12.中層の戦い
前半がアンさん、後半がトレス……というか赤毛の冒険者ファーリーのお話になります。
誰よ?って思った方。ウナ達がギルドで出会った小汚い女冒険者です。
エルド荒野ダンジョン付近の岩場にて――――
数人の騎士たちが岩場に座っていた。
更にそれを取り囲むように、何人かの冒険者が周囲を見張る。
彼らはダンジョン周辺に避魔石を配置し、管理するための別動隊だ。
ダンジョンの周辺は彼ら避魔石を持つ者が一定間隔で待機している。
これによって討伐作戦区域内への白飛龍、アクレト・クロウの侵入を防いでいるのだ。
「はぁ~、気が重たいぜ。何が悲しくて、こんな死の魔境に来なきゃいけないんだ……」
騎士の一人が不貞腐れたように愚痴をこぼす。
「文句を垂れる暇があったら、避魔石に魔力を注ぎ続けろ。それの魔力が切れれば、あっという間にアクレト・クロウや白飛龍がやってくるんだぞ?」
「わーってるってーの。しかし、上も何を考えてるんだか……いくら災害指定種が現れたとはいえ、こんな場所に遠征するだなんて……。国は俺達に死ねって言ってるのか?」
「……さあな。ただ、少なくとも不平不満を言う者は少ないみたいだぞ?俺やお前の方が少数派だ」
「それこそ、意味が分かんねえよ。みんな頭がイカれてるんじゃねーのか?俺だったら一秒だってこんなところいたくねーよ。実際、今回の遠征が決まった時なんて、マジで辞めようかとも思ったしな」
「まあ、俺達は突入隊じゃないだけ、有りがたいと思わないとな。それにあと数時間もすれば帰れるんだ。我慢だ我慢」
「へいへーい」
その時だった。
彼らの上を黒い影が通り過ぎた。
その直後風が吹き荒れる。
「おい………今、何か通らなかったか?」
「き、気のせいだろ?それに土埃で何も見えなかったぞ………」
彼らは、いや、おそらく避魔石を作った研究者でさえ知らなかっただろう。
避魔石は一定以上の魔力抵抗値を持つ個体には意味を持たないという事を。
例えば、通常の個体よりも遥かに長く生き、強大な魔力を持った“長”の様な個体には……。
ダンジョン表層地上付近にて―――――
『ヘレブ……ですか?どうして貴方がここに?』
『ふん。決まっておろう。我が宿敵の気配がしたからな』
そう言われてアンは思い出す。
かつてヘレブは一人の冒険者を探し、このダンジョンの表層を吹き飛ばしていた。
――――紅い槍を持った隻眼の女冒険者を見なかったか、と。
『どうやら今度は本物の様だな………。しかし……』
ヘレブはベルディーを見る。
そして、一瞥しただけで鼻で笑った。
『ふん、堕ちたか“穿界”』
「なんだと……っ!?」
『小さい。今の貴様はあまりにも小さくみえるぞ?これではまるで、どちらが蟻か分かりはせんな。まあ、我にとっては、地を這うものなど、等しく虫けらだという事に変わりはないがな』
けらけらと愉快そうにヘレブは笑う。
相変わらず不遜な言い方をする。
『かつて我の左目に傷をつけた時のお主とは、まるで別人のようだぞ?』
「なんとでも言うがいい………今は貴様に用はない。用があるのは、そこの蟻だ」
ベルディーがアンに対して槍を向ける。
だが、次の瞬間、アンとベルディーの間に燃え盛る炎の羽が突き刺さった。
『そうか、我には用が無いと。だが、あいにくとな、我は貴様に用があるのだ。あの時の決着、今ここで着けようかとも思ったが………気が変わった。正直、今の貴様は……見るに堪えん』
地面に突き刺さったヘレブの羽がひときわ大きな炎を放つ。
それはまさに炎の壁だ。
『我が思い出させてやろう。腑抜けた“今の貴様”に――――かつての“貴様”をな』
ヘレブは風と炎を纏う。
『火具羅』。
アクレト・クロウの特攻戦術形態。
その姿でヘレブは、真っ直ぐにアンを見た。
『さて、アンよ。こいつの先客は、貴様ではなく、我だ。ゆえに貴様の席はここにはない』
そう言われて、アンははっとなる。
『さっさと、主とやらのところへ向かうがいい。蟻は蟻らしく、地面に潜っている方がよく似合っているぞ?』
どこまでも尊大な言い方だ。
