第五話「転生の真実」
あまり長くユーカを放置しておくわけにはいかない、そう思ってレントは適当なところで話を切り上げて席を立つ。
「悪い、邪魔したな。そろそろユーカのとこに戻らねえと」
「邪魔だなんてとんでもない。私は久しぶりに君に会えて楽しかったよ」
「そりゃ光栄だな。ラナって奴にも挨拶しときたかったんだが……」
「それはまたの機会にすると良い。落ち着いてからまた来ておくれ」
そう言って微笑んだリタに微笑み返し、レントが小屋を出ようとすると、その背中をリタが呼び止める。
「……レント、呪いと君の魔力耐性のことで……一つ仮説がある」
「な、なんだよ……」
突然神妙な面持ちでそう言うリタに、レントが振り返ってそう返す。
「前から不思議だったんだけど、君が魔物から受ける魔力……それは呪いだったり、直接ダメージを与える炎だったり色々あったよね」
「ああ……それがどうしたんだよ」
「アレらは全て、君に当たった時点でその場で雲散霧消していたように思う」
リタの言う通り、レントが受けた魔力は全てその場でかき消えてしまっている。それが炎でも雷でも、魔物が魔力によって生成したものならば例外はなかった。
「もしそれで消えているなら、君の力でユーカ氏の呪いが消えなかったのは何故だ? 体内のものにまでは干渉出来ないのかね?」
「……いや、そこまで考えたことはねえよ。でも、俺が魔力を消せるってンなら、ユーカの呪いは消せるかも知れねえってことなのか? そういう仮説なのか?」
しかし、リタは首を縦には振らなかった。それどこから、難しい表情のまま目を伏せ、かぶりを振ってみせる。
「もしかすると、君は――」
リタがそう言いかけた瞬間、外から甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「――今の声ッ……!」
それが間違いなくユーカのものだと気づいた瞬間、レントは即座に小屋を飛び出して行く。
「あ、ちょっと待ってくれ、私も行く!」
そんなレントの背中を、慌ててリタも追いかけた。
小屋を飛び出してから走り回っていると、すぐにレントは囚われているユーカ達を発見する。そして彼女達を縛っている蛇目の女を睨みつけ、レントは腰に下げた剣の柄に手をかける。
「テメエ……ミザかッ!」
「英雄に覚えておいてもらえるだなんて光栄だねえ。ご無沙汰してるよ」
彼女の名はミザ。魔王の腹心であり、レントが旅の中で何度か出会ったことのある上位の魔物だ。すぐにユーカ達を救おうと剣を抜くレントだったが、未だに泣き叫ぶユーカと、傍で今にも嘔吐しそうな表情で喘いでいる少女――ラナに気づいて動きを止める。
「二人に何をした……!?」
「縛っただけさ」
「ンなわけねえだろ!」
「あるのさ、そこのお嬢ちゃんが何なのか、もしかして知らないのかい?」
ミザが顎でさしたのはユーカだ。それだけですぐに、レントはある程度ラナに何が起こっているのかを理解して血相を変えた。
「レント! このままじゃラナがっ……ラナがっ!」
「今助けてやるッ!」
すぐにラナを縛る蛇に切りかかるレントだったが、ミザは左手の蛇で縛っているユーカをレントの方へ放り投げる。人質のように扱われているユーカを放られるとは思ってもみなかったレントは、その予想外の妨害に対応出来ず、ユーカとぶつかって抱き止める形になってしまう。
「――――ラナ!」
そうこうしている内に、レントより遅れて現場に到着したリタがラナを見て叫ぶ。しかしその時には既に、何もかもが遅かった。
「アッ……ゥッ……ォォォッ……」
濁った呻き声がラナから漏れる。それと同時にミザは彼女の拘束を解いたが、もうラナは逃げ出そうとはしない。それどころか、その場に四つん這いになったままピクピクと痙攣している。
「ラナ……?」
「そ、そんな……」
困惑するリタと、その場に崩れるユーカ。そしてレントは、これから何が起こるのかを察していても尚、ラナから目を離すことが出来なかった。
「お楽しみだねぇ」
ミザがそう言ったのとほぼ同時に、ラナが地面に顎をつく。そして顎が外れんばかりに大きく口を開けると、顔中の穴から汚泥のような液体を流しつつ、口から巨大な芋虫に似た怪物を吐き出し始める。
