11.VS穿界 思いは重く
最初の戦闘はアンさんになります
ダンジョン表層にて――――
斬撃音が響く。
ベルディーが突く。
アンがそれを剣で弾く。
時折アンは距離をとり、『酸槍』を放つが、ベルディーはそれを難なく躱す。
女の冒険者は先ほどの怒気が鳴りを潜めたように、ひたすらにこちらに刺突と風魔術による遠距離砲撃を繰り返してくる。
―――――何かを狙っているのか?
アンはそう思った。
そして、不意に相手はその槍を止めた。
見ると女の冒険者は苛立たしげに明後日の方角を向いた。
「ちっ、エクレウスめ、どういうつもりだ……?まだマッピングが終わっていないのに、騎士や冒険者を突入させるなど……一体何を考えているっ!」
そう言われてアンも異変に気付いた。
増えているのだ。
魂の気配が。
侵入者の数が、加速度的に。
おそらく地割れによって空いた隙間から、おそらくフライかなにかの魔術を使って各階層に侵入してきているのだ。
まずい。
絶えず移動しながら戦闘をしていたせいで、アンは今地割れ付近からかなり離れたところにいた。
そのせいで気づくのが遅れた。
この状況で相手が更に戦力を追加してくるなんて……。
表層や中層ならばまだ対処は可能だ。
アンの子蟻達や千手を筆頭とした地龍様の作ったゴーレムや、様々な動物型のゴーレム・ホムンクルスたち。
確かにこの不測の事態でこちらもかなりの打撃を受けたが、動ける個体はまだ大量に居る。
彼らに任せれば表層と中層は守りきれるだろう。
だが、深層には地龍様しかいない。
地龍様ならば、万が一にも冒険者ごときに後れを取る事などないだろう。
だが、地龍様の望みは安寧だ。
それを妨げるものなど、ましてや地龍様本人が手を下すことなど、ダンジョンにおいてあってはならない。
それはすなわち、眷属である自分たちの存在意義の無意味さを意味するのだから。
だからこそ、一刻も早くアンは深層へと向かわなければならなかった。
『早く……一刻も早くあの御方の元へ……ッ!!』
アンは剣とマントに魔力を込める。
威力を増した斬撃を目の前の敵へと叩き込む。
ベルディーはそれを槍で弾く。
「…………ちっ!」
一方、冒険者ベルディーも内心では動揺していた。
ベルディーとヴァレッドはダンジョンに飛び込む際、エクレウスから預かったマッピング用の使い魔を数十匹、ダンジョンへとばらまいている。
蝙蝠型の使い魔で超音波によってダンジョンの内部を把握することが出来るという優れものだ。
どうやら、先の超大規模転移術式と同じように、ここ最近になって完成したものだとエクレウスは言っていた。
渡されたときは、随分と都合のいいタイミングだなと、ベルディーは思ったが実際便利だと思ったので何も言わなかった。
これほど規模のでかいダンジョンだったのは予想外だったが、それでも“ダンジョン破壊”後ならば、おそらく数時間ほどでマッピングは終わるだろうと予想していた。
何せ階層を無視して各層同時進行でマッピングを行えるのだから。
その間に自分とヴァレッドは頭を潰し、残りは騎士たちに掃討させる。
そういう手はずだった筈だ。
なのになぜだ?ダンジョンを破壊してから、まだ一時間どころか十分も経っていない。
いや、それ以前に荒野に来た際の騎士や冒険者たちの妙な落ち着き様にも違和感を持っていたが、ここにきてその違和感は更に強くなった。
何かがおかしい……。
ヴァレッドの立てた計画が、ではない。
何かが、まるで大事なピース一つが抜け落ちたような違和感をベルディーは感じた。
「だが、それも今は後だ!」
そう、目の前には妹を殺した敵がいるのだ。
ならば迷うな。
今は目の前の事だけを考えろ。
目の前の敵を倒す。
その一点においてのみ、アンとベルディーの思考は一致した。
ベルディーの持つ槍、グングニルから紅い魔力はほとばしる。
アンは構える。
来る!
