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英雄の果て  作者: シクル


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第二話「王都の魔物」

 翌日の昼過ぎ、ラルフが王族の会議に出ているタイミングを狙ってレントは例の地下牢へと向かう。英雄扱いされているレントは城のどこを歩いていても特に咎められることはなく、地下牢のある城の離れまでまっすぐに行くことが出来たが、昨日と違って二人の憲兵が入り口で警備していた。

 昨日は警備の人間も宴会に参加していていなかったのか、それとも昨日レントが入り込んだことで警備をつけることになったのか、判断は難しかったがこっそり中に入るのは難しいだろう。

「……こりゃ、直接聞いた方が良いか……」

 レントは、こそこそするのはあまり好きではない。直接聞いた方がお互いすっきりするだろう、と判断したレントは会議が終わってからラルフに直接聞くことに決めた。



 城の者にラルフと話がしたい旨を伝えると、レントは応接室へ通される。それからしばらくソファに座って待っていると、会議を終えたラルフが侍女を連れてすぐに顔を出す。

「すまないね、ちょっと長引いてしまって」

「ああいいよいいよ、急に来たのは俺の方だし」

「また来てくれと言ったのは僕だろうに」

 言いつつ、ラルフは机を挟んだ向こう側のソファに腰掛ける。そうしている間に、侍女が紅茶を淹れて持ってくる。ついさっき飲み干したレントのカップも、新しいものと取り替えられた。

「それで、どうしたんだい? 暇つぶしなら可能な限り付き合うよ」

「そういうわけじゃなくてさ……ちょっと聞きづれーんだけど……」

 地下牢に入ったこと、そこで一人囚われているユーカ・ライオネルと話をしたこと、それらを伝えると、ラルフは少し顔をしかめたが、やがて諦めたように嘆息する。

「……やっぱりユーカに会っていたんだな」

「……わり。けどよ、マイラのことは叱ってやらないで欲しいんだ。俺が聞かなかったことにして行かなきゃ良かっただけの話だし……」

「言われなくても叱らないよ。そもそもレントにちゃんと話していなかった僕にも責任がある」

 そう言って紅茶を一口飲んでから、ラルフは言葉を続ける。

「彼女は前に魔王と戦ったメンバーの一人でね。彼女の言う通り、魔王に呪いをかけられている。最悪の場合死に至る、人へ伝播するする呪いだ」

「な……ッ!?」

「とは言っても、少し接触したくらいなら大丈夫だ。でないと彼女へ食事すら運べないからね」

 それを聞いて、レントはホッと胸をなでおろす。

「そもそもレントには効かないかも知れない。君は魔物の持つ魔力に対しては滅法強いからな……」

「仮にそうだとしても怖えよ……。っても、魔王はもう倒したんだし、問題ないんじゃねえか?」

「ああ、そう思って僕も昨日は顔を出した。でもまだもう少し様子見しようと思う。それで大丈夫そうなら、彼女を牢から出してやりたい」

 昨晩の彼女の様子から察するに、もう閉じ込められてから長いのだろう。出来れば今すぐにでも出してやって欲しいと思うレントだったが、もう少し様子見するという判断は間違っていないとも思った。

「まあ、彼女が出られることになったらまた連絡するよ。その時改めて紹介しよう」

「ああ、そうしてくれ」

 レントが軽く頷くと、ラルフはそういえば、と別の話を切り出す。

「話は変わるんだが今日は城で食事をとらないか? 父上がレントと話したがっている」

「……どーせまた城に住まないかって話だろ?」

「お察しの通りだ。父上は英雄が森の中でポツンと生活するのが納得いかないらしい。城で息子のような待遇をしたいと仰っていた」

「気持ちは嬉しいんだけどなぁ……」

 確かに、国を、世界を救った英雄をきちんともてなしていないとなれば国王としては面目が立たないのだろう。レントとしては恩人との思い出のあるあの家を出る気にはあまりなれない。

「それと、マイラにも会ってやってくれ。今朝、レントが来たら教えてほしいと頼まれたんだ」

「おう、それはいつでも良いぜ」

 それにしても、ラルフは侍女達と距離が近いなとレントは感じる。マイラに限らず、ラルフと仲の良い侍女や侍従は多い。ラルフが身分をそれ程気にせず別け隔てなく接するおかげだろうし、そのためか国民からも多く指示されている。ラルフが第一王子であれば、間違いなく次の国王は彼だっただろう。



