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夢のなかでもそっけない貴方に

掲載日:2026/09/15

「あー」

 公爵令息次男のレオニールは、学舎のへりに腰かけて間の抜けた声を出した。

「また始まった」

 隣で菓子を食べていたクロードが反対に立つディーンに目を向けた。

「主席様の知られざる姿だね」ディーンは苦笑する。

「みんなに見せちまえばいいんだよ」クロードはため息を吐いた。

「馬鹿野郎、見せられるわけないだろ」レオニールは首を振った。

 クロードとディーンの笑い声が響く。

「レオは目立つから、知られざるってほどでもないけどね」

「まあエレナさんと過ごしてるときのレオは、誰よりも情けねーもんな」

 レオニールは笑顔のふたりに対して、深刻そうな顔で下を向いた。

「……夢と現実が入れ替わったらいいのに」

「いや」ディーンが噴き出す。「そうしたら入れ替わった現実側がまた奥手になるだけでしょ」

「……たしかに、否定できないわ」レオニールは頭を抱えた。

「というか、夢の中では積極的に話せてるのかよ?」

 クロードの疑問に、レオニールは身体を硬直させて、口をぱくぱくと開いた。

「え、いや、それは」ひきつった表情でなんとか声を出すが、歯切れが悪い。

「あー、これは入れ替わっても意味ないわ」ディーンが片手を額に当てた。

「素直になっちまえばいいんだよ。エレナさんなら」

「わかってるよ」レオニールはクロードの言葉を遮った。「でも……やっぱり怖いよ」

 レオニールはため息を吐くと、顔を上げて空を見上げた。

 青空には大きな雲が浮かんでおり、陽の光を受けて白く光っているように見えた。

「あーあ、雲になりたい」

 クロードとディーンは顔を見合わせた。

「おい、こんなのが国政を担っていくのか?」

「亡命でも検討するか。雲みたいに他国に飛んで行って」

 ふたりの言葉に慌ててレオニールは声を上げた。

「逃がさねーぞ。仕事も恋路も一緒に頑張っていくんだよ」

「仕事のサポートは任せろ。だが恋路はおまえが頑張るんだよ。俺は知らん」

 クロードの言葉にディーンも「無理もないわ」と笑い声を上げた。

「そろそろ待ち合わせの場所に向かったほうがいいんじゃないか」

「そうだな……行ってくるよ」

 レオニールは足取り重く歩き出した。


「自己肯定感が低くておまけに恋愛が苦手って、エレナさんも大変だな」

 ディーンの言葉にクロードは頷いた。

「しかたねーよ、両親からお兄さんと比べられてばっかだったからな」

「そんなに酷かったのか」

「ああ、褒められてるところは見たことねー」

「しかも昔の婚約者には、跡取りになれないレオには興味がないって言われたんだっけ」

 クロードは再度うなずいた。

 ため息を吐きながら、菓子の包み紙をゴミ箱に投げ入れる。

「でもさっき言った通り、こればっかりはあいつが頑張るしかねーよ」

「そうだな、背中を押すことしかできないよな」


 ――――――――――――――


 昼下がり、食堂から出てきたエレナとレオニールは、学舎に向かって歩いていた。

「レオ様」

 エレナは精いっぱいの笑顔をレオニールに向けた。

「ん」

 レオニールの返事はそっけない。隣を歩くエレナに視線を向けるが、目が合うとすぐに顔を背けてしまう。

 エレナはくじけそうになる心を奮い立たせて、必死にレオニールに笑顔を向ける。

「レオ様は卒業したら王宮の政務院に進まれるんですよね」

「ああ、家は兄が継ぐから」

「レオ様ならきっと中心に立ってやっていけます」

「頑張るよ」レオニールは淡々と短く返した。

「わたしも力になれるように頑張りますね。今度、ミーア様たちとお茶会をするんですよ。淑女の特訓です」

「そうか、頑張ってね……あっ、じゃあ俺、次はこっちだから」

 レオニールは遠くに立つクロードやディーンの方を見て、足早に歩き出した。

「あ……」

 レオニールはエレナの方を一瞥もせずに、逃げるように歩いて行ってしまう。

 エレナは立ち止まってレオニールの背中を見送った。


 ――――――――――――――


 エレナは満天の星空の下を歩いていた。

 周りの景色から、学院にある庭園の中だとすぐに気づいた。

「どうしてこんな所にいるのかしら」

 呟きながら、ゆっくりと歩く。

「きれいだわ」

 歩みを止めて顔を上げると、星々が視界の中で光り輝いた。

 ふと、ここでお茶でも飲みながらゆっくりと座りたいと思うと、傍らでゴトリと音が鳴った。

 音の方に視線を向けると、豪奢なソファとテーブル、ティセットが置かれている。

「あら」

 ソファに触れてみると、心地よい弾力を指先に感じた。

 エレナは小さく微笑んだ。

「夢……? 庭園にソファなんてないのに」

 エレナはソファに腰を下ろしてティカップを手に取ると、頭上の星々に目を向けてため息を吐いた。

「レオ様と見れたらいいのに」

「呼んだか?」

「え」

 隣から聞こえた声に驚き、エレナはティカップを落としそうになる。

 カップを落とさないように両手で掴むと、その勢いで紅茶がこぼれてしまう。

「熱っ、くない?」

 しかし、紅茶がかかった手は乾いたままで、雫が落ちたスカートにもシミができていないようだった。

 おずおずと隣に目を向けると、いつものように視線を合わせてくれないレオニールが座っていた。

「まあ」

 エレナは声を漏らしながらスカートに触れてみるが、スカートが濡れた様子はない。

「ああ。夢ですね」

「そうだな、いつもの夢だと思う」

「いつもの?」エレナは首を傾げた。

「ああ」

 レオニールの返事にエレナは苦笑する。

「……夢でもそっけないんですね」

「ん」

「わたしが思い浮かべたら、ソファやティセットが現れました。いっしょに星がみたいと思ったあなたも……でも、クロード様やディーン様といるときのような笑顔を私には向けてはくれないのですね」

