人造人間
上級魔族イリジアの人質となったのは、レノシス国王エリックとその侍従アルファ、サデス第三皇女・祀と侍従ゼイビスの四人だった。
腕を縛られ、背後からマンティコア達の凶眼に睨まれ、四人は地下への階段を降りて行く。
祀の囁き声にも、怒気が多分に含まれ始めていた。
「エリック、いい加減に言いなさいよ。あれって何なのよ!あんたもあの女も奥歯に何か詰まったような言い方して…。ここまで付き合わせといて隠し事なんてナシよ!」
「いや、それを言うと君に半殺しにされるし…焦らずともじきに判るよ」
「あたしは今、あんたを半殺しにしたい!」
老執事がよく通る声で王女を窘めた。
「姫様…虜囚はそれらしくしておりませんと、敵の油断を突く事など出来ませんぞ」
瞬時に、マンティコアの毒尾が祀の喉にあてられた。
「てめえでバラしてどうすんだ!このボケ爺ぃっ!!」
「……………喧しい人質ねぇ…」
女魔族に三回ほど溜息を吐かせ、一行は地下金庫へと辿り着いた。
ぽけっと見上げていた祀が尋ねる。
「………これが金庫?」
「正確には地下シェルターと言った方がいいかもね」
金属製の壁にしか見えない場所に、掌大のガラス面と1~9までのパネルが埋まっている。ぼんやりした灯りは、この装置がまだ生きている証だった。
エリックがガラス面に手を触れると、聞いたことのないメロディが鳴った。執事のアルファが三桁に届きかねない数字を、素早く正確に打ち込んでいく。
女魔族が感心していた。
「指紋認証…電子暗証ロック。こんなのがよく遺ってたわね…」
「この城は遷都した時に遺物の上に建てたものだ。地下に壊れかけた施設があっても不思議じゃないさ」
声に張りを取り戻したエリックを見て、イリジアが微笑んだ。
「あなたが科学に興味を持ったきっかけね。ふふ…好奇心は研究者の命よ。大事になさい」
「………」
「なによ!気持ち悪い魔族ねぇ…」
祀が鳥肌を立てて身震いした。
人間を蔑み、殺戮を好むのが魔族だ。人間は正当な怒りと憎しみをもって魔族と戦う。いまさら親しげな真似をされても、薄気味悪くなるだけだ。
部下の一体を入り口に残し、イリジアは侍従アルファの後をついてシェルターに入っていく。
シェルター内は、約三十メート四方の白亜の空間だった。
足を踏み入れた祀は、出迎えた複数の人影に思わず身を固くした。
「わっ…何これ!?」
広い庫内の壁際に四体ずつ計八体。
チェスの駒のような体型、ブラック・メタルの体色、上腕が刃物になった長い腕、頭部に光るレンズ様の単眼…
「殺戮人形…」
旧文明の軍事兵器である。機神創世期後期には不要となった霊子生体兵器群の殲滅に、大量投入されたと伝え聴いている。
「こんなに状態のいい殺戮人形はめったに見つからないわ。今にも動き出しそう…」
そう言うと、イリジアは部下のマンティコアを先行させた。
四体の部下は庫内を歩き回ったが、殺戮人形は何の反応も示さなかった。
「安心していいようね。今のところは…」
「………」
エリックの表情に変化はない。
イリジアは妖しく微笑し、中央の台座へと歩み寄る。が、台座の上には、何の装飾もない小さな木箱しか載っていなかった。
「ふぅん…電力源から遠ざけ、単体で安置。容器は有機物、金属片は変異の可能性があるので装飾具の類もなし…」
「え…」
祀の古い記憶に引っ掛かる言葉だった。王族に受け継がれる伝承にそんな項目が…
イリジアはそんな祀の反応を愉しみながら、キーワードを列挙していく。
「結晶型量子コンピュータ――通称・霊子結晶。人類が創り出した最高傑作であり、文明崩壊の原因ともなった災厄の元凶…まあ、本当に怖いのはこの中身なんだけどね」
「ま…まさか…」
ドラゴンや凶魔兵の天敵にして存在理由、旧文明を崩壊に導いた外宇宙の知性体…
「神…」
その刹那、幾条もの光が乱舞した。
青いレーザーに全身を貫かれた一体のマンティコアが呆気なく倒れ、他のマンティコア達が左右に散る。
「ど、どうなってんのよ!?」
祀は宙を浮遊する殺戮人形の動きが読めず、立ち尽くすしかなかった。
「やっぱり、動いたわね。でも、不思議…。殺戮人形がVIPを傷つけないように行動している…」