 夕食を終えた後、食堂を出るとすぐにマイラがレントの元へと駆け寄ってくる。嬉しそうに目をキラキラさせて、マイラはレントを見上げた。

「ようマイラ。ラルフから聞いてるけど、何か用か?」

「あ、はい、用っていうか、その、言っておきたいことが……」

「……言っておきたいこと?」

 ――――玉の輿にしてあげる気はないか?

 ふと、昨晩のラルフの言葉が脳裏をよぎる。よく見れば彼女はどこか恥ずかしそうにしているし、もしかすると……。

「あ、いや、えっと……」

 変な想像をしてどぎまぎするレントだったが、マイラの言葉はレントの想像とは少しだけズレていた。

「こ、今度、クッキーを焼くのでっ……食べてもらえませんか!?」

「く、クッキー……?」

「は、はい! お父さんが、教えてくれるって……。私、そろそろちゃんと料理に挑戦しなきゃなって思って、お願いして……あ、でも、お菓子ですけど……へへ……」

 なんだかホッとしたような、少しだけ残念なような、なんとも言えない気分になりながらもレントは小さく息を吐いてからニッと笑って見せる。

「よし、じゃあ楽しみにしてるぜ。俺甘党だからさ、思いっきり甘くしてくれよ」

「……はい! たっぷりお砂糖使いますね!」

 うんうんと勢いよく頷いて、マイラは今にも踊りださんばかりに身を捩る。そんな愛らしい様子を眺めながら、レントは今の平和を噛み締めた。

 このまま続けば良い。レントとラルフ達が必死で作った、この平和が。





 地下牢でユーカと初めて会って以来、レントはどうにもユーカのことが忘れられずにいた。あの時彼女の見せた涙が脳裏に焼き付いたまま離れず、どうしても心の片隅でぼんやりと彼女のことを思い返してしまう。

「レント、レント」

「……ん、ああ悪い、なんだ?」

 ぼーっとユーカのことを考えていると、正面に座っているラルフがムッとした表情でレントを見ていた。

「チェックメイトだ。やる気があるのか君は」

 ラルフにそう言われて机の上のチェス盤を見ると、レントのキングは完全に追い詰められ、ラルフの言う通りチェックメイト状態に陥っている。しばらくそれをぼんやり眺めた後、レントは小さく息を吐く。

「俺は将棋の方が得意だからな。チェスで負けるのは仕方ねえ」

「ショーギなんていう実在しないゲームの話をされても反応に困る、と何度言えばわかるんだ」

「あるんだよ! 将棋っつーチェスに似たゲームが! そんなに言うなら今度駒も将棋盤も作ってきてやらァ!」

「ほーう面白い、是非持ってきてくれ。そしてそのショーギでも僕の方が強かったらちゃんと負けを認めろよ!」

「望むところだ! 将棋のレンちゃんと言われた俺の実力を見せつけてやる!」

「なんだそれ……」

 そう言ったラルフと顔を見合わせて、レントは一緒になって微笑む。ここの所あまりにも平和で、こうして二人でチェスやトランプでのんびり遊ぶことが増えている。

 基本的に頭を使うゲームはラルフの方が強く、チェスもトランプもまともに勝った試しがなかった。将棋なら、と息巻くレントではあったが、内心将棋でも負けそうだとビクビクしているのが現状である。

「それにしても最近はぼんやりすることが多いな。何か悩みでもあるのか?」

「ああいや、悩みってわけでもねえけど……」

 ユーカのことが忘れられません、だなどとそのまま言う気にはなれずレントは適当に言葉を濁す。しかしそれを見透かしたようにラルフは微笑して見せた。

「ユーカのことがそんなに気になるかい?」

「……なんでそう思うンだよ」

「他に君が気にしそうなことがないからな」

 図星をつかれ、レントはバツが悪そうに頭をかきながら苦笑いする。

「なあ、アイツはいつになったら出られるんだ?」

「どうだろうな……。まだ彼女の呪いが解けているという確証がないから何とも言えない……。まだもう少し様子を見た方が良いだろう」

「そりゃそうかも知んねえけど……。でもどうやって確認すんだよ」

 ラルフの話によれば、ユーカの呪いは最悪の場合相手を死に至らしめるようなものだ。そんな呪いを確認しようとして犠牲を出してしまうわけにもいかないし、現状良い方法がないのはレントにも何となくわかった。

