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英雄の果て  作者: シクル


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第三話「英雄の条件」

 レントが向かった先は、ユーカの閉じ込められている牢の中だった。兵士達が止めるのも聞かずに強引に中へ入ると、レントは最奥のユーカの元まで全速力で駆けた。

 そこには、ベッドで横向きに丸まったユーカの姿があった。ユーカはすぐにレントに気づくと、少しだけ顔を上げて首を左右に振る。

「レント、ここには来ないで……。あなただって、無事でいられるかわからないわ」

「本当、なのか……! ラルフの話していたことは……お前の呪いはッ……!」

 レントの言葉に、ユーカは悲しげに小さく頷く。それを見てすぐに、レントは鉄格子に前からもたれかかるようにしてその場に崩れた。

「魔王の呪いは、まだ解けていなかった……。私は近くにいる人間を……自我のない魔物に変えてしまう」


 かつて、魔王に挑んだ少女がいた。

 人より優れた力を持ち、何人もの仲間を導きながら魔物と戦い、魔王の元へ到達した彼女は、魔王へ戦いを挑んだ。

 世界のため、国のため。傷つけられた、これから傷つけられるかも知れない人々のため。少女は剣を振るって魔王へ挑み、そして無残に破れた。力の差は歴然で、全く歯が立たなかったのだ。

「魔王は、私を殺さなかった……。だって、殺す必要がなかったのよ。魔王にとって私は、何の脅威でもなかったの。だから、玩具にした」

「それが……その呪い……」

 ユーカは、ええ、と短く答えてから顔をうつむかせる。

「ごめんなさい、食事を持ってきてくれたマイラって子……私のせいで……。私が迂闊だったんだわ……もう大丈夫だと思って、沢山話をしてしまったから……」

 その言葉に対して、レントはどう答えて良いのかわからなかった。ユーカのせいじゃない、そう言いたかったのに、うまく言葉に出来ない。心のどこかで、ユーカのせいだという気持ちがあるからだ。レントは、器用に嘘を吐けない。

 けれども、それと同時にひどく悲しかった。一緒にいるだけで誰かを魔物に変えてしまう、だから地下牢に閉じ込められて自由を奪われている。そんな彼女の境遇が悲しくて、何とかしたいとも思えた。

 そして、じわりじわりと。

 足元から這い上がるように。

 罪悪感。

 俺は今日、さっき、誰を殺したんだ?

 そんな問いかけを己にする度に、全身にぞわりと怖気が走った。筆舌に尽くし難い程に気分が悪くて、最早嘘でなくても自分から言葉を口にするのは難しい。

「謝って許されるようなことじゃないのはわかってる……だけど……」

「……謝ってほしくて、ここにきたわけじゃない……俺は、俺はただ……」

 ただ、確かめたいだけだった。

 ラルフから聞いた話を、そんなことはあり得ないと否定したくて。一縷の望みを託してここへ来た。勿論レントも頭ではわかっていた。ラルフはそんな嘘は吐かない。彼の所作が、言葉が、真実を告げているんだとレントにわからせていた。だからこそ、そんな重すぎる現実を受け止めきれなくて、思わず走り出した足をレントは止められなかった。

「ごめん、俺……」

「……良いの、私が悪いから。それよりはやくここを出て。あまり長居していると、あなたでもどうなるかわからないわ」

 ユーカがそう言った時、レントは顔を上げて彼女の顔を見る。そして思わず、顔を上げてしまったことを強く後悔する。

 この少女は、何て寂しそうな顔をするんだろう。

 来ないで、はやく出て、そんな言葉を言いながらも、今にもレントに手を伸ばしそうな表情だった。

 やっと出られる、レントの手を握りしめて泣いていた彼女の姿が脳裏をよぎる。しかし、レントはそれについて深く何かを感じられるような状態にない。這い上がってくる罪悪感から逃れたくて、全身をかきむしって痛みで誤魔化してしまいたいような気分だった。

 レントはユーカには何も告げず、ゆっくりとその場から立ち上がり、背を向ける。鉄格子の向こうで僅かに吐息が漏れて、こちらに手を伸ばしているような錯覚があったけれど、レントは振り向かずに地下牢を出た。





