3.兄のいうこと聞きなさい!
ファーリー。
聞かれたその冒険者の名前に、『黒ハイエナの牙』のリーダー・サブは心当たりがあった。
サブがアグールの町を拠点にしていた時に、よく絡んできた赤毛の女の冒険者の名前だ。
ランクはサブたちと同じCランク。
後輩の面倒見がいい事で知られていた。
確か、一年ほど前、“エルド荒野大規模討伐戦”に参加したと聞いている。
冒険者達の間では知らぬ者はいない、あの忌まわしい討伐作戦。
当時参加した軍の九割以上が死に、冒険者も殆ども死亡した、最悪の討伐作戦。
当時の責任者だったSランクの二人の冒険者が賞金首となり、陣頭指揮を執った宰相も死亡。国そのものも大きく揺らぎ、今なお多くの爪痕を残している。
それがきっかけで、彼らは拠点をエンデュミオンに移したのだから。
だが、その後の事は、サブたちは知らない。
自分たちは掃討戦に参加していなかったのだから。
あの日、お得意先の老人が体調を崩し、付きっきりで看病しなくてはいけなかった為、彼らはエルド荒野へは行かなかったのだ。
だが、以前見た死亡者のリストの中にファーリーの名前は無かった筈だ。
おそらくは生きているのだろう。
「ねえ、聞こえてなかった?ファーリーって女の人知らない?」
再び底冷えするような声。
聞こえていないと思ったのか、目の前の少女は再度、自分たちに問いかける。
一応サブは自分の記憶にある女性と同一人物か確認した。
「……アグールの町にいた赤毛の女冒険者の事か?」
すると、仮面の少女の声がぱぁっと明るくなった。
「うん。それ!そいつがどこにいるか知らない?」
サブは正直に答えた。
嘘をつく理由もない。
「……あいつは一年前の大規模討伐戦の後から行方不明だ。死んだらギルドの記録に載ってる筈だから死んではいねぇ筈だが、どこにいるかまでは、分からねぇな」
「………そっか」
残念そうな、だが軽い口調だった。
そのせいか、サブの気も緩んだ。
「それより、嬢ちゃん?テメェはどうしてこんな所に―――」
言いかけた言葉をサブは噤んだ。
なぜなら、トレスの体から爆発的な魔力が放出されたからだ。
「――――――じゃあ、もう死んでいいよ」
目に見えるほどの強大な魔力。
その重圧とは裏腹に、底抜けに軽い口調。
サブを始め、『黒ハイエナの牙』のメンバーもバランも目を疑った。
―――――あり得ない程の、圧倒的な魔力量。
Aランクの冒険者、いや下手をすればSランクに匹敵するのではないか?
そんな考えが脳裏をよぎるほどの圧倒的な重圧。
仮面の少女を中心に球体上の炎がいくつも形成される。
一つ一つが極密の魔力を放っている。
サブはその光景に目を疑った。
震えが止まらず、声が出せない。
「死んじゃえ」
挨拶をするような軽い口調。
同時に放たれる、重厚な光の渦。
だが、その暴虐の光が、『黒ハイエナの牙』を貫く事は無かった。
『極日線』が発射される寸前、光球はまるで、空気の抜けた風船のようにし萎み、消えてしまったからだ。
「………あれ?」
「な、なんだ……?」
トレスも『黒ハイエナの牙』も何が起こったのか分からずにいた。
「え?なんで、炎が出せないの?」
仮面の少女は戸惑いながら、手を振っている。
だが、一向に光球は出ない。
「ハァ……ハァ……何だって……ん……だ……?」
一方のサブはようやく、言葉が絞り出せた。
だが、その言葉は最後まで続かない。
急に意識が朦朧とし、ゆっくりと視界が暗転してゆく。
同じように、荷台の後ろに乗っていたメンバーも、同じように次々に倒れてゆく。
「……ん、良かった、間に合った」
そして、暗闇から、彼女と同じくアオザイ風の衣装を纏った男性が現れた。
それはトレスもよく知った人物だった。
「………ドスお兄ーちゃん」
「……トレス、その人達、殺しちゃダメ」
トレスと同じく白い仮面を被りながら、ドスは言う。
