1.小っちゃい子は膝に乗せよ
最終章始まります
『自分』が欲しかった。
彼はこの迷宮に生まれた瞬間から、他の誰でも何者でもない、揺るがない『自分』が、あるいは『本物』が欲しかった。
だがそれは霧の魔物であり、迷い、惑わせ、道を外させる魔物である彼にとって、自身の『本質』から大きく逸脱した行為であり、それを求める自分をどうしようもなく『偽物』だと自覚させる自傷行為にも等しい願望だった。
それでも、彼の中でその想いは日に日に大きくなってゆく。
想いは募るばかりで満たされない。
ただ義務的に侵入者を排し、ダンジョンを守るだけの日々。
そこに彼の意志は関係なく、ただ言われたことを坦々とこなすだけの日々。
これでは、道具と同じだ。
自分である意味がない。自分以外でもいくらでも替えがきく。
それは果たして、生きていると言えるのか?
『本物』であると、言えるのか?
彼は絶望し、憎悪した。
自身を生み出した迷宮を、力のない自分を蔑む同胞を。
そして―――それに対し、何も言い返せない無力な自分を。
彼は彼を取り巻く全てが嫌いだった。
そんな彼に手を差し伸べたのは一人の女性だった。
彼女は彼に名を与え、存在意義を与えてくれた。
嬉しかった。
初めて誰かに必要とされる事が、こんなに嬉しい事だとは思わなかった。
そこから彼の生活は変化する。
彼女をこのダンジョンに連れてきた黒龍と親しくなり、新参者でやって来たスライムとも親しくなり、友と呼べるものが増えた。会話が生まれた。良く笑うようになった。
彼は彼女に感謝した。
無論、彼女の善意が打算に裏付けされた行動である事も気付いていた。
彼女が求めたのは、彼の力であり能力であり、彼自身ではない。
彼女の関心は彼ではなく、彼の隣にいる黒龍に注がれていた。
それでも良かった。
気づいたうえで、彼は彼女の傍に居続けた。
想いは募るばかりだが満たされていた。
彼女によって、彼は揺るぎない『自分』を手に入れたのだから。
例え偽物から始まった想いだとしても、それは嘘偽りのない彼自身の『本物』だ。
だからこそ彼は―――星脈第一階層守護者『夢霧』ジョーカーは世界を欺き、道化を演じる。
すべては敬愛する一人の女性の為に―――。
◇◆◇◆◇
神災級の魔物“皇獣”アジルとの戦いは終結し、ダンジョンに平穏が戻った。
……とは、まだ言い難いけど、とりあえず戦いは終わった。
中層各エリアでは、デッサン型ゴーレムやアンの子蟻達が猛スピードで修繕作業を行ってくれている。おそらく、一か月もすれば、形だけは何とか元のダンジョンへと戻る筈だ。トラップの再整備とか細部の修理はその後だな。
アンやぷるると言った主だった眷属達は激闘の疲れからか、今は各エリアで休んでいる。
連戦に次ぐ連戦だったからな。魔石で傷や魔力はある程度治せても、精神的な疲労は抜けきらないだろう。ゆっくり休んで英気を養ってもらいたい。
さて、そんな状況下で、俺はと言うと―――。
「はぁ?戻れない?」
俺の説明を受けて、エリベルはぽかんと口を開ける。
ちなみに今いる場所は、エリベルの研究所だ。
“聖域踏破”の術式が切れたことで、俺のサイズも通常に戻ったため、転移門を使い、エリベルの研究所へとやって来たのだ。
「……ふみゅ?」
そして、なぜかエリベルの膝の上には天龍ヤムゥの息子バァルがのっている。
人間の姿のバァルは小学一年生位の大きさしかないので、エリベルの膝の上にすっぽりと収まっている。
「むふふ……」
なでなで。
「ふわぁ……」
バァル君の金髪を、エリベルが優しくねっぷりと、舐め回す様に撫でている。
バァル君は気持ちよさそうに目を細めている。
えっ?何?何があったの?
俺がここへ来る僅か十数分の間に一体何があったんだ?
