16.決着
ぎりぎり間に合った………
『ウアアアアアアアアアアアアアア!!!』
俺は武装化した爪をヴァレッドへ打ち込む。
だが、ヴァレッドは受けなかった。
聖剣で受けず、横へ飛んで躱した。
空を切った俺の爪撃はそのまま地面と壁を切り裂く。
二十メートル以上にわたって四本の爪撃による爪痕が発生し、土埃が舞う。
「……流石にその攻撃を、正面から受ける事はしないよ。……洒落にならない威力だしねぇ。今の僕でも、直撃は避けたいねぇ」
そのままヴァレッドは、斬り飛ばされた腕の位置まで移動しようとする。
『腕なんか拾ってどうしよってんだ!!』
ヴァレッドが腕を拾う前に、俺が再び爪撃を飛ばす。
「ちっ!」
また、躱された。
だが、射線上にあった、ヴァレッドの左腕が爪撃を受けて細切れになった。
「あ、ちょっ!?何するんだよ!ここまで、細切れになっちゃうと、くっ付かないじゃないか!」
くっ付くのかよ!?
腕を拾いに行こうとしたからもしかしたらと思ったが、やっぱ切られても、くっ付ければ再生するのか。
こいつ本当に人間かよ……。俺が言うのもなんだけど。
「はぁ……流石に片腕で、今の状態の君と戦うのは分が悪いかなぁ……」
だったら、さっさと帰ってくれと思ったけど、無理か。
諦めたような口調だけど、ぜんぜん諦めているようには見えない。
むしろ、先ほどよりも魔力が増している。
「ふぅー………これはあまり使いたくないんだけどねぇ。“龍魂消費”……対象『左腕』」
そう言うと、ヴァレッドのわき腹に掘られた刺青が一つ消えてゆく。
そして、それと同時に切られて欠損したはずの左腕が“再生”した。
………はぁっ!?
『なんだよ、それ!?』
腕が生えるって、あり得ねぇだろっ!?
にやりとヴァレッドは笑う。
「“龍魂消費”っていう“龍殺し”の裏ワザさ。僕の体内には十四体分の龍の魂が封印されてるってさっき言っただろ?そのうちの、魂一つを消費して、腕を再生したんだよ。腕一本の再生なんて、龍の魂が代償なら、お釣りがくるからねぇ」
なんだ、その反則技。
どうやら、“龍殺し”とは俺が思っている以上に反則的な存在らしい。
エリベルが驚くわけだ。
………ていうか、さっきからアイツ反応無いな。どうしたんだ?
いや、それよりも今はこっちだ。
『……消費された龍の魂はどうなるんだ?』
「ん、勿論消失するよ。当たり前だろ?」
あっけらかんと、ヴァレッドは語る。
「敗者は勝者の礎になる。戦いってのはそういうものだろう。元々封印された龍の魂は、消費されるためのバッテリーみたいな存在だ。使ってなんぼだからねぇ」
『あーそうかい』
分かりたくもないわ、そんな理屈。
相手は回復したみたいだけど、こっちも時間を稼げた。
次の“準備”も整った。
だから……もうちょい、待ってろ。
『―――――両手・両足武装化、発動!』
俺は唯一使える土魔術“錬金”で、両手両足の爪と鱗、そして、表皮の武装化を行う。
バキバキバキバキビキビキビキビキと、組み替えられていく俺の体。
激痛が走るが、今は我慢だ。
更にいえば、正直戻れるかどうか不安だが、そんなこと気にしている場合じゃない。
つーか気にしてたら死ぬ。
ヴァレッドが突っ込んできた。
「させないよ!こっちの変身中にも攻撃してきたんだ!やられても、文句ないよねぇっ!」
ちくしょう!
自分でやるのは良いけど、人にやられると腹たつな!
でも、俺の武装化の方がわずかに速い!
