パーティ
陽は中天に差し掛かろうとしていた。
上機嫌な祀を先頭に、ジェイル・ガッシュ・ラティスの即席探検隊は、深い森の中を進行していた。鼻唄まじりの祀に比べ、ガッシュは明らかに不機嫌な顔をしている。その両頬は真っ赤に腫れていた。
ラティスが、いかにも申し訳なさそうに囁く。
「ガッシュさん、ごめんなさい。僕が祀ちゃんに頼んだばっかりに…」
「……お前が謝ることじゃねえよ」
今朝、宿に飛び込んできたハッチャケ娘は、熟睡中のガッシュをいきなりベッドから蹴り落とし、金貨袋のモーニング・スターで往復殴打したあげく、雇ってやるからさっさと支度しろ!と逆ギレしながら宣った。 ガッシュがぽっきり心を折られてしまったとしても、いったい誰が笑えるというのだろう。
大きく溜息を吐いた二人に、魔導士ジェイルもこそこそ話に加わる。
「それにしても彼女はどこのお嬢様ですか?私も長生きしてますが、あんな野獣みたいな女の子は初めて見ましたよ」
「あはは、それは守秘義務でちょっと…」
たぶん、言ったところで絶対信用しない。
それに自分の正体を隠しているラティスも、その辺りは祀と対等の関係だ。やはり、ガッシュの正体が確定してからでないと、名乗り出る訳にはいかないのだ。
「はぁ~…お嬢様の道楽にしちゃ報酬が良すぎると思ったぜ。まさかドラゴンの棲息地に向かうなんて、正気の沙汰じゃねえよ」
日の出前、北東の空に凄まじい雷鳴とドラゴンの絶叫が響き渡り、一時、王都レノサリクは恐怖と戦慄に見舞われた。
この探検隊はその真相を追求しようという、命知らずなお嬢様の私設パーティなのである。
唐突にお嬢様が振り向いた。
「正気があんだって?」
「あ…うう…」
ガッシュは結構マジに脅えて、ラティスとジェイルの後ろに隠れた。
祀はどうやらしっかりと話を聴いていたらしく、
「あのね、魔導士は何かと役に立つからいいとして、あんたはラティスが是非と薦めるもんだから雇ったのよ。護衛はラティス一人いれば十分なんだから」
「お、俺だってなあ、ラティスと同じくらいには…」
「はぁ~?言うに事かいてラティスと同じくらい?身の程知らずもここまで来ると哀れよね~。あんたの実力なんか、見た目と一緒でトロルといい勝負でしょ?」
「お、俺をトロルと比較すんな!ジェイル、笑ってないでフォローしろ!」
魔導士は苦笑し、少しだけ話の流れを変えるべく質問した。
「あの…ラティスくんの実力ってどのくらいなんです?私には、とても戦いに向いてるようには見えないんですが…」
「え…それは…」
魔導士の言葉に、ラティスと祀が一瞬言葉に詰まった。
正体を明かさずにどう説明したものかと悩み始める。それに答えたのは、意外にもガッシュだった。
「ラティスは見た目と違って、かなりの遣い手だぞ」
「は?…ほんとですか?」
「これでも一応、武人の端くれだからな。身ごなしや武器を見れば大体分かるさ」
これにはジェイルとは別の意味で、他の二人も驚いていた。
祀はただの食い詰め傭兵が、武人という言葉を遣ったことに…。あのガタイと筋肉に武が加わるなら、案外安い買い物だった可能性もある。
一方、ラティスといえば有頂天になっていた。
一番認めて欲しい人に高い評価を貰ったのだ。ラティスの中でガッシュ=“あの人”という図式に期待が膨らんでくる。
「ガッシュさん!僕、お弁当作ってきたんですよ」
「へえ…もしかして手作りか?」
「はい。これでもちょっと自信あるんですよ~。ジェイルさんにもありますからね」