「そうか……いや、それは……」

 そう言ったきり口を閉ざしたレオニールは、無言で視線を上に向けた。

 エレナは息をついて、紅茶を口に運んだ。

 夜風がふたりの髪を撫でた。星々を眺めながらゆったりと座る時間は、とても心地よかった。

 それからしばらくの沈黙の後、レオニールが口を開く。

「その……俺は」

 瞬間、世界がまっしろな光に包まれた。


 ――――――――――――――


 エレナは薄く目を開けると、自室の天井が見えた。

「ああ」

 思わず布団を手繰り寄せて、顔を覆う。

 布団を顔に押し当てて、むーっと声にならない声を上げた。

 しばらくじたばたしていたが、やがて布団から紅潮した顔をのぞかせた。

「なんてことでしょう。あんな夢を見てしまうなんて」

 自分の言葉に恥ずかしくなり、再度布団を引き上げて顔を隠した。

 ふと、レオニールの「いつもの」という言葉が頭によぎった。

「そういえば、わたしも何回か見たことがあるかも……」

 そう言いかけて、エレナは首を振った。

「レオ様がわたしのことをいつも想ってるなんてひどい妄想だわ。夢であんなことを言わせてしまうなんて」

 それから朝食の時間になるまで、エレナはひとりベッドの上でじたばたともがいていた。


 ――――――――――――――


 その日の昼休み。エレナは友人のアイラやセリアと庭園を歩いていた。

「新作のパフェおいしかったね」

「新しいコックさんやり手だよね。次々に新メニューを出してくれて」

「そうね……でもこのままじゃピンチかも」セリアはため息交じりにお腹を押さえた。

「ダンスサークルの練習に参加する? わたしはたまに行くけど、かなり効くわよ」アイラは苦笑いしながら、セリアの肩を叩いた。

 エレナはふたりの話には入らず、きょろきょろと周りを見回していた。

「エレナちゃんどうしたの? 何かあった?」

 アイラから名前を呼ばれて、エレナははっと顔を向けた。

「いえ、やっぱりソファはありませんね」

「ソファ?」アイラが声を上げた。「庭園で?」

「疲れたの? 休憩しようか?」セリアが視線をベンチの方に向けた。

「いえ、昨日ここで……」

 エレナは言いかけると、顔を紅潮させて押し黙った。

「なに? 昨日ってレオニール様とランチの日だったよね」

「なにか面白そうだけど、ソファってどういうこと?」

「いや、夢で」

 アイラとセリアは顔を見合わせた。

「夢?」

「夢にレオニール様が出てきたの?」

 ふたりの追求に、エレナは慌てて手を顔の前に出した。

「い、いえ、庭園にソファがあって、そこに座って星を眺めただけです」

「レオニール様と?」

「ひ、ひとりです」

「なあんだ、つまんない」アイラが呆れたような声を出した。

「そうですよ。何の変哲もない夢です」

 エレナは胸に手を当てて、ほっと息をついた。

「でも、庭園で星を見るって、素敵な夢だよね」

 セリアが優しく微笑むと、エレナは頷いた。

「ええ、また見れるといいのだけれど」

 エレナは視線を少し上にあげながら、嬉しそうにはにかんだ。


 ――――――――――――――


 翌週のランチの日。

 エレナとレオニールは食堂のテーブルを挟んで座っていた。

 レオニールはエレナの方に視線を向けず、手元だけを見て静かに食事を摂っていた。

