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11当て付けではありません

 セレイアが辺境領に越して来て、二週間が経とうとしていた。

 離れでの生活にも慣れ、快適とまではいかないが、充実した日々を送っている。

 アンネも最初の数日は不満ばかり口にしていたが、もともと明るく、ねちっこくない性格である。今はセレイア以上にこちらの生活に馴染み、食事を取りに行ったりするうちに、ヘルトル家の使用人たちとも親しくなっていた。


 セレイアはというと、何もせず、狭い部屋にばかり篭っているのも暇なので、アンネに家事の分担することを提案した。

 アンネは貴族の令嬢でもあるセレイアが、使用人のような真似をすることを反対し、頼めばヘルトル家のメイドが離れの掃除に来てくれるはずだと言った。

 けれど、どうせ暇なのだから、とセレイアは半ば命令のようなかたちで離れの掃除を受け持った。


 セレイアは伯爵令嬢ではあったが、結婚後は平民の妻として暮らしていく心積りでいた。

 流石に掃除はしていなかったが、この二年間、密かに伯爵家の料理長の弟子になっていたので、料理の腕前にはかなりの自信がある。……この離れでは調理場がないので、披露出来ないのが残念だけれど。


 セレイアは『お飾りの妻』宣言されるまでは、辺境伯夫人になるべく厳しく教育されるのだろうと思っていた。

 それもあって今の生活は気楽だ。

 お飾りの妻がこれほど楽であるのなら、死ぬまでお飾りの妻でいられることが幸せな気がする。

 ミアのことは気がかりではあったが、二人の件には……セレイアは関わるべきではない、と思うようになっていた。


 先日、最初の日に顔を合わせてから一度も姿を見ていなかったディルク・ヘルトル辺境伯と会った。

 セレイアが離れの周りを掃き掃除していると、突然、現れたのだ。


「なんだそれは。私への当て付けかね」

 陽光の下で、金色の髪をきらきら輝かせ、男は碧玉の双眸を険しくさせていた。

「……当て付け?」

「あなたを離れに追いやっている私への当て付けだ。私のせいでこんな酷い境遇になっていると、訴えたいのだろう。それとも同情でもひこうとしているのか」

「……いえ、葉が散ってるから、掃いてるだけですけど」

「それとも、健気な姿を見せ、私の気をひこうとでもしているのかね。ハロルド・ランドールに通用しなかったが、私になら通用するとでも?」

「……あなたがここを通るのを、掃き掃除をしながら、ずっと待っていたと思っていらっしゃるのですか?私はそんな暇人ではありません」

 セレイアが反論すると、ディルクは失笑する。

「ミアから聞いたのだろう?私が会いに来ると……ああ、それとも、あなたがミアに頼み、私を寄越すように言ったのか」

「意味がわかりません」

「あなたは私が思っているような女ではないと、話し合うようにミアに頼まれたのだ。あれは優しい女だ。騙すのはたやすかっただろう」

 ディルクは蔑むように笑った。


 ミアはセレイアとディルクの間を取り持とうとしたのだろうが、更なる誤解を生んでいた。


「何だ?言いたいことがあるなら言え。聞いてやろう」

「いえ、なんにもないです」


 コルネリア王女があることないこと吹き込んでいるならば、釈明しようかと思ったりもしていたのだが、この調子だといくら真実を口にしたところで、セレイアの言葉など信じはしないだろう。

 信じないとわかっていることを口にするのは馬鹿らしかった。


 ディルクはしばらく眉を寄せたままセレイアを見ていたが、おかしな行動は慎みたまえ、と言い残し去っていった。


 ディルクがどのような人柄であろうとセレイアは正直、どうでもよい。

 アンネがいたら怒り狂っていただろうから、ちょうど出払っていて良かった、とだけ思った。


 王都にいた頃、社交界で『邪魔者』扱いされ、陰口や無視されることに胸を痛めていた時期もあったが、ディルクの言動には不思議と傷つくことはなかった。

 清清しいほどに嫌われているせいか、それともセレイア自身の心の変化のせいか。

 けれど……傷つきはしないが、可能ならば、顔を合わせないほうがお互いのためだろうとは思ってはいたのだが。



「セレイア様。午後から屋敷の方へ来ていただきます」

 最初の日、離れに案内してくれた中年のメイドが訪れ、セレイアにそう告げた。

 最近知ったのだが、彼女はヘルトル家のメイド長らしい。

 笑顔もなく淡々としているので、辺境伯と同じくセレイアを嫌っているのかと思っていたが、誰に対してもこんな調子だと、アンネが言っていた。


「お付きのメイドは連れずにお一人で。ドレスは……着替えていただけますか」

 セレイアは掃除をするため、汚れてもよい古びたドレスを着ていた。

「何かあるのですか?」

「王都から客人が来られるそうです」

「……王都から?」

「はい。セレイア様にお会いしたいとお話があったようです」


 楽しい話ではなさそうだし、屋敷へ行けば当然ディルクにも会うことになる。

 億劫だったが、無視するわけにもいかない。


 セレイアは貴族の令嬢に相応しいドレスに着替え、髪を結い、薄く化粧をした。

 そして、心配気なアンネを離れに残し、ヘルトル家の屋敷へと足を向けた。

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