災害級モンスター
気がつけば、そこに居た。
周囲を見下ろす。草が生い茂り、木々は小波を奏でていた。実に、のどかな空間がその場所だった。身体を動かそうと一歩前を踏みしめてみる。大地は揺れ動き、思わずバランスを崩して倒れこんでしまいそうになる。
「ピェー! ピェー! ピェー!」
鳥達は一斉に飛び立ち、見下ろせば茂みに隠れていた小さな兎達は逃げ出していた。もう一歩前に踏みしめてみる。ベキベキと何かが潰れ、足裏に柔らかなイボのような物が当る感覚を覚える。隠れていた小さな獣達も泣き喚きながら、一斉にどこかに走り出していってしまった。
ここにきて、ようやく理解した。周囲の鳥や獣達は私から逃げているのだと。
「GOAAAAAA!」
害をなす気は毛頭もなかった。誤解を解こうと思い、待ってくれと叫ぶ。
すると、逃げ遅れた者達は動きを止めてくれた。飛んでいる鳥達も地面へと降りていった。だが、それ以降ピクリとも動いてはくれなくなった。頭部から脳漿と血をぶちまけ、命までも止まっていたのだ。
ようやく理解した。私は存在そのものが彼等にとっての"害"だったのだと。
もう、周囲に生命の気配はない。皆、私が殺したのだ。
「GOAAAAAAAA!」
叫んでも反応してくれる者達は居ない。虚しさと寂しさだけが込み上げてくる。
だから私は仲間を探す事にした。この世界がどんな世界なのか、私はどのような存在なのか、何も分からなかったからだ。きっと、私のような存在が世界にはもう一体くらいはいるかもしれない。そう思って旅に出た。
木々を踏み潰し、尻尾で岩山を薙ぎ払い、大地を沈めながら前に進む。足元を気にしていては、歩く事すらもままならない。その過程で多くの小さき生命が潰れていったのかもしれない。
やがて、今まで見て来たのどかな自然とは異なる歪な建造物が目に入った。その中では私と同じように2足で歩く小さな生き物が大量に犇きあっていた。そのうち何匹かが獣に跨り、集団から離れてこちらに近づいてきた。
どうやら、私に関心があるようだった。
「大変だ、災害級モンスターだ!」
「すぐに賢者様に報告しなくては」
「街の警備隊を呼んでくる。時間を稼がなくては!」
小さな生き物は何かを喚いているが、意味が分からない。
私が叫べば周囲の生命は死に絶える。だから、声には出さず見下ろすだけにした。そのうち小さな者達は元いた建造物の中へと帰って行ったが、すぐに建造物の中から別の小さな者達がワラワラと這い出てくる。
そして、私の足元の前に集まってきた。
「クソ、コイツを放っておけば街が滅ぶ。少しでも手傷を負わせて時間を稼がなければ」
「かかれ!」
小さな者達は一斉に足元にまとわりついてくる。結局何がしたいのかも分からなかった。ただ、下手に動けばまとめて潰してしまうので黙って見守っていた。
「くそ、なんて堅い甲殻なんだ。刃が一切通らないぞ」
「ファイアーボールが効かない! どうすれば!」
足元が少し痒くなってきた。身震いに任せて動いてしまえばまとめて潰してしまう。だから、なるべく小さな者達を潰さないように慎重に爪先で掻いた。
少し、楽になった。
「うわあああああああ!」
ただ、どうしても潰してしまう者達が出てくる。
「スコットォオオオ! クソ、この害獣がぁ!」
小さな者達は一層に沸き立ち、足元にまとわりついてくる。彼らは何故、まとわりついてくるのだろうか。やはり、分からなかった。
次第にまた痒くなってくるので足元を掻く、すると、何匹かの小さな者達は指の爪先に乗り、腕の上を登ってきた。
「今だ、奴の頭部まで一気に駆け上がって弱点の眼を攻撃するぞ」
「はい、魔法で援護します。【ライトウェイト】」
飛び虫のようにぴょんぴょんと腕の上を楽しそうに跳びまわる小さな者達。ここでようやく理解する。彼らは私の身体で遊びたいのではないのだろうかと。
私は、今まで誰にも必要とされて来なかった。それが嬉しかったので見守る事にした。
「よし、もう少しで頭部にまで届く。ギガストラッシュを決める」
もう少しで小さな者達はゴールにたどり着き、一時の遊びが終わってしまう。そう思うと寂しくなった。だから、少しだけゴールまでの道のりを伸ばす事にした。
