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***  作者: 葛西 三四郎
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「では1月10日の午前10時から面接を含めた入社試験を行いますので筆記用具だけ持って、ご来社下さい。」

程なくしてかかってきた電話で採用試験の日程が決められた。私は特に異論もなかったので、その日程を承諾した。-



-人生について、とはまた非常に大きな括りだなと感じたが、むしろそれは自分にとって有利なのではないか、とすぐに思い直した。意味が広いなら好きに都合のいい方向へテーマをもっていくことができる。

「私は人生というものを考えるとき、幸福というものを思い浮かべます。」

この書き出しで行くことに決めた。

「何故それを思い浮かべるのかというと、それは幸福が人生にとって大きなものであると考えるからです。そしてまた、幸福そのものが人生の目標の一つであるとも考えるからです。」

まるで言葉遊びにもならない様な意味があるようで、全く意味のない書き出しだなと思った。しかしながら特に他の案が浮かぶ訳でもなかったので、この書き出しから始めた。


-少なくとも私は私の実感の中で、自分のことを社会に適正のある人間だとは考えていなかった。

まま、その適正が今まで著しく損なわれた様相を呈したことはなかったが、しかし、ある時から自分に適正が無い事を自然と自覚していった。


前の会社でも上司と揉めた事はなかった。しかしながらそれは、自分の我慢と道化の賜物以外の何物でもなかった。


言わなくていい事は当然、言わなかった。言いたい事も当然、言わなかった。言うべきこともなるべく言わずに、言った方がいいことさえ極力、喋らない様にしていた。

言わなければならない事だけを言った。言わなければ自分が責められる事だけを言った。あとはヘラヘラと笑いながら過ごしていた。笑いながら。ー


その時の自分はどんな表情をしていただろう。今や思い返すのも恐ろしい、その時の自分の顔は。

少なくとも表面上だけは上手くいっていた。私は特別に目立った存在にはならなかったし、かといって特別に地味な存在でも、おそらくはなかった。不良社員として、吊るし上げられることもなければ、小さな飲み会に毎回誘われるような存在でもなかった。

面と向かって私の悪口を言う者はなかったし、陰口が耳に入ることもなかった。私が誰かに特別な迷惑をかけることもなく、また、誰かに特別な迷惑をかけられることもなかった。

たまたま調子の良かった月以外は、すば抜けた成績を残す訳でもなく、また、調子が悪かった月に関しても、特に深刻な成績を取ることもなかった。

誰も私を大きく褒めなかったし、また、大きく貶すこともなかった。

少なくとも表面上だけは上手くいっていた。同期に話しかけられれば、その調子に合わせて陽気に(少なくとも私の感覚の中では)話したし、知り合いも多い方だった。各営業所に散り散りになった同期に会う度に条件反射のように冗談を言い合ったりさえした。

退職後、関係が続くような友人はできなかった。


表面上だけは上手くいっていた。

果たして本当に上手くいっていたのだろうか?

勝手にそう思っているだけで、知らないところでは、私が聞きたくもないような悲惨な事柄も度々あったのかもしれない。

もしかしたら私という人間性さえ受け入れられていなかったのかもしれない。

ただ、そこに存在していたという理由だけで、なんとかその場限りの役割を与えて貰っていただけに過ぎないような気もする。少なくとも私でなければならない理由のある事柄は一つも存在しなかった。

私は会社を辞める時、自分が抜けた穴をこれから他人が埋め合わせるのだ、という事に罪悪感を感じていた。顧客の性格などを考慮して行ってきた仕事を、なり変わった他人が行って不備は起こらないだろうか?今まで築いてきた関係故にもらえていた注文は無くならないだろうか?そんな心配ばかりが頭をよぎった。

後に知ったことだが、諸々の業務に私が想定した程の不都合は起こらなかったようだった。


私でなければならない理由のある事柄は一つも存在しなかった。

はたまた、それも気のせいだろうか。

今となってはもう確かめる術は無いし、私自身もう、特別に知りたいとも思えなかった。

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