聖剣の斬撃が繰り出される直前に、俺は武装化した両手両足に魔力を注ぎ込む。
籠手を装着した感じだな。でも、違和感はない。
まるで最初からそうだったように、俺の腕にしっかりと馴染む。
そりゃそうか、もともと俺の腕だ。
ガキィィィィィィイイイインッッッ!!と俺の腕と聖剣レヴァーティンが激突する。
「なっ!?」
ヴァレッドが信じられないモノを見るような目で俺を見る。
武装化した俺の皮膚と鱗は、レヴァーティンの斬撃を受けても、全くの無傷だ。
地龍の武装は魔力を注げばそそぐほど、その性能を飛躍的にあげる。
たっぷりと魔力を注いだ俺の鱗の籠手は、とてつもない防御力になっているだろう。
少なくとも、聖剣の一撃を受けて無傷で耐えれるくらいには。
「ちっ!」
『ウォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』
そのまま俺は、空いた方の腕で爪撃をブチかます!
相手の攻撃した瞬間の、硬直を狙って。
今度は、当たった!
「ぐああああああああああッッ!!!」
その攻撃をもろに食らい、ヴァレッドは錐揉み回転をしながら吹き飛び、壁に激突する。
轟音と共にフロアの壁が壊れる。
………ただでさえ、壊れてる俺のマイホームが、更にボロボロになってゆく。
ちくしょうっ!
でも、まだ魔力は消えてない。
ヴァレッドは生きてる。
「ふぅー……ふぅー……ほんとーに……化け物だねぇ……っ!」
どうやら、また“龍魂消費”を使ったみたいだな。
腹にあった刺青が三つ消えている。
へぇ……与えるダメージで消費する魂の量が違うのか。
結構いいところまでいったみたいだな、今の攻撃は。
つーか、“龍殺し”の能力反則だろ。瀕死になっても回復できるって……。
ズキンと傷口が痛む。
俺の方も限界が近いな。
『ハァ……ハァ……もう一回だ……』
強く爪を立て、俺は大地を蹴る。
その爪が真っ直ぐにヴァレッドへと向かってゆく。
だが、寸での所で躱された。
そのまま、ヴァレッドは俺から距離をとる。
おいおい、武装化した今の俺のスピードでも躱すのかよ!?
目で追ってなかったな。経験則で躱したのか?
本当にとんでもないやつだな。
「はぁ……はぁ………成程ね。確かにとんでもない威力だねぇ……でも……」
ヴァレッドは俺を指さして言う。
「見た感じ……その“武装化”に、君自身の身体能力が追い付いてないんじゃないのかい?」
『ふぅー……ふぅー……』
………流石に、読まれてたか。
その通り。
肉体に一部を“武装化”することで、身体能力を底上げすることには成功した。
劇的に攻撃力も防御力も速力も上がっている。
でも、それ以外の部分、武装化していない肉体部分は、とんでもない負荷を受けている。
特に腹の部分のダメージはひどい。
聖剣で受けたダメージに加えて、無茶な動きの連続。
薬の影響を受けてなければ、とっくに心が折れてるくらいに激痛が走ってる。
正直動くのも、かなりしんどくなってる。
多分もう一撃位が、限界だろうな。
『………それでも、諦めるわけにはいかないだろ?』
「ははは!そう、その通り!流石、龍だねぇ!戦いってものを良く分かってる!」
ヴァレッドは笑う。
心の底から楽しそうに。
そして、俺にとってその笑い方は心底不愉快だった。
だから、言わずにはいられなかった。
『はぁ……はぁ……勘違いすんなよ』
「ん、何がだい?」
『俺は戦いたくて、戦ってるわけじゃない。死にたくないから、お前が殺しに来るから、仕方なく戦ってるんだ。じゃなきゃ、誰が戦いなんてするか、アホらしい』
俺の言葉に衝撃を受けたように、ヴァレッドは固まる。
隙だらけだ。
でも、まだだ。
もう少し。
「はぁ!?なんだい、それは!?それが、龍の言うセリフかい?」
俺の発言に心底驚いたようだ。
何か今までで一番動揺してるっぽい。
何だよ、俺おかしなこと言ったか?
『ハァ……ハァ……誰だって、命がけの戦いなんてしたくねーだろ?それに俺は、戦わなくていい、あの生活がすっげー気に入ってたんだ』
そうだ。
毎日のんびり魔石食って、昼寝して、ゴーレム造って。
アンがいて、ぷるるがいて、ウナやドス、トレスや他の奴らがいて、のんびり、だらだらして。気づけばもう次の日。
そんなクソ退屈で、どうしようもなく暇で、そして、どうしようもなく愛おしい日々。
それだけで、俺は十分に幸せだったんだ。
なのに、せっかく頑張って作ったマイホームをぶっ壊して、眷属たちをボロボロにして。
だから、こんな事されて、黙っていられる訳ないだろうが!