彼から僅かな魔力が発せられている。
ドスは『風』と『土』の二重属性だ。
おそらく何かしらの魔術を使って、トレスの『極日線』を妨害し、彼らを昏倒させたのだろう。
「どうしてここにいるの?」
「……ん、監視室から出ていくところを見た、心配で着いて来た」
見られていたのか。
トレスは内心毒づいた。
そう言えばドス兄も他のエリアから帰って来ていた。
全く気が付かなかった。
ドスの魔力感知の練度は高い。
そして、それは同時に、気配の操作も自由自在なのだ。
だから、トレスは気付けなかった。
「………“錬金”」
ドスは即席ゴーレムをつくりだし、気絶した彼らの代わりに、馬の手綱を握らせる。
町へ向かうよう指示を出すと、ゆっくりと荷馬車は遠ざかってゆく。
ゴーレムは一時間ほどで自壊するように術式を組んでおいた。
おそらく、町の少し手前辺りまではもつだろう。
揺れる荷馬車を見送りながら、ドスはトレスの方を見た。
イラつきを抑えることなく、トレスはドスに質問する。
「なんで邪魔するの?」
「…………その人たち、ダンジョン広める役割、殺しちゃダメ」
淡々と、抑揚のない口調でドスは答える。
「冒険者なんて一杯居るんだよ!こんな奴らいくら殺しても、別にいーじゃんっ!」
口調を荒げ、地団駄を踏みながら、トレスは言葉を発する。
まるで駄々をこねる子供の様だとドスは思った。
「……ん、ダメ、それにここで殺すと、僕たちのダンジョンが、危険視される」
先に言っておくが、別にトレスが冒険者を殺そうが殺すまいが、ドスにとっては、本来どうでもいい事だ。
だが、今この場所でこの冒険者達を殺すことは許可できない。
彼らは間違いなく、転移門を解析するという目的の元、アース達のダンジョンにやってきた。
ならば、その背後には冒険者ギルド、もしくは魔術都市エンデュミオンそのものが控えている可能性が非常に高い。
ダンジョンを偵察しに行って、その帰りにいきなり殺されたでは、間違いなく人間側に余計な警戒をさせてしまう。
そうなっては最悪、またエルド荒野の二の舞だ。
それだけは、避けなくてはいけない。
無駄な殺戮は控えるべきだ。
ドスは、殺すべき時と、殺さざるべき時をきちんと理解していた。
今彼らをこのまま返せば、まだ正体不明の少女に襲われたという程度の話で済む。
ダンジョンそのものへの警戒は、少なくて済むはずだ。
「………納得して」
「うー……」
一方のトレスは、納得がいかない様子だった。
冒険者は敵だ。ダンジョンの害悪だ。
殺して何が悪い。
そう顔に書いてあるのが手に取る様にわかる。
そして、“なぜ”彼女がこんな行動を起こしたのかも。
だから、ドスは確信をついた質問をする。
「……千手の事?」
「――――――っ!?」
やっぱりか。
ドスは内心そう思った。
一年前、あのエルド荒野での侵攻の際に、千手がトレスの前で自決し果てた、あの時から、トレスは未だにその事に囚われているのだろう。
近しい者の死。
千手を死なせてしまった自分。
原因となった、人間の魂、その強さと存在、困惑。
様々な感情が彼女の中で渦巻、そしてそのままずっと燻っている。
その思いが、見知った冒険者を見たことで爆発した。
何よりも憎い、あの女の冒険者への手がかりになるだろうと思うと、体が勝手に動いていたのだ。
「………トレスの所為じゃない」
「でもっ!千手は、もう帰ってこないもん!殺して何がいけないの!ダンジョンにやってくる人間なんて、皆死んじゃえばいいんだよっ!」
ここ数か月、トレスは自分の激情を抑えるのに必死だった。
調査という名目でやってくる冒険者や商人たち。
その全てが、千手を奪ったヤツと同じ憎い人間だ。
そんなやつらを、表層だけとはいえ、ダンジョンに入れる事に、トレスは激しい嫌悪感を抱いていた。
「………トレス」
さて、どうしたモノだろうか?
