4.その足音は着実に近くへと
宰相サイドのお話です。
第三章は視点が移動することが多くなります。ご了承ください。
宰相エクレウスは頭を抱えていた。
というか、なんかここ最近、頭ばかり抱えてる気がする。
白髪もだいぶ増えた。
「………各国から派遣された兵がこれほど少ないとは……」
エルド荒野にてインペリアル・アントが確認されたその日、エクレウスは各国に討伐の為の救援要請をした。無論、相応の見返りは求めるとは思ったが、まさか派遣された軍がこれほど少ないとは、流石に予想外だった。
手に持った用紙には各国から派遣された軍の数や主な司令官について書かれた報告書だ。
集まった連合軍は当初の予定のおよそ十分の一。
更に集まった司令官や騎士たちは、特に名の通ったものもおらず練度も低い。
あんまりと言えばあんまりだった。
これでは、ほぼ自軍だけで戦えと言われてる様なものだ。
唯一、エクレウスが外交の際に訪れた魔術都市エンデュミオンからは、軍の派遣こそなかったものの、かなりの魔具を融通して貰った。
特に避魔石の存在は大きかった。
インペリアル・アントを討伐する前にアクレト・クロウや白飛龍に襲われては目も当てられない。
そのため、まとまった量の避魔石の入手は最重要事項だった。
彼は懇意にしている魔術ギルドから、現在製作されていた避魔石の、ほぼ殆どを融通してもらった。
それは叶ったが、肝心の軍の規模がこれではどうしようもない。
普段の冷静な彼であれば、彼が手を回した国以外からの対応があまりに違いすぎると疑問を感じ、誰かの介入を疑う可能性もあったが、冷静さを欠いている今の彼は、そこまで考えが及ばなかった。
そもそも、主要産業である魔石の純度の低迷に始まり、各国との魔石の輸出の調整、財政の補強、インペリアル・アントの発生に、地龍、ゴーレムとあまりにも不測の事態が続きすぎたのだ。
冷静で居ろという方が、無茶な話だ。
「どうする……この人数でどうやって、このダンジョンを攻略すれば……」
どうするか、悩んでいるエクレウスの耳にドアをノックする音が響いた。
誰だ?この時間に面会は無かったはずだとエクレウスは疑問に思った。
秘書は自分が呼ばない限りは入ってこない。
そして、そのすぐ後にノックをした人物は入ってきた。
「おーっす、久しぶりだねぇ、宰相様」
入ってきた人物を見て、エクレウスは眉を寄せた。
紅い瞳に青い髪、そして目が痛くなる様な原色のペンキをぶちまけたとしか言いようのない派手な服装。そして、オレンジ色の聖剣。
この国に三人しかいないSランク冒険者『龍殺し』の大英雄、ヴァレッド・ノアードだった。
「……失礼する」
更にその後ろから入ってきたのは、銀髪隻眼で紅い槍を携えた女性、同じくSランク冒険者『穿界』ベルディー・レイブンだ。
国内に三人しかいないSランク冒険者の内、二人もが集結している。
知るものからすれば、息をのむ光景だろう。
だが、エクレウスにしてみたら、頭痛の種がまた一つ増えたとしか考えていなかった。
実際頭が痛い。
そろそろ掛かり付けの医師に相談した方がいいかもしれない。
「やはり、お前か……」
エクレウスは不満げにヴァレッドを見る。
「あれ、分かったの?」
「……私の執務室に、返答前に入ってくるのはお前か、暗殺者のどちらかだけだ」
「なるほどねぇ。……あれ、てことは仮に王様が入ってきても、許可とらなきゃ入れないの?」
おどけてヴァレッドが言う。
「そういう事を言っているのではない……。そもそも、許可証はどうした?衛兵は?」
「いちいち許可取ってたら、それだけで半年は過ぎちゃうからね。衛兵さんはきちんと仕事してるよ。気づかれずにこっそり来たからねぇ」
エクレウスは深いため息をつく。
後で、王宮の警護体制を見直す必要がありそうだ。
ヴァレッドは許可も取らずに適当に腰かける。
ベルディーは座らずに近くの壁に寄り掛かった。
「ねえ、お茶は?あ、僕お菓子は持ってきたからお茶請けは良いよ?」
懐から黄緑色のお菓子を取り出し、ヴァレッドは言う。
甘い香りがした。
「……お前は本当に何をしに来たのだ?」
本当に頭が痛くなる。
二人がこの国に帰ってきたのは聞いていたが、正直、今は来てほしくなかった。
