謎の男
ぼんやりとした意識下の中で俺は...うるみ沢と良く似た地形の場所にいた。いや、ここはうるみ沢だ...見知った建物があったからだ。現うるみ沢高校の姿。今よりも大分綺麗な外観をしていた。となるとここはうるみ沢が出来る前の町なのだろう。向かいの看板には神保歯科の文字が目に入る。
どうやらうるみ沢の前の町は、神保町というらしい。
うるみ沢の前の街...現在では面影も見られないが...小川の橋、錆びついた看板の駄菓子屋...ここなんて今では大型スーパーが建っている所だ。あぁ、そういえばさっきから人が逃げ回っているな...何かから逃げる人、人、人。
...いや、なんだこれ?え?何だ、俺は何を見ている?てか今逃げ惑っているのは...かつての住民?とりあえず声を出してみた。
「誰か、誰でもいいから教えてください!何が起こってるんですか!?」
しかし住民にはには聞こえてないようだ。後ろを見た。どす黒くうねうねと波打つ黒い霧が迫ってくる。茜が言っていたやつだ。
もう一度、声を張って叫んだ。
「早く逃げろ霧が来るぞ!!!」
しかし、怪我をして倒れた人。杖をつく老人の姿。泣きわめく子供達、それらが動く何倍ものスピードで霧は町を侵食した。逃げ遅れた者は次々に飲み込まれていった。
俺は逃げた、走って走って逃げまくった。しかし霧の方が速い。俺の後ろをヴォンヴォンと地響きのような音をたてながら迫ってくる。あぁ、ヤバい...捕まる...
途中で石に躓いて派手に転んだ、目の前には...巨大な霧があった。ドクドクと脈打っているようだ。
あぁ...無理だ追い付かれた...
「...おやまぁ、ビートルが異物を捕らえたようだね...異物は....貴方か」
....気付いた時には、俺の前に白髪の男が立っていた。
だが、それよりも驚いたのが....
時が...止まっている?
さっきまで、聞こえた悲鳴も不快な霧の音も全てを飲み込む霧も動きを止めて...何もかもが止まっていた。
いや...目の前の白髪の男と俺だけが例外らしい。
男は細身で2メートルはある身長を揺らしながら、こちらを見下ろしていた。
「あ、あの...これは一体...」
男は、こっちを見ながら早口で何かを言った。
「え?すいません、もう一回言ってもらっても...」
「む、安心したまえ少年よ、時に人は誰でもミスを犯すものです....我がビートルに飲まれたのもこれ何かの縁でしょう...面白いものを見せてあげます。今から私の手を掴んでください」
男はそう言うと、ほっそりとした腕を差し出し握手を求めてきた。
いやいや、怪しすぎだろ...何故か過去を見ている俺がそこで俺を殺しかけた奴の手を掴めと?...お断りだ。掴めば確実に嫌なことが起こる...逃げるしかねぇ!
...と、思ったが無理やり手を掴まれた。
あぁ、こいつ手..伸びるんですね...
「こらこら、逃げようとするでない、元気な若僧め」
言うと、同時に男の手に力が入った。そのコンマ数秒-----
ッッてぇ!!、なんつー馬鹿力なんだコイツ!?
振りほどこうとするも、凄まじい力で抑えつけられた。表現するなら腕をコンクリートの壁に埋め込まれたイメージだ。
男はそのままいともたやすく俺の手を自分の頭に持っていきでこに手が触れたその瞬間...
気づくと俺はその男になっていた。いや、正確には男の目線になっていた。腕、ぶよぶよした何かが押さえつけている。足、何かが絡み付いている。胴体、ベルトで締められているようで苦しい。なんともいえない感覚で閉塞感のあるここでは動かすことが出来るのは眼球のみ。見える世界は俺の身長では本来見られない世界だった。
既に時間は動き出しているようだった。俺は...笑いながら次の獲物を追っていた。
ふとうめき声が聞こえた。横を見ると女がいた。30歳位だろうか?脚を怪我して動けないでいる。抱えた赤ん坊を必死に守ろうと覆い被さっている。
俺は駆け寄った。助けたいと思った。救いたいと思った。す喰いたいと思った...
女は俺を見た途端に泣きながら命乞いをした。「この子だけは..どうかこの子だけは救ってあげて」
俺は優しく微笑んだ。
大丈夫、私が直ぐに仲間と同じ所に連れていって差し上げます。
それに貴方...素晴らしく良い体つきをしていらっしゃる。
これなら、良い一軒家が出来るでしょう!子供は家の前の標識にしてさしあげます...
では、親子共々逝ってらっしゃいませ...
そう言って、俺は霧で二人を飲み込んで.........噛み砕いた....
二人をボリボリと貪り食う中で、男は直ぐ目の前にいた。奴は笑っていた...
「君が殺したんですね、止めようと思えば私を止められたのに...少年、君はどうやらこっち側にいるべき人間らしい...」
「!!違う!こんなの俺じゃない!俺はお前に操られていただけだ!!」
「いいえ、貴方は自分の意志であの親子を殺したんです...その証拠に...君は...人を殺したというのに笑っているではありませんか....」
ッッ!ベッドから飛び起きた。凄く...気持ちが悪い...体調も優れない。未だにあの女性の叫びが耳にこびりついて離れない。
...チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。時間はまだ6:04
いつもの俺ならあり得ない時間での目覚めだ。
でも気分は最悪だ...寝覚めが悪い。起きたばかりだというのに心臓の鼓動がバクバクと苦しい程に脈打つ。
背中を伝う尋常でない程の冷や汗を拭きながら、昨晩の事を考える。そうあの時俺は俺ではなかった。そして追われる側でもない。
あの男だ。追う者、強者、弱者を喰らうもの。
奴は一体何者なんだ?奴が町を滅ぼしたのか?霧を操っていたのもあいつなのか?ってか普通に人間のフォルムしてたしあれ人間なのか?あぁーわからん!
でも、とりあえず霧はあくまで奴を覆うもので補食用に使うって事が分かったぜ...
奴と繋がって分かったのは霧と感覚を共有してるってこと、お陰さまで人を喰らった時の感覚がダイレクトにきt、きてぇ...
おうぇえぇえヴぇッ
余りにグロテスクな感覚を思いだし吐き気を催す。