彷徨
優二は元いた木の根元に再び座り込み、首をうなだれた。
「何だよ、俺が悪いのかよ……」
〈アヤさんは同胞が見守りますのでご心配なく〉
「わかった。しばらく一人にしてくれないか。さっきも言ったけど、俺は君らに協力はするからさ」
〈ありがとうございます。ごゆっくりお休み下さい〉
どこへどう消えたのかは定かではなかったが、付近から光の気配が消えた。
優二は自分の娘を真面目でしっかりしてると言った。彩に対してお前とは違うんだ、と。確かに彩の言う通りだ。だが悪気があったわけじゃない。どうしたって身内を贔屓目で見てしまうものだが、彩にもまた別の良いところがあるに違いない。それを否定しようとは全く思ってもいないことだ。もちろん優二は彩が子供の頃から抱えているコンプレックスについてなど知るよしもない。それは特に彼が責められるような話しではない。だが今はそんなことは露ほどの言い訳にもならなかった。現実として彩がヘソを曲げてどこかへ去ってしまった。問題はこの後どうするかだ。
この世界で、実体を持った人間は彩と優二の二人だけだ。いずれ頭を冷やして戻って来るかも知れない。或いは光から宥められて謝りに来るかも知れない。戦いがいつまで続くか分からないけど、仲直りする前に戦いが終わって、二人別々に元の世界に戻されるかも知れない。そうなったらもう二度と会うこともないだろう。所詮行きずりの関係だ。別に嫌われたって仲直り出来なくたってそんなに問題じゃない。俺はここの住人達の期待に応えて戦い、区切りが付けばいずれはここを去る身だ。自分を偽ることも自分を飾ることも、ましてや他人のご機嫌をとることも必要ではない。ただありのままの自分でいればいいんだ。傷つけたとか傷付いたとか、そんな煩わしいことに思い悩む必要なんてこれっぽっちもありはしない。
「でも、なんか面白くねーな」
何度振り払おうとしても、振り返った時の彩の涙が脳裏にこびりついて離れない。
からかわれたり、不機嫌に当り散らされるのは別に構わない。ただ、泣かせてしまったことへの罪悪感は彼の心を曇らせる。どうにもスッキリしない。が、とりあえず何をすればいいかは思いつかない。
優二は一度、彩の事を考えるのを止めることにした。いくら考えても良い案は浮びそうもない。だったらもっと建設的な、これからの戦闘について何か良い考えが浮ばないものかと思った。初戦に於いては、無くなった指を隠すために着用していた革グローヴが非常に役に立った。全くの偶然だったが、コレを持ってきた事はかなりラッキーであった。だが、それ以外でこの世界において役に立ちそうなものは一切持ってきていない。こんな事になるのが分かっていたら事前に色々と用意出来たろうと、残念に思われてならない。
何かこの世界で調達出来るような武器は無いか、と周りを見渡すが、一面野原だ。先程の戦闘で見せたような、丈の高い草はどこにでもありそうだが、もう少ししっかりした武器が欲しい。と、自分が寄り掛かっている木を仰いだ。
「この木の枝なんか、良い武器になるんじゃないのか」
優二は幹に足を掛け、梢に手を伸ばした。
彩は起伏に富んだ草原を歩き続けていた。ところどころに低木が生い茂り、大きめの石がゴロゴロと転がっている。単独行動に不安はあったのでひたすら真っ直ぐ進んだつもりであったが、緩やかではあるが起伏の多い斜面のため、優二がいた方向を完全に見失ってしまったようだ。後方上空を光の点が随行する。
彩はふと足を止め振り返った。
「付いて来ないでよ」
光は何の反応も示さずに中空に留まっていた。彩の意向を無視して監視を続ける気らしい。
「ふん」
おそらく罵ってものってこないだろうと思い、彩も光を無視して歩き続けることにした。が、そろそろ疲れた。まだ20分くらいしか歩いてないのだが。とりあえず立ち止まりしばらく考えていたが、とにかく一休みすることにして足元にある岩の一つに座り込んだ。
彩がここへ連れて来られた当初は、つまらない現実世界から逃避出来たことにむしろせいせいしていたくらいであった。余計な気を使う必要もないし、怠惰を咎める者もない。尤も、ここの住人である光達は、彩に戦いを懇願したが、従うかどうかの選択肢は決定的に彩の側にあった。気が向かなければいうことを聞く義務はないのだ。
誰も自分を束縛しないし、誰も自分を責めたりしない。彩はこの世界に紛れ込んだお陰で、やっと自分本来の安息を得たような気がしていたのだ。
その安息が優二によって破られた。
裏切られたわけではない。はじめからそんなに信用していたわけではないから。怒っているのではなかった。ただ、悲しかった。ここにも自分の居場所は無いんだ、と思った。こんな場所にまで、自分のことを否定する大人がいる。それが悲しい。どうすれば自分は世界に受け入れて貰えるんだろうか。どこに行けば自分の居場所が見つかるのか。
絶望的な気持ちになった。優二は自分のことを“不真面目でだらしない”と言った。正確に言えば自分の娘は彩と違い真面目でしっかりしている、と言ったのであって、冷静になって考えればそれは単なる揚げ足取りでしかないことは明白だった。優二に悪気があって言ったわけではないのも、彩は十分に承知している。更に言えば、彩が不真面目でだらしないというのは、決して間違ってるとは言えない。つまり優二の側には何ら落ち度がないのだ。
「でも…やっぱり嫌いだ!」
彩は両ひざを抱え込み、丸くなって泣いた。




