救出
彩は戦場へと移動していた。50メートルほど先に敵に囲まれた優二の姿が見える。うつ伏せに突っ伏しており、両手はだらりと力無く地面に投げ出されていた。動いている様子は全くうかがうことが出来ない。その生死さえも判断しかねるような状態である。それは寒気がするほどに危険な雰囲気を醸し出していた。全ては終わっているのかもしれない。そんな予感に身震いがした。そんなはずはない、絶対にまだ生きている。
彩は覚悟を決めて敵軍に突っ込んで行った。すると、彩と優二の直線上にいた敵が左右に散開し、優二への包囲を解いた。立ちはだかれば蹴散らすつもりであったが、優二に至るまでの間に敵はいなくなった。今は敵との交戦よりも優二の安否の方が重大である。彩は優二の元へ急いだ。
敵軍からは強い敵意のようなものは感じなかった。精神攻撃を仕掛けてくる様子もない。だが、どちらにしても彩には敵の出方をうかがう余裕さえなかった。優二はうつ伏せで顔を横に向けていた。目は見開いたまま、全くの無表情であった。
「しっかりしろ! どうしたんだ、おい! おっさん!」
彩は優二を揺さぶったり頬を叩いたりしたが、何の反応も返ってこなかった。が、呼吸はしていたし、体もまだ温かい。どうやら脈も正常のようだ。とりあえず命はとりとめているように思える。
「おい、どうしたんだよぉ。大丈夫って言ったろ、俺は大丈夫って」
大声で呼び掛ける彩の声は、いつしか涙声になっていた。
「優二、死ぬなぁ。目ぇ覚ませよ、おいったらぁ」
二人を包囲していた敵軍は完全に動きを止めていた。微動だにせずただじっと成行きを見守っているようだった。彩は自分達を取り囲んでいる敵の群れを無言で睨み付けた。悪態をついても通じないことは分かっていた。だが、多少の理解力があれば、それが彩の無言の抗議であろうことは理解出来たかも知れない。
彩の抗議が通じたか否かはわからないが、敵は戦闘を開始する素振りさえ見せずに外側から徐々に撤退をはじめていた。輪郭が徐々にぼやけていき、やがて異空間へと消えて行った。そして気がつけば彩と優二だけがその場に取り残されていた。
「何やってんのよ! はやく移動してよ!」
彩は光相手に癇癪を起こす。二人の頭上に黒玉が出現し、そのまま降下して二人を包み込んだ。
次の瞬間、二人は拠点としている丘の上に現れたが、事態は何ら変化していなかった。依然として優二は目を開けたまま昏睡状態であり、彩にはそんな優二にしてやれることは何一つなかった。優二の意識はこのまま二度と戻らないのであろうか。だとしたら、優二は一体何のためにこんな場所に連れて来られなければならなかったのだろうか。そう思うと、自分のことよりも、優二が不憫でならなくなった。
「あんた達のために優二はこんな目に遭ってんのよ! あんたら、何とかしなさいよ」
それはまさに正論であった。優二も彩も、この世界の意識体の要請に応じて闘ってはいたが、それは全くの“善意”から出ていることであった。本来なら闘わなくてもいいし、やるかわりはフォローやケアは万全であるべきであろう。
最初は自分達の物理的な攻撃に手も足も出ない敵と戦う仕事を、遊び半分で引き受けていた。その時はまさかこんな事態になるとは思ってもみなかったのだ。今、この世界に彩と同じタイプの生命体は優二だけであり、彼がいなくなれば彩はこの世界でただ一人の異邦人となってしまう。それまでは意識していなかった心細さが彩を襲う。
「どうして優二の意識は戻らないの? 何か戻す方法があるんでしょ、何とかしてよ!」
〈意識をもどせるかどうかやってみないと分かりませんが……〉
「すぐに何とかしなさいよ!」
〈いや、おそらく時間は掛かってしまうと思うのですが。とにかくやれるだけやってみます〉
光の意識体からは頼りない返事しか返って来なかった。高度な知性体であるはずなのだが、技術が特化していて偏ってしまっているらしい。何を基準に出来ることと出来ないことの違いがあるのかは、彩の知るところではない。
そんな彼らにも優二への謝意や謝罪の気持ちがあるのだろう。すぐに優二の復活に向けて行動を起こそうとしているようだ。もっとも、彼らにとって優二が有用な傭兵である、ということもあるが。
だがその時、光の意識体はまたしても敵の侵入を感知していた。
〈アヤさん、また敵が侵入しました〉
「そんなの知らないわよ! 優二だってまだ意識が戻らないのに!」
光は彩の出動を懇願するが、彩は全く取り合わなかった。もう戦いなど真っ平だ。目の前に抜け殻のように横たわっている優二の姿は、本来自分が辿るべき姿だったのだ。自分が戦いを拒否したために、自分の身代わりになって優二が廃人のようになってしまったのだ。
「あんた達で勝手に戦えばいいんだわ! もうあたしも優二も戦わない! はやく戻してよ、優二を元に戻して!」
彩が戦ってくれなければ自分達に危機がおとずれる。はやく優二の意識を戻せと言われても、すぐにどうこう出来そうにない。光の意識体は困惑して押し黙るばかりだ。
彩は半泣きの状態で優二にすがって伏している。到底戦えるような状態ではなかった。その間にも敵の侵攻は続いている。
〈出現ポイントの敵が移動を始めました。敵の数は5体、まもなくこの正面に出ます〉
彩の目の前で敵が実体化し始めていた。しかも驚くほどの近さであった。数メートル先の空間に黒い塊が次々とその姿を現している。彩に戦う気はまるで無かったが、攻め込まれたら応戦するしかない。優二が握りっぱなしの木の棒を、彩は指をそっと開かせて受け取った。