『えっと、エリベル、その膝の上の―――』
「何でもないわ。気にしないで」
『いや、でも……』
「気 に し な い で」
あ、はい。
もういいや。話を先に進めよう。
バァルは父親のヤムゥと違って無害そうだし。
「んで、戻れないってどういう意味よ?アンタ、ちゃんと聖域踏破の効力切れてるじゃないの」(なでなで)
「ふわっ……ん……っ」
撫で方がなんか妙にいやらしいんですけど……。
バァル君のほっぺが赤い。
『あー、そっちじゃなくてな、もう一人の俺の方なんだよ』
「もう一人の……?」
『ああ、憑代を解除しようとしても出来ないんだとよ』
先の戦いで、俺はもう一人の俺と魂を分離して戦った。
俺はエリベルの用意した宝具ヴァジュラに込められた“聖域踏破”を使い、無理やり成体へと成長し、もう一人の俺は以前作った地龍成体型ゴーレムに乗り込み、更に勇者カディアスの雷の力を取り込んでアジルと戦ったのだ。
だが問題はその後に起きた。
戻れないのだ。
もう一人の俺が憑代を解除しようとしても、出来ないと言ったのだ。
『一体どういう事なのかさっぱりわからないんだ』
「ふーん……なるほど」
ちなみにもう一人の俺は、今この場に居ない。
訓練場で待機している。
なにせ“聖域踏破”で無理やり体を大きくしてた俺と違って、向こうはデフォで巨体だからな。
ダンジョン内を自由に動く事は出来ないのだ。
まあ、何かあれば思念通話で会話は出来るからあんまし不自由はないか。
「つまり“魂”そのものが、完全に分離しちゃったって事かしらね……」
バァルを撫でながら、エリベルは自身の考えを述べる。
「前にあのクソ婆が言ってたわね。アンタには二つの魂があって、それが混ざり合ってる状態だって」
『ああ』
そんなこと言ってたな。
地球でダメ社会人として暮らしてた俺と、ギブルの本当の子である地龍の魂。
その二つが混ざり合って、俺と言う存在が生まれたって。
でも正確に言えば、全然混ざり合ってなかったんだよな。
俺が地龍の魂の方を覆っていた状態だったから、二つの魂が混ざってるように見えてただけで。……魔女さん節穴ですわー。
「……魂は一人一つ。元々が矛盾した状態だったんだし、そうなってもおかしくは無いわね」
ぼりぼりと髪を書き上げながら、エリベルは端末を操作する。
すると、転移門の光が現れ、中から地味な女性―――もといレーナロイドが現れた。
「エ・リ・ちゃ~~~ん!!私を御指名なんて、一体どういう風の吹き回しだごふっ!!」
そして、そのままエリベルへとルパンダイブをかまそうとして殴られて壁に激突した。
ごきゃっと、何か首の辺りから鳴っちゃいけない音が鳴った。
「ひゃあっ!」
あ、バァル君が怯えてる。
ちょっと可愛い。
「いてて……エリちゃん、これ私じゃなければ、結構ヤバい系の傷だよ……」
ゴキゴキと首を鳴らしながら、レーナロイドは何事も無かったかのように立ち上がる。
うん、やっぱ地味に人間辞めてるよな、この地味魔女さん。
「んで、どうしたの?急に呼び出したりして。私これでも忙しいんだよ」
「アンタのどこが忙しいのよ。今のアンタ無職家無しのニートでしょうが」
「おぐほっ!」
クリーンヒット。
レーナロイドは会心の一撃を喰らった!
「……いや、アジルからの情報収集とか、千年前の伏線の回収とかいろいろやる事がだね」
「あっそ。んで、アンタの眼から見て、今のコイツはどう映ってる?」
「あれ、スルー!?エリちゃん、私今結構重要なこと言った気がするんだけど!?」
「年寄りの妄言に付き合ってる暇はないのよ」(なでなで)
「うー、まあいいや。んで、そこに居るアース君がどうかしたのかい?見た感じ、“魂”が分離しちゃってるみたいだけど?……あと、なんでバァル君がここに居るわけ?」
『ッ!?』
俺は一瞬目を見張る。
「……やっぱ、見ただけで分かるの?」
「まあね。前も言った通り、私の眼って“魂”が見えるからさ。ここに着た瞬間、すぐに分かったよ。アース君の魂の色が、前と変わってる事にね。……で、なんでバァル君が居るの?」
先程までとは打って変わって真面目な表情になるレーナロイド。
「流石ね、それで治す方法はあるの?」(なでなで)
「あると言えばあるし、無いと言えば無いね」
『随分曖昧な言い方だな……』
「そりゃね。こんなケース、滅多にあるもんじゃないし。あ、でも似たような事例なら、多分エリちゃんも知ってると思うよ?」
「え?」
エリベルは首をかしげる。
「覚えてないかい?ほら、あれだよ。エリちゃんがまだ生きてた頃、ボルヘリック王国の西の海岸に現れたあの厄災級の牛の魔物」
そう言われてエリベルは、そう言えばとバァルをぎゅっと抱きしめる。
……抱きしめる必要あるんですかねぇ?