「うっ……」
その光景の悍ましさに耐えきれず、ユーカは吐きそうな顔で口元を抑えた。
ラナの変化はまだ終わらない。芋虫の身体からは三対の細い人間の腕が生え、ガクガクと震わせながらその身体を支えている。
「ま、魔物……?」
リタが思わずそう呟いたところで、ラナの変化は終わる。這い出した芋虫のような魔物は、ラナの身体から完全に這い出すことはなかった。アレは這い出していたのでも、吐き出していたのでもなく、恐らく身体の中から生えていたのだ。
「これが……人が、魔物になるってことなのかよ……!」
その悍ましさは筆舌に尽くし難い。今まで幾度となく奇怪な姿をした悍ましい魔物と戦ってきたレントだったが、これ程までに醜悪な光景を目の当たりにしたことはなかった。
ラナ――だった魔物が三対の腕で方向を変え、レントの方へ身体を向ける。そして、ずるずるとラナの身体を引きずりながらレントの方へと近づいていく。
「さあ、魔物退治の時間だよ英雄。いつものようにやっておしまいよ」
「テメエ……ミザァァァァァッ!」
激昂するレントだったが、状況が悪過ぎて感情のままに動くことは出来ない。後ろにはショックで嘔吐するユーカと、放心状態のリタ。そして目の前にはリタの助手のラナだった魔物だ。
取るべき選択肢は一つ、マイラ同様、魔物と化したラナを殺すことだけだ。しかしそれをリタの目の前でやるのは躊躇われる。何とか元に戻せるなら元に戻してやりたかったが、そんな方法を模索している時間が今はない。
「クソッ……!」
魔物は止まってくれはしない。鋭い大顎を開き、這いずりながらレントへと向かって来る。
レントは決断を先送りにし、噛み付こうとする魔物をかわす。噛まれる直前でかわすことで魔物の注意を完全にレントの方へ向けてから、なるべくユーカ達から離れるように魔物から逃走した。
「おやおや」
そんなレントの様子を余裕たっぷりに眺めつつ、ミザはほくそ笑む。
「どうしたんだい英雄? いつものようにバッサリ切っちまえば良いじゃないか。それともその子は特別かい?」
ミザの挑発に乗るような余裕がレントにはない。魔物の動き自体は緩慢で、まともに戦えばレントが負ける要素はない。だが、リタの目の前でラナだったものを無残に殺すことが出来る程、レントは非情にはなれなかった。
「いつものことだろう? 気にすることはないさ」
耳障りな挑発がレントを苛立たせる。あえて反応しないように黙っているレントだったが、それでもミザは言葉を続ける。
「ねえ英雄。もしかして、今までの魔物は生まれた時から魔物だと思ってるんじゃないのかい?」
ミザのその言葉で、レントは一瞬動きを止める。ユーカやリタも、その言葉にはピクリと反応を示した。
「……どういう意味だ……?」
ミザへ問いかけたレントに、魔物が覆い被さる。そして三対の腕で両脇を掴むと、レントを頭から食い千切らんとして顎を開いた。
「あたしも、アンタが殺してきた魔物も、みーんな元々は人間だったってことさ」
ミザの言葉と同時に、魔物の牙がレントへ迫る。レントはそれを即座に剣で受け止めながら、その表情を驚愕に染め上げた。
「まともに受け止めちゃ駄目よ……きっと惑わそうとしてる!」
「そうかもねぇ、じゃあ、話半分に聞きな」
ユーカの言葉を適当にあしらいながら、ミザはそのまま言葉を続ける。
「不思議に思ったことはなかったかい? アンタ達の世界じゃ沢山人は死んでいるハズなのに、どうして自分達の他に転生者がいなかったのか」
ミザの言う通り、レントの元いた世界では毎日のように誰かが死んでいた。魔物がいなくても、戦争がなくても、人は簡単に死ぬ。それはレントだって変わらない、だから死んで、ここに来ることになった。
「あたしはね、逆だった」
「逆だと……!?」
魔物の牙をどうにか弾き、レントは力任せに魔物を蹴り飛ばして脱出して体勢を立て直す。
「あたしも含めて何で皆魔物になるのに、アンタ達は人の姿でいられるんだろう……ってね」
「なッ……!?」
その言葉が何を意味しているのか、わからないレントではない。だが、すぐに飲み込めるような内容では到底なかったし、まだミザの戯言である可能性も十分残っていた。
