7.VSアクレト・クロウ 群にして個の魔物なり
なんか今まで一番文字数多くなった……
そして、なぜかアンさんのお話はシリアスになりがち
戦闘描写は難しい……
アンは剣を構え、アクレト・クロウへと突進する。
対して、アクレト・クロウの取った戦術は簡単だった。
ぐわっと、その巨大な嘴を開き、炎を噴いた。
白飛龍にも劣らぬ巨大なエネルギーの塊。
目の前の黒蟻は、避けることなく、あっけなく炎に飲み込まれた。
圧倒的な熱量。
その威力は、通常の魔術で言えば、将級に匹敵するだろう。
黒蟻程度、消し炭も残るまい。
『……あっけないな』
所詮はこの程度だ。
いくら息巻いたところで、所詮は蟻。
地を這う虫けら風情が、雄大な大空をはばたく、このアクレト・クロウに勝てる通りなどないのだ。
そう思い、アクレト・クロウは首を振った。
いや、自分はこの行為を恥じなければならないとアクレト・クロウは思った。
たかが、蟻ごときの安い挑発に激怒し、固有魔術である『黒鳥炎』を使ってしまったのだ。
とても、誇り高き王者としての振る舞いではなかった。
反省しなければならない、
そう思った。
だが、その直後、炎の中から無傷の黒蟻が現れた。
『――――何っ!?』
余りにも予想外だった。
その為、アクレト・クロウの体は驚きで硬直し、防御が一瞬遅れる。
羽に僅かだが、傷を負った。
黒い羽根が数枚宙を舞う。
『ぐぅっ!なにが……?』
アクレト・クロウは、今しがた自分を切り裂いた黒蟻を見た。
黒蟻は多少の火傷は追っているが、ほぼ無傷と言っていいだろう。
一体なぜ?
『それほど意外ですか、私が生きているのが?』
対してアンは平然としている。
剣を構え、アクレト・クロウへと向き合う。
実は内心はガタブルなのだが、それをおくびにも出さなかった。
やっぱり、怖いものは怖いのだ。
それでも立ち向かうのは変わらないが。
白いマントが風にあおられてなびく。
『そうか……そのマント。それは地龍の皮で作られているのか……!』
あっさりと、素材の秘密に気づくアクレト・クロウ。
これにはアンも驚いた。
『わかるのですか?』
『我が宿敵たる冒険者が同じ装備品を身に着けていたのでな。成るほど、確かにその皮ならば、我が炎を防ぐことが出来るという事か』
地龍の皮は魔法耐性、物理耐性、そのどちらにも優れている。
更に特筆すべきは、使用者の魔力を吸い取り、その性能を向上させるという点だ。
しかも、使用者の込めた魔力に比例するのではない、乗化するのだ。
つまり、魔力を込めれば籠めるほど、その性能は加速度的に向上する。
最上級の素材たる由縁だ。
最もアンはそんなこと知らずに、無意識に使いこなしているのだが。
『しかし黒蟻ごときが、そのような魔力………いや、そういう事か』
じっとアンを見つめ、アクレト・クロウは何か得心がいったように頷いた。
『貴様、“インペリアル・アント”か………』
確信を持ってアクレト・クロウは言う。
アンの種族名すら、このアクレト・クロウは言い当てた。
他種族への思念通話が使える事と言い、やはり、こいつは他の個体とは明らかに違う。
アンはそう思った。
『とうの昔に滅びたものだとばかり思っていたが、成程な。理由はわからんが、四百年ぶりにこの世に現れおったか、“厄災の黒蟻”よ!』
『貴様は私の事を知っているのか?』
『無論だ。我は五百年を超える時を、この荒野にて過ごした。そして、当時もいたのだ。身の程を弁えず、暴れ回る黒蟻達がな!』
アクレト・クロウは翼をはばたかせ、巨大な風の渦を作り出す。
それは周囲全てを破壊する鎌鼬となって、アンに襲いかかった。
マントで全身を覆う。
魔力を込め、魔術耐性・物理耐性を強化。
だが、先ほどの炎とは違い、風圧そのものを無効化することは出来ない。
風にあおられ、アンは宙を舞い、そのまま岩に叩きつけられた。
『ぐぅ……』
苦痛にうめく。
身体を起き上がらせようとするが、それよりもアクレト・クロウの追撃の方が早かった。
その強靭な爪で、アンの体を鷲掴みにする。
ぎりぎりとアンの体が締め付けられる。
『このまま、潰されて死ね!虫けらが!』
踏み潰されて死ぬ。まさに虫けらの死にざまに相応しいだろうと、アクレト・クロウは吠える。
ぎりぎりと更に力を加える。
『ぐ……あぁ……』
びきり、とアンの甲殻にひびが入る。
