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叡智の賢女テレーゼ

作者: 鈴懸雅

2作目です。

そんなつもりは無かったのですが、革命の危険性について述べる小説になってしまいました。

また、理解を深めるためには、前作(http://ncode.syosetu.com/n3756cd/)を読んでいた方が良いです。

 皇立図書館に行けば、必ずといっていい程の確率で彼女に会える。

 薄金の髪に銀青の瞳という、やや金属的な色を帯びた少女に。



「ガリツォー先生、いらっしゃいますか?」


 図書館司書室にひょっこり顔をのぞかせたのは、二十代前半の男性。首から下がるペンダントが、皇立大学院の学生であることを示している。


「ガリツォー先生ね?

 せーんせー! 学生さんが来てますよー!」


 女性司書助手が口元に両手を当てて叫ぶと、司書室の奥から、


「聞こえている。

 それからハンナ司書助手、図書館では大声を出すなと何度言えば理解出来るのか?」


 涼やかな女の声。

 微かな衣擦れの音と共に現れたのは、長い髪を背でひとつに束ね、銀縁の片眼鏡をかけた、十代後半の少女。

 そう。少女だ。『先生』と呼ばれているが、少女だ。


「ヨハンか……久し振りだな。何の用だ?」

「あ、はい、ちょっとこの本のこの記述が──」


 ヨハンと呼ばれた学生が質問し、ガリツォーと呼ばれている少女が答える。

 皇立図書館の、日常風景。



 ガリツォー・フォン・ゲシヒテ。16歳。賢人を多く輩出することで有名なゲシヒテ一族の娘。

 歴代最年少(12歳10ヶ月)で皇立大学院に入学、歴代最短(2年8ヶ月)で博士号及び皇立図書館一級司書資格を取得、首席で卒業。

 学問を修める人々が誰でも憧れる玄士号(これが無いと大学院では教えられない)すらも、あっさりと取得してしまった才女である。


 しかしこれで終わらない。


 軍付属特別学校魔法学科にこれまた最年少(10歳10ヶ月)で入学、最短で魔術師、結界師、治療師、解呪師、魔法薬調合師、魔法具製作研究師、魔術理論研究師の資格を取得、やはり首席で卒業。

 なお、あくまでも魔法学科における最年少であり、学校そのものの歴代最年少ではない。魔法戦士学科に7歳5ヶ月で入学した少年がいるからだ。


 それでも彼女は生ける伝説だ。信憑性はさておき、噂や伝説話が絶えない。

 3歳で読み書き計算を覚え始めたとか、1日平均五冊の本を読むとか、それでいて本の内容を完璧に記憶しているとか、末の皇子の魔力暴走を止めてみせたとか、一度使った計算公式は忘れないとか……とにかく挙げたらキリが無い。


