38.皇獣追憶 前編
前回のあらすじ
アースさん、頑張って敵を倒したよ!
でも、今回は敵の過去編だよ!やったね!
その魔物の起源を辿るなら、それは今よりはるか昔―――千年以上前まで遡らなくてはいけない。
当時、全ての大陸は一つだった。
あらゆる魔物がはびこる弱肉強食の世界。
その中でもとびぬけて強い二体の魔物が居た。
龍と獅子の魔物。
二体の魔物は、お互いの縄張りを主張し、そして争った。
力は互角。
龍の魔物と獅子の魔物は三日三晩戦い続け、最後まで決着が着く事は無かった。
ともに力尽き、互いの喉を食い合って死んだのだ。
そして、その漁夫の利を得た魔物が居た。
スライムだ。
一匹の小さな小さなスライム。
そのスライムは生まれたてだった。
二体の魔物が争った際に生まれた濃密な魔素だまり。
そこから自然発生したのだ。
当然自我も無く、力もない。
知性も理性も存在しない。
故にスライムは本能のままに行動した。
腹が減っていたのだ。
生まれたばかりで、何も食べていない。
スライムは空腹だった。
おあつらえ向きに用意された魔物の死骸。
スライムは本能の赴くまま、二体の魔物を食べた。
幸いにも邪魔する者は居なかった。
二体の魔物の戦いに巻き込まれて、周りの魔物はすべて死んでいたのだ。
スライムは満たされるまで食事を続けた。
二体の魔物を喰い終えた。
美味しかった。
食事を終えた時、スライムはそう思った。
そう、“思った”のだ。自我の無い筈のスライムが。
それは変化。
力ある魔物を喰らった事で、スライムは自身の存在の格を上げた。
魔力が体の内側から溢れてきた。
力を得たという実感が湧いてきた
この時、スライムは意志を持った。
身体がボコボコと膨れ上がり、龍の力と獅子の力が体に宿った。
強くなったスライムは、更なる獲物を求めた。
それからもスライムは気の赴くままに狩場を変え、姿を変え、捕食を続けた。
食べて、食べて、食べて、食べて―――食べ続けた。
ただひたすらに食べて、戦って、食べて、戦ってを繰り返し、繰り返し―――。
やがて彼は、己がとても強い存在なのだと自覚した。
更に、彼には固有の能力が備わっていた。
それが彼の強さに拍車をかけた。
死なないのだ。
どんなに体を傷つけられても、どんなに潰れても彼は死ななかった。
彼はスライムの中でも特殊な“魔核”が存在しないスライムだった。
いや、正確に言うならば、全身が“魔核”。
彼がもつ固有術式の名は『不死』。
肉片一つでも残っていれば、そこから増殖を行い、元の姿に戻る事が出来るという破格の能力。
相手がいくら強かろうとも、相手がどれ程群れていようとも、死ななければ、いずれは勝てる。
スライムは狩って、勝って、勝手気ままに、喰い続けた。
ある時は、巨大な馬の魔物を喰った。
ある時は、空を飛ぶ大鷲の魔物を喰った。
ある時は、森の主と言われたシカの魔物を喰った。
ある時は、海に潜む蛇の魔物を喰った。
ある時は、群れを成す狼の魔物を喰った。
どれくらいの間、食べ続けたのだろうか?
気づけば、その姿は変化していた。
身体は果てしなく膨張し、もはやスライムとしての面影はどこにもない。
体から伸ばしていた触手は、いつの間にか九本の首へと変化していた。
それぞれが今まで戦い喰らった魔物の頭の特徴を備えていた。
半透明の球体上だった体は、内臓を持ち、皮膚を持ち、手足が生え、それまで食べたあらゆる魔物の特徴を備える様になった。
それはもはやスライムとは違う、別種の生物だった。
スライムは進化したのだ。
最弱の存在から、最強の存在へと。
この時スライムは、いや“彼”は唯一無二の“個”を得たのだ。
そんな彼の強さに惹かれ、集まってくる魔物もいた。
最初に彼に下ったのは黒い蛇だった。
いつものように獲物を求め、さすらっていた彼に勝負を挑み、敗北した黒い蛇は、頭を垂れ、彼に服従を誓った。
数が増えればそれだけ狩りも楽になる。
誰かと共に狩りをし、同じ獲物を食べる。
話し相手がいるというのも新鮮な気分だった。
それからも、彼に着き従う魔物は増え続けた。
剣が人化した魔物、炎の魔物、鉱石の魔物、蜘蛛の魔物、水の魔物、闇の魔物、様々な魔物が、彼の元に集い、彼を慕い、彼を崇め、彼と共に歩んだ。
後ろを振り向けば、自分に着き従う魔物達で溢れていた。
悪くない気分だった。
やがて、彼はこう呼ばれるようになる。
魔物達を総べる者―――皇獣と。
地上に住む魔物達、その絶対的王者が誕生した瞬間だった。
当時、大陸には二つの勢力が存在していた。
一つは彼が率いる魔物の軍勢。
もう一つが人間の王が総べる王国だ。
もっとも、彼は勢力争いになど興味はなかった。
力もあり、仲間も増えた彼が望むのは、自分と群れの安寧。
故に、大陸の片隅で、眷属と共に安らかな日々を過ごしていた。
だが、ある日その安寧は破られる。
人間たちが、彼の住む地へと侵攻してきたのだ。
当然、彼はこれに怒った。
最初は言葉を持って、彼らを追い払おうとした。
ここは我々の住む地であり、立ち入るな。
我々もお前らに干渉する気も無いと。
再三にわたり通告するも、人間たちは聞き入れなかった。
土足で領地を踏みにじる害虫を駆除する為、彼は仲間と共に立ち上がった。
人間は厄介な種族だった。
単体では弱いくせに、群れると途端に強くなる。数が多い上に執念深い。
おまけに、時折妙に力の強い個体が現れる。
追い返しても、追い返してもキリが無かった。
仕方なく、彼はこれを根元から刈り獲る為、仲間を引き連れ、大陸の中央へと足を踏み入れた。
そこで―――彼は信じられないものを見た。
空から降って来た巨大な何かが、人の王国を、いや大陸を砕いたのだ。
余りにもありえない現象。
余りにも規格外の破壊。
一体何が?誰が?