魔力障壁の向こうで余裕の女魔族が呟いた。
殺戮人形の額から放たれた青色のレーザーは、緑輝色の半球面に触れるや飛び散るように拡散する。光学兵器は魔力障壁との相性が悪いのだ。
奇襲が失敗すれば、異常に電力を使う光学兵器より、物理攻撃の方が遥かに効率が良くなる。
殺戮人形が両腕の刃を軋らせ、国王と祀を庇うように配置を変えた。
「…残念ね。事が済めばあなた達に危害を加えるつもりはなかったのに…」
「快楽的殺人者との約束なんてあてになるものか!指揮官であるあんたを殺した方が、まだ国民が助かる可能性が高いさ。洗脳されていても、ドラゴンには霊的レベルの精神拘束があるからね。…アルファ!」
侍従がエリックと祀の鉄枷に手を掛け、力任せに引き千切った。
「この状況なら、少しは質問に答えてくれるかな?」
「あら…何かしら?」
若き国王の態度に興味をそそられたのか、イリジアは険を解いた。
「人類に残された猶予を教えてほしい」
「!?エリック、それはどういう…?」
エリックは上級魔族を見据えたまま、ゆっくり話し始めた。
「たった一人の上級魔族に手を焼いている我々が、本格的な魔族の侵攻を防げるはずがないだろう?我々はドラゴン一匹とまともに戦う術も持たないのに…」
「それは…竜魔大戦で魔族が疲弊していたから…」
「はっ…おめでたいね。それじゃ君は戦場で絶滅竜種を見た事があるのかい?上級魔族の死体でもいい。殺戮人形は?移動要塞は?」
「…………」
誰もが疑問に思い、そして適当な理由で己を納得させてきた事だった。
過去、六度に渡って行われた竜魔大戦の凄まじさは、人の世界でも伝説となっている。初期の頃は旧文明の遺物兵器が主力となり、後期になると発達した魔導技術により生まれた魔導生物や高等魔導による集団戦が主流となった。
いかに疲弊しているとはいえ、ここ百年の魔族の動向は精彩を欠き過ぎている。
「ふふっ…あはははっ!坊や、あなた見た目以上に曲者のようね」
異端の魔族が、諸手を挙げていた。
「そうね、散々迷惑かけておいて見返りナシなんて失礼よね。…いいわ、とっておきの情報をプレゼントしてあげる」
「なんか…いや、なんでもない…」
「この百年で魔族は確実に力を蓄えてきているわ。人類との戦いも、半分くらいは竜を欺くための演出よ。そして、もうその演出も必要がなくなってきた。あと数年の内に本格的な侵攻が始まるでしょうね」
「…………」
話の内容もさることながら、魔族にあるまじきイリジアの異端ぶりに言葉がなかった。
「今回は竜魔大戦なんて視野に入れていない。誇りも全て捨てる。魔王の仇・始祖竜ゼーガを討つ…それだけのために数万単位の人間を捕え、盾にするつもりよ。いくら奴でも、人間に直接攻撃は出来ないもの。人類のとるべき手段は限られているわ。ドラゴンやエルフに助けを求めるか、禁忌に触れてでも科学を復活させて旧文明の力で迎え討つか…坊やの判断は間違ってないわ」
「エリック…」
祀のもの問いたげな視線に、エリックは皮肉っぽく応えた。
「直情的な盟主サデスを支えるには、誰かが謀略に手を染めなきゃならないのさ。狂竜災害で弱腰になった父を玉座から引きずり降ろしたのも、僕なら出来ると判断したからだ。………好きな人には嫌われたけどね」
「…あんたの意中の人って、もしかして…」
強い眼差しで見返された。
「凡俗な王や皇女では、ラティスに振り向いて貰う価値もない…そうだろ?」
「……うん…同感…」
拳を握り締める。
若きレノシス国王は、会話の終わりを告げるように懐からリボルバー拳銃を抜いた。
イリジアへと狙いを定める。
「上級魔族イリジア、貴重な情報に感謝する。だが、その神はドラゴンやエルフとの交渉に必要なものだ。返してもらう!」
*
魔族の侵入により、王宮内は混乱の窮みにあった。
人質に取られた国王とサデスの姫君をいかにして救出するか、強行突破すべきか静観すべきか、騎士達が騒いでいる。
そんな最中、人気のない廊下の細い石柱の一つが、小さな作動音を立てていた。石柱の真ん中に亀裂が走り、ススーッと開いていく。
「うわっ!」ばたぁん!
