帰還
5体の外来生物達は帰還の意思を示した。戻って同胞達に事の次第を説明し、新たな世界を探さなければならないのだ。彩も彼らの前途を憂え、親身になって彼らを送り出そうとした。だが、何か忘れてしまっているような気がする。
「あ、優二だ!」
彩は異形の生物の生と死を瞬間に経験し、記憶の混乱が甚だしかった。そのため、優二の存在をすっかりと忘れてしまっていたのだ。
優二は相変わらず無表情で目を開けたまま意識が戻らないでいる。戦う理由が無ければ彩と優二も元の世界に還ることになるのだろうが、まさかこのまま戻るわけにもいかない。光の意識体は、時間を掛ければ戻せるかもしれない、と言った。しかし、彼らの進化は加速し、もうこの世界にいられる猶予は残されていないようであった。
と、それを察した異形の生物達は、優二の回復措置をとり始めた。
温かい思念が優二に注がれているのが彩にも分かった。生々しく蘇った優二の怒り、憎しみ、悲しみなどが、徐々に記憶の底へと封じ込められていく。全ての記憶が本来あるべき所定の場所へ納まった時、優二は意識を取り戻した。自分は一体何をしていたのか。全く状況が把握出来なかった。目の前には自分を覗き込んでいる彩の顔があった。顔を横に向けると、そこには驚くほどの近さに敵の姿があった。
優二は跳ね起きた。敵を斃さねばならない。闘争心が復活し、血が沸き返った。が、今にも敵に踊りかからんとする優二を、彩の手が止めた。
「もう戦いは終わったの。彼らと戦う必要はないのよ」
彩の諭すような物言いは彼女に似ず柔らかくて優しかった。
「俺は一体どうしてたんだ。何で敵がいる?」
「優二が意識を失っている間に、彼らとは和解したの。だからもう戦わなくていいの」
優二は驚いて目を白黒させていた。彩から名前で呼ばれるなんて思ってもいなかったのだ。戦いが終わったこと以上に、優二にとってはそのことの方が衝撃だった。
「そうか、俺、失神してたんだな。深くて真っ暗な闇に呑み込まれていたような気がする。そしたら突然、温かい光のようなものを感じたんだ。それで目が覚めた」
「全然意識が戻らなくて、もうこのまま死んじゃうかと思ったんだから。あたしのキスで目が覚めたのよ。高いんだからね」
「えっ、マジ? ってか、高いって何なんだよ」
優二は狼狽した。まさかそんなことはないと思うが、何しろ自分は意識がなかったのだから、とりあえずは彩の言うことを信じるしかない。もし本当なら、彩は命の恩人ということになる。だが、優二には彩が本当のことを言っているとは俄かに信じ難かった。その証拠に、彩は腹を抱えて笑っていた。
二人に別れを告げる思念が届いた。5体の生物達はこの世界から移動するらしい。現れた時のように段々と輪郭がぼやけてきて、徐々に別の空間へと消えて行った。優二には詳しいことは何一つ分からなかったが、彩とともに彼らを見送った。彩は彼らに優しい思念を送り続けていた。彩にとって彼らは、異世界での友人達であり、同胞でもあったのだ。彩は微笑を浮かべていたが、その目には涙が薄っすらと光っていた。優二はそれを怪訝そうに見ていた。
〈さぁ、あなたがたも元の世界に戻る時が近付いています。お帰りの用意を〉
優二は仰天した。今まで利用するだけ利用しておいて、最後に用無しになったらこんなにあっさり追い出しに掛かる。こんな暴挙が許されるものだろうか? 少なくとも優二と彩の二人はこの世界の住人の利益のために十分な働きをしたはずである。どれだけ感謝されても足りないくらいなものではないのか。
「さっ、早くしないと帰れなくなっちゃうよ。行こ」
「行くってオイ、何なんだ、これで全て終りなのか? ただ戻るのか?」
「この世界が閉じてしまったら、もう帰ることは出来ないんだって」
彩はある程度事情も分かって、今は淡々としている。この世界に未練はないし、特別やり残したことも無い。優二は無事に意識が戻ったし、後は元の世界に帰ればそれで終りだ。仮にこの世界に居続けたいと思っても、優二と今までのような日々を過ごしたいと思ったとしても、その想いは決して叶うことは無い。選択肢が無い分、いっそサバサバした気分であった。
一方、事情をよく呑み込めてない優二はどこか釈然としない。戦いの決着も曖昧なままだし、この世界の住人達からも何の感謝の言葉も貰っていない。一体自分はこの世界に呼ばれて何を為したのか? どれもこれもが中途半端で、およそ達成感のようなものは感じられなかった。本当にこれで終りなのか、と思うと、どこか薄ら寒いような感覚に陥った。どうやら事態は収拾し全ては収まるべくして収まったかのようだ。果たして本当にこれで良かったのだろうか。果たしてハッピーエンドなのか。
〈ユージさん、ありがとうございます〉
光の意識体ははじめて礼らしいことを口にした。
〈あなた方のお陰で、我々はこの世界と全き一つの存在として在ることが出来ます。お二人の傭兵としてのご助力が無ければ、我々は進化の途中で滅亡を迎えていたかも知れません。あなたがたの御偉功は我々の中でいつまでも光り輝くことでしょう〉
とりあえず良かった事にしよう。ここでの経験が自分にとってどのような意味を持つものなのか、それは優二にもいまだに分からなかったが、思い返してみればそんなに悪いもんでもなかった。無事に元の世界に戻れて、娘とも再会する事が叶うのだ。これ以上を望んでみても詮無いことだ。
二人の目の前に二つの黒い玉が現れた。二人別々に転送されるらしい。
「ちょっ、もう戻るようなのかい」
「そうね、お疲れ様でした」
彩の返答はさっぱりし過ぎていて味気無かった。
「連絡先教えてよ、携帯の番号は……」
「ダメダメ、もうとっくに充電切れてるし。またきっと会えるって。バイバイ、またね」
彩はそう言って手を振りながら黒い玉の中へ消えて行った。優二はその姿を呆然と見送った。あまりにも呆気無さ過ぎて全身の力が抜けていくようだった。
「ちぇっ、何なんだよ、畜生」
優二は不貞腐れた面持ちで黒玉の中へ吸い込まれて行った。