ドスは考える。
口下手な自分では、トレスを説得できるとはとても思えない。
かといって、意外とポンコツなウナ姉に任せようとも思えない。
エリベルも論外だ。傷心にかこつけて、トレスにセクハラするに決まってる。
パパもこう言った事には疎いだろう。
まいった。
こういう心の機微に、上手く対応できそうな者が思いつかない。
……自分が何とかするしかないのだろうか?
ドスは何とか頭を回転させ、トレスの説得を試みる、
「………人間を殺しすぎると、またあの“龍殺し”みたいなのが来る」
「うっ……」
龍殺しヴァレッド・ノアード。
かつて、ダンジョンを破壊し、父親であるアースをぎりぎりまで追い詰めた最悪の敵。
その規格外の強さを思い出したのか、トレスは若干たじろぐ。
「…………もし、あんなのが何百人も来たら、トレスは勝てる?」
「で、でも、アンさんやウナお姉―ちゃん、それに森の魔物だっているもん!勝てるよ!絶対に!」
それは半ば自分に言い聞かせる様な主張だった。
「…………でも、多分そうなったら、また誰か死ぬ」
「っ!?」
「…………トレスはそれでも良い?」
「い、良いわけないじゃん!ヤダよ!そんなの!」
「………だったら、我慢する。眷属を守るためには我慢も必要」
「う…うぅー……うぅ……」
まだ納得していないのか、トレスはうーうーと唸る。
ドスはトレスに近づき、そっとその頭を撫でた。
「…………トレス、抱え込んじゃダメ」
「………」
「……………少しでいいから、僕にも分ける」
「……うぅ、ふぇぇん……」
ぐすっとしばらくトレスのすすり泣く音だけが、周囲に響く。
自分たちはアースの眷属で、ダンジョンの守護者だ。
殺すべき時はきちんと殺す。
その為の力も蓄える。
でも、そうでない時は、力を振るうべきじゃない。
要は使いどころの問題だ。
それを弁えねば、待っているのは破滅と後悔。
トレスはその力の使いどころを誤ろうとしている。
だから、ドスはトレスに手を差し伸べる。
「………帰ろう、トレス。皆が待ってる」
「………うん」
ゆっくりと、トレスはドスの手を取る。
トレスの手を握りながら、ドスはダンジョンに向けて歩き出した。
「…………さっきの冒険者の事。僕も調べてみる」
「えっ!?」
その発言に、思わずトレスは驚いてしまった。
てっきり、もうこんな事は止めろと言われると思ったからだ。
「……………だから、ああいう抜け駆けはダメ。きちんと相談する事」
め、とドスはトレスの額を小突く。
きちんと釘を刺された。
「うん……」
ぎゅっとトレスはドスの手を握り返す。
小さなその手は、ドスの手にすっぽりと収まる。
「…………ん」
ドスもその手をやさしく握る。
トレスの不安は、まだすべて解消したわけではない。
むしろ、冒険者が増える限り、これからも増してゆくだろう。
それでも、何とかしなくてはいけない。
だって、自分たちは眷属(家族)なのだから。
なにより―――妹の悩みを聞くのは兄の本分だ。
「…………大丈夫」
ぽつりと、そう呟く。
それはトレスに向けた言葉だったのか、それとも自分に向けた言葉だったのか。
月明かりが照らす中、二人の兄妹はダンジョンへと戻って行った。
ウナ「一応私が長姉です。念のため」
『黒ハイエナの牙』
幸運A+