少年と大男が弾けるように飛び出した。
上級魔族モドキの大男が華奢な少年を下敷きにしたまま、感嘆の声を吐き出した。
「すげえ、一瞬で上まで昇っちまったぜ!」
「…お、重い……無重力エレベーター…だそうです。国王が自力で旧文明の遺物を修復したんです…」
「へえ…賢い王様なんだな」
癖になりそうな浮遊感に感心し切っていたガッシュが、やっと身を起こす。下になっていたラティスが、大げさな深呼吸で息を整えていた。
「華奢な奴だな。もっと筋肉付けろよ」
「ガッシュさんが筋肉付き過ぎなんです!」
憤慨する少年の怒声は、雷鳴が掻き消してくれた。
ちょっと顔が赤い。
状況を思い出した二人は、柱の陰で周囲を窺う。
甲冑や具足の音があちこちで響き渡っている。
ラティスはともかく、八割も霊骸化の進行しているガッシュは、見つかれば八つ裂きにされかねない状況だった。
「ここから右へ行けば聖堂に行けます。僕は…国王様を探します」
「おう…気を引き締めて行け」
ラティスは無言で頷いた。国王のもとには魔族がいるはずだった。そして、ガッシュは聖堂で剣を回収してドラゴンの元へ…。
ガッシュが背を向けかけた時、
「あのガッシュさん…」
「ん?」
呼び止めた少年の顔は、泣いているように見えた。
「この騒動が片付いたら…僕も旅に連れて行ってくれませんか?」
ガッシュはしばし沈黙し、
「……ああ、いいぜ。安くて旨い名物料理をたくさん食わせてやる」
それは、絶対に叶うことのない…
「約束です」
「男に二言はねえ」
今生の別れを胸に秘め、二人は笑顔で己の道へと駆け出した。
*
レーザー光が乱舞するシェルター内で、イリジアと八体の殺戮人形との戦いは続く。
接近戦闘とレーザーを組み合わせた攻撃に、生身のイリジアは反応速度で完全に劣勢に立たされていた。普通なら力押しで楽に破壊に至るはずが、巧みな連携攻撃で受身に回らざるを得なくなっている。殺戮人形の人工頭脳は神の憑依を警戒して、低ランクの物しか使われなかったはずなのに…。
「試してみるか…」
イリジアは障壁の内側で十を越える魔力弾を形成する。殺戮人形の装甲を撃ち抜けるほどではないが、構わない。
攻撃の間隙をついて、イリジアは魔力弾を一斉に解き放った。
殺戮人形は、VIPであるレノシス国王とサデスの皇女の盾になるべく移動した。魔力弾が身を掠めても、老執事や侍従は微塵も動じなかった。
「…そういうことね」
微かな笑みを浮かべ、イリジアは次弾の形成のために魔力を圧縮し始めた。
「アルファ!大丈夫か?」
「問題ありません」
国王の叫びにも、侍従の声は平淡極まりないものだった。
祀は少し違和感のようなものを感じたが、すぐに戦闘へと意識を戻された。女魔族は殺戮人形の連携を崩すために、自分達VIPを狙い始めている。
殺戮人形の行動範囲を制限した上級魔族は、黒翼を拡げて低空を飛び立った。女魔族を迎え撃つレーザーが、魔力障壁に触れて鮮やかに拡散する。
イリジアの右手の光球が、蒼から黄色系に眩く変化した。
「爆裂光弾だ!」
エリックの叫びに呼応して、殺戮人形がVIP達の脇を固める。
女魔族の放った爆裂光弾は、レーザーの迎撃によって空中で爆発した。爆風と光の洪水が空間を埋め尽くす。
「やば…敵を見失ったら…」
祀は強引にぼやけた眼を開けた。
最初に視界に入ったのは、微動だにしない殺戮人形。次に目に止めたのは、女魔族に胸を貫かれた侍従アルファの背中だった。
「アルファ!!」
エリックの叫びにも、侍従はぴくりともしなかった。
「ふふ…もう動かないわよ。A.Iを正確に貫いたから…」
女魔族はアルファを振り捨てた。
ぽっかり空いた胸の傷口から火花が飛び、精密な機械の残骸が露出していた。