「そんなの龍じゃないねぇ……」
そんな俺の言葉を聞いたヴァレッドは震えていた。
心なしか口調がイライラしているように感じる。
なんだよ。
これは……怒ってるのか?
「龍は闘いの象徴だよ!そして、僕たち龍殺しも戦いのために存在している!戦うために、龍を殺すために!そして、龍は僕たちを殺すために!」
ヴァレッドは語る。
俺の言葉が、心底不愉快だと言わんばかりに。
「戦いたいから、闘うんだよ!僕ら“龍殺し”も、龍も!魔物も!人も!それなのに、死にたくないから仕方なく戦う!?戦いは本能だよ!?有り得ないねぇっ!そんなの龍じゃない!そんなの魔物じゃない!生物じゃない!」
………ホント、つくづく意見合わないな。
合いたくもないけど。
すっげーいらいらする。
どうやら、この辺りの部分は―――俺の本質ってのは―――薬の影響でも変わってないみたいだな。
どうやっても、俺の本質は“怠け者”だ。
だから、
『そんなの、お前の主張だろうが……俺に押し付けんなよ。面倒臭い……』
「ますます、龍っぽくないねぇ!」
ガン!とヴァレッドは聖剣の切っ先を地面に突き刺す。
よほど俺の発言が気に入らなかったんだな。
ああ、成程な。
今、分かったわ。
俺、こいつ嫌いだわ。
戦いたいから、闘う。
俺とは、全く真逆の存在。
だから、嫌いだわ。
本当に嫌い。無理。生理的にも絶対無理。
『だったら、さっさと決着つけようか。………正直もう、“限界”だろ?』
俺は、そう言葉を発する。
きちんと、その言葉が相手に届く様に。
そして、ヴァレッドを挑発するように。
「ああ、限界だねぇ……決着をつけようか」
ヴァレッドは聖剣を構え、俺も攻撃の態勢をとる。
正直、正面からのぶつかり合いじゃ、今の“武装化”した状態でも厳しいだろうな。
次がおそらく最後の攻防。
ヴァレッドは俺の攻撃を躱しきる自信があるのだろう。
肉体のスペックや武装化で誤魔化しているけど、俺の攻撃そのものは単調だ。
ヴァレッドは間違いなく、それに気付いてる。
だからこそ、躱して、カウンターを叩き込むつもりでいるのだろう。
そして俺は攻撃を躱されたら、相手のカウンターを避けきることは出来ない。
流石に、実戦慣れしてない今の俺がそんな事出来るはずない。
全身を武装化すれば、話は別だろうけど、今のぶっつけ本番の俺じゃ、両手両足の武装化までが限界だ。
でも、勝ち目は―――ある。
だって………。
「ふんっ!!」
ヴァレッドが大地を蹴る。
限界まで魔力を放出したんだろう。
ヴァレッドの速度は、今までで一番速い。
それに、剣を構えた瞬間、体にあった刺青がまた消えていた。
それと同時に、聖剣にとてつもない魔力が宿っている。
おそらく“龍魂消費”で龍の魂を魔力に還元して聖剣に送り込んだのだろう。
俺の武装化に対抗するために。
「さあ!決着をつけようかねぇッ!」
ヴァレッドは一直線に俺に向かってきている。
周囲になど、まったく目もくれない程に。
本当にコイツは、闘いが好きなんだな。
だからさ、ヴァレッド――――――お前、一つ忘れてるよ。
ここは―――――――“ダンジョン”なんだぞ?
俺は大地を蹴ると同時に、思念通話を放つ。
アイツに、あいつ等に……。
―――今の今まで、必死に魔力と気配を消し、耐えてくれたアイツらに。
『“アン”、“トレス”………撃てえええええええええええッッッ!!!!』
『はい!』
「うん!」
次の瞬間だった。
俺とヴァレッドが激突する、その直前。
ヴァレッドに向かって、左右から『酸槍』と『極日線』が一気に撃ち込まれた。
「なにっ!?」
全く予想外だったのだろう。
その表情は驚愕に彩られ、左右からくる攻撃に目を奪われている。
何を驚いてるんだよ?