先ほど、出会いがしらに撃ってきたあの一撃だ。
鑓の先から放出される高密度の魔力の突き。
「――――――ふっ!」
次の瞬間、ベルディーの持つ槍から紅い閃光が発射される。
躱す。躱せる。
確かに早いし、威力はある。
それでも、ヘレブの『火具羅』程の威圧感は感じない。
アンの横を通り過ぎた閃光はそのままいくつかの壁をぶち抜いてゆく。
大技の直後ならば、隙も大きい。
よし、今ならばいける。
アンが“指示”を出そうとした。
だが、それと同時に―――ベルディーの顔つきが変わった。
「………ふん、成程な。“風よ!嵐の矢と成りて我が敵を貫け”!」
『なっ!?』
ベルディーの詠唱。
次いで巻き起こるのは無数の鎌鼬。
風属性上級魔術『斬風陣』
ヘレブの鎌鼬程の威力は無い。
それでも、“壁の中”を削る威力は十分にあった。
――――――気づかれていた。
アンは歯噛みした。
砕かれた壁の中から、天井から、べちゃりと死体となったキラーアントが転がり出てくる。
「なるほどな。お前が単騎で私の気を引いていたのはこの為か。大方、私が油断したところで、この蟻達が一斉に『酸液』でも浴びせるつもりだったのだろうな」
ヒュッと、ベルディーはまだ息があった蟻に止めを刺す。
ぐちゃりと嫌な音を立てながら子蟻は息絶えた。
「あいにくと、そんな子供だましに騙されるほど私は馬鹿じゃない」
不敵にベルディーは笑う。
くっ、ヘレブは引っかかったというのに……!
流石、人族。その知能は鳥よりも数段上という事か。
奇襲は失敗。
だが、まだ策は残っている。
ビキッと、ひびの入る音がした。
「………なんだ?」
先ほどの地割れの影響で脆くなっているのだろうかとベルディーは思った。
だが、違う。
次の瞬間、ベルディーの頭上の天井が崩れた。
更に、床も音を立てて崩壊する。
「……落とし穴か。今更こんなもので……」
そう、フライを使える相手に落とし穴はあまり意味がない。
アンは闘いながらも、ダンジョン内のトラップで生きているモノを子蟻達に探させていた。
そのうちの一つへとベルディーを誘導していたのだ。
そして、このトラップは相手の気を逸らすためのもの。
本命は、こっちだ。
『ゴーレム部隊!放てええええええええええええええ!!』
瓦礫と共に無数の石で出来た矢がベルディーに放たれる。
「―――なにっ!?この矢、一体どこから……?」
片方しかない瞳で、ベルディーは見た。
先ほど魔術で殺した蟻共のさらに奥に、もう一枚壁があった。
「二重構造か……成程な」
その内側にゴーレム達が潜んでいたのだ。
キラーアント達同様、魔力と気配を消して。
ゴーレムは魔力で動く石の塊だ。
ゆえに魔力を消してしまえば、その存在は完全にただの石となる。
アンに命じられるままゴーレム達はひたすらに物言わぬ石となって、その時を待っていたのだ。
そして、機は熟した。相手の策を見破ったと思った瞬間が、もっとも油断する。
石の矢の雨がベルディーへと降り注ぐ。
『これで――――』
「これが何だ?」
次の瞬間、ベルディーの持つ槍、グングニルが“伸びた”。
比喩でもなんでもなく物理的に伸びた。
『なっ!?』
閃光のように伸びるその槍は、矢の雨の中で、正確にアン目がけて向かってきた。
まるで蛇のように軌道を変えて自分へ向かって来る。
このタイミングでの反撃は予想外だった。
―――――――躱せない!
