二刀流
目覚めた、というよりは“意識が戻った”と言う方が正確かも知れない。
全く酷い目に遭わされたものだ。物理的な攻撃は一切受けておらず、身体も極めて健康な状態なのだが、脳に直接はたらきかけて恐怖を喚起するという攻撃にはほとほと参った。事前に精神攻撃には気を付けるように注意をされてはいたが、あんな攻撃に対して何をどう注意すれば良いと言うのか?
優二は寝転んだまま、また瞼を閉じた。そして次の攻撃への対処を考えた。
優二と彩は敵の攻撃を辛うじて退けたが、その攻撃がかなり有効であったことは敵も気付いているはずである。だとしたらおそらく次回も同じ攻撃を仕掛けてくるだろう。果たしてその攻撃に対して、なんらかの対処法があるであろうか。
しばらく考えてみたが、その答えは“対処法無し”であった。今のところ、彩と優二には敵の精神攻撃を防御する手立てはない。では次の戦いも前回の戦いをそのままなぞるようなことになってしまうのだろうか。
否、と思う。優二は今回の戦いで精神攻撃のなんたるか、恐怖のなんたるかをある程度理解出来たはずだと思った。そして次回の戦いでは、恐怖を感じつつもそれを圧し殺して前回よりも有利に戦いを運べると確信していた。脳に直接与えられた恐怖心は結局“原因のない結果”でしかない。つまり対象を持たず、いきなり結果としての“恐怖”を味わったということだ。そこには全く命の危険は無い。遊園地に行ってお化け屋敷に入ってもそこに本物のお化けがいないように、バンジージャンプを跳んでも決して地面には叩き付けられず、それどころか怪我一つしないのと一緒である。根拠のない恐怖に打ち克つには、理性と、そして“慣れ”が必要だ。一度ではあるが、彩も優二もそれを経験した。それによってある程度の耐性が生じていると考えても不思議ではない。
次に敵が襲来した時、その時も自分は逃げずに戦う。どこまで耐えられるか分からないし、また彩に醜態を晒してしまうかも知れないが、それでも自分はやらなければ、と思う。この世界にとって自分は“彩のサポート”という位置付けで存在しているのかも知れないが、そんなこと知ったことか。自分はこの世界の救世主として奉られるほどの偉業を成し遂げてみせる。もちろんそれが自分のための自己満足と、彩へのアピールにしかなり得ないのは十分承知している。それでも、そういう自分になりたかった。そこに自分の生きる意味を求めたかった。
よし、と決意を新たに目を見開くと、上から彩が覗きこんでいた。
「あ、良かった。生きてるみたい」
「あのくらいで死ぬかよ」
そう強がってはみたものの、かなり危険な状態だったのも確かである。優二はゆっくりと上体を起こして座りなおした。彩はそのままひざを曲げて座りこむ。
「今度あいつら出てきたらどうする? もう遠慮させてもらう?」
今回は彩も酷い目に遭った。優二が闘いを放棄すればこれ幸いとそれを口実にして自分も拒否するつもりなのだ。ただでさえ割に合わない仕事なのに、こんな思いまでして更に独りでなんてやる気にはならない。彩が望むのは優二の戦闘放棄だ。が、
「いや、借りは返さないとな」
「えっ、まだやるの? 今度は死んじゃうかもよ。何か勝てる名案でもあるの」
「相手の出方は分かった。後は頑張って耐えるしかない」
「何それ? 頑張るとか耐えるとか。そんなの作戦でも何でもねぇじゃん」
彩は最初から戦闘拒否するつもりだったから、優二の方針が気に入らない。あれだけ酷い目に遭わされておいて、どうしてまた闘おうなんて思えるのか。まさか二人なら勝てるとかバカなことを考えているのでは。冗談はよしてくれ、と思う。
「とりあえず俺が一人で試してみるよ、多分大丈夫だと思うんだ。彩さんはここで待機しててくれ。俺に何かあった時は頼むよ」
「頼むって何よ、どうすればいいのよ」
「分からないけどさ、そこは彩さんの判断でどうにでもしてくれ」
「何だそれ」
脳に恐怖を感じさせる攻撃は、彩も苦しめられて十分その脅威は理解している。そしておそらく、優二は彩以上の苦痛を味わったであろう。それが分かっているだけに、優二を一人で戦わせるのは気が引けたが、だからと言って当初の予定を変更して優二と一緒に戦い、またあの苦痛を味わわされるのは御免蒙りたいものだ。
「分かった。じゃあ一人で戦うんだね。あたし応援してる」
「ああ、宜しく頼む」
要は優二一人で勝手にやってくれ、ということなのだが、まぁ一応チームの連携という体は成している。
〈彩さんも戦って下さい、お願いします〉
光の意識体が懇願する。やはり優二ではこの戦いを征することは出来ないと考えてるらしい。
「イイじゃない。本人が一人でやるって言ってるんだし。大体、あんな目に合えば誰だって二度とやりたいとは思わないでしょ。おぢさんに感謝しなさいよ」
彩は優二をダシにしつつ、自分が参戦しないことの正当性を訴えた。あれほどの酷い目に遭わされて、なおも一人で闘おうとする優二に対して若干の引け目は感じたが、どう考えても彩には参戦する義理は無いのだ。精神攻撃を受けるまではその行為は戦闘ではなく“作業”であった。しかし今は違う。物理的な攻撃は無いが、それ以上に深刻な打撃を心に負う“戦い”となったのだ。はじめは物珍しさと勢いで傭兵仕事を請け負ってはみたが、今は全く事情が違う。
と、またしても彼らのいる空間がざわめきだした。早くも次の攻撃が始まったらしい。
〈また大軍で押し寄せています。ユージさん、お願い出来ますか〉
「よし、やってやる」
黒玉が優二の前に現れ、瞬時に膨張を始めた。優二は木の根方に立て掛けてある聖剣“ノートゥング”を両手に一本づつ握った。
「とりあえず二本とも持って行く。こっちが危なそうだったら戻ってくるから」
多少の不安はあったが、前回の戦いの内容を考えると木の棒は二本とも持っていった方が良さそうだ。苦しみながらも、それだけ短時間で敵を掃討することが出来るだろう。勢いに乗ればまたすぐに撤退するかも知れないし、闘っている最中に敵の攻撃を封じ込める方法が見つかるかも知れない。
いささか甘い考えではあったが、何とかなるという漠然とした自信があった。前回の攻撃以前での圧勝の記憶が、彼にそんな単純な希望的観測を抱かせたのかも知れない。
精神攻撃の苦痛を知っている彩は、不安そうに優二を見詰めていた。
「ヤバそうだったら戻って来なよ」
「ああ、行って来る」
優二は二本の聖剣とともに黒玉の中に吸い込まれて行った。