 その日は誰にも会わずに家に戻って、レントは何もしないでベッドの上で項垂れる。頭の中がぐちゃぐちゃで、何をすれば良いのかも、何を考えれば良いのかも全くわからない。

 口の中に、なんだかずっと甘みが残っている気がする。

 ラルフに渡された、残りのクッキーの入っていた袋を見つめて、レントは深くため息を吐く。

 玉の輿にしてやってくれないか、そう言われた時、レントは鼓動が高鳴った。恋愛感情があったわけではなかったけれど、それでもマイラのことは愛らしいと思っていたし、一人の人間として好きだった。だからこそ、そういうのも悪くないと思っていた。これから少しずつ、そういうことが進展していくのかも知れない、そう思っていた。

 ぐしゃりと。潰した。

 レントのその手で、拳で、潰してしまった。

 震えるその手で袋の中の砕けたクッキーを取り出して、パラパラと口に入れる。まるで直接砂糖を口にしたような甘さがまとわりついた。

「くどいくらい甘ェや……」

 まとわりつく甘さを払わないまま、レントはそのままベッドに横たわる。一睡も出来なかったけれど。



 翌日、レントは再びラルフに呼び出されて城を訪れていた。ほぼ一睡も出来ていないせいで気分は悪かったが、かと言って断って家の中で塞ぎ込んでいても仕方がない。

「すまないレント、眠れていないんだろう」

 レントの目元の隈で気がついたのか、ラルフは申し訳なさそうにそう言ったが、レントはかぶりを振る。

「いや、いいよ。お前が呼び出すってことは、必要な話なんだろ」

 いつも通り応接室で向かい合い、出された紅茶を飲む。ラルフは本題に払う前に人払いをすると、二人きりになってから話を切り出した。

「……まず一言謝らせて欲しい。昨日は取り乱してすまなかった」

 そう言ってラルフが頭を下げると、レントはえっ、と素っ頓狂な声を上げてしまう。

「何言ってンだよ! 取り乱したのは俺の方だろ! その……俺の方こそ悪かったよ……」

「昨日は自分の気持ちでいっぱいで、君の気持ちまで考える余裕がなかったんだ……すまない。君の方が辛いハズなのに」

「そ、それは……」

 マイラを直接手にかける形になったのは、レントだ。しかしそれでも、レントの方が辛いからと言ってラルフが遠慮してしまう必要はないだろう。

 それに、あの時はああする以外に方法はなかった。ラルフの話によれば、一度呪いで魔物になった人間は二度と元には戻らない。かつて最初にユーカの呪いで事件が起きた時、様々な方法で魔物化した人間を元に戻そうとしたが、何をやっても元に戻ることはなかったらしい。

「……このことは、お互い追々気持ちの整理を付けていこう……。本題に入って良いか?」

 レントが頷いたのを確認すると、ラルフは再び口を開く。

「ユーカにかけられた呪いのことは昨日話したな?」

「ああ……」

「僕はあの呪いは、魔王を倒したことで解呪されるものだと思っていた。でも、どうやらそれは間違いだったようだ」

 現に、ユーカの呪いによってマイラは魔物と化している。魔王のかけた呪いが余程強いものだったのか、それとも死んだことによって更に強まる呪いだったのか、どちらにせよ、ユーカの呪いはまだ解けていない。

「恐らく、彼女をあそこから出してやることは……出来ない」

 ラルフの言葉に、レントは口ごもる。マイラのような犠牲をこれ以上出さないためには、それは適切な判断だということはレントにもよくわかる。わかるのだが、やっと出られると泣いて喜んでいた彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 しかし何か方法はないのか、そう問おうとするレントを遮るかのように、ラルフは口を開いた。

「僕は彼女を、殺すしかないと思っている」

「え……」

「辛い決断だが仕方がない……。魔王を倒しても解呪されない以上、もう他に被害を防ぐ手段はない」

 心底口惜しそうにそう言って、ラルフは右手で頭を抱える。

「ちょ、ちょっと待てよ! 今まで地下牢で何とかやってきてたんだろ!? 今まで通りやってきゃ良いじゃねえか!」

「それは僕も考えたさ。でも、このまま放っておいて更に呪いが強まったらどうする? またマイラのような被害者が出た時、君は殺せるのか? 悪いが僕には……出来る気がしない……」

「そ、それは……」

 あの時レントは、あの魔物がマイラだと知らなかったから殺すことが出来た。もしあの魔物がマイラだと最初からわかっていたとしたら……? 暴れ続ける魔物をどうすることも出来ないまま、街の人々を危険にさらすことになったかも知れない。

