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英雄の果て  作者: シクル


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第四話「森の研究者」

 城下町を飛び出してから、レントはなるべく人のいる場所に近づかないように注意しながら、薄闇の森、と呼ばれている森へ向かった。

 城下町から徒歩で向かって二日程、レントとユーカは野宿を繰り返しながら薄闇の森へと向かう。薄闇の森という名前は、昼間でも薄暗い程木々に覆い尽くされていることからついた名前だ。かつては魔物がうろつく危険な場所だったが、魔王が死んだ後はかなり数が減っているようだ。

「……それにしても、ほんとに食わなくて良いのか?」

 森の中を歩きつつ、予め用意していた干し肉をかじりながらレントが問うと、ユーカは静かにかぶりを振る。

「何度も言ってるでしょ、私は別に食べなくたって死なないんだから」

「でもよォ……俺ばっか食うのも申し訳ないっつーか……」

 魔王によって呪われたユーカは、簡単には死ねないようになっている。地下牢に幽閉されている間は一応食事が運ばれてはいたが、ユーカは別に食べなくても死ぬことはほぼない身体になっている。

「……気持ちはわからなくもないけど、数が限られてるならあなたが食べてよ。私と違って、あなたは一応人間なんだから」

「……ユーカだって人間だろ。っつか一応ってなんだよ!」

「一応は一応よ! あんな滅茶苦茶出来る奴が普通の人間であってたまるもんですか!」

 城下町を出る時、レントはユーカを抱きかかえたまま片手で何人もの兵士を叩きのめした挙げ句、かなりの手練であるハズのラルフを簡単に退け、その後もユーカを抱えたまましばらく城下町の外まで走り続けたのだ。

 その後も、ユーカの呪いの被害を出さないために馬も使わず徒歩で歩き続け、野宿の間も精々軽く仮眠を取る程度で基本的には周囲の見張りを行っていた。

 そんな数日を過ごしておいてケロっとした顔で干し肉をかじりながら歩いているのだから、ユーカの思う人間の範囲を逸脱しているように見えるのも仕方がない。

「……あの、さ」

「……ん?」

 不意に改まった様子で口を開くユーカに、レントは干し肉を噛み千切ってから視線を向ける。

「ほんとに、良かったの? これで……」

「何がだよ?」

「ラルフのこととか、色々……。多分、あなた今お尋ね者よ? いくら英雄とは言え、あんな暴れ方してただですむわけがないわ」

「あー、それかぁ……」

 正直なところ、レントはユーカを助け出した後自分がどうなるかなどほとんど考えていなかった。それなりに長い旅になるだろうとか、そういうことは一応頭にあったが自分の立場がどうなるかなどについては少しも考えていなかった。

「まあ、どっちにしてもまずはユーカの呪いを解くところからだろ」

 結局いつもレントはその結論に辿り着く。ユーカがこれで良かったのかと問うことは、言葉こそ違うものの今日までに何度もあった。それでもレントは毎回ユーカの呪いをまず解いてから、と結論を出すのだ。

 生きたい、死にたくないと泣きついたものの、やはりユーカは心のどこかで申し訳なさを感じてしまう。魔王によって力を奪われているせいで一般人よりも弱いユーカを守りながら、それも人里を避けての旅は困難を極めるだろう。

 そして何より、レント自身が魔物と化してしまうリスクがある。ユーカからすれば、レントが今人間のままでいること自体が不可解なことだった。

「あなた、魔物の魔力が効かないって言ってたけど本当に何ともないの?」

「ねえよ?」

「……そう、ねえのね……」

 ユーカが呪いで他人を魔物に変えてしまうまで、少しだけ時間がかかるのは確かだがレントはもう十分過ぎる程ユーカと同じ時間を過ごしている。魔物になるまでは人によってまちまちだが、十分以上一緒にいれば大抵は魔物化してしまう。

 再び干し肉をかじり始めたレントを見つめながらユーカが考え込んでいると、不意に右手を握られた。

「ほら、何ともねえだろ」

 その思いもよらない行動に、ユーカはポカンとしてしまう。そんなユーカを不思議そうに見つめているレントの顔を眺めていると、急に恥ずかしくなってユーカはレントの手を軽く振り払って顔をそむける。