だが、それが今は心地いい。
『………褒め言葉として受け取っておきます』
『無論だ。褒めているのだからな』
傷だらけの体を引きずりながら、アンは再びダンジョンへと戻る。
主を、地龍を守るために。
「くっ……!待てっ!」
ベルディーが叫ぶ。
『往かせぬよ。今の貴様は、本当に哀れだ。さて、それでは思い出してもらおうか―――』
直後、地上に爆風が吹き荒れた。
ヘレブとベルディーの戦いが始まったのだ。
アンは真っ直ぐに深層へと向かっていった。
ダンジョン中層にて―――――
かつてウナに汚らしい赤毛の冒険者と認識された少女、ファーリーは一刻も早くここを去りたかった。
後悔していた。
なんでこんなところに来てしまったのだ、と。
がたがたと震えながら彼女はそれまでの自分の行動を思い出していた。
数日前、ギルドにて王都からCランク以上の冒険者への緊急募集が掛かった時、ファーリーは、最初は全く関係のない事だと思っていた。
何よりその依頼内容があり得なかったからだ。
遠征場所は死の魔境と呼ばれる“エルド荒野”。
Aランクの冒険者ですら足踏みするような場所にわざわざ行くなんて、自殺行為だと。
それこそ、ファーリーが知る限りでは『銀の烏』クラスの実力が無ければ、あそこに行くのはただの自殺だ。
だが、おかしなことにファーリー以外の同僚たちは次々にこの依頼を受注していった。
それほど旨味がある依頼とは思えなかったが、他の冒険者たちはまるで取りつかれたようにこの依頼に飛びついていった。
まあ、冒険者は何かない限りは互いに相互不干渉が暗黙の了解だ。
ファーリーはそう思っていたが、顔見知りの冒険者が一緒に行かないかと言ってきたのだ。
当初、ファーリーはそれを鼻で笑った。
確かに報酬は中々の金額ではあるが、それにしたってリスクがデカすぎる。
どう考えたって割に合わないと。
ただ、次の一言がファーリーの心を惹きつけた。
『今回の依頼は宰相自ら動くらしいと』
それを聞いてファーリーは思った。
もしかしたら、あの人に会えるかもしれないと。
自分に戦い方を、冒険者としての在り方を教えてくれたあのヒト、パルディーに会えるかもしれないと。
パルディーは冒険者を引退し、宰相の秘書として王都で過ごしていると聞いた。
彼女は元Aランクの実力者だ。
もし、宰相自らエルド荒野へ向かうならば、その護衛に彼女もいっしょに来る可能性が非常に高い。
それに情報は公に公開されているらしい。
ならばあの人たちも、『銀の烏』も別の場所で、この依頼を受けている可能性は高い。
最近は姿を見ないが、あの人たちの事だ。まさか、死んだという事はあり得ないだろう。
パルディーと付き合っていた(少なくともファーリーはそう思ってる)リーダーのレイルさん、質実剛健という言葉を地で行くボルドロイさん、自分の事を“ファーちゃん”と呼び魔術の基礎を教えてくれたマイペースなレレさん、あと、なんかいつもチョロチョロしていたバカック、もといバサック。
会いたかった。師匠にも、銀の烏の皆にも。
『………わかった。一緒に行くわ』
ファーリーはこの依頼を受けることにした。
会える可能性は低いかもしれない。
宰相の秘書である彼女に近づくことさえ難しいかもしれない。
でも、会って一言、お礼を言いたかった。
成長した自分の姿を見てもらいたかった。
そう思い、ファーリーはこの依頼を受けることを決意した。
そして、数分前。
ファーリーは後悔していた。
彼女の仕事は掃討作戦の後詰役だ。
正直、もう帰りたかった。
目の前に起こったのは、今までの常識を覆られるような信じられない光景。
突如発生したその地割れを見て、ファーリーの心は折れた。
場違いだ。自分がこんなところにいるなんて場違いすぎる。
肝心のパルディーや『銀の烏』のメンバーにも会えない。
いくら報酬が良くても、あの人たちに会えないんじゃ意味がない。
―――――逃げちゃおうかな。
そう思っていたところに、数人の冒険者たちがこそこそと抜け出していくのを見たのだ。
もしかして、あの人たちも任務放棄で逃げようとしているのか?