 ラルフの判断は、正しかったし、その結論が散々思い悩んだ上で出したものだというのも痛いほどによくわかる。しかし頭でわかっていても、納得出来る程レントはリアリストではなかった。

「呪いを解く方法はないのかよ!? なんとかして、殺さなくてもすむ方法があるんじゃねえのか!?」

「そんなもの、君がローンシアに来るまでの間に散々探したさ! それで駄目だからこういう結論になってるんだろ!」

「それは魔王が死ぬ前の話だ! 死んだ後の呪いなら、どうにかする方法があるかも知れないだろ!」

「じゃあ君は、その”かも知れない”のためにマイラのような被害者をこれからも増やすというのか!?」

 力任せに、ラルフが机を叩く。怒気の混じった言い合いと机を叩く音が廊下まで聞こえたのか、外で待機していた侍女が慌てて部屋に入ってくる。

「……なんでもない、少し口論になっただけだ……下がってくれ」

 一息吐いて少し落ち着いてからラルフがそう指示を出すと、侍女はおずおずと部屋の外へ出て行く。その様子を確認してから、ラルフは再びレントへ向き直る。

「君はいつもそうだな。情にほだされ、大局を見ないで目先の人間に手を伸ばす」

「お前の言う大局ってのは、目の前の誰かを犠牲にしねえと見れねえモンなのかよ!」

「違う、そうせざるを得ないだけだ! 子供か君は、大人になれ! 僕は……国を守らないといけない、君のように目の前のことだけ見ていられるような立場じゃない」

「だったら全員助けりゃ良いだろうが!」

 拳を握りしめてレントがそう叫ぶと、ラルフはきつくレントを睨んだが、やがて深くため息を吐く。

「話にならない。それが出来ないからユーカを殺すしかないと言っているんだ」

「だから、そうしなくて良い方法を……誰かを犠牲にしないで全員救える方法を探すって言ってンだよ!」

 これ以上の議論は平行線だろう。お互いにそれを察したところで、ラルフが先に立ち上がった。

「……もういい。お互い少し頭を冷やした方が良さそうだ……。すまないが今日のところは帰ってくれないか。これ以上君と口論したくない」

「ああ……」

 短くそう答え、レントも立ち上がり、応接室を後にする。ラルフの言う通り、このまま話しているとただの喧嘩にしかならない。互いに少し頭を冷やしてから、後日もう一度話すべきだろう。





 その日の夕方、レントは再び城へ向かい、ラルフと顔を合わせないように地下牢へと向かった。ラルフはレントがここを訪れることを見越していたのか、兵士達はすんなりとレントを地下牢へ通してくれた。