マントは物理的な耐性は強くとも、それを装着するアンは別だ。
こうして、全身を締め付けられ、圧力を加えられる形では、さしもの地龍のマントもあまり役には立たない。
『ぐぅぅ………これで………終わるわけがないでしょう!』
ふっ!とアンは口から何かを発射する。
『何っ!?』
アクレト・クロウはとっさの反射でそれを躱した。
いや、躱しきれなかった。
頬が煙を上げて、溶けている。
『………これは、“酸”か……』
その通り。
アンの放ったものの正体は、キラーアントの唯一の遠距離攻撃『酸液』だ。
といっても、進化したアンのそれは、通常の酸液とは威力も濃度も、全く異なる。
アンはかつて土蟲を相手に、発射口を絞り込むことで、酸液を圧縮し、槍の様に貫通性を持たせることに成功した。
これはその発展版。
酸液を高圧縮の弾丸の様に打ち出す、いわば『酸弾』と言うべき技だ。
『酸槍』に比べれば、貫通力は無いが、その分スピードに特化し、何より、一発一発のインターバルが短い。
マシンガンの様に打ち出すことが可能だ。
先ほど冒険者を仕留めたのも、この攻撃だ。
アンは締め付けられた状態のまま、次々に『酸弾』をアクレト・クロウに放つ。
『ちっ……!』
流石に、アクレト・クロウも先ほどの一撃でこの攻撃の特性を知ったのか、体を捻って躱す。
その一瞬のすきを突き、アンは爪の隙間から抜け出した。
『くぅ、ハァ……ハァ……。ちっ、もう少し食らわせられれば、良かったのですが……』
見れば当たったのは、たったの二発。
それも羽の先端部分だけだ。
致命傷どころか、大したダメージにもなっていないだろう。
二十発以上もあの至近距離から撃ちこんだというのに、まさかその殆どを避けられるとは思わなかった。
だが、そのおかげで、爪から脱出することが出来た。
改めて王級の力と言うものを思い知らされる。
だが、それでも、立ち向かわなければいけない!
アクレト・クロウは低空を飛行し、こちらを睨み付ける。
上空には上がらないようだ。
……つくづく、こちらを舐めている。
あれはそういう動きだ。
だが、好都合だ。
アクレト・クロウは再び鎌鼬を放つ。
『ふん!』
だが、今度はアンはマントで防がない。
それを真っ向から受け止める。
左手には劣化版・聖剣レヴァーティン、右手には地龍の剣。
二つの織り成す剣撃が、アクレト・クロウの生み出す鎌鼬と真っ向からぶつかる。
そのまま、アンは前進する。
『愚かな、その程度の剣で、我が攻撃を防ぎきれると、思うのか?』
アクレト・クロウが笑う。
その通りだ。
防ぎ切れていない。
少しずつ、アンの体には切り傷が付き、少しずつ体は削れている。
アクレト・クロウとの距離は縮まってはいるが、それよりもアンの体が限界を迎える方が早い。
『素直に地龍のマントに隠れていれば良いものを』
向かって来るという、愚かな選択をした黒蟻をアクレト・クロウは冷めた目で見つめる。
先ほどの酸の攻撃を当てたことで、欲を出したか。
そう思った。
『そもそも、黒蟻よ。貴様は忘れているのではないか?貴様がいくら間合いを詰めようと、我は羽ばたいて、再び距離を取ればいいだけだと言うことをな』
ぶわっと更なる暴風がアンに襲いかかる。
それでも、アンは止まらない。
『確かに、でも……貴様にその選択肢はないのでしょう?たかが虫けらごときに、距離をとる、などと言う選択肢は』
『………言うではないか、虫けらが』
更に暴風。
もはや台風の渦中にあると言っていいほどの風圧。
身体が傷だらけになる。
それでも、留まることなく前進する。
さしもの、アクレト・クロウも疑問に思った。
なぜ、この虫けらは止まらない?
何か、策でもあるというのか?
『………貴方こそ、忘れているようですね?』
傷だらけのアンはにやりと笑う。
いや、蟻だから表情は無いのだが、その時確かに笑った様に、アクレト・クロウには見えた。
『なに……?』
我が一体なにを、忘れているというのだ?
なんだ?
なんだというのだ?
この状況で、なぜこの黒蟻の心は折れない?
なぜ、まだ余裕を見せていられる。
そして、その答えをアクレト・クロウは聞いた。
『私たちは“群”で戦う魔物だという事を!』
その感覚をアクレト・クロウは久方ぶりに味わった。
ぞわりと、アクレト・クロウに全身に怖気が走ったのだ。
何かが、くる!