小さな者達が乗っていない方の爪先を近づけて、その上に乗せようとしてみる。
「くそ、攻撃が、回避できない! うわあああああああ」
「クルス! いやあああああ!」
爪先に乗り損ねた小さな者達は落下してしまった。そして、動かなくなった。
「許さない。【フレイムナーガ】」
小さな者の一人からにょろにょろとした赤い紐が出てきた。流石に眼に入るのは嫌だったので、反射的に小さな者が乗っている側の方の指で払ってしまったのだ。
「きゃああああああ!」
そして、赤い紐を出した小さな者も落下して動かなくなった。
「なんと言う事だ。Aランク冒険者達が全滅してしまった!」
「もう、街は終わりだ。おしまいだぁ……」
「まだだ、賢者様率いる究極魔導師団ならきっと何とかしてくれるはずだ」
「こうなったら一時撤退だ。撤退」
小さな者達は足元から離れていき、歪な建造物の中へと帰っていった。小さな者達は私で遊ぶのに飽きてしまったのだろうか。
それは嫌だ。もう少し遊んで欲しい。歪な建物に近寄り、中を突いてみることにした。
「うわあああああああ!」
「街が! 化物だああ!」
ワラワラと這い出てきた小さな者達が一斉に踊りだした。その輪の中心に入り、見守る事にした。再び、小さな者達は私にまとわりついてくる。
それが心地よかった。
「よくも俺達の街を!」
「殺してやる!」
太陽が沈み、再び登るまでの間、小さな者達はずっと踊っていた。ここは、とても居心地が良い場所だと思った。
やがて、最初は元気だった小さな者達が静かになっていった。穴倉に篭り、じっと身を潜めて動かないのだ。巣を突いてみても、もう出てくる事はなかった。
それが、酷く悲しかった。
「GOAAAAAAA!」
感情任せて叫ぶ。しかし、返事をしてくれる小さな者達はもういない。また、私は独りになったのだ。
暫く泣いた後、遠くから数人の小さな者達が近づいてきた。
「大きい。あれが、災害級モンスター!?」
「うお、でけぇな」
「先制攻撃で一撃で倒さないとモンスターが暴れるから気をつけて」
「あのモンスター、なんかじっとこっちを見てるわ」
今度はもっと大切に丁寧に遊んであげなくては。そう思い、小さな者達の行動を待っていたら、一匹が鳥類のように飛んで眼前に迫ってきた。遅れて3体の小さな者達が付いてくる。
「うおおおお!」
「ロウ君の馬鹿!、いきなり刺激するような真似しないでよ」
「分かってるって!」
目の前でピーピーと喚きあっている小さな者達を見ていると心が落ち着いた。
「いつまで遊んでるの。来るわよ!」
「来ないじゃねぇかよ」
「もう、良いから早くやっちゃってよ」
「へいへい」
小さな者の一人が何かを喚くと、大気は揺れ、小さな青色の玉の中に勢いよく吸い込まれていく。そして、確かな熱量を感じるほどに膨張し続けた蒼い炎の塊は、私に目掛けて放たれた。
何となく感覚では理解している。アレは何かとても良くないモノなのだと。避けようと思えば、避ける事も出来た。だが、不思議と避ける気にはなれなかった。いや、避けてしまえばさらに恐ろしい事が起こるのが直感で分かったからだ。
アレは、私を滅ぼす事が可能な"攻撃"だ。つまるところ、私は遊んでいたつもりだったのけれども、小さな者達には憎まれていたのだ。
アレは、その報いなのだと思った。
「口を開けた!?」
「おっ?」
炎の玉を体内に招きいれる。収束した熱量が口の中で膨れ上がっていくのを感じた。
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「もう、ロウ君ったらやりすぎよ。魔物ごと街が跡形もなく吹っ飛んじゃったじゃない」
「あれ、俺、また何かやっちゃいましたか?」
「今度からはもう少し威力抑えてよね!」
「へいへい、それよりこれでSSSランク級冒険者になれるな! 今度シアには報酬でアクセサリー買ってやるよ」
「やだ、ロウ君ったら」
魔道師の若い女は顔を赤らめてロウ君を見つめていた。
突如フィールドにPOPし、なろう主達の名声や経験値稼ぎの犠牲となる彼等は何を思い、果てていくのか。
一週間放置したオルゴーモンの気持ちになって考えてみた。そんなお話である。