ここは“ダンジョン”だぞ。
だったら、ダンジョンマスターを守る眷属がいるのは当然だろうが。
ま、俺もさっき思念通話をもらってようやく気づけたんだけどな。
だから、二人に指示して、このタイミングまでずっと魔力と気配を消して待機していてもらった。
二人の攻撃は完璧な軌道でヴァレッドへと向かう。
だが、流石にヴァレッドの戦闘経験は凄まじい。
「こんなもので―――っ!!」
反射的に左右の攻撃に対して、防御を展開。
『酸槍』と『極日線』の攻撃を防ぐ。
そして、俺の方へ突っ込む。
俺への攻撃も、止めようとしない。
どんな状況でも、即応できるほどの、すさまじい経験。
本当に、こいつは凄まじく強い。
でも――――――一瞬の、致命的な“隙”が出来る。
アンとトレスの攻撃は本命じゃない。
そして、ヴァレッドの致命的な失敗は、左右へ防御を展開した分、僅かに俺への攻撃が遅れてしまった事だ。
その瞬間、俺は自分から、思いっきりヴァレッドの斬撃を“喰らいに”いく。
ヴァレッドが俺に攻撃するよりも、速く!
左腕に聖剣が食い込む。
でも、切断はされない。スピードが乗る前の状態だったからか、多分骨で止まってる。
すげー痛い。
「なに……っ!?」
左右の攻撃に気を取られたな。
その状態の、スピードの乗る前の一撃なら、この程度で済む。
そして、俺の腕に食い込んだ聖剣は……そう簡単には外れない。
「くそっ!」
反射的にヴァレッドは聖剣から手を放す。
こいつは、本当にこういう判断を一瞬で出来るな。
でも、一瞬だけ、遅い。
『これで………終わりだッ!!』
俺は右腕の爪で思いっきりヴァレッドを切り裂いた。
鮮血が舞う。
「がはっ……!」
聖剣を手放した右腕が千切れ、左腕が舞い、全身を血まみれにしたヴァレッドはそのまま、仰向けに倒れた。
『ハァ……ハァ……ハァ……』
ヴァレッドは………起き上がろうとしない。
“龍魂消費”も発動していない。
気絶したのか、死んだのか、どっちでもいいが、もう戦うことは出来ないだろう。
決着が―――――着いた。
『地龍様!』
「お父ーさん!」
アンとトレスが駆け寄ってくる。
『ハァ……ハァ……有難うな二人とも……正直、助かった……』
俺は倒れたヴァレッドを見る。
ヴァレッドはまだ息があるようだ。
……コイツこの傷で死んでないのかよ。
両腕が千切れて、胴体も一直線に深い傷が走っている。
とんでもない生命力だな。
これも龍殺しの力なのだろうか?
だが完全に気を失ってる。どうやら龍魂消費はオートじゃなく任意で発動させる能力みたいだな。
オートだったらとっくに再生してる筈だ。
トドメといきたいけど無理だな。
もう指一本動かせない。聖剣も左腕に突き刺さったままだ。
痛いしさっさと抜きたいけど、体が動かない。
……悪いけど、あとは二人に任せよう。
そう思い、ゆっくりと体を動かそうとした直後だった。
「おやおや、派手にやられたのう……」
俺の目の前に、老人が立っていた。
角を生やし、肩に誰かを背負っている。
背負っているのは、焼け焦げた……多分女性だろうか。
更に担いでいる方の腕には紅い槍を持っている。
何だこいつ?どこから現れた!?
『………誰だ、アンタ?』
「ほっほ。そう身構えるな。お前さんと戦う気はなーいよぃ。儂はこの馬鹿どもを回収しに来ただけじゃて」
そういって、老人は風の様な動きでヴァレッドを空いている方の腕で掴む。
「それじゃあのう。地龍よ。また会おうや」
『あっ………ちょっと、待て!』
「ばぁ~い」
そう言って、老人は姿を“消した”。
比喩でもなんでもなく、文字通り消えた。
『………なんなんだ、一体?』
傷ついた躰で、俺は誰もいなくなった空間を見ていた。
そこには、激闘の後を思わせる、ヴァレッドの血だまりだけが残っていた。




