8.VSアクレト・クロウ エルド荒野の誓い
ズゥゥゥン!
アクレト・クロウの巨体が大地へ墜ちる。
『ハァ……ハァ……ハァ……』
その巨体を眺めながら、アンは肩で息をしていた。
流石に無茶をした。
いくら進化したとはいえ、相手は純粋な強さで王級の魔物。
その魔物の攻撃を喰らって、無事でいれる筈が無い。
アクレト・クロウの油断を誘うため、あの一撃を与えるため、アンは常にアクレト・クロウへ単独で挑んでいると思わせるような戦い方をする必要があった。
しかして、その策は成功した。
アクレト・クロウはのど元を食いちぎられ、その巨体を大地に晒している。
アンの、勝ちだ。
『………終わった…ハァ……ハァ……これで……』
――――そこで、アンは気付いた。
魔力が、アクレト・クロウの魔力が消えていないことに。
『これで、何だというのだ………?』
寒気がした。
後ろを振り返る。
そこには、アクレト・クロウが立っていた。
息も荒く、魔力の波動も不安定。
アンが付けた傷口からは大量に出血している。
だが、アクレト・クロウは生きていた。
『ハァ……ハァ………たかが虫けらかと思ったが、まさか、ここまでやりおるとは……』
アクレト・クロウはアンを睨み付ける。
アンは剣を構える。
しかし、アクレト・クロウは攻撃を仕掛けてこない。
その瞳は、じっとアンを見つめている。
『………認めよう、黒蟻の長よ。そなたは――――強い』
その瞳に慢心は無く、相手を認める、絶対的な王者としての風格があった。
次の瞬間、アクレト・クロウの魔力が爆発する。
そして、アクレト・クロウの全身が炎に包まれた。
轟々と燃え盛る炎。
まるで、命を燃やしているかのような輝きを秘めた炎は、ちりちりとアンの体表を焼く。
それでも、アンはアクレト・クロウから目を逸らさない。
『………名は何という、黒蟻の長よ?』
静かな声だった。
燃え盛る炎とは対照的に静かな、だが威圧感のある声。
『―――アンです。私の名はアン。主様に貰いし、唯一の名です』
アクレト・クロウは頷く。
『……アンか、良い名だ。故に我も名乗ろう。我が名はヘレブ。このエルド荒野に住まうアクレト・クロウの長だ』
その発言にアンは驚くも、同時に納得していた。
成るほど、このアクレト・クロウは族長だったのか。
道理で、魔力が桁外れに強い筈だ。
『これより行うは、我の持つ最大の攻撃術。よもや、この期に及んで、逃げるとは言うまいな、アンよ?』
挑発的にヘレブは言う。
先ほどアンに言われたことに対しての返しか。
アンの返答は決まっている。
返事はしない。
ただ、手に持った剣を構えるだけだ。
その言葉無き解答に、ヘレブは笑う。
それでこそだ、と。
轟々と燃え盛る炎。
さらに、ヘレブはその状態で大きく羽ばたいた。
竜巻が炎を巻き込み、巨大な紅蓮の渦となる。
それはまるで、神話に登場する火の鳥を思わせる姿だった。
―――――美しい。
不覚にもアンはそう思ってしまった。
余りにも神々しいその光景にアンは思わず息をのむ。
アクレト・クロウ、最大にして最強の特攻攻撃術式『火具羅』。
自らの肉体すら焼く、暴虐の火と風の混合術式。
その威力は法王級。
まともに喰らえば、肉体も、骨も、魂すらも焼き尽くす劫火の炎。
そして、これはアクレト・クロウが相手を対等と認め、敬意を表するときにのみ使われる奥義とされていた。
アンはそれにふさわしいと、ヘレブに認められたのだ。
『決着をつけようぞ、黒蟻の長よ!』
『ええっ!』
燃え盛るヘレブ。
対してアンの戦術はシンプル。
地龍の剣、そして地龍のマント。
それにありったけの魔力を注ぎ込むだけ。
剣はマントと同じく、その切れ味は魔力を注ぎ込めば、注ぎ込むほどに劇的に向上する。
更にアンは粘液を吐き、自身をコーティングする。
ダンジョンの壁を強化する際にも使った粘液だ。
僅かながらの防火対策。
そもそも、アンには酸液以外に遠距離攻撃の手段がない。
全身炎と風の塊となった今のヘレブに、『酸弾』も『酸槍』も効果は薄いだろう。
接近しなければ、攻撃を当てることすらできないのだ。
そして、その前に灰になっては目も当てられない。
それゆえのコーティングだ。
『―――――往くぞ!』
アクレト・クロウが突っ込む。
アンも駆ける。
子蟻達はその光景を、固唾をのんで見守る。
みるみる両者の距離が縮まる。
そして、激突する寸前、両者は激しい光に包まれた。
爆発が起こった。
『なっ!?』
『一体何がっ!?』
アンもヘレブも驚く。
爆炎が舞い、岩が砕け散る。
爆発の瞬間、子蟻たちは事前に掘った穴から、ダンジョンの中へと避難した。
アンには何が起こったのか、分からなかった。
ヘレブの魔力も感じる。だがこの爆発はヘレブが起こしたものではない。
何者かの介入があったのだ。
一体誰が?