 そんな伝説級少女ガリツォーは、現在は図書館で最年少の一級司書として勤務しつつ、大学院や特別学校へ不定期で教えに行っている。



 いつの間にか、ガリツォーの周りに出来る人だかり。

 大学院生や特別学校生はもちろん、上級学校生も中級学校生も、何と一般市民や兵士、神官もいる。

 “賢女”の誉れ高いガリツォーに、誰もが教えを乞い、悩みを解決して欲しいのだ。

 もちろん本人はどんな難問もあっさり解いてしまう。

 が。


「愚民ども! そこをおどきなさい!」


 気取った女性の声。

 群衆をふたつに割りながらガリツォーへ歩み寄るのは、豪勢なドレスを纏い、煌めく宝飾品で自らを飾り立てた女性。あからさまに貴族である。歳は18歳ぐらいだろうか。


「ようやく見つけましたわ。こんなところにいましたのね」

「……何の用ですか」


 悲しいほど棒読みで返すガリツォー。


「つれないわねぇ、あたくしが来たんですのよ? もう少し喜びなさいな」

「理解不能な言葉より、用件を所望します」


 貴族女性は手を横に伸ばす。お付きがそこに恭しく紙を乗せ、女性はそれをガリツォーに渡す。


「貴女なら分かりますでしょう?」


 ガリツォーは受け取った紙をざっと眺め、突き返した。


「分かるが回答を教える気は無い」

「なっ──どうしてですのっ!?」


 詰め寄る女性に静かに告げる。


「見たところ、これは家庭教師からの宿題。ならば、貴女が自力で考えるべき。私が全て教えて差し上げても、貴女の為になりません」


 絶句する女性。


「ふむ。ユリア、お前がどんな言葉を並べようと、テレ……いや、ガリツォーには勝てないだろうな」


 貴族女性の後ろから、紫一色という非常にシンプルなドレスを着こなした女性がやって来る。


「お、御姉様!?」

「エリーザベト姉上。お久し振りでございます」


 丁寧にお辞儀をするガリツォーに、新たに現れた女性は微笑んだ。


「ここで私を姉と呼ぶからには……公表するのだな?」

「ええ」


 そうかそうかとにこやかに頷いてから、群衆に話しかける。


「すまないな、我が妹が迷惑をかけたようで」

「迷惑ですって!? 愚民よりあたくしが優先されるなんて、当然のことですわ!」


 キーキー喚く女性に片手のひらを突き付ける。


「黙れ。……皇女の座にふんぞり返るな、馬鹿者。お前も民も、同じ人間だ」

「あたくし達は天神様の血を引く皇家ですわ! 御姉様は愚民を重く見すぎですし、テレーゼは愚民に知識を与えすぎですのよ!」

「ユリア、父上が民に嫌われる理由、知っているか?」

「……何ですの突然。愚民が御父様を嫌うわけありませんし、嫌おうと関係ありませんわ」


 周りの「愚民」の視線が突き刺さっているのに気付かないユリア皇女。


「ユリア姉様、革命権をご存知ですか?」

「なんですのそれ」

「分かりやすく説明いたしますと、国の支配者が相応しくないと民が判断した場合、支配者を倒し新しい支配者を立てられるという権利です」

「愚民が反乱するなら処刑すればよろしくてよ」


 「愚民」の視線が更にきつくなり、ガリツォーとエリーザベトが「駄目だこりゃ」という表情に。


「あー……テレーゼ、すまないが、この分からず屋に分からせてやってくれ」

「エリーザベト姉上のお言葉とあらば。

 ユリア姉様、確かに反乱ごとき、帝国の軍事力を使えば容易く鎮圧出来るでしょう。

 しかし、軍に属す兵士もこの国の民であり、ひとりひとりが考えを持つ人間なのです。とすれば、兵にも反感を持つ者が間違いなく現れるでしょう。反感を持つという理由で、兵士を処刑しますか?」


 一呼吸置き、彼女は続ける。


「仮に、反乱が起きる毎に軍を用いて鎮めるとします。相手は民間人。人数も多い此方に理がありますが、たとい相手が武術を知らぬ存在と言えど、がむしゃらに迫って来れば脅威。此方に怪我人や死者が出てもおかしくはありません。容易く諦めぬ相手が反乱する度に兵を出していれば、どちらも疲弊するは自明の理。

 さて、民が疲弊すればどうなるでしょうか。国の税収が減ります。すると減った税収を補う為に皇帝は税率を上げます。結果、民は更に反感を強めるでしょう。彼らの生活が危うくなりますからね」


 無言で頷く市民達が、ガリツォーの言葉を裏付ける。


「これだけでは終わりません。民の反乱は即ち国の内乱。内乱が起これば周辺諸国はこれを機会と帝国に攻め入るでしょう。すると辺境伯は侵略者に気を取られ、国内の反乱を鎮圧しにくくなります。

