戦士の休息
それは全く無様な戦闘であった。フラフラとよろけながら、手にした棒の届く範囲の敵に、次々と一撃を加えていくのだが、恐怖に身体は縮こまり、動きは小さかった。それでも確実に敵を斃してはいた。実感は全く涌いてこないのだが、状況としては優二と彩が圧している感じだ。徐々に敵軍は後退を続け、どうやら彼らを送り出した空間に撤退をはじめた者もいるらしい。そのお陰で敵兵の数は急速に減じていった。
二人とも肩を落とし、前屈みの状態で木の棒を振り回し続ける。その動きは機械的で、精神は恐怖を抑え込む方に費やされていた。自分の中にある恐怖と必死になって闘い、その余力で身体を動かしているような調子だ。物理的な敵を相手に戦っているというような感覚は無い。
顔を上げて、敵軍の最後尾の方まで見渡すと、黒い影が吸い込まれるように次々と消えていくのが見えた。敵が消えていくのと恐怖心が薄らいでいくのは比例していた。戦う前はあれほど早かった動悸も平常に戻りつつあり、息切れ、眩暈も徐々になくなっていった。段々と身体に生気が戻ってきた。これならもう左程精神攻撃を意識せずに戦える、というくらいに回復した時、敵兵の姿はほとんどなくなっていた。目の前に残っている僅かな敵が殿ということだろう。身を挺して撤退を支援したのだ。彼らの使命は終わり掛けている。彼らにはもう戦闘の意思はない。が、だからと言って彼らが消えていくのを黙って見送るわけにもいかなかった。止むを得ない。一体でも多く斃しておいた方が後の戦いがし易くなる。ただでさえ今回は想像もしなかったような攻撃に晒されて、敵に弱みを披瀝してしまったのだ。
恐怖はなくなったが、精神的な打撃は引き続き二人を苛んだ。後は取り残された殿兵を殲滅するだけなのだが、それさえ覚束ない。彼らが見る間に敵兵は次々と異空間に消えていく。それでもよろよろとよろけながら、一体でも多くと棒を振り回し続けた。
最後の敵を斃すと、優二は言葉もなくその場にへたり込んだ。こんなはずではなかった、という思いで意気消沈してしまっている。前回、前々回の戦い以上に有利に戦況が推移するものと多寡を括っていたのが、まさかの苦戦を強いられてしまった。もちろん、この予想外の攻撃によって打撃を受けてしまったことに対して、優二にも彩にも何ら責任はない。が、攻撃の内容が内容だけに、心に受けた傷は思いのほか深いようであった。
撃退したとは言え晴れやかな気持ちになれないのは彩とて同じである。彩は手にした木の棒を杖代わりにして辛うじて立っていたが、実際にはその場に大の字になって寝てしまいたい衝動に駆られていた。精神攻撃による心の傷は優二ほどは深くないだろうが、それでも大変な消耗であったことは確かである。このような恐怖を味わったのは初めてのことであるし、その恐怖心に逆らって何事かを成し遂げようとしたことももちろん初めてのことである。ただ、今はその達成感に浸れるような状況ではなかった。肉体以上に、精神的な疲労により、彼女は眠気を感じていた。
〈お疲れ様です。すぐに戻りますか?〉
光の意識体はいとも軽く言い放った。この状態で“お疲れ”はないだろう。確かに他に言い様が見つからないのかも知れないが。優二は抗議したかったが、まだまともに言葉が出て来なかった。
「待ってよ、まだ動けないって。あたし達見て分かんない?」
彩も多少ムッとしたらしい。光の点でしかないものがどれほど自分達の状況を見て理解出来るかはちょっと疑問ではあるけれど、心情としてはまさに彩の言う通りである。
大体、これはこの世界の住人である光の知性体のための代理戦争である。しかも彩も優二も全くメリットがないのだ。雇われ兵とは言っても、金で繫がってるわけでも情で繫がってるわけでもない。そんな状態なのに、更にこんな不条理な目に遭わされた上に軽い感じで“お疲れ様です”等と他人事みたいに言われたら、それは誰だって頭にくるだろう。二人のそんな不満を、光もいくらかは感じ取れているようではある。
〈すいません、感謝の気持ちを表したいのですが……。我々のためにありがとうございます。助かります〉
それがやっとらしいが、ほとんど無理矢理戦争させられている身にとって“我々のために”という言葉もどこか勘に触った。が、相手は自分達とは違うカタチの知性体である。こんなことを議論したところで、何か生産性のある結論が出るようにも思えなかった。
「とにかくゆっくり休みたいの。あたし達動けないからさ、黒玉動かして移動してくれない?」
〈結構ですよ〉
と、次の瞬間、彩の目の前に黒玉が現れ、膨張したかと思う間に彩を包み込んだ。彩が消えると、今度は優二の方へ移動していく。四つん這いのまま肩で息をしている優二の姿が、黒玉にすっぽりと包まれると、その場から黒玉は消失した。
二人は消えた時と同じ姿勢で、拠点である丘の上に姿を現した。
優二は立っている彩に正対するかたちで、四つん這いのまま現れた。精神的疲労が激しく、今もまだ動けないでいる。木の棒を杖代わりにして辛うじて立っていた彩は、戻った安堵で気が抜けたらしく、そのまま座り込み倒れるように寝た。
「彩さん、パンツ見えちゃうぞ」
「見るな、バカ!」
優二はそのまま身体を倒して大の字に寝転び、天を仰いだ。徐々に意識が遠のいていく。いつしか二人とも深い眠りに落ちていた。




