのだろう。

 前を歩き案内していたメイド長が振り返り、セレイアの視線の先にある絵画に目をやった。


「ディルク様のご両親です」

「……確か先代の辺境伯……ディルク様のお父様は一年前にお亡くなりなったのですよね」

 ここに来る前、父から聞いていたことを思い出す。

「ええ。十年以上病気を患っていたので、辺境伯としての仕事はすでにディルク様に任せておいででした。……ディルク様の母君は十五年前にお亡くなりになったので、この絵は当時のお二人を想い、描かれたものです」

 十五年前というと、ディルクが十二歳のときだ。

 セレイアも十歳の時に母を亡くしている。今まで、いずれ夫婦になるというのに何の興味も抱いていなかったディルクに対し、少しだけ共感を抱いた。


「……ディルク様のお父様は、再婚をされなかったのでしょうか」

 ディルクには兄弟がいない。セレイアは、ふと疑問に思い、訊ねた。

「先代は、奥様に一途なお方で。周囲からは後妻を娶るよう言われたそうですが、突っぱねたそうです」

 セレイアは自身の父を、先代の辺境伯に重ねる。


(けれど……どれだけ一途だったとしても、跡継ぎがいなければ、独り身を通すわけにもいかなかったはず。……私が男だったら、お父さまは再婚をしなかったのだろうか)

 考えてもどうしようもないことを思い、父親は一途だったのに、どうしてディルクはあんな風になったのだろうと、どうでもよいことを疑問に思った。


「この絵は、ディルク様が二十歳のときに描かれたものです」

「……えっ!」

 想像もしていなかったことをメイド長に言われ、セレイアはまじまじと絵画を見る。

 緻密な描写の肖像画で、素人が趣味で描いたものには見えなかった。


「ディルク様の初恋のお相手が画家だったのです。思い込みが激しく、のめり込みやすいお方なので、初恋のお相手に振り向いて欲しくて、懸命に絵画を学ばれたようです。結局、ふられてしまったようですが」

「……でも……結果的にはふられてしまっても、これほど素晴らしい絵を描けるようになったのだから、恋をして良かったですね」

 恋心ひとつで、ここまで上達するのは才能だろう。セレイアは感心した。


「セレイア様」

 ぼんやりと肖像画を眺めていると、メイド長に促された。

 再び彼女の案内のもと歩き始めたのだが、数歩行った先。廊下を曲がったところで、メイド長が立ち止まる。


「……下がれ」

 ディルクが立っていて、低い声でメイド長に命じた。

 メイド長はディルクに一礼をし、セレイアを残し去って行く。


 嫌味でも言われるのかと身構えていたが、ディルクは口を閉ざしたまま、セレイアを見下ろしていた。

「……あの……お客様というのは……私に会いたいと仰られているとか……?」

 居心地が悪くなり、セレイアが口を開くと、ディルクは体の向きを変えた。

「来たまえ」

 セレイアの質問には答えず、大股で歩き始めた彼の後を、セレイアは小走りに着いて行った。


 少しして応接室らしき扉の前で、ディルクが足を止める。

 扉が開かれ、ディルクの背中の向こうに、紺色の騎士服が見えた。

 胸が軋んだように痛んだのは一瞬だ。すぐに、見知った男ではあるが、見慣れた男ではないと気づく。


「お久しぶりです。セレイアさん」

「ニコラス」

 朗らかに微笑む赤毛のひょろりとした優男……ニコラス・ヘイワードは男爵家の子息だった。

 紹介され、何度か夜会で顔を合わせたことがある。

 王太子エトムントを主とする騎士団の団員で、ハロルド・ランドールの学友であり、部下でもあった。



 長椅子にディルクと並んで座り、テーブルを挟んだ向かいに、ニコラスが座っていた。

「こちらの事情につき合わせて申し訳ないと思うのですが、婚姻は半年ほど待って貰うようになりそうです」

 王太子の指示で王家の事情を説明しに訪れた、との前置きの後、ニコラスが言った。

「それは、構わないが……なぜ、それほどかかるのだ」

 コルネリアたちの結婚が遅れるから、セレイアたちも待たされるのだろう。

 身分の低い側室との間の子とはいえ、コルネリアは王女である。降嫁の準備に時間がかかっているのはわかるが、それにしても遅い。


「以前、北側の国境で、バーム族との紛争があったでしょう?こちらが提示した和平案を向こうが呑むかたちで、終戦したんですけど。ひと月ほど前からきな臭い感じになり、一週間前に、国境の砦が襲われました。その討伐に向かう騎士団の指揮を、ハロルドが……ハロルド・ランドールが任されたのです。討伐が終わり次第結婚するとのことなんですが、まあ半年はかかるだろう、との予想です」


 彼が騎士学校を卒業して、少し経った頃。

 あの時も半年ほど。彼は王都を離れ国境へと行った――。

 離れている間、手紙はかかさず送られてきた。王太子の側近のような立場だから、身の安全は保障されていると、彼の母も言っていた。

 けれど、不安で。

 無事な姿を見るまで、生きた心地がしなかった。


「……これからコルネリア王女と結婚するのでしょう?なぜ……今更、そんな、危険な場所に行かないとならないのです?コルネリア王女は引き止めはしなかったのですか?」

 婚約者が身の危険がある紛争地に行くのを、喜んで見送る女などいやしない。

 セレイアはそう思い、ニコラスを見ると、彼は肩を竦めて、笑った。


「というか、コルネリア様たっての希望ですから。……ヘルトル辺境伯、セレイアさんと二人でお話をさせてもらえませんか?」

 ニコラスの頼みに、ディルクは渋い顔をする。

「婚約者を、男とふたりきりにさせるわけにはいかない」

「少しの間だけです。扉の前にいてもらっていいですし。それに王太子殿下の命を受け来てるんです。不埒な真似はしませんよ」

 

 『王太子の命』という言葉が効いたらしい。

 ディルクはセレイアを一瞥すると、応接室から出て行った。

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