アンの腹部に槍が刺さる。
だが、貫かれて尚、槍は伸縮をやめない。
壁に激突したアンは、そのまま階層の壁を貫いて上昇していく。
そして、最後に地上にある切り立った岩にその体を激突させ、そこでようやく槍は止まった。
『がはっ……!』
腹部に刺さった槍を抜こうとするが抜けない。
ぼたぼたと体液が貫かれた腹部からにじみ出る。
その姿はまるで昆虫の標本の様だ。
「抜けるはずなどないだろう。この槍はかつて厄災級の魔物すら地に縫いとめたとされる逸話を持っているのだからな。敵を刺殺するのではなく、穿ち、その動きを封じる事に特化している」
下を見る。ベルディーがいた。
身体に数本石の矢が刺さっている。
だが、行動に支障はなさそうだ。
おそらく急所部分のみを的確に避けたのだろう。
片方しかない瞳が憎らしげにアンを見ていた。
「この程度か。この程度の敵にパルディーは……妹は殺されたというのか……」
『………いも……うと……?』
「そうだ。一か月ほど前、貴様に殺された女の冒険者だ。貴様が持つ地龍の剣。それは私が、かつて妹に譲った剣だ」
自分に向けられる尋常じゃない殺気はそういう事だったのか。
そして合点がいった。
『ハァ……ハァ……仇を……取りに来たと?』
「そうだ」
槍を握る手に力がこもる。
ぐりぐりと槍を揺らす。
そのたびにアンは苦しげにうめき声をあげた。
「あの子はこんなところで、貴様に殺されていい子ではなかった……っ!」
片方しかない瞳にやりきれない怒りと憎しみが浮かんでいる。
ベルディーは今でも考える。
あの時、私があの子の傍についていれば、妹は死なずに済んだ、と。
守ってやることが出来たのだと。
そもそも、ベルディーはパルディーが冒険者になる事すら反対だった。
パルディーはベルディーにとっての希望だった。
自分に憧れ冒険者になりたいといった事が嬉しかった。
現実を知り、それでも愚直に強くなろうとしたその姿が眩しかった。
冒険者が好きではないと言いながらも、笑っていた妹が好きだった。
『銀の烏』というかけがえのない仲間を手に入れた妹が羨ましかった。
そんなメンバーと半ば喧嘩別れの様な形で立身出世した妹を微笑ましく見守った。
妹の生き方はベルディーにとって眩しかった。
冒険者として、血を浴び魔物を殺す事しかできない自分と違って。
だからこそ、ベルディーは妹から距離を置いてしまった。
素直になれず、碌に連絡も取らず、遠ざけるような態度ばかりとってしまった。
そして、パルディーは死んだ。
自分の知らない、自分の居なかった場所で、魔物に、コイツに殺された。
そんな彼女に対し、ヴァレッドが言った言葉は一言だけだ。
『意味ないよ、そんなたられば』
その通りだった。
冒険者になった以上、死は常に憑いて回る。
そこから生き延びることが出来るかどうかは完全なる自己責任。
ある意味、野生に生きる魔物と変わらない生き方と言えるかもしれない。
それでも、ベルディーには納得できなかった。
残ったのは後悔だけだ。
怒りだけだ。
憎しみだけだ。
怒らずにはいられなかった。
憎まずにはいられなかった。
誰かにこの気持ちをぶつけなければ、正気を保っていられなかった。
だから―――――
「だから、私は………お前を許せない!私から、私から妹を奪った貴様を!」
片方しかない瞳をぎらつかせ、ベルディーは槍に力を込める。
『がはっ………』
アンの口から体液がこぼれる。
貫かれた脇腹はひびが入り、亀裂は増してゆく。
意識が次第に朦朧となってゆく。
「お前を殺す。それが私に出来る、妹への唯一の償いだ……」
その言葉を聞いて、アンは再び意識が戻る。
『…………無様……ですね……がはっ……!』
「なんだと?」
憎しみの籠った瞳がアンに向けられる。
アンは目を逸らさない。
『そうでしたか……。貴方は…あの冒険者の家族でしたか………。だから……私を殺すことで、彼女への手向けとすると?』
