9.明かされる真実 その3
『ギブルが……死産した?どういう事ですか?だって、アース様は今も―――』
生きている、そう言おうとした。
いや、だがそれでは年齢がおかしくなる。
ミュルスの話は少なくとも千年以上前の事だ。
じゃあ、アースの前にも、ギブルには子がいたという事か?
いや、なんとなくそれは違う気がする。少なくとも今までのギブルの言動から考えれば、アース以外に子がいたとは思えない。では、どういう事だ?
様々な疑問が湧き、それを口にしようとしたが、その前にミュルスが言葉を被せてきた。
『ええ、貴女たちの主アースは生きています。それは間違いありません』
『じゃあ―――』
『死産したのは、アースの“元”となった魂なのです』
『元の……?』
『はい。アン、貴女は“転生”というモノを知っていますか?』
『転生……?』
聞き慣れない言葉に、アンは首を傾げる。
『文字通り生まれ変わる、という意味です。死した魂が再び生を受け、この世に生まれる。それが、転生。……と言っても、これは全ての生物に当てはまるのですがね』
そう言ってミュルスは、この白い空間を見渡す。
『この星で生まれた魂は、全てがこの場所に集まり、そしてまたここから新たな生を始める。それが、この星に生まれた魂のサイクルなのです。私も“今はこの姿”で居ますが、魂そのものは、植物に生まれた時も、魚に生まれた時もありました。
もっとも、それに気付く事はありません。魂は生まれ変わる時に、それまでの記憶を全て無くし真っ新な状態となるのですから』
『それは矛盾していませんか?生まれ変わった時に記憶を失うと言うのなら、どうして貴方はそれを知っているのです?』
『“この場所”は、例外なのです。ここは、全ての魂と全ての記憶が集まる場所。ここでならば、記憶は失わないし、それまでの自分の魂の在り方を見る事も出来るのです。私は“ミュルス”として死んでから、ずっとここに留まっています。
死んでもいないし、生きてもいないような中途半端な状態。だからこそ、自分の前世も、前前世も知る事が出来るし……貴女をこうしてここへ呼び出す事も出来るのです』
そう言った後、ミュルスは再び手を上げる。
再び大きな額縁が彼女の前に引き寄せられた。
『話を戻しましょうか。当時、ギブル様に、そして我々星脈の眷属に、何があったのかをお見せしましょう―――』
額縁に再び映像が流れる。
そこには、巨大な大陸が映し出された。
『これが、今の世界の原型です。当時、全ての大陸は一つでした』
当時の大陸には二つの勢力があった。
一つは魔族。もう一つは人族。
魔族を率いるのは、皇獣アジル。
最弱最小種のスライムでありながら、『不死』の固有術式を持ち、長い長い年月をかけ最強の座に就いた、正しく獣の皇。
『アジルッ……!』
その姿に、アンは憎らしげに表情を歪ませる。
つい先ほどまで殺し合いを演じていた相手だ。無理もないだろう。
興奮するアンを、ミュルスはどうどうと落ち着かせる。
次に映し出されるのは人族の王。
当時、人族の誰もが成し遂げられなかった“大陸制覇”を果たした唯一の人物。
『正確に言えば、“人族の住まう地域の統一”ですか。まあ、それでも偉業には変わらないのでしょう。“群れ”というのは大きくなればなるほど、率いる事が難しくなる。大陸に住まう何億という数の人族を統一した彼は、間違いなく破格の英雄と言っていいでしょう』
惜しみないミュルスの称賛。
それは、同じく“群れ”で戦う蟻の女王だからこその言葉なのだろう。
その凄さは、同種であるアンにも十分理解出来た。
そして人族を率いる王の力は、そのカリスマだけではない。