 食事が終わるとレオニールは席を立ち、ふたり分の食器を返却して、コーヒーと紅茶を手に戻ってきた。

「ありがとうございます」

 エレナはティカップを受け取って微笑んだ。

「いや」レオニールは下を向いて小さく首を振る。

「今日はこのあと、ダンスの授業です。わたしはあまり得意ではないですから……」

「あ、うん。頑張って」

「アイラはダンスがすごくて。ダンスサークルからもスカウトされているんです」

「ああ、一度見たことがあるよ」

「パーティなどでレオ様に恥をかかせないように、私も練習を重ねますね」

「そうか。ありがとう……その……」

 レオニールは最後まで言い切らずにコーヒーに口を付けた。

「レオ様はこの後は武術の授業ですよね。武術でも一番だなんてすごいです」

「いや」

「わたしは詳しくないですけど、剣技が一番得意なんですよね」

「うん、いや。俺なんてまだまだだよ……」

 気が付くと食堂は人が少なくなっていた。

「あ、そろそろ時間ですね」

「そうだね」

 レオニールは顔を上げると、ふたり分のカップを手に立ち上がった。

「あ、ありがとうございます」

「いや。それじゃあまた」


 ――――――――――――――


 エレナは顔を撫でる風の感触に目を開いた。

 ソファに座ったまま眠ってしまっていたようだ。

「あれ、部屋で寝たはずなのに……」

 ソファから身体を起こすと、そこは夜の庭園だった。

 顔を上げると空には星々が広がっている。

 エレナは立ち上がって、うーんと身体を伸ばした。

「また、あの夢かな?」

「そうみたいだね」

「わ」

 急に聞こえた声に振り返ると、ソファに座るレオニールの姿があった。

「びっくりしました」

「ごめん」

 レオニールは苦笑を漏らした。

「あら」

 エレナはソファに座るとレオニールの方に顔を向けた。

「夢だと表情豊かですね」

「夢だからね」

 そう言いながらも、レオニールはエレナから視線を逸らした。

 少しの間、エレナはレオニールの顔を見つめていたが、小さく息を漏らした。

「もう……夢でも現実と一緒です」

 エレナは呆れたように笑うと視線を空に向けた。

 空には星々が瞬いている。

 レオニールの横でやわらかなソファに座り、きれいな星々をぼうっと眺めていると、身体から疲れが抜けていくような気がした。

 しばらくそうしていると、レオニールが小さく声を出した。

「その……俺は剣技も好きだけど、体術が一番得意なんだ」

 エレナは口を半開きにして、レオニールの顔をまじまじと見つめた。

「えっと、どうしたの?」レオニールが困ったような表情を浮かべる。

「いえ、もっと聞かせてください」

「あ、うん。たしかに去年は武術で主席だったけど、実はクロードとディーンもすごくてね。それに騎士団長の息子、知ってる? あいつとも勝ったり負けたりなんだよ」

「そうなんですね。競い合える相手がいるのは素晴らしいですね」

「うん。俺は恵まれてるよ。きみだっていつも……」

「はい」

 エレナは続きを待つが、レオニールはそれきり黙り込んでしまう。

 エレナがレオニールの横顔を見つめていると、やがて周りの景色が白い光に包まれていく。


 ――――――――――――――

 

