竜魔大戦
百十数年前。竜と魔の大きな戦があった。
三千年以上の歳月の中で、何度も繰り返された戦い。その悉くを魔族は敗北し、だが滅ぼされるに到らず、更なる憎悪を蓄積させてきた時代。
今度こそ決死の覚悟で事に臨んだ魔族は、掌中にあった人間の国からあらゆる物資を搾取・略奪し、数え切れぬほどの魔導生物と古代兵器を用意してドラゴンに戦いを挑んだ。
第六次竜魔大戦の始まりである。
ギシャアアアアアアアアアア!!
おおおおおぉぉん…
魂を震わす咆哮と、無念の断末魔が戦場にこだまする。
大地には百にも達しようかという竜の屍骸と、その数倍にも及ぶ傷ついた竜が、いつ果てるとも知れない戦いを繰り広げている。
傷つき、地に落ちた竜の大半は、移動要塞の魔導砲撃を受けたドラゴンだ。竜に襲い掛かるのは数多の魔導生物、古代兵器の殺戮人形、絶滅竜種の数々である。
戦いは魔族の圧倒的優勢で進んでいる。
やはり、古代兵器であるレーザー攻撃衛星での先制攻撃に成功したのが、戦局に大きく影響している。
移動要塞から若き魔王ハイペリオンが、傲然と戦場を見下ろしていた。他の上級魔族に比べても、格の違いを見せ付ける猛々しい霊骸をその身に纏った男である。
「ふふ…神の鉄槌の前では竜どもも形無しだな。見よ、バストラール。あの傲慢な竜どもが地に這い蹲る姿を!永年に渡る因縁も、余の代でようやく終止符が打てよう」
「は…しかし、あれの稼動時間が既に…」
「危険は重々承知だ。だが、奴を誘き出すまではあれを投棄するわけにはいかぬ」
「しかし…」
攻撃衛星は機神創世記の初期、早々に活動停止されて衛星軌道の外へ投棄された攻撃衛星である。
発掘品から起動コードを入手し、コントロール設備を構築するのに数十年の歳月を要した。
だが、最も大きな問題は投棄されるに至った原因…AIに宿った神の扱いだった。稼働時間とともに神の侵蝕が進めば、やがてコントロールも受け付けなくなり、己の意思で行動するようになる。
「心配しても始まらんぞ。我々にとって、神の脅威も奴の脅威とさして変わらぬ。ならば、奴とその眷族どもを滅ぼし、その後、神をも討ち滅ぼしてやろうではないか」
「はっ!仰る通りです。先祖の血のせいか、必要以上に神の存在を恐れておりました。我が君よ。改めてこの忠誠を捧げたくなりましたぞ」
「ふ…生憎だな。余が欲しいのはイリジアの心だけだ」
バストラールは苦笑するしかなかった。
「その趣味だけはよく分かりませんな。魔族らしくないあの女のどこがいいのか…」
「それでよい。恋敵が少なくて余も安心だ」
部下に心底呆れた顔をさせ、魔王は微かな笑みを洩らした。
オペレーターの一人が叫んだのは、その時だった。
「バストラール様、強大な魔力反応が接近しています!」
「……映せるか?」
「はっ…」
やがて、頭上に立体映像が結像し、黒いドラゴンの姿が映し出された。
若き魔王、ハイペリオンが呟く。
「来たか。我等が怨敵……始祖竜ゼーガ…」
*
飛来した始祖竜は、戦場を見下ろす中空に己の身を固定した。
霊子障壁と同じく、最も霊子効率の悪い念動力を惜しげもなく消費するその行為は、膨大な霊炎(魔力)を見せ付け、己の絶対的優位を疑わないものだった。
傲慢なる絶対君主が戦場を睥睨した時、天空から光の柱がその直上に落ちた。
ドドオオオオオッ!