「お、お、女の子の手を簡単に握らない!」

「あ、お、おう悪い……」

 言われてようやく気づいたのか、レントも恥ずかしそうに顔をそむける。そのまま数秒沈黙が続いたが、やがて気持ちを切り替えるようにユーカが一息吐いてから口を開いた。

「……それで、本当にこの森の中にいるの?」

「多分、な」

 レントが薄闇の森へ向かったのは身を隠すためではない。かつて魔王の元へ向かう際、共に旅した仲間を訪ねるためだ。

「それにしても変な人ね、こんな森に住むなんて」

「ここなら魔物が出やすくて研究出来るから、とは言ってたけどそれにしたってわざわざこんな森になぁ」

 数が減っているとは言え、この森に潜む魔物は多い。レントの仲間――リタ・イーストンはローンシアでは珍しい魔物の研究家で、主に魔物達が扱う人間とは違う未知のエネルギーである魔力について研究している。

「アイツならユーカの呪いについて何かわかるかも知れねえし、アイツ自身にわからなくても、解決の糸口になる何かがわかるかもな」

 魔物に関しては未知の部分が多く、そのほとんどが解明されていないと言っても良い。彼らだけが持つ魔力と呼ばれるエネルギーを、自然ではあり得ない現象を引き起こす”魔法”として扱う魔物もそれなりに存在する。

「リタの夢は魔物の力を生活に活かして便利にすることなんだ。多分、魔物や魔力については独自の知識があるハズだぜ」

「……魔物の力を生活に活かす、か……」

 そういう考え方をする人間を、ユーカは知らない。恐らく異端者扱いされただろうし、思いついても魔物の危険さ故にそう簡単には着手出来ない研究だ。

「よし、出来れば今日の内にリタんとこ行きてえし、急ごうぜ」

「あ、うん……そうね。道はわかるの?」

「……うん、まあ、大体……」

 そんな曖昧なことをのたまった後、早足で先へ進んでいくレントの背中を見つめながら、ユーカは深くため息を吐いた。




 結局、その日の内にリタの元へ辿り着くことは出来ず、レント達は適当な大木の根本で野宿をすることになる。相変わらずレントは寝ずに見張りをするつもりのようで、自分の上着を渡してユーカには寝るように促した。

「……ねえ」

 大木に寄りかかったまま、ユーカは目の前であぐらをかくレントの背中に声をかける。

「眠れないのか?」

 振り返ったレントがそう問うと、ユーカは小さく頷いてからもう一度口を開いた。

「少し眠らない? 見張りくらいなら私でも出来るし、何かあればすぐ起こすから」

「なんだよ心配してくれてンのか? 大丈夫だよ、自分でも不思議なくらいピンピンしてる」

 レントの言う通り、疲労の色は見られない。しばらくまともに寝ていないのにも関わらず、レントは平気な顔で笑って見せている。

「……少し、おかしいわよ。いくらなんでも……やせ我慢しているなら、無理はしないで」

「……それはまあ、俺も変だなとは思うんだけど……。なんか、あんまり疲れねえんだよな。腹はちょっと減るけど、なんか脳内麻薬でも出てるみてえな感じ」

 脳内麻薬、というこの世界に似つかわしくないレントの言葉に、ユーカは身体を起こして小さく笑みをこぼした。

「それ、こっちで言っても誰にも伝わらなかったでしょ」

「そうなんだよなぁ……。ラルフの奴もなんだそれは全然わからんっつってさ」

 今となってはすっかり慣れてしまったが、最初のレントは細かい言葉が微妙に伝わらないせいでコミュニケーションに苦戦していた。この世界の文明がどのくらいのものなのか、すぐにわかる程レントは歴史に詳しくなく、電気だの汽車だのの話でラルフ達に困惑された経験が山程ある。

「でもユーカは全部わかるんだもんな……」

「それはお互い様よ。とは言っても、懐かしいばっかりでなんにもならないけど」

 そのまま二人はしばらく他愛のない話に花を咲かせる。互いに異世界からの転生者という共通項もあり、この状況下での吊り橋効果的なものもあったのだろう、初めてあった時よりは遥かに打ち解けた様子で互いの旅の話や、前の世界での話で盛り上がっていく。

