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***  作者: 葛西 三四郎
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私がずれているならば、何かをする時に常に逆を行けばいいのではないか。

何時からとなく胸に根付いていた、そんな思いをあの時、作文用紙の前で浮かべ直していた。



「私は人生というものを考えるとき、幸福というものを思い浮かべます。」

「何故それを思い浮かべるのかというと、それは幸福が人生にとって大きなものであると考えるからです。そしてまた、幸福そのものが人生の目標の一つであるとも考えるからです。」


つまらない言葉だなぁ。

だけれど、この言葉が私を満足させない事が、この場面で使うべき正しい言葉の根拠のようにも思えた。


「しかし、幸福と一言で言っても、その形は様々であり、一概にこれが幸せの形であると言い切れるものは無いのではないか、と私は考えます。」

「ある人にとっては、ある人における固有の幸せの形が存在し、また別の人にとっては、別の人の幸福の形が存在する。共有出来る部分も当然あるとは思いますが、全く同じ人間というものが存在しないように、全く同じ幸福というものも存在し得ないのではないか、と私は思うのです。」


何かを言っているようで、何も言っていない。

誰もが何処かで聞いたことのあるような言葉をさも、自分の言葉であるかのように言い直しているだけだ。

極めて滑稽に思えたが、しかし、そう思えたことがまた、この場面に相応しい言葉の根拠のようにも思われた。


「夢は必ず叶う、という言葉を耳にする事があります。しかし、私はそれに対して常に疑問を感じています。」

「世の中には夢を叶える人もいれば、志半ばで諦めざるを得ない人もいます。そういった事実を無視するような言葉はどうしても私は飲み込む事が出来ないのです。」


これも同じだ。全て焼き増しの使い回し。

弱者の味方をしているところがまた汚く、これでは否定のしようがない。反対意見を言う人間を悪者にする、被害者ビジネスのやり口そのものだ。


「夢は必ず叶う訳ではない。それが現実であり、世の中に向き合うための誠実な態度であるとすら考えます。」

「しかし私は、それに悲観している訳ではないのです。何故かと言えば、私の考える幸福とは『夢を叶える』という一点には限らないからです。」

「夢が叶うということが大きな幸福であることに間違いはありません。しかし夢が叶わないということが、必ずしも不幸であるとも私は考えないのです。」


さあ、いよいよこの作業にも小慣れてきた。歯の浮くような聞き慣れた台詞も、適当に組み合わせて言い直すだけで効果を表すのだ。

心は私に対し、「滑稽だ!」と執拗に喚き散らすが、その声が大きければ大きいほど私の筆は力を得て、自信満々に歩を進めて行く。

-人間の悩みの全てはもうすでに、古典によって綴られている。-

だとすれば何時から人は創造の余地を失っただろう。

そんな大それたことは考えまい。私は私の固有の人生を生きている。古典が全てを綴っていたとしても、後世に生まれた私にとっては、それは利用すべきもの、切ることの出来る手札に他ならない。あらゆるものを駆使して固有の人生を自分の為に生き抜くだけだ。

創造であるか創造でないかなど、人間が語ることがもう、そもそもおこがましいのだ。


…随分立派な口調になったが、一体どの口がほざくのだろうか。

「少しは結果を出してから言いなさいよ」

心の声が諭してくるが、それもまた私に逆説的な自信を与えるのだった。…あれ、これはちょっと理屈がおかしいかな?

まぁいいや。どうせ誰も聞いてやいない。

それなら全て、どうでもいいや。

酒がないなら、こういう事にこそ酔っ払わなければ。


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