「まあそう焦るなよ。それとも恋にでも落ちたか?」

「お前そういうこと言う……?」

「言う。レントは顔に出るからな」

 こいつにはかなわねえ。諦めたようにそう呟いてから、レントはラルフの目を盗んでチェス盤を右手でぐちゃぐちゃに崩す。

「よし、再戦だ。これでチェックメイトだったかどうかは誰にもわからねえ」

「……最悪だな君は」

 眉を細めてそう言いながらも、そのまま再戦に付き合うラルフであった。



 それからも数日間、レント達は特に何事もなく平穏に過ごしていたが、丁度レントが勲章を与えられてから一週間程経った頃、事件は起こる。

 その日のレントは、看板娘が風邪で倒れてしまったパン屋の手伝いをしていた。

「いやあ悪いな英雄さん、娘の代わりに」

「むしろ俺で悪かったなってくらいだよ。俺みたいな野郎が接客したってお客さんそんなに喜ばねえよ」

 パン屋のおじさんにそう言って笑いつつ、レントは受け取ったパンを店頭に並べていく。出来たての香ばしい香りをかいでいるとそのまま食べてしまいたくなるが、なるべくパンを直視しないようにすることでどうにかレントは正気を保っていた。

「手ェ貸してくれるなら野郎でも猫でもありがてぇってモンよ」

「そっか……。娘さん、具合の方はどうだ?」

「ん、ああ具合はそこまで悪くねえんだよ。ただお客さんに風邪うつしたりしたらまずいっつーだけだからな。後で見舞ってやってくんねえか?」

「そりゃ、構わねえけど」

「いやああいつ喜ぶぞォ。大人しく寝とけっつーのに、英雄が来るならっつって出てこようとしやがるくらいにはファンなんだよ」

「ンだよなんか恥ずかしいな……」

 魔王を倒し、世界を救った英雄。まさか自分が、ファンのつくような存在になるなどとは夢にも思っていなかったせいで何もかもがくすぐったい。町を歩けば英雄英雄ともてはやされ、ちょっと買い物すればサインを書かされて店に飾られてしまう。

「よし、じゃあ後でよろしく頼むな!」

 おじさんがそう言って歯を見せて笑っていると、不意に店の外から悲鳴が聞こえてくる。慌ててレントが店の中から外へ目を向けると、数人の男女が何かから逃げるように街道を走っているのが見える。

「何だ……!? わり、おっちゃん、ちょっと見てくる!」

「お、おう、気をつけろよ!」

 何の躊躇もなく飛び出す英雄の背中を見送りつつ、おじさんは目を丸くしていた。



 街道へ飛び出すと、すぐに人々を追いかけていたのが何だったのか理解する。そしてそれと同時に、あり得ないその光景にレントは顔を驚愕に染め上げた。

「な、何で……!?」

 そこにいたのは、人の形をした異形の怪物だった。薄茶色の身体を持ち、上半身が異常に発達したその怪物は、後頭部から生えた小さな両手で顔を覆っている。しかしこちらは見えているのか、現れたレントの方へ顔を向けて動きを止める。

 姿形こそ個体によって違うものの、レントはこういう怪物を知っている。もう何十、何百体と倒した怪物――――

「魔物が……街に……!」

 レントは旅の中で魔物を倒し続け、その統率者である魔王をも倒した。近隣の魔物は兵士達によって撃破されており、昔のように街の中に紛れ込んでくるようなことはほとんどなくなっているハズだった。

 目の前で死んだバドンの姿が、脳裏をよぎる。

「……どうやって入ったか知らねえが、ここの人達には指一本触れさせねえぞ!」

 当然帯剣しておらず、素手で戦わざるを得なかったが、とにかく兵士達が到着するまでは持ちこたえなければならない。

 魔物は動かずにこちらの様子を伺っている。あまり我慢強くないレントは、魔物の動きを伺わずにそのまま殴りかかる。魔物はそれを避けようともせず、薄茶色の少しだけ盛り上がった胸部で受け止めた。