「ラティスくんは気が利きますね」
「おうよ、俺等の心のオアシスだぜ!」
持ち上げられて照れ照れのラティスに、祀が神妙な顔で問い掛ける。
「あ、あの…ラティス、あたしには…?」
ラティスは、つんと拗ねて見せた。
「祀ちゃん、意地悪ばっかりするし~…」
「そ、それは好きな子を苛めちゃう、思春期の甘酸っぱい愛情表現であって…」
「やや、S気味ですけどね」
「…ってか、猛獣だよな。欲望に忠実な…」
「お前等は黙ってろ!あ、あれはね…若気の至りっての?つい我を忘れて…」
あたふたと言い訳を始めた祀に、ラティスがふんわりした笑顔を向けた。
「嘘だよ。ちゃんと、祀ちゃんにもあるから安心して」
「あ…うう~、あんたいい子や~」
感激に涙する祀。ごそごそとリュックをまさぐるラティスを、尊敬と期待と独占的再認識の眼差しで見つめる。
「はい、どうぞ」
「わあ、ありが…」
ぽんと手渡されたのは、常人なら余裕で一週間は食い繋げそうな干し肉の束だった。
「…………」
祀の足が止まった。
不運な魔導士が襟首を掴まれた。楽しげに談笑しながら歩き去る、大男と美少年。魔導士の両手が虚しく宙を泳いだが、誰も気付かなかった。
しばらくして…充分に溜めをおいた怒声が、森に木霊した。
「あたしゃ肉食獣かああああーーっ!!」
「ひいぃぃ~っ!!」
胸倉を掴まれた魔導士が、がっくんがっくん情けない悲鳴をあげる。
「な・ん・で・美少女のあたしがあんなトロルより低い扱いなの?猛烈に間違ってるでしょ!?あ・た・し・は・お~じょさま~なのにいいぃぃ~!!」
「承知してます!だから、お嬢さま!冷静にぃ冷静にぃぃ!!」
旧文明を崩壊に導いた機械創世紀の中頃、銃神ガンジャスによって災厄の月は撃ち砕かれた。天空の星々は月の欠片に覆い尽くされ、流星雨が降り続けた。地軸の傾きも、気候に劇的な変化をもたらした。
霊子生体兵器群が生まれたのは、そんな時代だった。
機械への不信は生体兵器への信頼に変わり、様々な種が生み出され、神々の根絶に縦横無尽の活躍を見せた。様々な竜種が空を飛び交い、人間の代わりに亜人種が銃器を手に戦った。
あの時代から三千数百年、あまたの竜種は万能兵装竜種ゼーガの血脈以外全て死に絶えたという。
亜人兵器・凶魔兵の末裔である魔族だけが巨大な勢力となり、世界の覇権を賭けてドラゴンと六度の戦争を引き起こしている。…が、およそ百年前の第六次竜魔大戦で大敗した魔族は、かつてないほど国力を疲弊させている。
「…でもね。最近、魔族がおかしな動きをしてるってのは確かなのよ。レノシス方面に向かう魔物の集団を見かけたって情報もあるし…。かの“氷影の剣士”様がサデスの前線から呼び戻されたり、あの“最狂の傭兵”がレノシスに雇われたってのもそのせい…」
器用にも森の中を後ろ歩きしながら、祀が話を続ける。
「それで今朝方、首都まで聞こえるドラゴンの咆哮とすんごい稲妻でしょ。王宮の方でも何人か偵察に向かわせたわけだけど…定刻ごとに飛ばすはずの伝書鳩が一羽も飛んで来ないらしいわ」
「ずいぶん詳しいじゃねえか」
「性格の悪い親戚が城勤めしてるの」
祀の忌憚ない返答に、ラティスは苦笑しつつ…
「でも…いくら魔族でも、簡単にはドラゴンに手を出さないんじゃ…」
「魔族に禁忌はありません」
凍てついた魔導士の声音に、ハッと視線が集まった。腐った魚のような目が、鬱々とした眼光を放っている。