そう思った、次の瞬間、その声が響いた。
『随分と騒がしいな………』
ヘレブとは対照的な、透き通る様な静かな声。
思念通話だ。
少しずつ、土煙が晴れてゆく。
ヘレブの姿も確認できた。
だが、その姿はすでに、元の黒鳥の姿だ。炎は纏っていなかった。
そして、ヘレブは再び怒りに満ちた形相で、上を見上げた。
次いで、アンも上空を見た。
そこには、一匹の白飛龍が居た。
太陽を背に、その体は神々しいまでに輝いて見える。
『久しいな、黒翼の長よ』
再び聞こえる静かな声。
あの白飛龍が発したものだった。
アンはその姿をはっきりと見る。
ヘレブ同様、その姿は他の白飛龍よりもかなり大きい。
感じる魔力も全く違う。
明らかに、ほかの白飛龍とは一線を画す個体。
『なぜ邪魔をする!白銀の長よ!貴様、我との協定を忘れたか!』
『無論、忘れてなどおらぬ。我らが潰しあわぬという、不可侵の協定は今も変わらぬよ』
『では、なぜ我らの戦いを邪魔する!』
激高するヘレブに対し、白飛龍は涼しい顔で答える。
『私も、その黒蟻に用があったのだ。故に死なれては困る』
『………なんだと?』
そこで、白飛龍の目がアンに移る。
その瞳の、あまりの濁りの無さに思わずアンはたじろいだ。
『お初にお目にかかる。黒蟻の長よ。私の名はグウィブ。白飛龍の長を務めている』
『……アンです』
つられてアンも名乗りを上げる。
『うむ。良い名前だな』
地龍につけられた名をほめられ、思わずアンもほころんでしまう。
だが、次に言われた一言はアンにとって、全く予想外だった。
『して、アンよ。お主の主は元気にしておるか?』
『何……?』
『お主とヘレブの戦いは途中からではあったが、見せてもらった。お主には主がいるのだろう?その者は、“地龍”ではないのか?』
『なっ………!?』
いきなりの核心をついた質問に、アンは動揺してしまった。
そして、それは答えを言っているようなものだった。
『ふむ、やはり、か。あの時の礼儀知らずが、まさかここまで育つとはな。これだから世は面白い』
『貴方は……知っているのですか?』
何を、とは言わない。
『無論。お主から地龍の魔力を感じるからな。察するにお主は眷属なのだろう?』
もはや、誤魔化しようが無かった。
アンは正直に答えた。
『……はい、確かに私の主様は地龍様です。しかし、それが貴方と、何の関係があるのですか?』
アンは手に持った剣を構える。
事と次第によっては、戦闘も辞さない。
ボロボロの体ではあったが、あの御方の敵であるならば、容赦はしない。
『そう、結論を急くな、黒蟻の長アンよ。別に私は、貴様の主にどうこうするつもりは無い。まあ、貴様の主が以前“おいた”した際には、げんこつ代わりのブレスをくれてやったがな、はっはっは』
からからと楽しげにグウィブは言う。
『それで、貴様は何をしに来たというのだ?白銀の長よ!我とアンの戦いの邪魔をした理由を早く話せ!』
言うのはヘレブだ。
先ほどから、置いてけぼりを喰らっていたのが我慢できなかったようだ。
『ふむ、では結論から話そう。私は、その者の主と“協定”を結びに来た』
その発言に、ヘレブは驚いた。
『なんだと!?なぜ貴様が“協定”を結ぶ!?理由を話せ!』
ヘレブが怒鳴るが、グウィブはそれを軽く受け流す。
『……あの、そもそも“協定”ってなんですか?』
質問したのはアンだ。
グウィブは答える。
『“協定”とは、簡単に言ってしまえば、停戦条約の様なモノだ。互いに害は加えない。争わない、お互い合意の上であれば、決闘も辞さない。また、合意の上であれば、一方が他者から危害を加えられた時に、助太刀する。まあ、こんなところだな』
そこのヘレブと私も“協定”を結んでいると、グウィブは言う。
『それを、なぜ主様と?』
アンの疑問は最もだろう。
『約束、でな』
『約束?』
『そう、“ある者”に頼まれてな。どうか、成体に育つまでは、面倒を見てやってくれと頼まれたのだ。まあ、その前にあやつが地下に引き籠った故、連絡を取ることが出来なかったのだ』
私の思念通話は地下には通じんのでな、とグウィブは続ける。
『それに地下に潜れば他者からの干渉も格段に減る。故に私も干渉はしなかったのだが……』
そこでグウィブはヘレブの方を見た。
