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英雄の果て  作者: シクル


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プロローグ

 あらすじにも書いた通り、流行りの異世界転生モノとは別物です。チートスキル等は登場しませんのでご了承ください。

序章

 其れは少しだけ人に近い形をしていた。けれど本質は人とはかけ離れた邪悪の化身。不自然に発達した筋肉と漆黒の翼、山羊に似た巨大な角、すべてを引き裂く曲がった爪を持ち、その五体で何千何百という命を屠り去った怪物だ。

 人は其れを、魔王と呼ぶ。

 魔王は笑う。牙の並ぶ、巨大に裂けた口をぐにゃりと曲げて。

「……例え私のこの身が果てたとしても、必ず次の誰かがあなたを滅ぼす……! 今は精々笑っているが良いわ……!」

 魔物がすむ深淵の地、マグマに囲まれた岸壁の上で、少女は細い両足で必死に身体を支えて魔王を睨む。既にほとんどの仲間は倒れ、今立っているのは少女だけである。

 魔王は、言葉を返さない。不気味に笑い続けるだけで、少女の言葉には一切取り合わない。

「殺せるものなら殺してみなさい! 私は最後まで抗うわ!」

 ボロボロの剣の切っ先を向け、少女は勇敢にも声を張り上げる。しかし絞り出したような声は、魔王の笑みに呼応するかのように揺れるマグマの中に消えるだけだった。

 この地の果てで、私は終わる。少女はそれを覚悟している。

 勝てると思っていた。負けるハズがないと信じていた。

 特別な生を受け、人より優れた力を持ち、数々の魔物を屠り、国では英雄と呼ばれた。しかし決して過信していたわけではない。鍛錬は常に怠らなかったし、魔物を屠り人々に平和をもたらすのは自分の使命で、そのためにこの世界に生まれてきたという自負があった。だから戦った、戦い続けた、そして旅の中での成長が、彼女に勝利を確信させる。頼れる仲間もいた、力を合わせれば絶対に負けないと信じていた。

 けれど、違った。

 特別な生も、優れた力も、英雄の肩書も、たゆまぬ努力も、大切な仲間も、絆も、何一つ歯が立たなかった。

 今から全てが無に還る。

「……っ!」

 魔王は、ゲラゲラと笑うだけだ。

 怒りも憎しみも哀愁も悔恨も、ただただ全てを嘲笑う。今から無に還るそれらが、まるで最初から無であったかのように。

 人が滑稽に映るか、魔王よ。そう問うても、きっと魔王は笑うだけだ。

「魔王ぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 その姿が、少女には許せない。ただ嘲笑うだけの魔王は、まるで少女の全てを否定するかのようだったから。

 耐え切れずに激情に呑まれ、少女は剣を構えて魔王へ駆け出した。

「――――っ!」

 しかし剣は、魔王の元へ届く前にへし折られる。無造作に、小枝でもどけるかのように魔王は右手で剣を折った。

 砕け散った破片が、少女の眼前を舞う。その内いくつかがマグマに落ちて溶け消える。少女を支える最後の希望が、無前にもへし折られたのだ。

 思わず足を止めた少女に、魔王の手が接近する。魔王はその小さな頭を鷲掴みにすると、その顔を自分の眼前まで引き寄せる。

 そして次の瞬間、少女はもがくよりも先に両耳を塞いだ。

「い、いやっ……!」

 魔王の嘲笑が、眼前に。人ならざる異形が放つ理解不能の言語が、耳元に。絶望と未知への恐怖が少女の身体を震わせる。もう既に、先程までの勇ましさは微塵も感じられなかった。

 魔王の言葉がどろりと耳に溶ける。鼓膜から伝い、身体の芯へ染み込む。言葉が、笑い声が、内側から身体を蝕んだ。

 身体が内側から黒ずんでいくかのような感触。毒されていく、侵されていく、じんわりと、それでいて尋常ならざる速度で。

 それが本当に呪いだったと少女が気付いたのは、もっと後のことだった。





 少女は、生かされた。


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