「その通りだ」
だが、アンはそれを鼻で笑った。
『愚かとしか……言いようがありません……。なにより……貴方の言っていることは、妹への…………“侮辱”です…………』
「………何だと」
アンは血まみれの手で槍に手をやる。
『貴方がいれば……妹は死なずに済んだ?貴方が……間に合っていれば?ハァ……ハァ……馬鹿馬鹿しいにも程があります……。それは貴方が妹を信じていなかった何よりの証ではないですか……?』
「………貴様っ!」
『向き合う努力をしなかったんですよ、貴方は……。そんな者に何かを守れるはずなど………有る筈がありません』
だからこそと、アンは続ける。
『私は………信じています。あの御方は、いつか必ず私の事を見て下さると。……ただの…がはっ……!』
その口から大量の体液が吐き出される。
それでもアンは続ける。
『ただの……ハァ……ハァ……ダンジョンの防衛役としてではない。……あの御方の眷属として……“アン”としての私を……見て下さると。だから、私は今も、そしてこれからも変わらずの敬愛をあの御方に捧げるのです。……あの御方に救われた私にとって、それが唯一の“絆”ですから……』
「何を訳の分からぬことを……」
アンは真っ直ぐにベルディーを見る。
『妹の敵討ち?いいえ、違います。貴方は単に憂さを晴らしたいだけなのでしょう?妹の為ではなく、ただ“自分”の為に――――!』
ああ、そうか。
ようやく、アンは闘いが始まってから、彼女の槍を躱せていた理由に気が付いた。
神器と言う凄まじい性能を持ちながら、今まで凌げていた理由を。
軽いのだ。彼女の槍は。
彼女の刃には、あのヘレブの炎のような重みが無いのだ。
誇りもない。相手を認め打倒したいという思いが、全くない。
ただただ軽い、たった一人の自己満足の槍。
彼女の槍に籠っているのはそれだけだ。
『……ある意味では、私も同じなのでしょう。あの御方に見てもらいたいという、私の願望を満たすための自己満足………。でも、それでも私は貴方に負けるわけにはいかない』
アンは力を籠め、剣を握る。
『ただ殺したいから、殺す。そんな重みの……誇りの無い刃に………敗れるわけにはいきません!』
そう、負けるわけにはいかない。
自分は生きなくてはいけない。
あの御方を守るために、そして共に生きるために。
眷属として、“アン”としてあの御方に、自分の姿を見てもらうために。
ブッシュウウウウウウウッ!とアンのわき腹から大量の体液が噴き出す。
アンは手に持っていた己の剣で脇腹を切った。
そして、槍の貼り付けから抜け出す。
そのまま受け身も取らず、ゴロゴロと転がりながら地上へと落ちる。
『ふぅー……ふぅー……』
再び意識がもうろうとしてきた。
流石に血を流しすぎた。
その姿をベルディーは黙って見ていた。
槍から逃げ出す際も、手を加えずに。
「………魔物風情が誇りを語るとはな。……まるで“あいつ”と話しているような気分になったぞ」
ベルディーは槍を構える。
「だが、これで終わりだ」
再び、グングニルが赤く光る。
今度は躱せない。
だが、躱せずとも構わない。それでも、そのまま敵へ攻撃を加えるだけだ。
アンは剣を構える。
生きる。絶対に生きて勝つ。
そして、グングニルから閃光が放たれようとした瞬間だった。
ゴウッ!と轟風が巻き起こった。
「なっ!?」
ベルディーにとっても予想外だったのだろう。
突風にあおられ、距離をとる。
『何が……?』
助かった。しかし一体何が起きた?
疑問に思うアンに声が響いた。
『ふん!無様だなアンよ!そんな事では、黒蟻の長の名が泣くではないか!』
上を見上げた。
そこにいたのは――――炎を纏った一匹の巨大なカラスだ。
『まさか、ヘレブですかっ!?』
アクレト・クロウ族長ヘレブがそこに居た。