「あー」

 レオニールはクロードやディーンとともに庭園のベンチに座っていた。

「もう夢の報告はいいけど?」

 ディーンがからかうように笑った。

「そ、そうか?」

 レオニールは少しだけ落胆したような声を出した。

 クロードは苦笑しながらレオニールに視線を向ける。

「昨晩も見たのかよ?」

「ああ、昨日はいっぱい喋ったよ」レオニールは少しだけ胸を張るようにした。

 ディーンが噴き出す。「おお、これでいつ現実と夢が入れ替わっても大丈夫だ」

「ああ、先週とは違う」レオニールは頷く。

「あのなあ」クロードは呆れ声だ。「今朝すれ違ったときもおはよう以外何も言えなかったじゃねーか。夢でだけ話せても意味ねーぞ」

「う、それは、いきなり現れるから……」

 レオニールの情けない声に、ふたりはため息を吐いた。

「これからは廊下を歩くときは偵察する?」

「ディーンと俺が学舎内で? 変な噂になるわ」

「あはは、それもそうだな」

「結局はこいつが行動しようと思わなきゃ、俺らが何しても意味ねーよ」

 ふたりはレオニールに視線を向けた。

「う……面目ねー」レオニールはふたりに頭を下げた。

 その時、あたりに鐘の音が響く。

「あ、予鈴だ……」

 レオニールは肩を落として学舎に向けて歩き出した。

「ったく……エレナさんが不憫でしかたがねーよ。逃げてばっかじゃ愛想つかされるぞ」クロードはレオニールを追うように歩き出す。

「でもさ、多少話せるようになったって意味ないよな」

 ディーンの言葉にクロードは足を止めて振り向いた。

 クロードの顔を見ながら、ディーンが続ける。

「レオは別に口下手ってわけじゃないだろう。あいつの自己否定をぶっ壊さなきゃ、前に進めないんじゃないかな」

「くそ、もっと力になってやりてーよ」

「ああ……俺らも授業に遅れちゃうね。とりあえず急ごう」

「ああ」

 ふたりは小走りでレオニールの背中を追いかけた。

 

 ――――――――――――――

 

「いたっ」

 エレナは声を上げて手を引いた。

 紙で指を切ってしまい、じわりと血がにじんだ。

「エレナちゃん大丈夫?」

「大丈夫です……これは後からどんどん痛くなるやつですね」

 エレナは痛みをごまかそうと少しだけ早口になった。涙目で笑顔を作りながら、指先を手で包んだ。

「紙の怪我ってそうだよね。今日は乗馬とかダンスがないから……治療の道具を入れてたかな」

 アイラはカバンに手を伸ばした。

「あの、これ」

「え?」

 エレナが顔を上げると、救護用の布が差し出されていた。

 その向こうに、視線をさまよわせているレオニールの顔が見えた。

「レオ様、ありがとうございます」

「その……怪我、大丈夫?」

「はい! 今、痛くなくなりました」

 エレナの満面の笑みに、レオニールは小さく頷いた。

「今日はランチの日ですよね。迎えに来てくれたんですか?」

「ああ、そうなんだけど」レオニールはアイラや周りの女子の顔を見ると、踵を返した。「学舎の出口で待ってる」

 レオニールはそう言い残すと、小走りで教室から出ていった。

「おお」アイラは呆れ顔でレオニールの背中を見送った。「走って逃げることないのに」

「そうですね」エレナはアイラの言葉には同意しながらも、嬉しそうに微笑んだ。


 ――――――――――――――


 エレナは満天の星空の下、ソファに座っていた。


「またランチの日……」

 あれから毎週のランチの日の夜には決まって庭園の夢を見ていた。

 今までもランチの日が楽しみだったが、エレナにとって、より特別な日に変わっていた。

 