 いや、諸国が市民に近付き、協力をする可能性も大いに有り得ます。資金や物資による援助にしろ、兵力の援助にしろ、面倒な事態になります。

 事態が泥沼化すれば敵味方共に疲弊し、疲弊すればどうなるかは、お話しした通りです」


 ガリツォーの話したあまりの内容に理解が追い付かないようだ。ユリアは呆気にとられた表情をしている。


「でっ、ですけど、御姉様やフリードリヒ御兄様が説得すればっ!」

「私は革命権を容認している。いくら父でも皇帝の味方をする気は無い」


 さらりと「父は皇帝」発言をしたエリーザベトに、お前もやはり皇族かと言いたげな目線が集まる。


「ああそれと、フリードリヒは『私は民を虐げる父上をお諌めするべきなのだろうか』とか言っておったな。いやはや、あやつらしい」


 フリードリヒって、まさか? 噂のあのお方か? “慈愛の天子様”? と、周囲で囁きが漏れる。


「は、反乱が起きたら、アルフォンスに頼んで、一掃すれば……!」

「『断る』」


 何故かガリツォーがピシャリと言い放った。


「『帝国が滅ぼうと知ったこっちゃないが、ここは姉上や兄上、レーゼがいる国。立ち行かなくなる程の人間を殺戮する気は全く起きん』──アルフォンスの言葉です。

 そもそも──」

「そ、そもそも?」

「彼の力は一般人に向けるには強大に過ぎます。これは本人も自覚済み。また、彼は悪を滅する為に存在するのですから、革命が起きた際に誰かを殺すとしたら、それは皇帝ですね。

 ……と、いうことですので、皇太女たるエリーザベト姉上、市民に愛されるフリードリヒ兄上、帝国屈指の戦闘力を持つアルフォンス、そして私。以上四名は間違いなく市民に与します。説得は難航するでしょう」


 皇太女がいれば大義名分が出来る。しかもこの四人は民に嫌われる皇族の中で、例外的に好かれているのだ。


「さて……ここまで、父上が嫌われる理由をお話しする為に革命権や内乱の危険性を説明しました。私はもう疲れてこれ以上話す気力が起きません。ですので、詳しくは御自分で考えていただきましょう」


 手頃な椅子にぽすんと腰かけ、エリーザベトを見上げる。後をお願いします、と言いたいらしい。


「うむ、流石は“知の天使”ガリツォーを紋章に戴く我が妹。ここまでの解説、分かりやすかったぞ。

 さて、私は多くを語ろうとは思わない。だが、認識を深める為にヒントを与えよう。

 革命権の行使とは、統治者が相応しくないと民が判断したということ。相応しくないと判断した者を民が好きになる可能性は極めて低い。反乱が起きれば国は傾く。これを逆に考え、民が革命せずに済む世と皇帝の治める今の世を比較してみよ」


 さあて、と手を打ち、彼女は周りに苦笑を送る。


「我が妹テレーゼは皇帝に呼び出されていてな。謁見の時間まで、しばらく休憩させたいのだが……」


 皇太女が言うなら仕方無い、という空気が流れ出し、三々五々と人が散る。


「あの……皇太女様。一応確認したいのですが、ガリツォー先生は……」


 恐る恐る問いかけた生徒ヨハンに、先生の姉は、


「テレーゼ・ガリツォー・フォン・キールノエル。紛れもなくノエル帝国第12皇女で、腹違いでこそあれ我が妹だ」

「じゃあ俺って、皇女様に直々勉学を教わっていたということになるんですね……」

「堅苦しく考えるな。テレーゼは特別扱いを嫌って身分を伏せていたのだからな」

「ヨハンよ……私は皇女ゆえに賢女などと仰々しい二つ名を付けられた訳では無い。そこを忘れるな。私はどうなろうと、大学院の非常勤講師だ」


 テレーゼの呟きに、ヨハンは軽く笑った。


「『仰々しい二つ名』なんて謙遜して、先生はやっぱり先生ですね」



「わざわざ出向いたというのに、何の成果も得られませんでしたわ」


 皇城の部屋に戻り、ユリアは溜め息。


「自分で考えるなんて、とっても面倒……あら?」


 宿題の書かれた紙をまじまじと見つめる。


「まあ、テレーゼ!」



 問 革命権とは何か。また、革命が危険な理由を述べよ。


長々とした文章を読んでくださり、ありがとうございました。


何度読んでも、「どうしてこうなってしまったんだ……」と作者は頭を抱えてしまいます。

ええと、革命は危険ですね。双方にとって危険ですね。


彼女の正式な名前は、テレーゼ・ガリツォー・フォン・キールノエル・ゲシヒテです。

さすがに長すぎるため、状況に応じて使い分けています。


2014/07/02 資格に魔法薬調合師を追加。

2014/10/03 改行を増やしました。

       一部文章を変更しました。

       解術師→解呪師 に訂正。

       後書きに文章を追加しました。

2016/07/20 若干の修正を行いました。

2017/03/18 細かな修正をしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回の話で登場したキャラクターが登場し、とても工夫がみられる作品でした。 テレーゼかわいい!! (知的少女もいいですよねー) [気になる点] 行を変えるときに、ちょっと見にくいところがあり…
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