王自身も異常な“力”を持っていた。
星脈の“コブ”より噴出した魔力を浴び、その膨大過ぎる魔力に自滅する事無く取り込み、我がものとしたのだ。
異常な力と、野心に溢れた人族の王は戦争を続け、領土を広げ続けた。
『当時の人族の王は野心に取りつかれ、アジル達魔族も支配しようと考えていました。しかし、アジル、そして魔族達は強く、予想外の抵抗を見せられた。そこで、彼は更なる力を得ようと画策します。すなわち星脈への侵攻。自らが力を得た場所へ赴き、更なる力を得ようと考えたのです』
当時の星脈のダンジョンは、ギブル、ウロヌスの絶対的な力によって、人も魔族も手が出せない状態が長く続いていた。
しかし、人族の王はそこへ手を伸ばした。
己の力に絶対的な自信があったからだ。
『ですが、いくら強いとは言っても彼らは所詮、人族。星脈の守護者である我々に敵う筈もない。星脈に住まう誰もがそう考えていた……のですが……』
『……?』
その歯切れの悪い言い方にアンは首をかしげる。
映像が切り替わる。
そこには、星脈の“穴”に殺到する人間達の姿が映し出されていた。
迎え撃つのはギブルとウロヌス。
その後ろには他の星脈の眷属達が控えている。
『えっ、ちょ、ちょっと待って下さい!ダンジョンに入って直ぐにギブルとウロヌスが出てきたように見えたのですが?』
『ええ、当時はダンジョンのトラップや防衛機能よりも、彼らが直接戦った方が強いですし、ダンジョンの被害も少なくなりますからね』
『え、えぇー……』
それはもはやダンジョンとは言えないのでは?とか、貴女やほかの眷属達の存在意義無くなっちゃうじゃんとか、アンは思った。
『実際、ギブル様とウロヌス様の力は星脈の眷属の中でも、他を圧倒していましたからね。“穴”の数も少なくなり、ジョーカーも生まれていなかった当時は、この二人が前線で戦う事が、ダンジョンにとって最も安全で確実な防衛だったのですよ』
戦術も戦略も無視した絶対的な力技による防衛。
実際、それは正しい戦略だったのだろう。
ウロヌスとギブルの両名は僅か数秒に満たないうちに、侵入してきた人族の大半を殺し尽くした。
そこで一人の人間が前に出る。
巨大な剣を担ぎ、全身に龍の爪の様な刺青をした男だ。
『これが当時の人族の王。彼はギブルとウロヌスに戦いを挑みました』
無謀としか言いようがない挑戦だ。
星脈の眷属の誰もがそう持った。
映像を見ているアンですらそう思った。
だが、結果は違った。
当時の人族の王は、あのギブルとウロヌスを相手に互角に渡り合ったのだ。
『……強い』
アンは思わずそう漏らした。
彼女の眼から見ても、当時の人族の王は強かった。
おそらく、同じ人族であるヴァレッドやベルディーが万全の状態で挑んでも相手にならない程に。
『補足しておきますと、この時の戦いでは、ギブル様もウロヌス様も“覚醒”は使っていません。もし使えば、その強大な力は星脈のダンジョンすら破壊してしまう可能性があったからです』
その状態であっても、ギブルとウロヌスの二体を相手に、喰らい付く人族の王もまた化け物と言って差し支えないだろう。
『そして、この戦いでギブル様は傷を負います。その傷が原因で、彼女は死産したのです』
『えっ?』
その言葉を聞いて、アンは驚く。
この人間は確かに強い。でも、だとしても、あのギブルが傷を負った?
とてもではないが信じられなかった。
『一体どうしてですか?』
『弱っていたのですよ、ギブル様は。―――“妊娠”によって』
そう、ギブルは気付いていなかった。
妊娠によって、己の能力が劇的な程に弱まっている事に。
どうして気付かなかったのか?