『全部隊!酸液一斉放射!!放てーーーーーーーー!!!』
アンの号令。
呼びかけに応じて、地面からはい出た、無数のキラーアント達が一斉にアクレト・クロウへと酸液を浴びせる。
ただの酸液ではない。
アンが考案した、貫通力を持った高圧縮の酸液、『酸槍』。
更にこのキラーアント達は、アンが進化した後に生まれた個体。
つまり、すべて中級以上の力を持った子蟻達だ。
『何っ!?』
さしものアクレト・クロウもこれには瞠目した。
一体この蟻共はどこにいたというのだ?
魔力は感じなかった。
気配も感じなかった。
『まさか………』
このキラーアントどもはずっと気配と魔力を消し、この周辺に隠れていたというのか?
自らの主が危険にさらされることを承知で?
いや、それ以前にまさか、この黒蟻がたった一体で向かってきたのは、これを悟らせないためだったというのか!?
『………ぐっ!』
全方位、全てから一斉に向かってくる酸の雨。
今すぐ、攻撃をやめれば避けることは出来る。
防御用の風を生み出すには間に合わないが、上空へと逃げることは出来る。
だが、その瞬間、目の前の黒蟻が一気に距離を詰め、自分に斬撃を仕掛けるだろう。
自分が羽ばたき、高度を上げる、その前に。
かといって、攻撃をやめなければ、酸の雨。
躱しきれない。
どちらにせよ、“回避”をしなければいけない。
それがアクレト・クロウのプライドを刺激する。
このアクレト・クロウが!
空の王者が、このような虫けらごときに、引くという選択を取らされる。
それは、あまりにも屈辱な決断だった。
『このぉ………黒蟻ごときがああああああああああああああああああああ!!』
突風がやんだ。
アクレト・クロウは攻撃をやめた。
予想通りだった。
全身に酸を浴びるよりも、アンの一撃の方が軽いと見たのだ。
攻撃が止まった瞬間、アンは距離を詰める。
高度を上げられる前に、一気にアクレト・クロウへと接近する。
その瞬間、アンはアクレト・クロウの声を聴いた気がした。
――――一撃はくれてやる!だが、その次の瞬間、我は高度を上げ、貴様らを殲滅する!
怒りにまみれたその瞳は、そう語っている気がした。
だが、
『………甘いですね』
アンはそう呟く。
アクレト・クロウに肉薄した瞬間、アンは左手に持っていた剣を“捨てた”。
劣化版・聖剣レヴァーティンが重力に従い地面へと落ちる。
『なっ……!?』
剣での攻撃ばかりを警戒していた、アクレト・クロウはその行動の意味が分からなかった。
自由になった左手で、アンはアクレト・クロウの体にしがみつき、そのまま、一気に自分をアクレト・クロウの顔面まで押し上げた。
対等の目線となったアンとアクレト・クロウ。
そして、次の瞬間、アンは―――大きく金切り声をあげた。
ギィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
それはもはや音の爆撃と言っていい音量だった。
以前、地龍が『そういやさー、前(前世)に金切り声あげて襲ってくる蟻がいたなー』と言っていたのを参考に、アンが作り上げた固有術式。仕組みとしてはオークの『咆哮』に似ているが、アンの場合、声と牙の振動を魔術で増大させ、相手にダメージを負わせるのではなく、音波により平行感覚を失せ、自由を奪う事に特化した攻撃に仕上げた。
その効果は絶大。
音による攻撃に慣れていないアクレト・クロウは三半規管をやられ、ふらりと態勢を崩す。
『がぁ………なに、が……?』
その瞬間を見逃すアンではない。
手に持ったもう一本の剣、地龍の剣でアクレト・クロウの体を斬りつける。
アクレト・クロウから血が溢れる。
『ぐあああああああああああああ!』
今までにない、一撃。
アクレト・クロウの顔が苦悶に歪む。
更に、アンは牙を立てて、アクレト・クロウののど元に食らいついた。
それはある意味で、アンの意趣返しともいえる一撃だ。
自分たちを、さんざん虫けらと罵った相手への。
―――その蟻の一噛みを、その身に喰らってみるか?
まさに、その言葉通りに、アンの牙はアクレト・クロウに届いた。
のど元を食いちぎり、酸液を発射する。
じゅうじゅうと焼けるアクレト・クロウの肉体。
『がはっ………』
アクレト・クロウはゆっくりと地面へと落ちて行った。
やったかっ!?
地龍「………んぁ?ふぁぁぁ~、なんか音がするな………」
ちょっと補足
アクレト・クロウの本来の戦い方は、巨体を生かした体当たりや爪による攻撃ではなく、高速飛翔からの炎or風による遠距離攻撃です。
アクレト・クロウが舐めプせずに普通に戦っていれば、結果は全く違っていました。
強者に慢心はつきものですよね。