肉体的にも精神的にも疲弊しているこの状況で、この二人の相手はきつい。
「疲れてるねぇ……。ま、そう構えなくていいさ。ちょっと確認に来ただけだから」
「確認だと?」
「うん」
そう言ってヴァレッドは頷く。
そして、次の瞬間、部屋の空気が変わった。
まるで極寒の氷の中に居る様に、エクレウスの背筋が寒くなった。
「パルディーちゃんの事さ」
猛禽類のような目を細めて、ヴァレッドはエクレウスを見る。
やはりそうかと、エクレウスは思った。
なにしろヴァレッドは、パルディーをエクレウスの秘書に推挙した張本人だし、ベルディーは彼女の姉だ。
そんな彼らがそろってやって来たのだ。
理由など簡単に想像できる。
「エクレウス、お前さーパルディーちゃんが、ああなるのを分かってて、見殺しにしたのかい?それとも、今回の件は本当にお前の予想を超える事態だったのか?」
底冷えするような声だった。
まるで、心臓を鷲掴みにされているかのような圧迫感。
エクレウスの頬を冷や汗が伝う。
しばしの沈黙の後、彼は大きなため息をついた。
「……ああ、今回の件は完全に私の判断ミスだ。本当に私は、ただのキラーアントだと思っていたのだ………」
そこで、エクレウスは首を振った。
「……いや、本音を言えば、妙な胸騒ぎはしていた。昔から私の勘はよく当たるからな。それを確かめるべく、私はパルディーを調査に向かわせたのだ」
嘘をつけば殺されるだろう。
エクレウスはそう判断した。
だから、彼は正直に話した。
「そして………結果は最悪だったよ。ただのキラーアントだと思っていた魔物は、災害指定種のインペリアル・アントだった。さらに、そのダンジョンでは、あり得ない異常事態の連続。結果、情報は手に入れたが、代償に彼女とそしてその仲間を失った」
そこで口を挟んだのはベルディーだ。
「結果として、情報を手に入れただと?貴様は、妹に記憶送信の腕輪を仕込んでいたではないか!?」
手に持った槍に力を籠め、片方しかないその瞳にはやりきれない怒りがにじみ出ている。
「ああ、万が一に備えてな」
エクレウスは否定しなかった。
「だが、彼女が無事に戻れば、何の意味もない腕輪になる筈だった。そもそも、あのエルド荒野であっても、彼女と『銀の烏』のメンバーなら、アクレト・クロウや白飛龍と遭遇したとしても、逃げ切る程度の実力は確実にあった筈だ。………だから、今回の件は完全に私の予想を超えていた。間違いなく、私の失態だ。どうする、ベルディー?私を殺すか?」
君の実力ならたとえ私であっても、間違いなく殺せるだろうと、エクレウスは言う。
ベルディーは槍を握ったまま動かない。
やがて手に持った槍をゆっくりと下す。
「………妹を殺したのはインペリアル・アントだ。あんたじゃない」
ただ、絞り出すようにそう答えた。
そこでヴァレッドがぱんっと手を叩いた。
「さて、ベルディーも納得してくれたようだねぇ。んじゃ、エクレウス。もう一つ聞きたいんだけどいいかな?」
先ほどの鋭い眼光は鳴りを潜め、間延びした様な口調でヴァレッドは言った。
再び手に持った黄緑色のお菓子を口に含む。
先ほどの張りつめた空気が嘘のように霧散した。
「何だ?」
「いつエルド荒野に行くわけ?」
ある意味核心をついた質問だった。
これにはどうこたえるべきか、エクレウスも黙考した。
「………戦力が整い次第だ」
「それっていつよ?僕たち、もう一か月以上待ってるんだけど?」
さすがにもう待ちきれないねぇと、ヴァレッドは両手を広げた。
無言ではあったがベルディーも同じ意見の様だ。
対してエクレウスは沈黙したままだ。
「………」
答えられなかった。
確かにヴァレッドの主張は最もだ。
本来の計画では、既にエルド荒野に向けて進軍している予定だった。
だが、各国からの救援が予想以上に少なかったため、それをどうやって埋め合わせるかを考えていたのだ。
エクレウスは何事にも万全を期して臨むタイプの人間だ。
パルディーに腕輪を仕込んだように、二人に連絡係を向かわせたように、何か一つでも、万が一にでも予想外や不測の事態と言ったものを、悉く潰して行動する。
その彼から言わせれば、今回の遠征は不確定要素が多分にあった。