 しきりに周りを見回してレオニールの姿を探す。


「まだかしら」身体を回して後ろを見ながらそう呟くと、ソファに誰かが座ったような揺れを感じた。

「レオ様、こんばんは」

「ああ、こんばんは」

 一瞬だけふたりの視線が合うが、レオニールはすぐに上を向いてしまった。

「うふふ」

 エレナは笑いかけるが、レオニールは視線を合わせようとしてくれない。

 姿勢を動かさないレオニールに苦笑しながら、エレナはティカップを手に取った。


 それからふたりはいくつかの言葉を重ねた。

 会話は多いとはいえなかったが、ほとんど会話が続かない現実の時間と比べて、とても楽しい時間だった。


「それ」

 ふと、レオニールがエレナの手を指さした。

「ああ、お昼は布をありがとうございました」

「大丈夫? 痛くない?」

「うーん、大丈夫ですよ。むしろレオ様から心配してもらえて嬉しいくらいで」

「だめだよ」

 レオニールは少しだけ大きな声を出した。すぐに押し黙り、表情を隠すように顔をそむけた。

「きみには傷ついてほしくない」

「あら」

 エレナは少し驚いたような表情を見せるが、すぐに微笑んで小さく笑い声を出した。

「それなら現実でも、もう少しお話してほしいです。そっけなくされる方が痛いです」

「あ……そうか……わるいな」

「大丈夫です。夢の中でもその調子ですもの。しかたないですよね」

 エレナの言葉に、レオニールは申し訳なさそうな表情で下を向いた。

「ほんとうは」

 レオニールはエレナの方に視線を向けた。

「俺もきみといっぱい話がしたい。でもだめなんだ。どうしても自信が持てない……」

「なぜでしょうか。あなたは文武両道で、誰もがあなたを認めています。わたしだって自慢の婚約者だと思っています」

「ありがとう」レオニールはエレナの言葉にはにかむが、肩を落として首を振った。「でも、俺は出来損ないだから。それに家を継がない俺に価値なんて」

「そんなことないわ。わたしだってだめなところばかりで」

「いや、それは違うよ。きみは明るくて努力家で優しくて……俺は、きみが俺を婚約者に選んでくれて嬉しかった」

 レオニールが苦しげに手を胸に当てた。

「レオ様。あなたは自分に価値がないなんて言いましたが……わたしはあなたの家柄や、政務院に入職が決まっているから婚約に同意したわけじゃありません。あなたの優しいところや、文武両道で尊敬できるところや、クロード様たちといるときの楽しそうな姿が好きで、お慕いしているんですよ」

 エレナの言葉に、レオニールが泣きそうな顔で笑顔を作った。

 そんなレオニールの表情を、まっしろな光がかき消していく。

 エレナはたまらず手を伸ばした。

 

 ――――――――――――――


 見慣れた天井に、エレナは夢から覚めたことが分かった。

 天井に向けて伸ばしていた手を下ろすと、すぐに身体を起こす。

 視界には光に包まれたレオニールの表情が焼き付いていた。

「今回もいっぱいお話できました。進展だわ」

 エレナは小さく微笑むが、すぐに表情を悲しげに歪めた。

 身体をベッドに倒すと、掛布団を手繰り寄せて頭をすっぽりと覆った。

 寝返りを打って身体を横に向ける。

「もう。夢で進展があっても意味なんてないのに」

 エレナは涙が出そうになり、枕に顔を押し当てた。

「あんなに楽しかったのに」

 夢を思い返すと、現実での寂しさがより鮮明になっていく気がした。

「この後みんなに会うのよ」

 エレナは自分の身体を強く抱きしめた。涙をこらえようと懸命に腕に力を込めた。

 

 ――――――――――――――


 ランチの日。

 エレナはアイラやセリアと別れると、待ち合わせの場所に向かっていた。

 無意識にため息が出る。

「はあ、ランチに行きたくないわ。わたしは夢のレオ様が好き……」

 慌てて口を手で押さえた。

 周りをきょろきょろと見回し、人がいないことを確認してほっと息をついた。

 