「それでね、お父さんってば私のスマホを遠隔操作でチェックしてたのよ! あり得なくない!?」

「プライバシーも何もあったモンじゃねえな……」

「そうなの! まだ連絡先交換しただけなのに彼氏が出来たなら紹介しろ~って!」

 楽しそうに、懐かしそうに、どこか寂しそうに、前の世界での話をするユーカに、レントは相槌を打つ。スマホだの遠隔操作だの、もう何年も聞いていないような単語が懐かしくて仕方がなかった。

「そういえば、レントは前はどんな人だったの?」

「……ん、俺か?」

「前もこんな風に、滅茶苦茶なことしてたりしたわけ?」

 少しからかうようにユーカが問うと、不意にレントの表情が曇る。それを察してすぐに、ユーカはごめん、と小さくこぼした。

「ああいや、謝るようなことじゃねえよ。ただ……前は全然、そんなんじゃなかったってだけだ」

「そう、なんだ……」

 少し気まずい雰囲気に、ユーカは何かまずいことを聞いてしまったのではないかと感じて話を広げようとしなかったが、意外にもレントはそのまま話を続けた。

「……俺さ、前はなんにもなかったんだよ」

「なんにもなかった?」

 言葉を繰り返すユーカに、レントは頷く。

「普通に生きて、学校行って、部活もなんにもしねーでさ……。友達もあんまいなかったし、前はもっと暗かったんだぜ?」

「……想像出来ない」

「わかる。俺も嘘みてえだなって思うよ」

 漫然と生きるだけで、何もやろうとはしなかった。それで良いと思っていたし、そもそも何かを出来るとも思っていない。かつてのレントの生き方はそうだった。

「でもさ、ここに来て、俺には人とは違う力があるんだってわかって、何か出来るような気がしてきたんだ。それでやってみて、気づいた。前もきっと、やろうと思えば何か出来たんだって。死んでここにきて、やっと俺は変われたのかも知れない」

 そう語るレントの目は、どこか輝いているように見える。何か出来ることが、変われたことが、レントには嬉しくて仕方がなかったのだ。

「だから、出来ることは全部したい。俺が助けられるものは全部助けたい。俺は……ここじゃ英雄なんだよ……」

 グッと拳を握りしめ、レントは改めて決意を固める。自分に力があるならば、英雄と呼ばれるだけの力があるならば。生きたいと願う少女を一人救うくらい、出来なくてはならない。もしその道が茨の道だとしても、その道を歩けない誰かの代わりに歩く、それがレントの思い描く英雄だった。

「……そ。でも、いくら英雄でもちゃんと休んでよね。過労で倒れたりなんかしたら元も子もないし、私……情けないけど、あなたのこと守れない」

「そうだな……じゃ、眠くなったらお願いするよ」

 レントが初めて少しだけ折れて安心したのか、ユーカは一息吐いてから大木にもたれかかる。そうしている内にいつの間にか眠ってしまっており、結局レントは朝までユーカに交代を頼むことはなかった。





 レントはかなり曖昧な言い方をしたものの、リタの元までの道が全くわかっていないわけではなかったようで、午前の間に小さな小屋に辿り着く。小屋の周りは長い杭で仕切った少し広めの庭になっており、正面にはちょっとした門もある。

「ユーカの呪いって、範囲はどれくらいまでなんだ?」

「そうね……詳しくはわからないけど、少なくとも地下牢から地上まで届くことはなかったし……」

 ユーカが近くにいる人間を魔物化させてしまう以上、迂闊にリタに会わせるわけにはいかない。今のところレントはどうにもなっていないが、レント以外の人間とユーカは基本的に接触するべきではない。

「もう少し離れた場所で待ってるから、レントだけで行って来なさいよ」

「……でも一人にすんのもなぁ……」

「今のところ魔物は出てきていないし、追手もいないわ」

 城下町を脱出してから、レント達の元へ追ってが来たことはない。国としてはユーカをこのまま放っておくわけにはいかないだろうが、ユーカの呪いの性質上追いかけたところで無事にとらえて連れ帰ることが難しい。国王もラルフも対応に困っていることだろう。