天空から落ちた光の柱は爆発的な衝撃、灼熱の高温を生み出した。大気の膨張による突風と光の残滓が宙を舞う。
しかし、強力なレーザーはゼーガに触れた途端、跡形もなく消失した。
始祖竜の翼が黒い輝きを発していた。闇と呼ぶにはあまりに神々しい漆黒。闇の中でも闇を認識させる、光のような性質をした暗黒の輝きが黒翼から放たれていた。
“無に誘いし闇の鎌”―――あらゆるエネルギーを反転・消滅させるゼーガの絶対防御である。その理論と霊子回路は顕現化霊導究極の謎とされている。
闇の光輪を纏うゼーガの姿は、神の対極に相応しい絶対者の風格を漂わせていた。
『グルルウウゥンン…』
ゼーガは直上を見定め、喉を鳴らした。
大きく開けた口腔内に、霊炎で積層化された霊子回路が展開され、一瞬で光に満たされる。
ゼーガの口腔から天空に向けて、一条の光が放たれた。
あまりに眩い輝きは蒼い空の彼方に吸い込まれ、やがて小さな光点を生み出した。これが衛星軌道上のレーザー攻撃衛星の最期であることは、誰の目にも明らかだった。
“輝ける神殺しの槍”―――外的要因による軌道干渉を一切受けず、あらゆるものを貫通するゼーガの絶対攻撃である。“無に誘いし闇の鎌”と対を為すゼーガの秘儀である。
戦場は一瞬にして静寂に包まれた。
ゼーガは戦場の隅々にまで通る思念で、厳かに呼びかけた。
『フェイオーンはおるか?』
『は、ここに…』
間をおく事なく、波打つ戦場の中から思念の声が返った。
絶滅竜種の包囲を突き破り、巨大な鳥が急上昇する。
飛行能力に特化した鳥類の翼、鋭い嘴と後肢の鉤爪。鷲と見紛うばかりの勇壮な牝のドラゴンだった。
飛翔竜は黒竜の眼下に位置する中空で、翼をたたんで静止した。
『御無沙汰しております。ゼーガ…』
『ふん…貴様がいながら、無様だな』
『……申し訳ありません』
フェイオーンは静かに頭を垂れた。
戦い直後、上空からのレーザー攻撃に霊子障壁で反応したまでは良かったが、膨張した熱と空気の圧力に叩き落された。
地上では絶滅竜種の一匹に翼を焦がされたが、大きな損傷は受けていない。反撃の機会を窺っているうちにゼーガの介入を許してしまったことが、彼女にとって痛恨のミスだった。
『魔族に神の使用を許すとはな。衛星軌道はザライルの管轄ではなかったか?』
『…………三年前、南大陸に流星が落ちるのを確認しましたが…』
『また居眠りか…。使えん奴だ。人間どもが霊核に刻んだ忌まわしい命令がなければ、我があんなガラクタのために出張らぬのにな。神々に関係なければ竜を殺そうが、大地を焦土に変えようが一向に構わんぞ。むしろ…混沌こそが我が望み…』
『ゼーガ!我らの祖であるあなたが何を…』
フェイオーンの諌めに力はない。始祖ゼーガの性格は知り抜いている。そして、霊子技術の粋を集めた顕現化霊導の数々…その威力まで…。
旧文明崩壊前後の百年を機神創世期という。
世界に散らばっていた自律A.Iが一斉に独自の意思を持ち、各々がひたすらに進化・改良を繰り返して、個体としての完成形を目指した。
当初、何らかのウイルスが関与していると思われたが、真相が解明されていくうちに人類は神という言葉を遣わざるを得なくなっていった。A.Iに宿ったのは、宇宙の彼方から来訪した力ある知性体だと判明したからだ。
人類と神々との不毛な戦いは黒歴史として抹消され、ゼーガ以外に真実を知る者はいない。銃神ガンジャスを始めとする神々の名と、星を破壊し大陸を焼き払う凄まじい力が言い伝えられるだけである。
霊子生体兵器群が生まれたのは、機神創世期の中期以降になる。
主だった神々が星の彼方に去り、機械に対する強いアレルギーをもった人類は、未完成の霊子生体技術でこれを代用し亜神の掃討にあてた。
万能兵装竜種ゼーガはこの時に誕生し、霊子生体兵器群の長として率先して戦った。
しかし、旧人類は強い霊質の及ぼす物質層への影響を甘くみていた。生体兵器が寿命期限や生殖抑制の枠を超えて繁栄するなど、想像もしていなかったに違いない。
未完成の霊子技術が、新たな新世界を創造したのだ。
「ふん。己の子孫にまで嫌われているのか。つくづく最悪な化物だな…」
『…!』
