存在理由
平穏な日々は続いている。敵が襲撃してくる気配は一向に感じなかった。こうしている間にも自分の人生は着々と終りに近付いている。何も遣り甲斐は無く、ただ番犬のようにこの世界の住人に留め置かれている存在。それが優二と彩の現在の状態であった。
自分はまだいい、と優二は思う。彩はまだ高校二年生だ。過ぎ行く時間は宝石のように貴重だ。こんな場所で甲斐の無い毎日をおくらせるのはあまりにも酷である。ここでの経験は何らかのプラスにはなるかも知れないが、明らかに損失の方が大きいと思う。何とか彩だけでも元の世界に還らせることは出来ないものか。最近の優二はそんなことを考えるようになっていた。
「彩さん、そろそろ家が恋しいだろう。帰りたいかい?」
木の根方に寄り掛かって座っている彩に、優二が訊ねる。
「別にそんなに帰りたいわけじゃないけどさ。そろそろ厭きるよね、ここ」
それはそうだろう。正確には過ぎ去った時間の長さは測り兼ねるが、随分何もしない日々が続いているような気がする。やることと言ったら、気が向いた時に散歩して、後はこの丘の上で寝たり何か考えたり、毎日がその繰り返しだ。子供なら石投げでもかくれんぼでもして遊ぶかも知れないが、残念ながら二人ともそんな年頃でもない。
「なぁ、彩さんだけでも還せないかね。例えば一時的にでもさ」
〈それでは突然襲撃された時に間に合いません。申し訳ないんですが、もうしばらく辛抱してもらえませんでしょうか〉
ここの住人である光の意識体が申し訳なさそうに応える。
「ヤダ、って言ったってダメなんでしょ。イイよ、まだ暫らくいるから」
彩は意外なほどさっぱりと受け入れる。どこか悟っているようにも見えた。
「あの敵相手だったら俺一人でもかまわないんじゃないのか。なぜそう彩さんにこだわる?」
〈それはユージさんがお年を召してらっしゃるからです〉
意外な答が返ってきた。まさか傭兵の働き口で年齢差別されるとは思ってもみなかった。むしろ女子高校生よりも働き盛りの中年の方が向いている職業じゃないのか。
「おぢさんはダメなんだってさ。あたしみたいに若くてピチピチしてないと」
彩は腹を抱えて笑っていた。まさかそんな理由だと思っていなかったのは彩も一緒だった。
「ちょっと待ってくれよ、この世界での基準ってのは分からないけどさ。俺はおっさんっていってもまだ42歳だぜ、まだまだそのへんの女子高生に負けるような年寄りじゃない」
「そのへんの女子高生って何よ」
〈いえ、体力的なことじゃないんです。おそらく人生経験が長いユージさんの方がアヤさんよりも精神攻撃に弱いのです。敵はおそらくお二方の精神に干渉するかたちで攻撃する技術を開発するでしょう。その時にはアヤさんの方が有利に戦えるはずなんです〉
理由は良くわからなかったが、年齢が若い方が精神攻撃が効きづらいらしい。とりあえずそれで納得するしかなさそうだ。実際のところ、実戦での頭痛攻撃とかもほとんど打撃を受けていないような状態だったので、そう言われてもあまり実感が涌かなかった。
「そうかい。そうするといずれ彩さんがメインで戦わなくちゃいけない場面が出てくるってわけだな。大丈夫かい?」
「大丈夫も何も、やらなきゃいけないんでしょ? いいわよ、やったげる」
彩は最近超然としている。どこか悟り澄ましているようで掴みどころがない。単調な毎日の連続で神経が麻痺しかかってるのかも知れない。彩のためにも早くこの現状を打破したいものだが、結局は光の意識体の進化次第ということになってしまっている。進化は順調に加速しているということだが、それがあとどのくらいかは彼らにも分からないようであった。
何もしない日々は辛い。優二は決して好戦的ではなかったが、こうなってくると敵の襲来が待ち遠しくなってきてしまう。何らかの変化がないと時間の中に没してしまいそうだ。戦うと戦わざるとに関わらず、いずれ時がくれば彼ら二人は解放されるのだが、今はむしろ何かしらのイベントが必要だと思われた。せっかく造った聖剣も全く使わず仕舞いだ。
世界は平和が一番だ。戦争などない方が良いに決まっている。元いた世界ではそれは当然のこととして考えていた。わざわざ争いを望むような人間がこの世にいるはずがない。それはもう、人間の世界では常識として捉えられていた。しかし、自分が圧倒的に優位な立場に立ち、しかも武器も所持し、更に己の存在意義を見失いそうな危機に立たされた時、それが平和な日常を破壊してしまうものであったとしても、自ら進んで抗争を望んでしまう。どうやら人間とはその程度のものらしい。
否、自分が望んでいるのは“変化”であって、それは必ずしも“抗争”である必要はない。たまたまこの世界で望まれる変化が“争い”であっただけの話だ。人間はそんなに愚かなものではない、と信じたかった。それは光の意識体によって“下等な知性体”と判定されてしまったことへの反発心であるのかも知れなかった。
「あーあ、あいつら早く来ないかなぁ。今度こそ思い切りやっつけてやるのに」
彩はそう言って欠伸をする。
「彩さんは敵と戦いたいのかい?」
「だってヒマじゃん。大体、戦うために呼ばれたんだし」
それは確かに彩の言う通りだった。自分達二人は傭兵としてこの世界の知性体に呼ばれたのだ。戦うことで自分達には何のメリットもないのだが、何かやらなければこの世界にいる意味が無い。他にやることがないから戦いを望んでしまうのだ。彩とて、戦争が好きなわけではない。
ただ、彩はそんな哲学的なことなど一切考えてはいなかった。ただ感覚だけで戦いを望んでいる。綺麗事を並べてみてもこれが現実だ。彩のように思った通り、自分が望む通りに思考して行動するのが正しいのかもしれなかった。
と、その時、周りの空気がざわめいた。どうやら敵襲らしい。
〈遠方に大軍が出現したようです。ご用意下さい〉
「用意ってったって棒一本だ、すぐ行こう」
「やっとお仕事出来る。少しは体動かさないとね」
彩も聖剣を持って立ち上がった。優二は先ほどまでの雑念を追い払い、戦うことだけ考えることにした。
二人は黒い玉の中に吸い込まれて行った。