「奴等はなんでもやりますよ。科学文明の遺物を駆り集め、生体実験で様々な魔物を生み出し、先の竜魔大戦では文明滅亡の原因である神にさえ手を出したという話です。奴等はね、要するに嫉妬してるんですよ。霊子生体兵器群の頂点として生まれた万能兵装竜種ゼーガとその血を引くドラゴンをね。羨ましくて仕方ないから死ぬほど憎悪する。ふふ…いい気味です」
「「………………」」
「…………あ…あたし、もしかして地雷踏んじゃった?」
たらりと冷や汗を流す祀に、ガッシュとラティスがかくかく頷く。
魔導士はこの世で最も魔族を憎んでいる人種だ。憎しみのあまり人間を辞めたと言っても過言ではない。
魔導士は異界(霊質層)に漂う妖魔と融合することにより、魔力を人間に宿らせる。その成功率は極めて低く、成功したとしても発狂するような醜い姿に成り果てる。…が、そうまでして得た異能も、下級魔族にさえ及ばないのが現状だった。
ジェイルはすっかり陰々とした世界に浸って、独白を続ける。
「魔族が人間を狩り、踏み躙る理由を知っていますか?元々、彼らの祖先は霊子生体兵器群の中でも、特に悪意の象徴として生まれたんです。人間に酷似した遺伝子を持ちながら理性を与えられず、偶像である悪魔の姿を象った反乱分子制圧亜人兵器――凶魔兵。文明末期には敵である神々よりも人間を殺戮した数が多いとか…。しかし、旧人類もまさか生体兵器が生殖能力を獲得するなんて想像もしなかったんでしょう。やはり、神々と戦うために未完成の霊子生体技術を実戦投入したのが間違いなのか、あるいは…」
頭の弱い他の三人は、魔導士の難しい話を雑音として処理していた。
「やっぱり、偵察隊って全然見かけないよなあ…」
「朝早く出たんなら、もうそろそろ誰か帰って来てもいいはずなんだけど…」
「道があるわけじゃないから…もう、すれ違っているかも」
「…だといいがな。なんか嫌な予感がするぜ」
次第にただの道楽では済まなくなり、三人の口は重くなっていく。
しかし、ガッシュだけは、無視しているはずの魔導士の話に、微かな反応を示していた。
凶魔兵…魔族…という言葉に。
自分の世界に浸っているはずの魔導士が、温度のない眼でその姿を観察している。
*
「ジテーヌ、どうする?」
背後の部下が問いかける。
「そうだねえ…」
藪の中から人間どもの背を見つめ、ジテーヌは思案した。
運の悪い連中だ。偶然、自分達が風下にいたせいで、彼らを発見することになった。魔導士が一人混じっているようだが、自分達には些かの脅威にもならないだろう。レノサリクを攻める前菜とするのも悪くはない。
…と、そこまで考えたところで、ジテーヌは匂いの中に信じられないものを嗅ぎ取り、身を硬直させた。
「ジテーヌ?」
「……やめだ。今は任務が先だ。我が隊はこのまま進軍する」
「えっ?」
困惑した部下が問いかける。
「バーニック殿を待たないのか?」
「役目を離れたのは奴の意思だ。それにフェンリルまで預けてある。これで何かあったら余程の無能だ」
「…………」
無能という言葉に抵抗を感じたのか、部下は額に皺を寄せて黙り込んだ。
「ふん、洗脳の深い奴はこれだから…」
ジテーヌは魔物としては同族にあたる部下を、蔑んだ瞳で見下ろした。
しかし、本心は逆だった。洗脳の深い連中が妬ましい。奴等のようになれば己自身を蔑むこともなくなる。変わり果てた己の姿から、目を逸らしていられる。
本当は、人間どもを見逃したのではない。
あの匂いの主に、この醜い姿を見られるのが怖かったのだ。