祀は声を上擦らせた。
「これ…もしかして、ロボットってやつ?」
祀の疑問に答えたのは、学者である魔族イリジアだった。
「人造人間よ。昔、戦場で霊子生体兵器群の指揮を任せていたタイプね。気に揺らぎ一つないからおかしいと思ったのよ。どこで掘り出したのか知らないけど、こんなのまで修復するなんて…趣味が合いそうね、坊や」
「くっ…馴れ馴れしいんだよ!」
エリックが拳銃を連射する。銃弾は、やはり魔力障壁に阻まれた。
…が、その瞬間に祀は飛び出していた。
「はああっ!!」
祀の腕から鋼帯がしゅるしゅると伸び、魔力障壁の隙間を蛇のように抜けて、イリジアの右手・左足に絡みつく。
「…へえ、錬気伝導鋼帯にはこんな使い方もあるのね…」
「へっへーん、そっち側からは絶縁仕様だから、電撃は無効だよん。ちょっとでも隙見せたら、練気を流し込んでやるからね!」
錬気伝導鋼帯は、元々神々の体内で精錬された高分子金属である。
生体エネルギーを伝導するだけでなく、電力を擬似生体エネルギーに変換する機能も有している。機械である神々が生体のような進化やエネルギー循環を可能にしたのも、このケーブルが血管の役目を果たしていたからである。
残った二体のマンティコアを、エリックが銃撃で牽制する。
若きレノシス王の護衛に付いた老執事が、祀に叫んだ。
「姫様、油断めさるな!我らが奴等を片付けるまで、時間を…」
「そんな時間はあげないわ!」
イリジアの全身から黒い炎が立ち昇ろうとしていた。魔力を練り込んだ粘質的な炎が、鋼帯を這い伝う。
「喝あああーっ!」
祀が慌てて練気を流すが、黒炎は微塵も揺らがなかった。
「な、何でっ!?」
「馬鹿ね…。上級魔族がどれだけの生命力で魔力を抑え込んでいるか、知らないの?たかだか小娘の練気で、どうにか出来ると思わないでほしいわ」
鋼帯を伝った黒炎が祀の手を這い登ろうとした時、誰かが祀の前で鋼帯を握り締めた。燕尾服が一気に炎に包まれる。
「ゼイビス!」
「ぐうぅ、心配めさるな。こんな炎ごとき…」
「かかったわね…」
ガシィッ!「ぐぁっ!?」
行動を起こしかけた執事の首を、一瞬で間合いを詰めたイリジアが掴んで吊し上げた。
「ふふ…この執事さんだけは手強そうだから、狙ってたのよ。今やろうとしたのは発剄かしら?取り敢えず…邪魔だから死んでなさい!」
イリジアの手から電撃の火花が散った。
「ぐぐがぐががぎああああ!!」
黒炎は弾けたが、老執事の背筋や手足は異様な痙攣で撥ね回った。
「やめろおおおーっ!!」
駆け寄った祀の前に、魔力障壁が立ちはだかった。
祀は死に物狂いで障壁に打撃を加え、別角度からエリックが銃撃を再会した。
祀の顔が泣き顔へと変わり、銃撃が弾切れで止んだ時…イリジアは障壁を解いて、電気反応だけとなった老執事を祀に投げ返した。
「あ…あ、ゼイビス…いやああ…あ…」
「祀…戦闘中だ!今は正気に…ぐぁっ!?」
駆け寄りかけたエリックの右腕が、緑輝光に包まれていた。
拳銃ごとべきりとへし折れた。
「あがああああっ!?」
「あははは…安心して、あなた達は生かしてあげる。お祝いは大勢でやらなきゃね…」
女魔族は狂気に身を任せつつあった。
「…お祝いだと?」
膝を付いたエリックが、脂汗を流してイリジアを睨んだ。
「霊子結晶、精密機械、常温核融合電池…必要なものは全てここに揃っている。あなた達に神を…私の最後の子供を見せてあげる」
イリジアは動かなくなった人造人間――アルファの骸を床に寝かした。
戦意を砕かれたエリックと祀は、もはや無力な傍観者に過ぎなかった。
そして、ぽっかり空いた人造人間の体内に、破壊と滅亡の化身が埋め込まれた。