「向こうで死んだ人間はみーんな魔物になるのさ。基本的にはね。あたしだって、今でこそこんな姿に化けれるようになったけど、最初は蛇の化物だったのさ」
「適当なこと言ってンじゃねえ! 大体、お前は本当に転生者なのか!?」
「そうだよ。アンタのことも知ってるさ、四条廉人。アンタはあたしの講義はほとんど寝たまんまだったよねぇ」
四条廉人。その懐かしい響きにレントは表情を一変させる。聞き間違えようがない、それはレントの本名だ。こちらの世界に来てからはレントとしか名乗ったことがなく、バドンに引き取られてからはレント・ローと名乗り続けている。そのため、四条廉人という名前を知っているのはレント自身だけのハズだった。
「俺の心を読んだのか……!?」
「それが出来たら魔王討伐は失敗してたかもね」
動揺するレントに、体勢を立て直した魔物が迫る。その突進を避けることが出来ず、レントはその場で突き飛ばされてしまう。
「そんな……じゃあ、私が今まで倒してきたのは……」
レント以上に動揺していたのはユーカだ。最初こそミザの話を疑っていた彼女だったが、ミザの口からレントの本名が出たことで彼女が転生者であることを信じ始めているのだ。
魔物と戦ってきたのはレントだけではない。ユーカもかつては魔王討伐のために魔物と戦い続けていた英雄だ。彼女が屠った魔物の数だって十や二十の話ではない。
それら全てが、かつて同じ世界で共に生きていた人間だったとしたら? 少し想像するだけでも、ユーカには耐え難かった。
一方、起き上がったレントは黙り込んでいた。魔物と対峙し、レントは強く剣の柄を握りしめたまま顔をうつむかせている。
それを、流石にこの事実には堪えたのだろう、と解釈したミザはニタリと笑みを浮かべた。
「何、落ち込むことはないさね。アンタ達はなぁんにも間違ってないんだ。例え魔物が元々人だったとしても、大抵の場合はもう自我なんてありゃしない。人を襲う以上、殺して駆除するのは正しい判断さ」
ミザはチラリとレントを見、そのまま追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「だからその子も殺しちまいなよ。知り合いだからって躊躇ってちゃ、今まで殺した魔物に申し訳が――――」
そう、ミザが言いかけた瞬間、レントの剣が魔物の身体を切り裂いた。
「……ああ、そうだな。そうだ、お前の言う通りだよミザ」
緑色の体液を浴びながら、レントは悲鳴を上げ始めた魔物を見据える。
「ごめんリタ、やっぱラナだけ特別扱いなんて出来ない。俺はもう、何人も殺してきたんだ。マイラも、知らない誰かも」
「レ、レント……」
「……ごめん」
リタの方へ視線を向け、もう一度そう呟くと、レントは魔物の方へ駆けていく。そこからは、ただただ悲惨な光景だった。
苦しむ魔物を容赦なく切り裂き、ピクピクと動く魔物の残骸へ何度も剣を振り下ろす。そんな彼の様子から、ユーカもリタも、ミザですらも目が離せない。普段のレントからは想像も出来ないような鬼気迫る表情は、まるで感情を殺すために無理矢理つくっているかのようにも見える。
やがて、魔物はピクリとも動かなくなった。
「俺は……英雄だ」
低く、くぐもった声でそう言って、レントは剣の切っ先を今度はミザに向ける。
「戦えない誰かのために、何かを背負えない誰かのために。俺が背負って、俺が戦う」
それがレントの思う力ある者の……英雄の責務。魔物を、人を、何かを殺すことが罪だとするなら、それを誰かの代わりに背負って戦うことが、英雄だと。
「これまでも、これからも、それは変わらない。俺が英雄である限り!」
「――――本当に大した英雄だよ……!」
「行くぞミザ。悪いが俺は教授の名前なんざほとんど覚えちゃいねえ」
そう言い放った後、レントはすぐにリタの方へ視線を向ける。
「リタ、ここから一人で逃げてくれ」
「で、でも……」
「……頼む。俺は大丈夫だから。ミザはここで決着をつける。リタはとにかくユーカから離れてくれ」
