6.遭遇
『……それって、どういう意味だ?』
勇者がギブルによって選ばれた存在?
ギブルは魔王を―――皇獣アジルを始末するために勇者を作っただって?
いた、それよりもだ。
最後の一言の方が頭に引っかかる。
―――君は、ギブルに最も愛され、そして最も“敵視”されてるだと?
『ギブルが俺を“敵視”してるってどういう意味だよ?』
俺が言うのもなんだが、ギブルは間違いなく親バカだ。
別に甘えたい訳ではないが、愛されこそすれ憎まれるようなことは無い筈なんだけど……。ていうか、考えてみれば、俺あんまアイツの事親だって思ったことないな……。
「流石にその発言は穏やかじゃないわね。どういう意味よ、クソ婆」
俺の発言を肯定する様に、エリベルも頷く。
「言葉通りの意味さ。ギブルは君を深く愛し、そして敵視している。理由は―――分からないかい?」
そう言われたって、俺には心当たりなんてない。
せいぜい、以前彼女のダンジョンに来ないかと言われて、断ったことくらいだ。
あれだって、最終的には納得してくれたと思っている。
するとレーナロイドは深くため息をついた。
「そっかー。まあ君は、自分の現状も良く分かってないんだし、しょうがないっちゃしょうがないか」
『どういう意味だよ?』
ひょいっとレーナロイドは、紫色のイチゴを口に放り投げる。
「私ね、アジルと契約した時に、相手の魂って奴が見える様になったんだ」
『は?』
何の話だいきなり。
「魂ってのは面白くてね。人の本質が良く見えるんだ。外見や言葉よりも、何倍もその人物を教えてくれる。悪い奴は魂も濁ってるし、純粋な奴は澄んだ魂の色をしている。性格によって色の違いも千差万別で、例えばエリちゃんなら澄んだ青色をしているね」
いきなり話を振られてエリベルも混乱している。
「人見知りの激しい私が、初めて見た瞬間エリちゃんを気に入ったのもそれが理由かな。エリちゃん程、澄んだ魂の持ち主は今まで見たことが無かった」
うっとりとエリベルを褒めたたえるレーナロイドに対し、俺は何とも微妙な気持ちになった。
澄んだ魂?こいつが?
幼女大好きの性格破綻者だぞこいつ。
ていうか、エリベルもまんざらでもないような顔すんなよ。
「それでだ。君の魂は、何とも奇妙な色合いをしている」
『奇妙な?』
「そ。というか―――ぶっちゃけ魂が“二つ”ある」
『は?』
二つって……そりゃもしかして……。
「もともと生まれる筈だった地龍の魂。そして転生者である君の魂。君の身体にはその二つの魂が存在している」
レーナロイドは指でバツのマークを作った。
「本来なら、魂は一人一つ。両立はあり得ない筈なんだけど、君はそのあり得ないケースが実際に起こってるんだよね。まあ、似たようなケースなら見たことがあるけど」
そう言われても……何も実感わかないんだけど。
思わず自分の胸に手を添える。
憑代の身だから鼓動は聞こえない。
「今まで、心当たりはないかい?自分が自分でないような行動をしていた時とかがさ」
そう言われりゃ、あるっちゃある。
あの白い粉を使った反転状態。
さらにギブルの申し出を断った時の葛藤。
まるで自分が心の中で別の誰かと話していたような感覚は確かにあった。
でも……そう言われたって……。
「前に見た時は、それが綺麗に分離していた。でも、今では二つの魂が綺麗に混ざり合っている」
『……さっき言ってたのはそういう事か』
―――前よりもずいぶん馴染んだなと思って。水と油みたいな混ざり具合だったのにさ。
あれは俺の魂の事を指していたのか。
「魂……ね」
エリベルは顎に手を当てて考え込んでいる。
魂か。
元々あった地龍の魂。
そして、転生者である俺の魂。
ふと考えてしまう。
今考えているのは、本当に“俺”なのか、と。
もしかしたら、今考えているのは、俺じゃなくて地龍の魂の方じゃないのか?
いや、どちらも俺だ。でも、今までの俺が根元から崩れてしまいそうな、寒気がするような疑問。
それを払拭するかのようにレーナロイドは言った。
「安心しなよ。見たところ、主人格になっているのは、転生者である君の人格だ。だから、君が考えている様な不安はない。そこは、安心していいよ」
きわめて明るい口調だった。
気を使われたんだろうか?
「それに言っただろう?今はきちんと混じりあった状態になってる。どちらか一方が“君”なんじゃない。既にどちらも“君”なんだ。だから、不安にならなくていい」
『そう言われても……いきなりそんなこと言われれば混乱するし、不安にもなるんだけど』
「まあ、そうだね。ごめんごめん」
大して悪びれた様子も無かった。
またワイン飲んでるし。
『それで、その話がさっきの話とどう繋がるんだ?』
「ん?ああ、そうだね」
んーとレーナロイドは何やら考える素振りをして、
「というか、その前に、いい加減君の名前教えてよ、せっかく昔の同郷にあったんだ。名前くらい教えてくれたっていいだろ?」
ああ、そう言えば、名乗ってなかったっけ?
