一話
僕の前世は、おだ さとし。しがない絵本作家だった。
そんな突拍子もないことを思い出したのは、子供のころの事だった。
「やさしいせかい」
それは僕が書いた二冊目の絵本だ。戦争もなく争いもないそんな理想を描いたそれがこの2104年という近未来のかつ閉鎖された学園での指定図書に選ばれていたのは幸いと言ってもよいだろう。
この本が配られたのは五歳のころ、この本を手に取ってから確かに自分は、おだ さとしであることを思い出したのだ。そして、ある意味で理想の世界に生まれついたのはきっと、自分が幸運であることに違いない。
幸せとは何だろうとセンチメンタルなことばかりを、ずっと考え続けていた。なあなあで、ぬるい世界で生きてきた自分が世界に対して意見をすることができる術があるとしたら何か、そんなことを考え続けていた。くだらない戯言だ。
自分の言葉には、力がない。
自分の絵には、 力がない
自分の文にも、 力がない
特に何も得意なことがない自分が、自分の声だけで世界に対抗できるとは思えなかった。だって、自分が駅前で平和を説いたって、新手の宗教か何かと間違えられて、不審者として逮捕されるのがオチだ。
心の底から、平和を願った。今、この海の向こう遠い土地では飲むものもなく食べることもなく、飢えて死んでゆく同い年の子供が沢山いる。物乞いをする老人。金目当ての子供に殺されていく妊婦。戦場で傷を負いながらも銃を構える兵士。もっともっと飢えた人が存在する。なぜ、蛇口をひねれば水が飲めるのか。暑ければクーラーをつけても良くて、小さくなる前に鉛筆も消しゴムも買ってもらい最後のカスになるまで物を使い切ったことのない生活を自分が繰り返しているのだろう。
不公平だ。理不尽だ。不条理だ。
そしてその苦悩も報われることとなった。