「でもよォ……」

「良いから、ほら行って来なさい。私だって昔は魔王と戦ったのよ? 何かあったら逃げて大声であなたを呼ぶくらいのことは出来るわ」

「……よし、何かあったら絶対呼んでくれ、あんま離れてもアレだし、近くてもアレだから……付かず離れず……くらいの、位置……で?」

 身振り手振りを交えてよくわからない説明をするレントに、ユーカは微笑んで見せる。

「わかったわ。そのくらいの位置にいるから、きっと助けてよね、英雄さん」

「……おう!」

 力強くそう答えてから、レントはユーカと別れて小屋の方へ向かっていく。そんな背中を少し名残惜しそうに見つめてから、ユーカは小さくため息を吐いた。

「久しぶりに、一人ぼっちかぁ」

 レントに聞こえないよう小さく呟いて、ユーカはレントに背を向けて歩き始めた。





 ユーカと別れてから、レントはすぐにリタの小屋へと向かう。門には鍵などついておらず、少し押せばすぐに開いた。

「おーい、いるんだろ。リタ――――」

 言いかけて、レントは前方から飛来する何かに気がついて言葉を止める。

「うおわッ!?」

 飛んできたのは一本の矢だ。レントはそれを驚異的な動体視力で見切り、顔面に突き刺さる直前に右手で掴む。

「や、矢ァ……!?」

 矢の先には毒々しい液体が塗られており、ポタリとレントの足元に落ちる。落ちた液体は足元に生えていた雑草に染み込むと、一瞬でその雑草を枯らしてしまった。

「うわ……」

 ゾッとしてレントが顔を引きつらせていると、小屋の中から小柄の女性が慌てて飛び出してくる。

「レントじゃん! レントじゃん!」

「俺だよ! 俺だよ!?」

「久しぶりじゃん!?」

「他に言うことない!?」

 レントよりも頭二つ分程も小さい彼女は、ぴょんぴょん跳ねてしばらくはしゃいで見せた後、やがて動きを止めて考え込むような仕草を見せる。そのまま数秒、栗色の長い巻き毛を右手でいじった後、ハッとなったように手を叩く。

「ごめん、魔物と間違えたよ」

「……俺じゃなかったら死んでたからな」

「君だったから無事なわけだね。いやあ良かった。悪いことしたね、お茶でもどう?」

 跳ねた際にズレた眼鏡をようやく直しつつ、リタはニコリと微笑む。

「いや、あんま時間はねえんだよ。聞きたいことがあるんだ」

「お、珍しいね。ついに私のスリーサイズに興味が出たかね」

 などとのたまいながら女性――リタ・イーストンはほとんど膨らみのない胸部をレントへ見せつける。

「コメントに困るボケはやめろ」

「冗談だよ。あれから微塵も大きくなっていない。ウエストは少し太くなったけどね」

 あっけらかんとした様子でそう言いつつ、リタはさあ、と小屋の中へレントを招き入れた。


 小屋の中はかなり簡素で、レントの住んでいた小屋に近い。リタは中央のテーブルにレントを座らせると、深くため息を吐いて見せた。

「しかし不思議だね。私の魔物センサーが何故だか君に反応したんだよ。間違えたとは言ったけれど、私は確信を持って窓から矢を放ったんだ」

「いつの間にそんなものを……」

「試作品なのさ。研究している内に、森の中で魔力に反応して発光する植物を見つけてね。それを使って作って見たんだけど、誤作動は今日が初めてだ。そして魔物以外がうちに来たのもセンサー開発後は今日が初めて」

「やっぱ魔物、しょっちゅう出るのか?」

「そうでもないよ。君がぶち殺して回ったおかげでね。週に数度見るくらいかな」

 週に数度、でも十分多い方なのだがリタはそれ程気に留めていないように見える。そもそもリタがこの森にいるのは魔物を研究するためなので、むしろそのくらいのペースで魔物のサンプルに会えないとリタとしては困るのかも知れない。

「さて、恩人で友人で英雄の君が聞きたいこととやらを教えてくれたまえ。わかる範囲でしっかり答えさせてもらうよ。わからなかったらごめん、魔物センサーを進呈する」

「ああいや、わからなかったからどうこうするってこともねえけど……」

 でも魔物センサーは便利そうなので少し欲しいレントであった。



 レントがここへ来た理由、ユーカの呪いについて、なるべく要約してレントが話すと、リタは短い相槌の後、髪をくるくると指先でいじり始める。これはリタが考え事をする時の癖で、いじるスピードが早ければ早い程真面目に考えている傾向がある。今回はレントが今まで見た中でも最速クラスに感じられた。