「クソ……素手じゃ厳しいか……!」

 そのまま二撃、三撃と拳や蹴りを叩き込むがあまり効いているようには見えない。レントの身体能力は常人のソレを上回っているため、並大抵の魔物が相手なら素手でもそれなりにダメージを与えられるハズだったが、どうやらこの魔物は並大抵の魔物ではないらしい。

 しばらく自由にレントに打ち込ませていた魔物だったが、やがて右腕でレントを振り払おうとする。レントは咄嗟に屈んでソレを回避すると、その勢いのまま一気に膝を伸ばし、跳び上がるようにして魔物の顎にアッパーを叩き込む。

「ゥオラァッ!」

 流石にこれは多少効いたのか、魔物は顔を上に向けてたたらを踏む。しかしその瞬間、胸部の真ん中にある赤い球体がギョロリと動いてレントを見る。目は顔ではなくそこにあるようだった。

「まだまだッ!」

 このチャンスに更にダメージを与えようと駆け出すレントだったが、突如魔物が口を大きく開ける。すると、口の中から長細い腕が這いずるように飛び出し、レントの顔面を正面から掴む。

「ぐッ……!」

 そのまま凄まじい力で締め上げられ、レントは呻き声を上げる。何とか引き剥がそうと両手で魔物の腕を掴むと、それと同時に思い切り地面へ叩きつけられてしまった。

「テメッ……ェ!」

 顔面から叩きつけられ、額から血を流しながらもレントは体勢を立て直す。そして何とか距離を取りながら立ち上がって身構えた。

 やはり武器がなければ簡単には決定打は与えられない。魔物の方はレントを舐めているのか、随分と余裕のある動きを見せていた。

 もし素手で致命傷を与えるとすれば……恐らくあの胸部の目だ。

「上等だ……! ぶっ飛ばしてやらァ!」

 自身を鼓舞するように雄叫びを上げ、レントは再び駆け出す。魔物の口から伸びてくる腕を巧みに回避しながら接近し、魔物の頭部に右足で回し蹴りを叩き込む。

 どうやら頭部への攻撃はそれなりに効いているらしく、魔物は苦しみながら大きく状態をそらして暴れ出す。レントは追撃の手を緩めず、暴れる魔物の両腕を回避しながら再び懐に潜り込み、胸部の赤い目に思い切り右拳を突き出した。

 レントの予想通り、目としての機能をもつその部分は非常に柔らかい。レントの拳は厭な音を立てて眼球を砕き、魔物の身体に食い込む。

 絶叫しながら胸部から鮮血を撒き散らす魔物の胸部に、レントは容赦なく拳を更に食い込ませた。

「……ふぅ」

 そしてレントが腕を引き抜く頃には、魔物は倒れ、僅かに痙攣した後動きを止める。

 しばらくその場にいた人々はその壮絶さに言葉を失っていたが、やがて英雄の勝利を理解すると一気に歓声を上げた。

 魔物とは言え、何かを殺して喜ばれるのはあまり好きではなかったが、ひとまずレントは街の人達を守れたことに安堵する。

「……ん?」

 また動き出さないよう倒れた魔物を見張っていると、魔物が握り込んでいた右手が開かれている。その手には何か小さな袋が握られていたようで、手のひらの上に乗っている袋はくしゃくしゃになっていた。