というか、てっきり知ってたと思ったけど。
『斬嶋青葉だよ。ていうか、知ってるだろ?』
今までの話しぶりだと、どう考えても俺の名前なんて知ってた風にしか聞こえない。
だが
「…………え?」
俺の予想に反して、レーナロイドはそんな間抜けな声を上げた。
まるで俺の返答が全く予想外だったかのように。
「えっ?んん?いや、どういう事?ごめん、もっかい言って」
『どうもこうも、俺の名前も斬嶋青葉なんだよ。あの“雷斬り”って異名の冒険者。アイツが俺の前世の名前、姿と全く同じなんだ。俺もエリベルも、それが知りたくて、アンタに会ったんだ。……というか、アンタが一番最初にそう言っただろうが』
あ、いや、若干ニュアンスはちょっと違うか。
「………どういう事だい……」
レーナロイドは口に手を当てて何やら考え込んでいる。
その表情はかつてない程に真剣だ。
「ちょっと、どうしたのよクソ婆?」
エリベルも怪訝そうに訊ねるが、それでもレーナロイドは答えない。
「おかしな話だね。だって、アオバ君はそもそも……いや、でもあり得るのか、そんな事が?偶然だとしても出来過ぎてる。だとしたら、この間の死龍の時にとったギブルの行動は……ああ、成程。そういう事か。だから、アジルの時も……ああ、そうか、なんて事だっ……」
「ちょっと、クソ婆、何一人で納得してるのよ。説明しなさいよ」
流石に見かねたのか、エリベルがレーナロイドの肩を掴んで体を揺する。
するとレーナロイドは我に返ったようにハッとなった。
「あ、ああ。そうだね、エリちゃん。ゴメンゴメン。今、ちゃんと説明を―――……」
そう言いかけて―――レーナロイドは盛大に吐血した。
…………え?
「ごっ……あ……?」
ゴポッと、口から大量の血液があふれ出る。
いつの間にか、その胸には穴が開いていた。
野球ボールほどの穴が。
そのまま重力に従い、レーナロイドは倒れた。
「レーナ様!?」
「ちょ、クソ婆ッ!?」
慌てて二人が駆け寄る。
なんだ、一体何が起きた?
「―――喋りすぎですよ、魔女さん。お仕置きされたいんデスカ?」
声がした。
ハッとなってその方向を見る。
扉の所に誰かが立っていた。
「レイノルズ家の屋敷が、あんな状態になってたんデス。可能性の高い所をしらみつぶしニ当たってみましたが、どうやら運が良かったようデスネ。最初の場所でビンゴデス。」
そこに居たのは純白の修道服に身を包んだシスターだった。
だがその両手には、清楚な装いとは不釣り合いな巨大な銃が握られている。
銃口から上がる煙。
あの女がやったのか?
銃声も何も聞こえなかったぞ?
「貴様―――っ!?」
激昂するルギオス。
すぐさま彼女に斬りかかろうと背中の大剣を抜こうとする。
だが、瞬間にその動きが止まった。
「なっ……これって……」
『ぐっ』
ルギオスだけじゃない。
俺とエリベルまで身動きが取れなくなっている。
これは……拘束術式?
でも一体どうやって……?
魔術が発動した気配なんて全くしなかったのに。
「悪いけど、拘束させてもらったわよ。アンタらに動かれちゃ面倒だし。ていうか、私達の仲間をあんなに殺してくれたんだから、本当はすぐにでも殺してあげたいんだけどね」
今度はテーブルの方から聞こえた。
目線だけ動かして、そちらを見ると、倭の国の民族衣装に身を包んだ小学生程の小柄な少女が座っている。
この子は……知ってる。
ファーブニルの映像記録に載っていた。
以前死龍の騒ぎの時に、ファーブニルを破壊しようとした冒険者ラウ・ランファンと一緒にいた少女だ。
名前は……確か―――。
「スイレンッ!貴様……!」
ルギオスが忌々しげに少女を―――スイレンを睨み付ける。
だがスイレンはふんっと鼻を鳴らす。
そのままテーブルを降りて、シスターの隣に移動する。
そして―――。
「言った筈だぞ、魔女」
―――ズキン、と。
その声を聴いた瞬間、頭が殴られたかのような痛みが走った。
ここ最近この悩みの種。
それも決まってある人物を思い浮かべた時に起きる頭痛。
扉の影。
そこから一人の男が現れる。
それはスイレンと同じく倭の国の民族衣装に身を包み、鋭い眼光を携えた二十代ほどの青年。
「―――今度はこちらから会いに行くとな」
“雷斬り”キリシマ・アオバがそこに居た。
次回はクリスマス特別SS……かも知れない
頭の中に声が響くんだ。リア充を爆破せよって……