フェイオーンに一切の気配を悟らせず、ゼーガの正面には一人の上級魔族が浮いていた。凶魔兵でないのが不思議なくらいの魔力を放つ、若い魔族である。
『貴様がハイペリオンか…?今回はまた派手な花火を打ち上げたものよのう』
「ふん。いい加減、貴様等ドラゴンの存在が鼻に付いてきたのでな」
ゼーガが邪悪な笑みを浮かべる。
『ククク…世界は我らドラゴンのもとに絶妙なバランスで保たれている。気に入らぬよなぁ。思わず打ち壊してみたくなるだろう。その気持ち、よく分かるぞ…』
フェイオーンの身体が小さく震える。
この世界の危ういバランス…それはゼーガが生殺与奪の権利を握っていることである。彼の気紛れで消された命は数知れない。人間や魔族…竜までも…。
ハイペリオンが不快を露にして叫んだ。
「余が最も気に入らんのは、トカゲ風情が世界の君主を気取っていることだ!!」
魔王の握り込んだ右手から血が噴き、拳大の血球を宙に作り上げる。
血球が紅く輝いた。
『ほう、重力魔導か…良い選択だ』
高エネルギーを引き寄せる“無に誘いし闇の鎌”の前では、高位魔導の射線は歪曲する。だが、数トンにも及ぶ重力球の物理攻撃なら影響はほとんどない。
魔王が重力球を撃ち出した。
ゼーガの放った光弾がこれを撃ち落とす寸前、重力球の紅い輝きが消失し、拡散した。
飛び散った血飛沫は、ゼーガの全身に狙ったように付着した。
『!?』
飛来した光弾を片手で握り潰し、魔王が叫ぶ。
「超重縛牢!!」
付着した血が紅く発光した瞬間、ズンと空気が揺れた。
紅は黒へと変わっていき、黒き竜の姿が歪み始める。超重力の結界の中で、ゼーガの骨格がギシギシと軋んだ。
「どうだ?口が開かねば、自慢の“輝ける神殺しの槍”も放てまい…」
『クク…強いではないか。並の千年竜なら互角以上にも戦えよう。貴様が偉大な若き王としてどれほどの神性を得ているか、ひしひしと伝わってくるぞ』
「……ふん、余裕だな。この程度で貴様に勝てるとは思っておらんわ!」
ハイペリオンが移動要塞に手を差し向けると、要塞から一筋の光が走った。
高速で飛来し、ハイペリオンの手に納まったそれは、白く巨大な槍だった。
白き勇壮なその形状は、明白に旧文明の設計思想を宿していた。
竜達が一斉にざわめき始める。
『まさか、終極型滅神降魔槍!?』
『稼動するものがまだ遺っていたのか…』
『あれなら、いかにゼーガでも…』
ぐるると唸りを発したのは、フェイオーンを始めとする力ある竜達だった。
終極型滅神降魔槍――凶魔兵の究極兵装であり、操者の血と霊炎を燃焼して神を貫く最強の矛である。
当時でもその危険性を考慮して、厳重に管理されたという曰く付きの代物だ。ジリオネルとは銃神ガンジャスの神銃形態の呼称である。星さえ砕くその威力に人類は畏怖し、そしてまた…憧憬を抑え切れなかった。
『どこで掘り出したのか…幾度かの大戦を経て、完全に抹消したはずなのだがな。竜どもが貴様等を滅ぼしたがっているのも頷ける。だが、安心するがいい。貴様等は滅ぼさぬ。悪意から生まれた滑稽な種族――消すには惜しい玩具だ』
ゼーガの宣言に魔族だけでなく、ドラゴンまでが色めき立つ。
かつて無いほどこの大戦で仲間を失ったドラゴンは、今度こそ魔族を滅ぼすつもりだったのだ。魔族同様、ドラゴン達もゼーガに憎しみの眼を向けている。倒すべき真の敵は明白だった。
しかし“無に誘いし闇の鎌”がある限り、どんな攻撃も無効化される。“輝ける神殺しの槍”がある限り、地平線の彼方へ逃げても撃ち落される。
真なる万能兵装竜種とは、それほどに強大な存在なのだ。
「その侮辱、地獄で後悔するがいい!」
魔王が槍を構えると、白い槍から突き出した複数の気筒から、紅と緑の光が噴出した。光はスパイラルを描いて魔王の身体を包み、凄まじい速度で天へと駆け上った。
圧縮された高重力と増幅された念動力による硬度と推進力。この極限の物理力を止める方法は、この世に存在しない。
天を仰ぐゼーガの眼に、微かな興奮が浮き上がる。
ゼーガの翼が黒い輝きを失った。代わりに右掌が色を失い、黒い輝きが宿る。
『クク…たまには冒険も悪くない』
天空から飛来する降魔槍は音速を遥かに超え、紅黒い重力光と緑輝色の念動光が渦巻く流星となっていた。
ゴゴルアアアッ!