混乱と破壊の渦の中で、彼は見た。
圧倒的な存在感。
他を隔絶した魔力。
そこに居たのは、一匹の龍だった。
彼はその光景から目を離せなかった。
大陸が割れ、人々の住む地と、自分達の住む地は切り離され、彼は安寧を手に入れた。
だが、あの日見た魔物の事が、いつまでも忘れられなかった。
そして―――彼は、彼らと出会った。
出会いは唐突だった。
その日、自分たちの前に、突然現れた三人―――いや、正確には一匹と二人か―――は、自分達を星脈の眷属だと名乗った。
訳も分からぬままに戦いを挑まれ、そして彼は敗北した。
『いやー、強いよねー。僕じゃなかったら負けてたかもね。でもほら、僕って超強いからさ!だって、姉さんの弟だし!だから、姉さん以外には誰にも負けるつもりはないんだよ、ごめんね。―――そうだよね、リアス?』
『はいはい、シスコンなのは分かりましたから、もう少し押さえて下さいね、ウロヌス』
『あはは、酷い言われようだなぁ。ね、ジョーカー?』
『えっ、あー僕はリアス先輩に同意見ッスねー。正直、キモ―――ちょ、なんで僕だけほっぺひっふぁるんっふかー!?』
『うるさい!こうしてやる!こうしてやるー!』
……これは一体どういう状況なのだろう?
ボロボロの布切れの様になって地面に転がりながら、彼は今の状況について考えた。
考えれば考える程に、理解が出来なかった。
だが、一つだけ確かなことがある。
それは、彼らが強く、そして自分が敗北したという事。
そう、敗北だ。
それは彼にとって、生まれて初めての経験だった。
持てる力の全てを出し尽くしたというのに、彼は負けてしまった。
戦ったのは、黒髪の少年―――黒龍一体だけだったが、正直、彼の眼から見ても異常と思える程の強さだった。
彼の攻撃は、おかしな能力を備えていた。
自分の存在をまるで消滅させるかのような攻撃。
不死である自分に対し、黒龍の少年はその存在を削る様な攻撃を仕掛けてきたのだ。
おかげで、ボロボロだった。立ち上がる力すらない。
周りを見る。
ザハークも、アンリも、スプンタも、アシャも、みんなボロボロで倒れている。
死んではいない。
殺す事も出来たのだろう。
それをあえてしないという事が、自分達と彼の圧倒的な力量差を現していた。
彼は問うた。何の用だと?
黒髪の少年、ウロヌスは手をポンとたたく。
『ああ、そうだった!つい戦いに夢中になって、本来の用事を忘れてたよ!』
そして大仰に両腕を広げた。
『皇獣アジル君!君、星脈の眷属に加わるつもりはない?これ、凄いことなんだよ!だって、地上の魔物が星脈の眷属に加わるなんて、前代未聞だ!長い星脈の歴史上一体だっていやしなかった。君が初だ!勿論、君の眷属たちも一緒で構わないよ!いや、むしろその方が、家族が賑やかになって僕は嬉しいなーって思うし』
『……一応私も地上出身なんですけど?』
『リアスは別だよ。リアスは僕の“特別”なんだからノーカウントだよ、ノーカウント』
『ま、またアナタはそうやって都合の良い事を言って……っ』
『あ、でも姉さんの特別には遠く及ばないけどねー』
『…………』
『ね、ねえジョーカー、なんかリアスの顔が凄く怖いんだけど?』
『自業自得ッスよ。ホント、鈍いッスねぇ、この龍は……』
『なんの事だよ?とにかく、アジル!僕たちの仲間になってよ!きっと、楽しいよ!戦ってみて分かった。僕は多分、君と凄く仲良くなれそうな気がするんだ。ヤムゥやミュルスだって、絶対君を歓迎する!だからさ、僕らと一緒に来てくれないか?』
そう言って、差しのべられた手。
少し悩んだ末、彼はその手を取った。
弱い者は強いものに従うのが自然の摂理だ。
それになにより、彼らについていけば、また会えるかもしれない。
あの存在に。
彼が初めて目を奪われたあの龍に。
この日、彼は地上で初めての星脈の眷属となった。
そしてこれが破滅への、最初の一歩だった。
過去編は次回で終わります