リタはしばらく逡巡するような様子を見せたが、やがて小さく頷いて小屋の方へと戻って行く。その背中を少しだけ見送った後、レントは再びミザへ目をやる。
「悪いな、待たせた」
「よく言うねぇ。少しでも動きを見せれば真っ二つにするつもりだっただろ?」
ミザの言う通り、レントはリタの方を向いてはいたが意識はミザに集中させたままだった。もしあの状態で襲いかかってくる、或いはユーカやリタに何かをしようとするのであればその場で切り伏せるつもりだった。ミザはその殺気を理解していたからこそ、下手な動きは見せなかったのだ。
「答えろミザ。テメエの目的はなんだ。魔王の仇討ちか? それともユーカ自身か?」
「どちらかというと後者だねぇ。いずれ復活する魔王のために、魔物の頭数は増やしておかないとって思ってね」
そう言いながら、ミザの身体がメキメキと音を立てて変形する。上半身は人間の女性のフォルムを残していたが、その下半身が巨大な蛇のものへと変化していく。瞬く間に体長三メートルを越える怪物となったミザはチロリと舌を出しながら上からレントを見下ろした。
「……魔王は、生きてンのか?」
「どうだろうねぇ。けどあたしは死んだだなんて思ってない。あの方は必ず復活する」
「……そうかよ」
吐き捨てるようにそう言って、レントはギロリとミザを睨みつける。
「だったらもう一度殺す。それだけだ」
「おっかないねぇ、英雄は」
レントを挑発しながらも、ミザは必死に思考を巡らせる。ミザは魔物の中ではかなり頭が良く、実力もある。だからこそ魔王の腹心だったが、相手は全力の魔王を倒した英雄だ。それに、ミザがレントと戦ったのは一度目ではない。最初に戦った時、ミザは殺される寸前のところでどうにか隙をついて逃げ出したのだ。
英雄、レント・ローは壊れている。
ラナを殺すことに躊躇こそしたものの、決断してからは一切の容赦がなかった。魔物と転生者の関係性を明かしたのも、動揺するレントの隙をつき、ユーカを連れて逃走するためだった。しかしレントは、ミザがユーカを連れて逃げれる程の隙を見せなかったどころか、魔物を始末して今度はミザに剣を向けたのだ。
しかしそれ以上、レントはミザに考える余裕を与えない。思い切り踏み込むと、レントは高く跳び上がってミザへ切りかかる。
「――チッ……!」
その異常な身体能力に、ミザは舌打ちする。高い戦闘力を有し、その上魔力は効果がない。そんじょそこらの魔物では逆立ちしたって勝てない化物――それが英雄レント・ローだ。
「おおおおおおッ!」
雄叫びと共に振り下ろされるレントの剣を回避し切れず、ミザの身体は袈裟懸けに切られてしまう。傷は浅いが決して軽くない。
「どっちが魔物だい!?」
悪態を吐きながら、着地前のレントへ、蛇へ変化した両腕を薙ぐ。流石に空中での回避は難しかったのか、レントの身体はミザの両腕によって拘束されてしまう。
「レントっ!」
ユーカの悲鳴が上がったが、ミザは表情を緩めない。必死にレントを縛り付けるミザだったが、それを振りほどこうとするレントの力が強過ぎるのだ。
「ぐ、があああああッ!」
気がつけば、悲鳴を上げていたのはミザの方だった。レントのあり得ない腕力によって内側から腕を引き千切られ、ミザは絶叫しながらドス黒い体液を撒き散らす。
「ミィィィィィザァァァァァアアアアッ!」
凄まじい形相で叫ぶレントに、ユーカは思わず身震いする。魔物の身体を引き千切り、激昂するレントの姿がどうしても人間に見えない。あれではまるで獣か何かだ。
そしてユーカは、信じられないものを目にする。
「――――えっ……?」
剣を持つレントの手が、およそ人間のものとは思えない形状に変化している。爪は鋭く太く、不自然なまでに筋肉が発達している。肌色は浅黒く、浮き出た血管が異様に太い。そしてレントの頭部には、太く短い山羊のような角が見えた。
「あ、あれって……!」
「あああああああああああッッ!」
戸惑うユーカには見向きもせず、レントは”牙”を剥き出しにして咆哮すると、再びミザへと飛びかかる。
レントはミザの上半身に獣のように飛びついて乱暴に剣を突き刺すと、今度は両手の爪でミザの身体をめちゃくちゃに引き裂き始める。