災害指定種に加え、見たこともない様なゴーレムまでいるのだ、
絶対に失敗の許されない戦だ。
どれだけ用意周到にしても、しすぎるという事はないだろうと。
だが、それゆえに時間がかかってしまっているのも事実だ。
そして、彼の見積もった期限はすでに迫っている。
記録に在ったインペリアル・アントの繁殖周期を見れば、すでにぎりぎりだ。
いつ次世代の女王種が生まれてもおかしくはない。
焦っているのも事実だ。
それを見越していたの、ヴァレッドはにやりと笑った。
「んじゃさ、僕の考えた作戦聞いてくれないかな?」
「はあ?」
何を言っているんだ、とエクレウスは思った。
そもそも、この男は昔から突拍子もない事を云うやつだ。
宰相になる前からの付き合いもあり、この男には散々振り回されてきたのだからよくわかる。
以前も突然やってきて、『この子を君の秘書にしてよ』とパルディーを連れてきた時も、エクレウスは大いに慌てたものだ。
だが、実際には彼女はとても優秀だったので、助かったと言えば助かったのだが。
「そもそもさ、ダンジョンをどうやって攻略するかって悩んでるんだよねぇ?インペリアル・アントを討伐するのに」
「………ああ、そうだが?」
ヴァレッドは人の悪そうな笑みを浮かべる。
ああ、この顔は悪いことを企んでいる時の顔だと、エクレウスは確信した。
「だったら、いい方法があるよ」
「なんだ?」
参考程度には聞いてやる、エクレウスはそう言った。
ヴァレッドはたっぷり溜めを作った後に言う。
「ダンジョンの攻略が難しいんならさ―――――“攻略”しなければいいだよ」
「はぁ!?」
エクレウスは言ってる意味が分からなかった。
何を言っているんだこの男は、と思った。
「一応確認しときたいんだけど、パルディーちゃんの記憶とかから、ダンジョンの位置情報はもうわかってるんだよねぇ?」
「ああ、無論だ」
それを聞いて、ヴァレッドは笑った。
「……だったら問題ないねぇ」
そして、ヴァレッドの口から告げられたのは、驚くべき作戦だった。
「―――――――――」
しばらくヴァレッドの声だけが執務室に響いた。
エクレウスも、ベルディーも黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
そして、全てを聞いたエクレウスは思わず、こう聞き返してしまった。
「……本当に、そんなことが可能なのか?」
ただ一言、そう呟いた。
「もちろん」
ヴァレッドは頷く。
絶対の確信を持って。
もし、ヴァレッドの言う策が本当に可能ならば、確かに今の戦力でも十分に対応することは可能だ。
いや、それどころか、各国からの救援すら必要なくなる。
「全くお前と言うやつは……。そういう事が出来るのならば、もう少し早く言ってほしかったぞ?お前は本当にタイミングが悪い……」
「そりゃ、すまないねぇ」
これには本当に済まなそうにヴァレッドは言った。
自分はいつだって行動が遅いのだ。それにタイミングだって悪い。
それは彼自身も自覚していた。
「だからねぇ、さっさとエルド荒野に行こうよ、エクレウス。お前だって本当はパルディーちゃんの敵を討ちたいんだろ?」
彼は窓の外にある景色をじっと見つめる。
それはエルド荒野のある方角だ。
その瞳は真っ直ぐに、エルド荒野を見つめていた。
「災害指定種インペリアル・アントか……それに……」
今回の遠征、パルディーの敵討ちとは別に、彼の関心を占めている事がもう一つあった。
それは、エルド荒野に“地龍”がいるかもしれないという情報だ。
エクレウスからではなく、別のルートで手に入れた情報だ。
そして、口には出さなかったが、ヴァレッドは確信していた。
おそらく、そいつとも今回の遠征で、出会うことになるだろうなと。
あぁ、楽しみだ。
やはり、『龍殺し』である自分は、どこまでも龍と因縁があるのだと。
それから十日後、彼らはエルド荒野へ向けて進軍する。
次回は地龍さんの話へ戻ります
どうでもいい補足:キャラのビジュアルについて
ベルディーさん(姉) 銀髪隻眼の巨乳です
パルディーさん(妹) 銀髪碧眼の貧乳です
ヴァレッド 青髪紅眼で貧乳派です
エクレウス 銀髪紅眼で男色派です