 ひんやりとした薄暗い石段を降り、レントは薄暗闇の地下牢を歩く。最奥にたどり着くと、昨日と同じようにユーカがベッドの上で横に丸まっていた。

「……レント」

 気づき、先に名前を呼んだのはユーカの方だった。彼女はすぐに身体を起こすと、レントの方へ身体を向ける。

「ここへはあまり来ない方が良いわ。いくらあなたが魔物の魔力に強くても、どうなるのかわからない」

 少し目を伏せてそう言って、ユーカはレントから顔をそむけた。

「……何か用があるの?」

「昨日のこと……謝りたくて……。ごめん、俺、何も言えなかった。責めたいわけじゃなかったのに、ただ謝らせちまった……」

 レントがそう言って頭を下げると、ユーカはポカンとした表情で口を開けた後、クスリと笑みをこぼした。

「英雄さんは変な人ね。そんなこと、謝るようなことじゃないわ。私が……悪いもの」

「……ほんとに、そうなのかな……。俺、わかんねえよ……確かに昨日のことはアンタが原因だったのかも知れねえけど、ほんとにアンタだけが悪いのかよ……」

 元凶は魔王だが、もうその魔王はいない。なら一体、誰を責めれば良いのだろうか。少なくともユーカではない、レントにはそう思えて仕方がなかった。

「優しいのね、ありがとう」

「……なあ、何とかならねえのかな。アンタの呪い、解く方法はねえのかな……」

「……ないんじゃないかしら。色々試してもらったけど、結局魔王を倒しても解けないんじゃ、どうしようもないわ」

 何もかも諦めたように肩をすくめて見せるユーカだったが、その瞳は悲しげに伏せられている。

「ラルフは、間違ってないわ。私が死んだ方が被害が少ないもの」

「……もう、聞いてたのか……」

「だからここに、来たんでしょう?」

 全てお見通しか、とレントはバツが悪そうに頭をかいて見せた。

「ラルフと喧嘩、あまりしないであげて頂戴。彼、あなたのことをとても大切にしてるから……」

「そんなこと言われるとくすぐってえよ……。それに、ラルフだろうが誰だろうが、納得出来ねえものには頷けねえよ、俺」

 レントの言葉に、ユーカはまた笑みをこぼす。

「頑固なところはラルフと似てるのね」

「アンタは、納得してるのか?」

 その問いに、ユーカはすぐには答えなかった。しばらく硬直した後、やがて深く息を吐いてから口を開く。

「……してるわ。これでも私は元英雄よ、人々のためならこの身を捧げても良い」

「それが英雄なのかよ」

「そうよ。あなたもそうやって魔王と戦った」

 人々のためにその身を捧げ、命を賭けて戦い、救う。それを英雄と言うのであれば、彼女がその身を捧げるのも英雄だと言えるのかも知れない。

「そういえば前から気になってたけど、あなた転生者でしょ? それも日本人」

「え、あ、なんで……?」

「なんとなく。それと、私もそうだから」

 そう言って小首をかしげて笑うと、ユーカの長い白髪が僅かに揺れる。

「閉じ込められる前のここの生活は好きだったけど、ラーメンがないのは寂しかったなぁ……」

「……そうだな。俺も結構好きだったから、結構食ってたよ」

「ほんとに? カップ麺で良いから、また食べたいなぁ」

 ラーメン、カップ麺、もう長いこと耳にするどころか口にすることもなかった言葉がレントには心地良い。どれだけこの世界に馴染んでも、やはり元いた世界は恋しいものだ。ユーカという名前に聞き馴染みがあったのは偶然ではなく、どうやら本当にレントの元いた世界の名前のようだった。

「……良かった。最後にあなたに会えて。まさか死ぬまでにラーメンの話が出来るだなんて、思ってもみなかった」

 ユーカの表情が、陰る。

 先程までのあっけらかんとした態度が次第に崩れて、彼女は長い前髪で顔を隠した。

「ほんとにこれで、良いのかよ」

「……良いよ」

「終わりで、良いのかよ」

「…………良いよ」

 声に、涙がまじる。

 納得してる、それで良い、間違っていない、何度もそう繰り返したのは、自分に言い聞かせるためだったのだろうか。

 レントには、彼女が納得しているようには思えなかった。

 きっと最初から彼女は、誰かに助けて欲しかった。だから魔王が死んで、出られるかも知れないとわかって、取り乱すくらい喜んだのではなかったのか。

「良く、ねえだろ」

 ユーカは、答えない。答えなかったが、レントの言葉を肯定するかのように、冷たい石畳に生ぬるい雫が落ちた。

「良いわけねえだろ!」

 それでも彼女は、頷こうとはしなかった。ただ顔をうつむかせたまま、小さく震えるばかりだ。

 鉄格子越しではその肩を抱きしめてやることが出来ない。震える彼女に、レントからは触れることが出来ない。それが悔しくて、レントは腰に下げた剣の柄に手をかける。

「アンタが死ねばそれで良いなんて、そんなわけねえだろ! 何か方法があるかも知れねえだろ!」

「……私が死ねばそれで良いの……! 良いのよ! これ以上誰かに迷惑はかけられない! 魔王も倒せずおめおめと逃げ帰って! 挙げ句の果てに民を苦しめて! 何が英雄よ聞いて呆れるわ! 私が死んだって関係ない! 昔私を養ってくれてた人は……私のせいで真っ先に魔物になったわ……!」

 呪いを受け、国に、家に帰り、最初に魔物になったのは、転生したユーカを居候させてくれた夫婦だった。もう既に、ユーカの身を案じる者はユーカにとってはいないに等しい。仲間はほぼ全て魔王に殺され、唯一生き残った仲間のラルフはもうユーカを殺すという決断を下している。