 気になって袋を手にとって中身を見ると、中には粉々になった何かが入っているのがわかった。

「なんだ……この匂い……妙に甘い……」

 袋の中から漂ってくるのは甘い、砂糖のような匂いだ。お菓子か何かかだろうか、とレントが考えを巡らせていると、馬の駆けてくる音が聞こえてくる。

 駆けつけたのは、兵士達を連れたラルフだった。

「……レント」

「良かった、やっと来てくれたな。この魔物、このままここに放置しとくわけにもいかねえし、運ぶの手伝ってくれよ」

 魔物とは言え生き物だ。殺せばそこに死体が残る。これまで倒してきた全ての魔物に対してそうしたわけではないが、なるべくレントは倒した魔物を埋葬するようにしていた。

 ラルフは、レントの言葉には中々答えない。馬から降り、顔をしかめたままただ魔物の死体を見下ろしている。

「……ラルフ?」

「レント、それは……?」

 レントが手に持っている袋に気づき、ラルフが手を伸ばすと、レントはすぐにその復路をラルフに手渡す。

「さあな。魔物が握り込んでたんだ。なんか妙に甘い匂いがするんだけど、お菓子か何かか?」

 ラルフは袋を受け取り、中身を見た途端、すぐにその場に膝から崩れ落ちた。

「ラルフ様!」

「お、おいラルフ! どうしたんだ!?」

 駆け寄るレントと兵士達を右手で制しながら、ラルフはゆっくりと立ち上がると、すぐに兵士達へ支持を出し始める。

「……この魔物を、なるべく丁重に埋葬しておいてくれ。僕は少し、レントに話がある」

「……は、承知致しました」

 兵士達が指示に従って動き出したのを確認すると、ラルフはレントへ真っ直ぐに視線を向けた。

「レント、さっき言った通りだ。僕の後ろに乗って城まで来てくれ」

「あ、ああ……」

 やや困惑しながらも頷くと、レントはパン屋のおじさんに一言謝ってからラルフと共に城へと向かった。



 城へ到着すると、レントはすぐにラルフに連れられて応接室へ通された。

 城の中は少し荒れており、カーペットが乱れていたり窓が割れていたり、壁の欠けている部分もあった。

「……なあ、あの魔物ってもしかして城の中に……」

 ソファで向かい合って座り、恐る恐るレントが呟くと、ラルフは小さく頷く。

「どうやって入ったってンだよ! 一体誰が――――」

 言いかけたレントの言葉を遮るように、ラルフは先程レントから受け取った袋を机の上に広げる。もう一度甘い匂いが広がって、レントは眉をひそめる。

「そういやそれ、何なんだよ? 何かわかるのか?」

「……クッキーだ、これは」

 そう言ってラルフは、欠片の中でも一際大きいものをつまみ上げる。

「クッキー……? 言われてみりゃ……でも何で魔物がクッキーを?」

「食べてくれ」

「食べろったってこんな粉々……それに、魔物が持ってたやつだろ……?」

 粉々になっているとは言え、食べ物を粗末にするのはレントも好きではない。しかしそれでも、魔物が持ち歩いていたものを迂闊に口にする気にはなれなかった。

 クッキーの欠片を差し出すラルフに、レントが怪訝そうな表情を向けていると、ラルフは耐えきれない、とでも言わんばかりに肩を震わせる。

「ラルフ……?」

「食べろ! レント! お前はこれを食べなくちゃいけないハズだ!」

「お、おい何怒ってんだよ! わかんねえよ、説明してくれって!」

 慌ててクッキーの欠片を受け取り、レントはすぐに口にする。少し粉っぽく感じたが、砂糖がふんだんに使われているのか過度に甘い。甘党のレントの味覚からしてもかなり甘い部類だったが、好きな味だと思えた。

「……どうだ?」

「どうって、ちょっと粉っぽいけど、甘くてうめえよ……。俺は好きだ……」

 ぽつぽつと感想を述べながら、レントは余計に混乱する。ラルフにこうして呼び出されたのは、街に現れた魔物の話をするためだと思っていた。それが来てみれば砕けたクッキーの感想を話している。その状況がなんだかよくわからず、レントは顔をしかめた。

「……それは……」

 ラルフの声が、震える。

「その、クッキーは……マイラが、作ったものだ……」

 今にも泣き出しそうな声色が、レントに突き刺さる。

「……え……?」

 一瞬頭が真っ白になり、レントは硬直する。ラルフの言葉から、様子から、何があったのかを脳が勝手に推測した。

「お、おい……何があった!? マイラに何があったんだ!?」

 思わず身を乗り出し、レントはラルフの両肩を掴む。するとラルフは、震える唇で数十分前に起きた出来事を途切れ途切れに話し始める。

 それを聞き終えたレントは、まるで突き飛ばすかのようにラルフの肩を離して応接室を飛び出していった。


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