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1婚約解消と新たな婚約者

 近いうちにそうなるだろうと思っていた。

 だから父に書斎に呼ばれ、ランドール伯爵家の印章が押された書状を見ても、セレイアは驚きはしなかった。

 けれど、もう一通。

 王家の印章の押された書状を目にして、セレイアは驚きと戸惑いと、呆れが入り混じった気持ちになった。

 不思議と怒りは湧かなかった。

 嫌がらせなのか、厄介払いなのか、それとも厚意なのか。よくわからなかったからだ。


 一通目の書状は、ランドール家から。次男ハロルドとセレイアの婚約解消が決まったという報せ。

 二通目は、王家からで、辺境伯ディルク・ヘルトルとセレイアの結婚を命じる書状であった。


 二通の書状を先に目にしていたのだろう。

「我侭は言ってはなりませんよ」

 父の傍に立っていた義母が静かな口調で、窘めるように言う。

 セレイアの母が亡くなったのは十歳の時だ。子供が女であるセレイアしかいなかったため、父はすぐに後妻を迎えた。

 養母はセレイアを慈しむことはなかったが、苛めることもなかった。

 今こうして、哀れみではなく厳しい視線をセレイアに向けるのは、先妻の子であることが理由ではなく、社交界を騒がせている『恋物語』のせいだろう。

 セレイアはその『恋物語』の中では、『恋敵』にすらなれない。恋を盛り上げるための『障害』、または『邪魔者』であった。

 

「……ヘルトル辺境伯は一年前に先代が亡くなり、爵位を継いだばかりだ。二十七歳になる。お前ともそう年齢は離れてはいない。良縁だと私は思う」

 良縁だと口にしながらも、父が渋い顔をしているのは、セレイアの気持ちを慮ってのことだろうが……『恋物語』とは異なる『事情』も、ある程度は知っているからであろう。


 セレイアは迷う素振りもせず、婚約解消と辺境伯へ嫁ぐことを受け入れた。

 父と義母はセレイアがこんなにあっさり受け入れるとは思っていなかったのだろう。驚いた顔をしていた。

 


  ◇

 ランドール伯爵家の次男ハロルドと、ファルマ伯爵家の長女セレイアは、互いの性別が判明した時に婚約をした。

 母親たちが親友で、二人がお腹にいた頃から、異性ならば結婚させましょう、と約束をしていたという。

 家柄も釣り合っていたため、反対する者もいなかった。


 母達が仲が良かったため、幼い頃は頻繁にお互いの家を行き来していた。

 特別な出会いに胸をときめかせた記憶などなく、物心ついた時には、彼は婚約者として傍にいた。

 ハロルドはセレイアにとって、好きとか嫌いという以前に『将来の旦那様』だった。


 セレイアの母が亡くなり、ハロルドが騎士学校の寄宿舎に入り、会うことが少なくなっても、二人の関係は変わらなかった。

 ハロルドが十七歳になり、騎士学校を首席で卒業し、学友であった王太子直属の騎士団に入団しても変わらないまま。

 当時、セレイアは詳しくは知らないが、王宮は色々とゴタゴタしていた。そのため、互いが十八歳になれば結婚の予定だったが、一年、二年、と先延ばしになっていった。

 もしかしたら、そこから二人の関係は変わり始めていたのだろうと、今になってセレイアは思う。



 そして。二十一歳になった頃。

 華やかなところが苦手で、社交の場に出ることが滅多にないセレイアの耳にまで、その『恋物語』は聞こえてきた。


 

 ロラント王国の現王が、寵愛する側室に産ませた姫。

 ロラント王が溺愛する精霊のように美しい王女様。

 プラチナブロンドに空色の瞳。染みひとつない白い肌。華奢な手足と、小鳥のように愛らしい声。

 十六歳になるお姫様と、二十一歳という若さで騎士団を率いている青年のお話である。

 長い黒髪を後ろで束ねた騎士は、冷たげではあるものの、とても整った顔立ちをしていて、かねてから社交界の乙女達の憧れの的であった。

 お姫様は騎士に一目惚れし、恋い慕うようになる。

 騎士もまたお姫様に焦がれているものの、身分の差を気にし、お姫様から距離を置こうとする。

 けれど二人は、とてもお似合いで。

 一途に想うお姫様を哀れに思い、ロラント王も二人の結婚を許すのではないか、という話だ。

 ちなみに騎士の方には幼い頃からの婚約者がいた。

 けれどこの婚約者は冴えない、地味な令嬢で、以前から優秀で、美しく見映えのよい騎士とは釣り合わないと馬鹿にされていた。

 いずれはその『邪魔者』も二人の恋物語からは消え去るに違いない――。


 

 その『恋物語』の登場人物が、誰のことを言っているのかはすぐにわかった。

 悲しいとか、切ないとか、裏切られたとか、憎いとか。

 あまりそういう感情は抱かなかった。しかし……。


 いずれ婚約破棄されるに違いないが、自分から身を引くべきだ。

 身の程を知らない。厚顔無恥。


 そんな風に陰口を言われ、あからさまに無視されたり、睨まれたりするのは堪えた。

 セレイアに同情してくれる人も、いるにはいた。

 けれど蔑まれることも、他人から悪意を向けられるのも、慣れたりなんか出来ない。

 ただでさえ引き篭もりがちだったセレイアは、ここ半年ほど、社交界へはいっさい足を運んでいない。

 じっと、身を縮こまらせ、嵐が去るのを待っていた。



(……嵐は去ったのかしらね)


 婚約者であったハロルドは、ロランド王の愛娘コルネリア王女と結ばれるのであろう。

 ハロルドが王族になるのではなく、おそらくコルネリア王女が降嫁する。

 ハロルドは次男で、伯爵家は彼の兄が継ぐ。爵位を持たぬのは格好がつかないから、ハロルドは公爵位を賜るかもしれない。

 大出世だ。


 そして、セレイアは恋物語の『邪魔者』ではなくなり、晴れて穏やかな生活が戻ってくる。

 そう期待していたのだけれど……辺境の地へと飛ばされるようだ。

 コルネリア王女は邪魔者であるセレイアが王都にいることが……ハロルドの近くにいることが、許せないのだろう。


 辺境伯ディルク・ヘルトルは、どのような人なのだろう。

 外見には拘らない。いや、美形じゃない方が良い。

 穏やかで優しい人がいい。


 十日後、ヘルトルの領地に向うことになったセレイアは、つらつらとそのようなことを考えながら、自室の整理をしていた。


 大きな木箱。そして棚に仕舞ってある、絹布で覆った小さな木箱に目が留まる。

 大きな木箱の方はともかく、小さな方は返した方が良いだろう。

 全部で九つある小さな木箱。そのひとつを開けて、眺めていると、メイドが来客を知らせに来た。


「お嬢様……その、ハロルド様がお見えです」

「……律儀な人ね」

 セレイアは呆れて溜め息を吐いた。


 そういう彼の律儀なところは、嫌いではなかった。

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