「もう良いの……良いのよっ……」

「だから……良くねえっつってンだろうが!」

 肩を怒らせて、レントはユーカを怒鳴りつける。驚いたユーカは一度肩をびくつかせたが、やがて長い前髪の隙間からレントを睨みつけた。

「どうしてよ!」

「どうしてもこうしてもねえ! 俺が嫌なんだよ!」

「……はぁ!?」

 わけがわからずユーカが声を上げると、レントは左手で鉄格子を掴み、向こう側へと身を乗り出して力一杯叫ぶ。

「アンタ、死にてえだなんて少しも思ってねえだろ! ほんとに死にてえなら何でそんな顔で泣くんだよ!」

 レントのその言葉を聞いて、ユーカはキッとレントを睨みつけると、前髪をかきわけて強引に笑みを浮かべて見せる。

「ほらこの通り、私は皆のために死ねるのが嬉しくって仕方がないわ……なん、なら……その剣で、今すぐ殺してくれたって……っ」

 言えば言う程、涙が止まらない。必死に口角を釣り上げても、顔はべちゃべちゃに濡れるばかりで、髪は頬に貼り付いてしまっている。

 段々、そんな強引な笑顔ももたなくなってきて、ユーカはたまらず声を上げて泣き始める。まだ死にたくない、生きていたい、それがきっと彼女の本心だった。

 レントはしばらくそれをジッと見つめた後、ゆっくりと剣を抜く。そして振り上げると、一気に鉄格子を切り裂いた。

「えっ……?」

 鉄格子を剣で切り裂くなど、そう簡単に出来る芸当ではない。二振り、三振り、レントは鉄格子を切り裂いて道を作り、ゆっくりとその向こうへ足を踏み入れる。

 そしてそっと、嗚咽を漏らすユーカへ手を差し伸べた。

「俺は英雄だ。人々を救うのが英雄だってンなら……俺はアンタを救う」

 力強いその言葉に、ユーカはわけもなく賭けてみたくなる。

 呪いは解けない、それはもう何年も前からわかっていることだ。ラルフも国王も色々試して、それでも駄目だったからこそ地下に幽閉されていた。

 ユーカの存在は秘匿され、魔王を倒せなかったこともあって人々の記憶から少しずつ薄れていった。もうそれでも良いと思えたし、誰にも迷惑かけなくてすむならこのまま死んでも良いと思っていた。それが、人々のためなのならば。

 けれど違う、そうじゃない、それで良いわけがない。ユーカ自身以外の誰かが、初めてそこに異を唱えた。

 諦めていた思いが溢れ出す。

 もう無理だと、どうしようもない叶わないと思っていた願いにまた、すがりつきたくなる。

「わ、私……生き、たい……」

 やっと口をついて出た願いに、レントは静かに頷く。

「私まだっ……死にたくない……っ」

 もう何度も涙を拭いてぐちょぐちょになった右手で、ユーカはレントの手を取る。その手がそっと握りしめられたことに気がつくと、ユーカはたまらずにレントに飛びついた。

「死にたくない……」

 絞り出しすようなか細い声が薄暗闇に飲まれぬよう、レントはそっと包み込む。今まで誰も掴まなかったこの手を、絶対に離さないと誓った。

「……俺は諦めない。アンタを救う方法を、絶対に見つけ出す」

 具体的な方法はまだわからない。ラルフの言う通り、ユーカを殺すのが最適解なのかも知れない。けれども、レントは誰かを犠牲にすることが納得出来ない。必死に諦めようと自分に言い聞かせながらも、それでも生きたいと願う彼女を犠牲にすることが、どうしても正しいとは思えない。

 彼女の死が運命なら、それを壊してでも覆す。それがきっと、レントの思う英雄だった。

「ここを出て、俺と一緒に探そう。呪いを解く方法を、アンタが……ユーカが死なずにすむ方法を」

 腕の中で彼女が頷いたのを確認すると、レントは彼女を抱き上げた。

「……ちょ、え、なにっ……!?」

「軽いな! 呪いが解けたら、肉でも何でもたらふく食わせてやるよ!」

「え、ちょっと待って! 私歩ける! 歩けるから!」

「悪いがちょっと荒事になるんでな、こうしてる方が安全なんだよ!」

 レントはユーカを左腕でひょいと抱え上げると、そのまま全速力で地下牢を飛び出していく。当然、入り口の兵士達はそれに気がついて食い止めようとしたが、彼らでは片手のレントにすらかなわない。

「す、すごい……」

 ユーカを抱えたまま、片手でレントは兵士達をなぎ倒す。相手は剣で武装しており、レントが相手では加減している場合ではないと判断して抜剣していたが、それでもレントには歯が立たなかった。