その理由は余りにも単純で愚かなものだった。
ギブルが“強すぎた”からだ。
余りにも他を隔絶しすぎたギブルの力。
どんな勝負も一瞬で、それも片手間で片付いてしまうからこそ、ギブルはその変化に気付く事が出来なかった。
更に星脈のダンジョンが安定し、長らく続いた平和な時代が続いた事も、それに拍車をかけた。
戦う機会が、力を振るう機会が無ければ、弱体化してるなんて気付く事も無い。
彼女自身も、他の眷属達も、誰一人、その事に気付けなかったのだ。
ある意味では、それこそが星脈の眷属達の最大の“隙”だったのだろう。
『―――最初に、ギブル様の変化に気付いたのはウロヌス様でした。当時の人族の王との戦いの中、彼はギブル様が弱体化している事にいち早く気付いたのです』
ウロヌスがギブルを庇う様に前に出る。
「こいつは僕に任せて、姉さんは下がって」と、そう叫ぶ。
ウロヌスにとって、姉であるギブルだけでなく、その腹の中に居る子もかけがえのない存在だ。こういう時は、弟である自分が彼女の分まで頑張ればらなければいけない。そう思っての行動。
だが自身が弱体化している事に気付かなかったギブルは、一瞬なぜそう言われたのか、理解出来なかった。
それが、致命的な隙を作ってしまった。
その一瞬の隙をついて、人族の王はギブルへ接近する。
彼の持つ刃が、ギブルの腹を切り裂いたのだ。
もしギブルが本来の力を保っていれば、傷一つつける事は出来なかっただろう。
仮に万に一つ、傷をつけられたとしても、一瞬のうちに『暴食』によって完治していただろう。
だけど今、この瞬間だけは、ギブルに、そして腹の中に居る子にダメージを与えるに足る一撃だった。
その刃は、腹の中に居る子にも届いていたのだ。
そして―――ギブルは死産した。
『姉さん、ごめんなさい……ごめんさい……。僕がもっとしっかりしてれば、こんな事には……ごめんなさい、ごめんなさい』
ウロヌスは、ギブルと子を守れなかったことを酷く悲しんだ。
だから、ギブルはウロヌスの“記憶”を奪った。
いや、正確に言えば喰らった。
『暴食』によって、ウロヌスから彼女が妊娠し、死産したという記憶そのものを喰らい、無かった事にしたのだ。
そうしなければ、きっとウロヌスは自責の念に駆られ、自ら命を絶っていただろう。
死した子を、蘇生する事も出来なかった。
ゼパルや聖龍ハルシャ・ルードの力をもってしても、死産した子を生き返らせることは出来なかったのだ。
彼らからも、記憶を奪った。
ギブルは、星脈から自分に子がいたという事実そのものを『暴食』を使い消し去ったのだ。
―――そうしなければ、彼女は子を失ったという事実に耐えられなかったのだろう。
そして眷属達の記憶を全て喰らった後、ギブルは生まれて初めて星脈の外へ出た。
外へ出た理由は単純だ。
報いを受けさせる為。
ギブルが斬りつけられ、眷属達が動揺した隙をついて、あの人族の王はまんまと逃げおおせたのだ。
許せる筈はなかった。
“穴”から出て、最初に見えたのは無限に広がる大地と青空だった。
ああ、何と美しく残酷な景色か。
この景色のどこかに、自分の子の命を奪った人間がいる。
自分の何よりも大切なものを奪ったヤツがいる。
そう考えるだけで、ギブルははらわたが煮えくり返った。
獲物は簡単に見つかった。
人族の王は何を勘違いしたのか、自分が彼らの元に下りに来たものだと思い込んでいた。
愚かしさに眩暈がした。
そして、怒りのままにギブルは己の力を解放する。
自身の持つ『暴食』。その全ての力を『解放』した。
圧倒的な『力』の解放。
その余波だけで、人族の王は死んだ。周りに群がっていた人族たちも死んだ。
それでもギブルの怒りは収まらなかった。
人族の王が納める国を滅ぼし、怒りのままに大陸を砕いた。
崩壊する大陸と共に、神災龍王ギブルはこの世に降臨したのだった。