『こいつが早ってしまったのでな。止めに来たと言う訳だ』
『………ふん』
その視線を今度はヘレブが受け流した。
この二人にも何かしらの因縁があるのだろうと、アンは思った。
『して、どうする?私と協定を結ぶか?』
『………地龍様に判断を仰ぎます。私の一存では決められません』
思念通話を送るが、どうやら地龍様はまだ眠っているようだ。
返信が無い。
そこで、グウィブはふむと唸る。
『………では、アンよ。私がお主と個人的に“協定”を結ぶというのはどうだ?』
『な!?正気か、白銀の長よ!』
『勿論だ。私はこの者を気に入った。誇り高く、何より、自分より強大な猛者にも臆する事無く挑むその姿勢。私はそれを高く評価した。お主もそう思ったからこそ、『火具羅』を使ったのだろう?お主があれを使ったのは、私と、あの冒険者に次いで、三人目か』
にやにやとグウィブはヘレブの方を見る。
その視線に居た堪れなくなったのか。ヘレブは顔を逸らした。
グウィブは再びアンの方を向く。
『で、どうするアンよ?私と協定を結んでくれぬか?』
アンは僅かに逡巡する。
『………わかりました、その“協定”受けます』
アンは協定に同意した。
そもそも、この協定にデメリットは無い。互いに不干渉でいてくれるなら、それに越したことはない。
少なくとも、この白飛龍の気が変わらなければの話だが、それはないだろうと、アンは感じていた。会ってすぐの他人を信用するわけではないが、この白飛龍が嘘をついているようにはとても思えなかったのだ。
それにこの場での戦闘を避けたかったというのもある。戦うとは言ったものの、今の状態ではどう考えても、勝てる相手ではない。
それでも、主の同意なく勝手に決めてしまった事は、後で報告し許しを請わなければならないと、アンは思った。
『………待て』
そこで、声を出したのはヘレブだった。
『…………アンよ、我とも“協定”を結べ』
『『……は?』』
アンとグウィブの声がぴったり重なった。
いきなり何を言い出すんだこのカラスは、と。
余りにも予想外すぎる一言に、二人は氷の様に固まってしまった。
『………我は貴様を認めた。その貴様が、グウィブとだけ協定を結ぶのは、我慢ならん』
何言ってんの、このカラス?
アンとグウィブはそう思ったが、流石に言葉にはしなかった。
多分このカラスなりの誇りがあるのだろう。そう思うことにした。
『ただし、条件がある』
『は?』
『アンよ、貴様がその傷を治し、更なる高みに上り詰めた時、その時、改めて我と戦え。正々堂々一対一で。このような不完全燃焼な決着は我の望むところではない。それを誓うならば、我のみならず、我が一族全員が、貴様らとダンジョンには手を出さぬと、誇りに賭けて誓おう』
ヘレブはアンの目をまっすぐに見つめて言う。
アンも目を逸らさない。
答えは決まった。
『………分かりました。その時は改めて、貴方と戦うことを誓いましょう』
本心では絶対戦いたくなかったが、アンは同意した。
アクレト・クロウが主にもダンジョンにも手を出さないというのだ。
同意するほかにない。
『アンよ、後で協定の件、地龍にも伝えてくれよ?』
『わかりました』
アンは頷く。
グウィブは全員を見渡した後に、宣言する。
『では、これより我らの間には新たな“協定”が結ばれた。白飛龍の誇りにかけて、私はこの協定を破らぬことをここに誓おう』
『黒翼の長として、ここに誓う』
『地龍様の眷属として、ここに誓います』
こうして、アンの戦いは終わった。
身体はボロボロだが、得たものは大きかった。
体を引きずりながら、アンはダンジョンへと戻っていった。
アン視点
それから私はボロボロの体を引きずりながら、深層へと向かった。
思念通話でもよかったが、地龍様に直接お伝えするべきだと思ったのだ。
冒険者の事、アクレト・クロウの事、そして協定の事。
伝えるべきことは山の様にあった。
私が深層へ向かうと、地龍様はようやくお目覚めになられたようだ。
その瞳がゆっくりと私を捉える。
『…………アン……か?』
地龍様はゆっくりと、確認するように言う。
『はい、アンはここにおります』
その直後、地龍様はがばっと起き上って物凄いスピードでこちらへ向かってきた。
え?え?近い!