「これが魔王を倒した英雄の実力……」

 ユーカもかつては並みの人間とは比べ物にならない程の実力者だったが、今のレントと同じことが出来るかと言われると難しい。それに今は呪いによって力を失い、長い幽閉生活で体力も筋力も落ち切っている。そのことを踏まえると、一緒に走るよりも抱きかかえられたままの方が逃げるのには都合が良いのかも知れない。

「よし、急ぐぜ、とにかく人里を出ねえとな」

 ユーカの呪いがどれ程の速度で人を魔物にするのかわからないが、地下牢を出た以上は人里にはいられない。一刻も早くこの城下町を出て、まずは身を隠さなければならないだろう。幸い、レントはまだ魔物化する様子はない。

「――――見られてるわ!」

 見張りの兵士達はどうにかなったものの、どうやらレントと兵士が戦っている様子を見ていた兵士がいたようで、慌てて城の中へ報告に向かう姿をユーカの目がとらえた。

「……ラルフ……」

 親友の名を一言呟いてから、レントはすぐに城を出るべく門へと向かった。



 立ちはだかる兵士達を退けながら門の方へ進んでいくと、レントは門の前に兵士が一人しかいないことに気がつく。訝しんで目をこらすと、そこに立っていたのは兵士ではなくラルフだった。

「……お見通しってか」

 対峙し、呟くレントをラルフは強く睨みつける。

「僕が、君の行動を読めないとでも思っていたのか?」

「別に読めねえとは思っちゃいねえよ。ただ、読むとも思ってなかっただけだ」

 レントがそう返すと、ラルフは少しだけ悲しげに目を伏せたが、やがてもう一度レントを睨みつけて剣を抜く。

「君の信頼に応えられずすまない。だがそれはお互い様だと言える」

「……ああ。悪いが今回ばっかりは納得出来ねえ。お前をぶっ飛ばしてでも俺は行く」

 片手で剣を抜き、レントは身構える。流石に素手で戦える程ラルフは甘くない。

「そこまでする理由が君にはないハズだ。彼女は君とは関係ない」

「ああ、ねえよ。でもそれは助けない理由にはならない」

「彼女を助けるということは、民を助けないということなんだぞ!」

「違う、俺が探すのは両方助ける道だ」

「君だってどうなるかわからない!」

「知るかよ! こいつが泣いた、だから助ける、それ以上はいらねえ!」

 誰かが泣いているなら、その涙は拭いたい。世界中全てに手を伸ばすことは出来ないけれど、せめて目の前で泣いている人だけは絶対に助けたい。それがレントの答えだ。

「君は話がわからない!」

「お前は頭が硬ェ!」

「君が馬鹿なだけだ!」

「俺は納得出来ねェ!」

 その言葉を皮切りに、ラルフは目を剥いてレントへ斬りかかる。その剣を右手の剣で受けて力強く弾いてから、レントは一度ユーカへ視線を向ける。

「悪い、ちょっと飛ばすぞ」

「え……?」

 困惑するユーカには何も答えず、レントは突如ユーカを上空へ放り投げる。甲高い絶叫と共に高く飛び上がるユーカをチラリと確認してから、レントは一瞬でラルフと距離を詰めた。

「――ッ!?」

「ウラァッ!」

 乱暴な掛け声と共に振り抜かれた剣が、ラルフの剣を弾き飛ばす。尋常ならざるそのパワーに、ラルフは右手が強く痺れるのを感じて顔をしかめる。

「どけ! ラルフ!」

 そんなラルフに、レントは容赦なく回し蹴りを食らわせる。右足が側頭部にクリーンヒットし、ラルフは派手にふっ飛ばされて近くの大樹に叩きつけられる。飛びそうな意識をなんとか保ってレントを見ると、彼は既にラルフのことなど見ておらず、高く跳び上がってユーカをキャッチしていた。

「あ、あなたこんな滅茶苦茶っ……!」

「死ぬより良いだろ?」

 そう言って不敵に笑い、レントは門まで駆けると剣で鍵を切り裂く。あまりの何でもありっぷりに、ユーカはもう一々コメントをするような気にもなれなかった。

「待て! レント!」

 よろめきながら叫ぶラルフの声に、レントは一度だけ足を止める。

「行くな……待ってくれ……!」

 どこか悲痛なラルフの声に、レントは後ろ髪を引かれるような思いだったがわずかにかぶりを振って拒絶する。そして一度も振り返らないまま、レントは門の向こうへと駆け出した。

「待てェェェ! レントォォォォォォォッ!」

 絶叫にも似たラルフの声を、レントはあえて聞かないフリをした。


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