「……それでそのユーカ氏は、外に?」

「ああ。流石に中に入れてリタが魔物になっちゃ困るからな……。なるべく離れてもらっている」

「そうか……お心遣い痛み入る。しかしなるほど、それでは時間がないな。レディを待たせる英雄にはなって欲しくない」

「魔物もうろついてるかも知れねえしな」

 レントの言葉に頷いて、リタはまた少し髪の毛をいじってから口を開く。

「……まず率直に言わせてもらうと、申し訳ないが私にはユーカ氏の呪いを解く方法がわからない。実に申し訳ない。魔物センサーを進呈する」

「魔物センサーは欲しいけど、謝ることはねえよ」

 リタは心底申し訳なさそうにきっちりと頭を下げる。まるで机に顔がつかんばかりのその様子に、レントは慌てて顔を上げてくれ、と顔を上げさせた。

「……それと、いくつか興味本位で私の方から君に聞きたいことがあるんだが、良いかな」

「それは全然構わねえよ。いくらでも聞いてくれ」

「では遠慮なく。まず君は、ユーカ氏の呪いの影響を受けていないのだったね?」

 そう問うてくるリタに、レントはコクリと頷く。

「ふむ、そして君は魔物の魔力に強い耐性がある……。これには何度も助けられたね。つまり、ユーカ氏の呪いは魔力由来のもので間違いないだろうね」

「まあ、そうなるだろうな……。魔王っつっても魔物は魔物だし、呪いもアイツの魔力によるモンってことか」

 ユーカと一緒にいてもレントが魔物化しない理由は、レントにもユーカにもよくわかっていなかったがリタの立てた仮説なら筋が通る。

「魔王を倒してもユーカ氏の呪いが解けなかった理由……これは何だろうね。魔王が生きているかも知れない……というのはあまり考えたくないなぁ」

「……それはない……と言い切りたいとこだが、死んだフリしてどっかに隠れてるってのはあり得ない話じゃねえな……」

「うわぁ嫌だねぇ。私ら頑張ったのにねぇ……また行く?」

「頑張ったのになぁ……。お前が来てくれるなら喜んで連れて行くよ」

 そんな冗談を言い合って互いに笑みをこぼしてから、リタは懐かしそうに目を細める。

「刺激的な旅だったよ。君に会わなければ私は今も一人、町の端っこで魔物の死体いじりに明け暮れていただろうからね」

 リタはレントが初めて出会った時から変わっていない。魔物を研究する変人として扱われ、町の住人に煙たがられながらも魔物の研究に明け暮れていた。それがレントと出会い、魔王を倒すための旅の中で沢山の魔物と出会えると判断した彼女は、危険な旅だと知りながら同行を決意した。

「一人だった私にも最近助手が出来てね。これも君のおかげみたいなものだよ」

「へぇ、助手かぁ……。でもそれはお前が自分で見つけたんだろ」

「そんなことはない。君の旅に同行したおかげで知名度が上がったんだ。おかげで同好の士が向こうから寄ってきてくれたのさ」

「どんな奴なんだ?」

「私と違って元気でアグレッシブな奴さ。今は湖まで水を汲みに行ってくれているよ」

 一緒に旅をしたレントはよく知っているが、リタは体力があまりない。そんな彼女にとって水汲みのような肉体労働をしてくれる助手はかなり重宝することだろう。

「そろそろ帰って来るかも知れないね」

 そう呟いてからリタは何気なく窓の外へ視線を向けた。





 レントがリタと話している頃、ユーカは小屋から数十メートル離れた場所で何をするでもなく待機していた。今までユーカは地下牢に幽閉されていたため、何もしないで待ち続けることには慣れているハズだったのだが、今はどうしてかレントが戻ってくるのが待ち遠しくて仕方がない。幽閉されている間、寝る以外の方法でどうやって時間を潰していたのかもう全く思い出せない。今日ここに来るまで、ずっとレントと一緒に過ごしていたせいでももうすっかり独りの過ごし方を忘れてしまっていた。

 これではまるで恋する乙女だ。そう感じて、なんだか気恥ずかしくなってユーカはかぶりを振る。こんな余計なことを考えてしまうから、やっぱり一人は嫌だった。

「……!?」

 そんな思いを巡らせていると、不意に何かの荒い息遣いを感じ取ってユーカは身構える。しかしその時には既に遅く、上から飛びかかってくる何かを回避することが出来なかった。