「レ、レント……?」
今のレントは明らかに正気ではない。まるで魔物のように変化した爪を使って乱暴に
ミザを傷つける姿は理性ある人間とは思えなかった。
「化物がぁぁぁぁぁぁッ!」
悲鳴混じりに叫び、ミザは力を振り絞ってレントに噛み付く。長く鋭い牙がレントの首筋に深く刺さり、暴れていたレントがビクンと肩を跳ねさせる。
ミザの牙には猛毒がある。大型の獣や魔物であってもほぼ一撃で即死させられる程の猛毒だ。
ミザの毒が注入されるにつれて、徐々にレントの全身が紫色に染まっていき、表情が強張っていく。勝利を確信したミザが牙を抜くと、レントは力なくミザの足元へ落下した。
「い、いやああああああああ!」
「はぁっ……はぁっ……危なかったねぇ……。どうやらユーカの影響が全くなかったわけじゃあないようだね……」
レントが見せた変化は完全なものではなかったが、アレは魔物への変化だ。もし何の変化もなく、理性のあるまま戦っていれば間違いなくミザは敗北していた。レントが暴走したからこそ、噛み付けるギリギリの隙が生まれたのだ。
「後は……」
ミザはすぐに人形へ戻ると、レントに駆け寄って泣きじゃくるユーカへ歩み寄る。想定した以上のダメージを負うことにはなったが、これでミザは予定通りユーカを連れ去ることが出来る。
「ねえレント! しっかりして! ねえ!」
毒を受けたレントは、完全に人の姿に戻っており、ぐったりと倒れ込んだまま動かない。
「……さあ、行こうじゃないか。英雄は死んだよ」
そう言って、ミザはユーカの手を取る。
「離して! まだわからないわ! ちゃんと解毒すればっ……」
「はん、助かったところで英雄はもう死んだんだよ。あんな化物、英雄だなんて呼べるかい?」
ミザの言葉に、ユーカは口ごもる。これまでの数日間、ユーカと過ごしたレントの身体は呪いによって蝕まれていた。ラナやマイラのようにすぐに魔物へ変化しなかっただけで、ユーカの持つ呪いは着実にレントの身体に浸透していたのだ。
諦めない、助ける、そんな言葉にユーカが甘えた結果がこれだ。レントを、英雄を殺したのはユーカだった。
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい、レント……っ!」
生きたいだなんて願わなければ良かった。
そんな権利はもうとっくになくなっているのにしがみついて、他人を巻き込んで。結局ユーカは犠牲者を増やしただけに過ぎない。今更悔やんでも仕方がない、どうせ魔王も倒せなかったのだから、いっそ生まれて来なければ良かったとさえ思えてくる。
ミザの言うことが本当なら、魔物として転生してしまった方が随分と楽だったかも知れない。
英雄を魔物へ堕とし、あまつさえ死なせた女。もう既に、魔物みたいなものだ。
「謝って過去を悔やむよりもこれから先を考えな。アンタは魔物の希望なんだからさ」
ミザはそう言って、泣きじゃくるユーカの手を取る。最早抵抗するような気力もないのか、無抵抗なままだった。
想定外のダメージを受けることにはなっていたが、最終的にはミザの予定通りに事は運んでいる。レントを殺すことでユーカの希望を完全に削ぎ落とすことが出来ている辺り、むしろ予定以上にうまく事が運んでいるとも言える。そう考えてミザは思わず口角を釣り上げたが、その視界の端であり得ないものを見た。
「……!?」
ピクリと。微かにだがレントの指が動いた。
ミザの猛毒は完全にレントの全身に回っている。全身が濃い紫色に変色しているのがその証拠だ。猛毒を受けても死なない生き物などミザは知らない。
僅かに息があっただけ、とも考えられるがレント・ローという化物なら蘇生もあり得ると思えてしまう程の恐怖心がミザにはあった。
慌ててミザはユーカを連れて逃げ出そうとしたが、その足は力強く掴まれてしまう。
「――――ひっ!」
思わず悲鳴を上げたミザの足元から、怨嗟のような声が這い上がる。
「待て……よ……ッ……!」
怪物、レント・ローが下からミザを睨みつけていた。
「――レントっ!」
レントの身体が、みるみる内に元の色味を取り戻していく。魔物化したことによる生命力なのか、それともミザの毒がミザの魔力によって生成されたものだったせいなのか、レントはもう、毒を完全に無効化していた。