間近に地龍様の顔が!顔が!近い近い近い!
いえ、嫌ではないのです。ないのですけど!
ほぉっ!?
『アン!?アンだよな!?鯖味噌網タイツは?いや、ゴブリンは?ゴブリン達はどうした!?焼き鳥は!?』
地龍様はひどく慌てた様子で尋ねてくる。
ゴブリン………?あ、ゴブリン達とは先ほどの冒険者たちの事ですか。
それに、焼き鳥とは……そうか、あのアクレト・クロウの事か。
ああ、そうか。
やはり、地龍様は気付いていられたのか。
眠っているように見えて、その実、全てを察しておられたのだ。
それでも、全てを私たちに託してくださったと。
何と言う懐の深さか。
『大丈夫です、地龍様。すべて私たちが排除いたしました』
アクレト・クロウに限ってはどちらかと言えば停戦に近い形になったが、まあ良しとしよう。
『そうか………あぁ、よかった……』
地龍様は深いため息とともに、私たちの身を案じてくださいます。
あぁ、その思いだけで、私の心は満たされてしまう。
だから、次の行動は私の理解の範疇を完全に超えていた。
ぺたぺた、と。
『………ふぇ?』
ぺたぺた、ぺたぺたぺたぺた。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!』
頭が真っ白になった。
一瞬でまるで沸騰した様に熱くなった。
『よかった。この姿はアンだよな?黒髪の美少女じゃない、いつもの蟻のアンだよな。良かったぁ~』
地龍様が私に触れられたのだ!
もう一度言う。
地龍様が私に触れられたののののののののおのおののおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!!!
は!?はい!?はほぁッ!
私は何が起こったかわからなかった。
え?だって地龍様が私に触れて、でも触れられたのは私で、私はいつでも触ってほしいなと思っていたわけで、でもでもそんな全身をっておおおおおおぉぉぉおおおおお!!
私の混乱はピークに達した。
見ればウナはまぁ!と言った表情で口に手を当てている。
ああ、こんな時でも可愛いなぁウナは。
て、そんな場合じゃない。
『ち、地龍様、一体何を?いえ、勿論全然嫌じゃないですし、むしろいつでもどうぞ的なウェルカムなんですけど、えっとえっと!』
なんていえばいいんだっけ?
だめだ、言葉が出てこない。
『いや、大丈夫……大丈夫だ。ただ、俺は安心しただけだ。まさか、焼き串からビームが出るなんて………。お、よく見たら傷だらけだな。ほら、魔石だ。傷を治して、お前も休め。俺も、もう一度寝るから』
地龍様に渡された魔石を受け取る。
『は、はい!お休みなさいませ!地龍様!』
『うん、お休み~』
そう言って地龍様は再び眠りについた。
ぼりぼりぼりぼり!
私は渡された魔石を即行でかっ食らう。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
私はそのまま全力で表層まで駆け上がった。
傷は全然痛くなかった。
そんなの関係なかった。
とにかく、私は走りたかった。
そして、地上に出た。
私は、心の底から叫んだ。
何を叫んだかのかはわからない。
でも、それはきっと歓喜の叫びだ。
眷属になって本当に良かった。
頑張って、本当に良かった。
地龍様!地龍様!!
アンは………アンはどこまでも、貴方と共に往きます!!
私は火照る体を沈める様に、決意を新たにした。
ちなみに、地龍が完全に寝ぼけていたことにアンが気づくのは、もう少し先の話である。
次回は宰相のお話になります。
その後でようやく三章に入ります。………長かった
補足
白飛龍のグウィブさんついて
彼の言ってた“おいた”とは第一章6話で地龍がやってたあれです。
地龍やアンは白飛龍が怒り狂ってたと思っていましたが、本人にとっては子供へのげんこつ程度の怒りでした。……スケールがおかしい。