「ああ、思い出したわ。お見合いに失敗した腹いせに、ビーチにたむろするリア充共をぶっ殺してやろうと思って向かった先の浜辺に居た、あのやたらとデカい牛の魔物ね。聖王級魔術十発もブチ込んだのに中々死ななかったから、印象に残ってるわ」
……色々突っ込みどころ満載だけど、今はスルーしよう。
しかし、牛の魔物ね……。
そう言えばクシャスラも馬鹿でかい牛の魔物だったな。
「名前は、なんて言ったかしらね、確か―――」
「リ、リグルド……でしゅ」
「「『えっ』」」
声の主に、俺達三人の視線が集中する。
俺たちの視線が自分に集中したのか、その子は一瞬身をすくませた。
「え、バァルたん、知ってるの?……はぁ、はぁ」(なでなで)
「あ、はい……です。まえに、パパにきいたことがありま……ひゃん!」
背中を撫でられて、バァルはびくんと背筋を伸ばす。
これ、そろそろ止めた方が良いな……。
「め、めずらしくパパがほめてたので、おぼえてましゅ。えっと、たしか『あいつをたおせるなんて、にんげんもなかなかやるじゃねーか』っていってましゅた……ふぅー」
いっぱい喋って疲れたのか、バァル君は大きく息を吐く。
かわいい。
「んがわいいいいいいいいい!えらいわね!よく言えたわね、バァルたん!」(なでなで、なでなで)
「ひゃ、ひゃう。エリベルひゃん、だめです。なんかてつきが……んっ……」
おいそろそろ止めろ、そこの変態賢者。
俺はエリベルから、バァルを引き剥がし(全力)、自分の頭の上に乗せる。
その瞬間、
「ッッッ!!!アースウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」
修羅が現れた。
ヤバい、エリベル鬼の形相だ。めっちゃ怖い。
でも、話しが先に進まないからスルーだ。
『で、どういう事だ?なんでエリベルが生前倒した魔物を、ヤムゥが知ってたんだ?』
「そりゃあ、昔の仲間だからね。知ってて当然だろう?」
俺の体に爪を突き立てて登ろうとするエリベルを必死に引き剥がしながら、レーナロイドの話に耳を傾ける。
え、ていうか、ちょっと待て。今なんて言った?
「二百年前にエリちゃんが倒した牛の魔物は、ヤムゥのかつての仲間、つまり星脈の眷属さ。“深淵”リグルド―――元星脈第三階層守護者だ」
『なんだって……!?』
「アースウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」
「ひゃああああ!こわいですー!えりべるひゃんこわいですー!」(バリバリバリ!!)
ていうか、痛い!エリベル痛い!
鱗、剥がすな!
あとバァル、泣くな!
なんか小さな雷出来てんぞ!
何だよこのカオスな状況。
俺、ほんとに元に戻れるのかな……。
◇◆◇◆◇
大気中に拡散した魔力が収束してゆく。
それまでバラバラになっていた魔力は長い時間をかけ、少しずつ少しずつ形を成していった。
呼んでいる。
誰かが、呼んでいる。
その呼びかけに応じる様に、霧はやがてひとつの形へと収束する。
赤と白を基調とした派手な装い。
素顔を隠す仮面もどこか道化じみたデザインで、衣装とよくマッチしていた。
仮面の奥に見える虚ろな瞳は周囲を見回す。
やがて、彼はゆっくりと喉を鳴らした。
「……あれ?ここ、どこッスか?」
ちなみにエリベルがバァルを抱いているのは、エルジャをシリアスに慰めた反動です。ロリもショタも大変美味しいらしいです
無論、封印中の父親を盾に取られたバァル君に拒否権など有りません