「は、離せ! 離せ化物ッ!」
ミザの言葉に、レントは耳を貸さない。そのまま引っ張ってミザをその場に転倒させると、レントは立ち上がってミザへ馬乗りになる。
「テメエはここで終わりだ……ミザッ!」
そして次の瞬間には、その右腕でミザの胸部を貫いていた。
「…………」
それからしばらくの間、ただ静寂だけが訪れた。レントが何を思っているのか、ユーカには察することも出来ない。
「……ねえ、レント……」
静寂に耐え切れずにユーカが声をかけると、レントはすぐにユーカへ視線を向ける。
「その……レントの、身体……大丈夫、なの?」
「……ああ、一応な。流石に死ぬかと思ったけど」
レントは静かにそう答えると、立ち上がってからさて、と呟いてから二体の魔物の死体へ交互に視線を送った。
「ラナとミザを埋めてやりたい……手伝ってくれないか?」
「えっ……?」
「確かにミザは許せねえが、それでもこのまま野晒しにしておく気にはなれねえよ……。ま、埋めときゃ仮に復活しても土の中っつー打算もなくはねえけど」
「それは、そうだけど……」
ミザと戦っている間のレントとはまるで正反対に見える理性的な言葉に、ユーカは戸惑いを隠せない。
ミザはともかくとしても、ラナはユーカが巻き込んでしまったせいでこうなったと考えると、ユーカは埋葬を手伝わなければならないだろう。殺すことを背負わせてしまったレントや、ラナを失ったリタにどう声をかければ良いのかわからないが、出来る限りのことはしたいと思えた。
「……そんな顔すんなよ。お前のせいじゃねえって言ってもそうは思えねーかもしんねえけどさ……」
そう言って微笑んで見せるレントは、確かにユーカの知るレントだった。しかしそれでも、戦っている時の、ほとんど魔物になっていたレントの姿が脳裏を過ぎってしまう。
どうしようもなく湧き上がる畏怖をなんとかこらえながら、ユーカはレントと共に二体の魔物の埋葬を始める。
道具はリタの家で借り、レントが穴を掘って二人で埋め、ユーカが簡単な墓標を建てることで埋葬は完了する。二人は二つの墓標の前で膝を付き、そっと合掌した。
「……ごめん、なさい……ごめんなさい……」
ラナには何の関係もなかった。ただ通りすがりでユーカを助けてくれただけで、こんなことに巻き込まれて命を落としてしまうような理由など一つもなかった。
謝り続けるユーカに、レントはうまく言葉をかけられない。ユーカのせいじゃないともう一度言いたかったが、それで頷くようなユーカではない。それに、直接手にかけたのは他ならぬレント自身だった。
「……私達、人殺しなのかな……」
ぽつりと、ユーカが呟く。
「ミザの言っていたこと、本当だとしたら、私達は今日までずっと……」
今までずっと、魔物はただの魔物だと考え続けていた。どこから来たのか、何故存在するのかなんて考えもせず、害獣として駆除し続けていた。事実魔物は人を襲い続けていたし、魔王の目的も人類を滅ぼすことだった。
人を守るために魔物を殺すことは間違っていない。レントは今でもそう信じているし、例え魔物が全て転生者だったとしても関係ない。人を襲うのなら、守りたい誰かを傷つけるのなら、それはレントにとって敵だ。
もしそれらが人の形をしていたとしても、きっとレントは殺すだろう。
「……それがほんとに人殺しだったとしても、俺はこのまま背負う」
「レント……」
「重くて背負えないなら、肩は貸してやるよ。俺は……英雄だから」
まるで自分に言い聞かせるようなレントのその言葉に、ユーカはそのまま甘える気になれずに首を左右に振る。
「ううん……自分で、背負うから……」
「……そっか」
身体の芯からずっしりと重くなったような錯覚があったけれど、二人はこのまま歩かなければならなかった。
レント達が二体の魔物を埋葬してから数十分後、墓標の建てられたその場所で、地中からもぞもぞと這い出す何かがいた。
それは真っ黒な蛇で、ひどく傷ついている様子だったが、周囲をキョロキョロと確認しながら素早くその場を這いずり去って行った。