ファーリーはそう思い、彼らの後をつけた。
だが、彼らはあろうことか、地割れの中へと入って行った。
どうやら抜け駆けして手柄を上げるつもりだったようだ。
ついてきて損した。
そう思った直後、彼女の立っていた場所が崩れて、彼女はそのままダンジョンへと落ちて行った。
そして、現在。
ファーリーはダンジョンの中層付近にて、その身を屈めていた。
息をひそめひっそりと。
「ハァ……ハァ…なんでよ…?なんで、こんな事になったのよ?」
彼女は幸いにも風属性の魔術が使えた。
フライで衝撃を殺し、何とか中層付近に降り立ったのはいいが、そこは地獄だった。
至る所に見たことも無い様なゴーレム達が徘徊している。
ファーリーの魔術の実力では再びあの距離を浮かび上がるのは難しい。
彼女はひたすらダンジョンの中を逃げ回った。
見ただけで勝てないと理解できたからだ。
そして、その光景を見てしまった。
少し離れた場所では、一方的な惨劇が繰り広げられていた。
男たちの野太い悲鳴が聞こえてくる。
犠牲者は先ほどファーリーが後をつけた冒険者達。
虐殺を実行しているのは仮面をつけ、奇妙な民族衣装に身を包んだ謎の少女と、六本の腕を持った大男だ。
なにやら仮面をつけた少女が一言二言男たちに訊ねた後、二人は突然男たちに襲いかかったのだ。
ファーリーにはどういう状況かは分からなかった。
だが、その光景を一目見て、自分が勝てる相手ではない事を悟った。
十人以上いた冒険者たちは、次々に謎の球体から発せられる光線によって体を貫かれ、六本腕の大男によって潰され物言わぬ死体となる。
その光景をファーリーは震えながら眺めているしかなかった。
体が動かなかったのだ。
恐怖で、まるで足が地面に縫いつけられているかのように動けなくなってしまっていた。
「えーっと、これで全員死んだかな?あれ、殺してよかったんだよねー?」
「うむ。少なくとも侵入者は殺しておく分には問題ないじゃろう。逃がしてしまったら、後々問題になるしのぅ」
声が聞こえた。
少女の声はどこか聞いたことがあるような気もしたが、今はどうでもいい。
どうやら男たちは全滅したらしい。
そして、やはりこの二人はダンジョンに住む魔物だったのだ。
それもファーリーが今まであったことが無いほど強力な。
―――――どうか気づかれませんように。
ファーリーは必死に祈った。
だが、その祈りは通じなかった。
「ん?向こうにも魂の気配がするー」
少女の声だ。
そして、自分の方へ足音は近づいてくる。
まずい。殺される。
そして、声を掛けられた。
「おい!お前、冒険者か!?お前たちの突入はまだ後の筈だぞ!何をしている!」
見ると目の前には三十人以上の武装した騎士たちが居た。
ああ、そうか。
もう突入作戦が決行されたのか。
余りの恐怖に、騎士たちが近づいていることにすら気づかなかった。
「あ、こんなに一杯居た」
「ぬぅ、さっさと深層へと向かいたいのにのぅ」
後ろを向くと、先ほどの二人の悪魔がいた。
「うーん待ってて。今他のゴーレム達にも呼びかけてるから。その子たちが来たら、ここを任せよー」
「ふむ、そうするべきじゃの」
間延びした二人の様子に、騎士たちにも動揺が走る。
「な、何だこいつらは!?冒険者……ではなさそうだな……まさか、魔物か?」
騎士たちは身構える。
が、二人は涼しい顔をしていた。
どうやら彼らにとってこの程度は物の数ではないらしい。
「ん、それじゃー死んでー」
「儂らは急いでいるのじゃ!邪魔立てするなら容赦はせんぞ?」
再び仮面の少女の周囲に光球が出現。
そこから無数のレーザーが発射される。
騎士たちの何人かがその光に貫かれる。
「い、今のうちに……」
ファーリーは騎士の陰に隠れながら逃亡しようとする。
だが、トレスはそれを見逃さなかった。
「あ、逃げちゃだめー」
ぴゅ、とファーリーの足がレーザーに貫かれた。
「ぐあああああああ!」
更に一発、もう一発。
次々に体を貫かれる。
悲鳴を上げ、そのまま盛大にコケた。
だめだ、逃げられない。
「ぐっ……くそぅ……」
ファーリーの頭の中はもはや恐怖一色だ。
エルド荒野、見たことのないダンジョン、そして強力なゴーレムに謎の少女。
本当に後悔していた。
自分はただ、師匠や『銀の烏』の皆に会いたかっただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのかと。
そして、更なる絶望がファーリーの前に現れる。
「………何よ、アレ?」
それはゴーレムだった。
無数の腕を持った巨大な人型ゴーレムが通路の向こう側からやってきた。
ファーリーの眼から涙がこぼれた。
嫌だ、死にたくない。死にたくないと。
「あ、千手!丁度よかったー!ここ、任せていいー?」
仮面をつけた少女が、騎士団の攻撃をすり抜け、ゴーレムへと近づく。
見ればすでに騎士団の数も半分近くがやられていた。
「……て、千手が喋れるわけないかー。とりあえず、ここ任せたよー。私とおじさんは深層へ向かうからねー」
ぎぎぎと千手と呼ばれたゴーレムが動く。
その無数の手に握られた武器をゆっくりと振り上げる。
終わった。
ファーリーは死を覚悟した。
そして、その刃がゆっくりと――――――仮面の少女へ向けられた。
「へ?」
間一髪で仮面の少女はその斬撃を躱す。
「え?えぇ?どうしたの千手?手元が狂ったの!?」
表情は窺えないが、仮面の少女は動揺しているらしい。
一体何が起こったのか、ファーリーには分からなかった。
でも、
「……メ……ルナ……」
「え?」
ファーリーは聞いた。
はっきりと、“彼女”の声を。
「“ファーチャン”ヲ………イジメルナーッッッ!!」
はっきりとした叫び声とともに、多腕型のゴーレム千手はトレスへと襲い掛かった。
「なん……で?」
その声は――――『銀の烏』の女魔術師レレの声だった。
第二章13話にてファーリーのランクがDになっていましたが、Cに変更しました。