「――――っ!?」

 飛びかかってきたのは一見人間のようにも見えたが、蜘蛛に似た下半身がそれを否定する。人間の上半身に蜘蛛の下半身、そして生えている八本の腕は人間のもの――間違いなく魔物だった。

 その姿に恐怖を感じるよりも、ユーカははやくこの窮地を脱しなければ、と思考を巡らせる。しかしユーカの身体は八本の腕で組み伏せられており、全く身動きが取れない。

「くっ……!」

 呪いを受ける前のユーカなら簡単に振り払うことが出来たかも知れないが、今のユーカは普通の少女よりも貧弱だ。成人男性よりも力のある魔物を振り払うことなど不可能に等しい。

 魔物はギョロリとした複眼でユーカを睨みつけると、大きく口を開いた。

「れ、レントっ!」

 この距離では力一杯叫んでも届きはしないだろう。完全に油断していた、道中一度も魔物に遭遇しなかったせいでいつの間にか警戒を怠っていたのだ。

 万事休すか、とユーカは覚悟を決める。魔物の口から漂う腐臭に、臭覚を破壊されたかのような錯覚に陥る。

 しかし思わず目を閉じた瞬間、遠くから鋭く風を切る音がする。それにユーカが驚くよりも先に、魔物が短く悲鳴を上げてユーカの上に倒れ込む。既に手足は魔物から解放されていたが、魔物の重い身体が邪魔でまだ身動きは取れなかった。

「大丈夫ッスか!?」

 魔物に視界を遮られていて見えないが、向こうから甲高い少女の声と、駆けてくる軽い足音が聞こえてくる。声の主はすぐにユーカの元へ駆け寄ると、ユーカの上にのしかかる魔物をどうにかどかせて微笑んだ。

「ふぅ……無事みたいッスね、怪我はないッスか?」

「え、ええ……ありがとう……助かったわ」

 目の前にいるのは、ユーカよりも一回りほど小さい、まだ十代前半くらいに見える少女だった。肩までの金髪をお下げに結っており、顔立ちは幼い。向こうに木製のバケツが置いてあることから、どうやら水汲みか何かの帰り、或いは行きしなだったのであろうことがわかる。

「いやあ一発で当たって良かったッス! 自分、弓は五回に三回程は外してしまうので!」

「そ、そうなの……じゃあ、ラッキーだったわね……」

 確率的には五分の三の確率であの魔物に一度は噛みつかれていたことになる。そもそも、この少女が来なければそのまま喰い殺されていてもおかしくなかったことを考えれば、これはかなりの幸運だ。

「……」

 ユーカが自分の幸運を噛み締めていると、少女がジッとこちらを見ていることに気がつく。

「えっと……何?」

 ローンシアでは白髪は珍しい。元々ユーカは黒髪だったが、魔王の呪いを受けた後、気がつくとこの色になってしまっていたのだ。物珍しくてジッと見てしまうのもわからないでもなかったが、よくよく見ると少女の視線はユーカの胸の方を向いていた。

「おっぱい……」

「……おっぱい?」

「……はい、おねーさん、わりとデカいッス」

 セクハラである。紛うことなきセクハラである。

 思わずユーカが顔をしかめていると、少女は素早くユーカの前に両膝を付き、土下座の姿勢を見せた。

「お願いします! どうか自分と、自分の師匠におっぱいの育て方を教えて欲しいッス!」

「え、あ……はぁ?」

「自分も師匠も、常日頃から貧乳に悩まされているッス! おねーさんなら何か打開策がわかるんじゃないッスか!?」

 当然、ユーカにはそんなものの打開策などない。それよりもはやく、この少女から離れる必要がある。あまり長くそばにいると、彼女を魔物にしてしまいかねない。

「いや、あの……そう言われても私にはわかんないというか……何もしてあげられないんだけど……」

 このタイプは変に冷たく突き放してもつきまとってくる可能性が高い。かと言って友好的に接すれば普通につきまとってくる。今のユーカにとって最も厄介な存在と言えるだろう。おまけに命を助けてもらった恩まである。

「ひ、貧乳に未来はないんスか……」

「えっと……多分、そんなことはないから……最悪別の未来を模索しましょう……? ね?」

 いっそこのまま落胆する彼女を置いて逃げようかとも思ったが、先程のように魔物に襲われては元も子もない。それでも命の恩人を魔物にしてしまうよりは良いと思えたが、きっと彼女は追いかけてくるだろう。