迎え討つ黒き竜が咆哮する。
“無に誘いし闇の鎌”と終極型滅神降魔槍が激突した瞬間、光と闇が天空を荒れ狂った。
超常的な嵐が消え去った時、天空には二つの影が残った。黒き竜ゼーガと魔王ハイペリオン…対峙する二体の怪物に、戦場の全ての目が引き寄せられた。
『ククク、決死の特攻も我が秘儀の前では無力だったな』
ハイペリオンの持つ白き槍は、先端から闇に蝕まれていた。
槍の先から闇は塵になり、霧散していく。ハイペリオンの手から、最終兵器がこぼれ落ちた。
「無念……だが、秘儀とやらの底は見えた…」
『!?』
色を取り戻したゼーガの右掌から、どす黒い鮮血が滴り落ちていた。
魔力を使い果たした魔王が、最期の力で浮き上がり、ゼーガと視線を並べた。
「いつか、我らの子孫が貴様を討ち果たす日が来よう。待ち遠しいものだな…」
『生意気な』
ゼーガの瞳に怒りの炎が宿った。
『超重獄牢!』
滴る血が四つの血球となって、魔王の周囲を旋回する。紅い光が黒へと変わり、魔王の身体を闇が包んだ。
「ぐううぅ…!」
高重力の結界の中で、ハイペリオンが呻く。
「ハイペリオン様!!」
要塞の魔族達が一斉に飛び立つが、何もかも手遅れだった。
『フェイオーン…』
『はっ』
ゼーガの声に反応した飛翔竜が、翼を振るう。
緑色に輝く無数の羽根が、闇の牢獄を刺し貫いた。
「があああああああああぁっ!!」
牢獄の闇が薄れ、無惨な魔王の姿が露になった。ぼたぼたと落ちる鮮血を、ゼーガは舌を鳴らして美味そうに飲み干す。
『ククク…魔王の血は格別よのう。……少々、糞尿の味も混じっておるがな』
ウオオオオオオオオオオオオオオ!
憤死するほどの怒りに震えて、魔族達が吼える。
移動要塞から統制のない砲撃が乱れ飛び、戦場から上官の姿が消えた。
『凶魔兵の末裔どもよ。人間どもを殺し、奪い、混沌を生み続けるがいい…。我が末裔――万能兵装竜種どもが貴様等を喰らい、破壊し、憎しみを煽り立てよう。世界に憎悪と絶望と混沌を、飽くなき魂の咆哮を響かせよ!クカカカカカカカカカカカーッ!!』
ゼーガアアアアアアアアアアッ!!
砲撃の合間を抜け、上級魔族達が主の仇を討たんとゼーガに群がる。
魔導砲の攻撃は、無に誘いし闇の鎌によって無効化され、輝ける神殺しの槍の直撃を受けて移動要塞が沈んでいく。死を賭した上級魔族の中に幾人もの凶魔兵が生まれ、八つ裂きにされるまで戦った。
先の戦いを凌ぐ凄惨な光景に、さしもの竜達が色を無くし、そして…怒りに震えた。命を懸けた戦いを穢され、仲間の仇を討つ機会を失った。竜達は再度、始祖ゼーガを討つことを固く心に誓う。
真なる万能兵装竜種ゼーガは全てのドラゴンの始祖であり、全てのドラゴンの仇でもある。
滅ぼされた絶滅竜種たちの血は、現代のドラゴンの身体に脈々と受け継がれているのだから…。