 そうこう考えている内に、数日前の出来事が脳裏をよぎる。

 楽しそうに話していたメイドの少女が、自分の目の前で呻き声を上げながら、歪な音を立てて異形の魔物へと変質していく光景。苦しそうに喘ぐ彼女の口から這い出してきた細い腕が、今でも忘れられない。

「そういえば、自己紹介がまだだったッス! 自分、ラナ・イーストンって言うッス!」

 ユーカが過去のビジョンに囚われていると、不意に彼女――ラナがそう言いながらはにかんで見せる。

「……イーストン? イーストンって……」

「そうッス! リタ・イーストン大先生の名字ッス! 自分は元々捨て子だったんで、血の繋がりはないんスけど、今はイーストンを名乗らせてもらってるッス!」

 先程の口ぶりから、恐らくラナはリタ・イーストンと師弟関係にあるのだろう。思わぬところで関係者に出会ったな、と驚いたものの早くラナから離れなければならないことに変わりはない。

 あれからどれくらい時間が経っただろうか。マイラが魔物化した時は精々十分経ったかどうかだったが、魔物化するまでの時間には個人差がある。ラナがいつ魔物化してしまうかは、ユーカにもわからない。

 とにかくユーカと一緒にさえいなければ魔物化することはないだろう。どうすれば彼女を引き離せるか色々考えを巡らせたが、正直に話してしまう方が手っ取り早いのかも知れなかった。

「おねーさんのお名前は?」

「ユーカ・ライオネルよ」

「かっこいい名前ッス! ライオネルってこうなんか……響きがかっけーッス! イーストンも賢そうで好きッスけどね!」

「……そうね、賢そう」

「そッスよねーーー!」

 ラナは話せば話す程無邪気で明るくて、どこかマイラにも似ているような気もしてくる。彼女といるのは楽しいと思えたが、このままではマイラの時と同じ過ちを繰り返すことになる。

 ユーカは一度深呼吸をしてから、意を決して口を開いた。

「あの、聞いて! 私と一緒にいると――」

 しかし言いかけた瞬間、一瞬竦み上がってしまう程の殺気をユーカは感じ取る。それはラナも同じようで、一度肩を跳ねさせてから慌てて背の矢筒から矢を取り出している。

「――――後ろッス!」

 ラナが叫ぶと同時にユーカが振り向くと、一人の女がこちらへ手を伸ばしていた。女の手の平は斜めに裂けており、そこからズルリと蛇が這い出してユーカの方へと伸びた。

 慌てて回避しようとするユーカだったが、蛇は異様に長く、瞬く間にユーカの身体を縛り上げてしまう。そしてユーカが気づいた時には既に、女の左手から伸びた蛇がラナの身体にも巻き付いていた。

「あ、あなたはっ……!」

「まさかこんなところをほっつき歩いていたとはね……ユーカ・ライオネル。あたしは随分捜したんだよぉ……?」

 まとわりつくような声音が、青白い唇から紡がれる。女は長い髪の間から顔を少しだけ覗かせて、ねっとりとした視線でユーカを見つめる。

 女の蛇のような眼球に見つめられ、ユーカは歯を軋ませる。やはりレントと離れたのは失敗だった。この女は言語を介する上位の魔物だ。

「魔王に呪われたアンタが、よくもまあ平然と人間と一緒にいられたものだねぇ」

「魔王に呪われた……? どういうことッスか!?」

 何とか蛇を引き剥がそうともがきながら、ラナは女を睨みつける。

「もうすぐ身をもって体感することになるんじゃないのかい? 折角だ、このまま見物させてもらうとするさねぇ」

「――――待って! やめて! ラナは関係ないわ!」

「ないわけないだろぉ? お友達じゃないのかい? お友達は関係者さ」

 ユーカが女を睨みつけていると、不意にラナが呻き声を上げる。見れば、彼女は脂汗を滲ませながら目を見開き、苦しそうに口と腹部をおさえていた。

「い、いや……やめて……やめて!」

「あたしは縛っているだけさ……やっているのはアンタだろぉ?」

「い、いやああああああああ!」

 甲高い悲鳴が、薄闇の中に響き渡った。



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