 毎週、夢での逢瀬を繰り返すうちに、エレナにとってランチの日の意味が変わってきていた。

 あれから夢でのレオニールとは少しずつ距離が縮まっていた。

 レオニールは口数も増えてきて、エレナに笑顔を向けて話してくれるようになった。

 照れながら「エレナのことが好きだ」「必要だ」と口にしてくれていた。

 エレナにとって、そっけなくされる現実のランチはこなすだけの時間になり、夢でのレオニールとの会話を楽しみに日々を送っていた。


 食堂では、ふたりはほとんど会話せずに昼食を摂った。

 もともと自分から発言することが少なかったレオニール。

 エレナはぎこちない笑顔を作ってはいたものの、以前のように積極的にレオニールに話しかけることはなくなっていた。


「じゃあ、授業がありますから……」

 エレナは自分のトレイを手に立ち上がった。

「うん。また……」

 レオニールは小さく頷いた。


 レオニールはぼうっとエレナの背中を見ていると、横から声をかけられた。

「ついに愛想をつかされたかもな」

「クロード。ディーンも」

「俺たちも授業に向かわないと。歩きながら話そう」

「ああ」


 レオニールは足取り重く、クロードやディーンの背中を見ながら歩いた。

「別にレオたちを見たくて見てたわけじゃないけどな」

 クロードは振り返らずに手を頭の後ろに組んだ。

 しばらく言い淀んでいたクロードの言葉を、ディーンが引き継いだ。

「もう限界だと思うよ」

「え」

「アイラさんたちと話したんだけど」ディーンが頬をかいた。「ランチの時間がつらいって言ってたみたいだよ」

 レオニールは下を向いた。

 クロードが足を止めて振り返る。

「おまえは昔、婚約者にすげなくされてきつかったんだろ。エレナさんを同じ目に合わせてるってなんでわからない? 婚約してからも、好きって伝えたことねーんだろ?」

 クロードは言葉は厳しいが、口調は優しかった。

「レオはさ、エレナさんのこと好きなんだよね?」

 ディーンはレオニールに笑いかけた。

「ああ、好きでしかたがない」

「じゃあさ、自分とエレナさんが傷つくならどっちのがつらいわけ?」

「あ」レオニールは息を呑んだ。「エレナが傷つくほうがいやだ」

「決まったな」クロードは頷いた。「もし昔みたいになったらなんだってしてやるよ」

「あ、レオ。クロードがなんでもしてくれるんだって。万が一次が必要なときはクロードに偵察を任せようぜ」

「それだけはやらねーって」

 3人は笑い合った。

「よし、じゃあ今日呼び出して話をするか?」

「え、今日?」クロードの言葉に、レオが不安げな表情を見せた。

「おまえなあ」

「いや、俺も今日はやめとくのに賛成だな」ディーンが顎に手を当てながら、クロードの言葉を遮った。

「ディーンまで」

「いや、毎週ランチの日に夢を見てるんだろ? 今日の夢で最終調整してからにしよう」

「おお、そうする」レオニールは大きく頷いた。

 クロードは手を額に当ててため息を吐いた。

「ふだんなら即断即決のくせに、恋愛だけはほんとに」


 ――――――――――――――


「ふう」

 エレナは、ソファに身を預けて腕で目を覆った。

「エレナ」

 隣からレオニールの声が聞こえて、エレナは笑顔で顔を向けた。

「レオ様。すみません、少し疲れてしまって」

「ううん、俺の方こそごめん……」

「え?」

「俺が情けないばかりに寂しい思いをさせて」

 エレナは身体を起こしてレオニールの顔を見つめた。

「いいんですよ。この時間がありますから」

 エレナの言葉に、レオニールは目を閉じた。

 やがて意を決したように目を開くと、エレナに視線を合わせて口を開いた。

「俺はきみが好きなんだ」

「はい」

「以前俺がここで自分に価値がないって言ったときに、きみは否定してくれたよね」

「そうでしたね。今でもそう思っていますよ」

「ありがとう。だから、もう逃げないよ。夢の中で慰めてもらうばかりの情けない男だけど……夢から覚めても、きみにちゃんと思いを伝えるよ」

 エレナは目に涙を浮かべて頷いた。

「そうなったら、きっと幸せでしょうね」

 その後、しばらくふたりは見つめ合っていた。

 いつものように白い光がエレナたちの姿をかき消していく。

 

 ――――――――――――――


 エレナはレオニールから「昼休みに話がしたい」と言われ、ひとり庭園に向かっていた。

 歩いているとレオニールの後ろ姿が見えて、少し早足で歩み寄った。

 レオニールは足音に振り返ると、エレナの目を見て口を開いた。

「ごめん、貴重なお昼休みに」

「いえ。それで、お話とはなんでしょうか? 立ち話もなんですしあそこのベンチに」

「あ、いや、ごめん。ここで話させてくれ」

「……構いませんが」

 エレナは周りを見渡した。夢のソファの場所だなと思ったが、表情は変えずにレオニールの顔を見た。

「その、いつも寂しい思いをさせて、ごめん」

「え」エレナは驚き、手を口に当てた。

「いつも、きみから逃げるような態度をとっていたことを謝りたくて」

「……なんでいきなり、そのようなことを」エレナは声を絞り出した。

 レオニールは下を向いて少しだけ黙ったが、顔を上げてエレナの目を見つめた。

「俺、自信が持てなくて怖くて逃げていて……でも昨日、気づかされたんだ。俺が臆病なせいで、きみを傷つけてるって」

 エレナはレオニールの言葉に、小さく頷いた。

「おかしいと思うかもしれないけど、毎週ここできみと会っていて。その、夢の中でだけど」

 エレナはレオニールの言葉に、はっと息を呑んだ。

「ここにソファがあって、いろいろと話をして。夢の中できみが言ってくれたんだ。俺自身に価値があるって。それで、勝手だけどもう逃げないって決めたんだ……俺はきみが好きなんだ。これからも一緒にいてほしい」

 レオニールは頭を下げて、エレナの言葉を待った。

「ふふ」

 エレナは涙を浮かべて微笑んだ。

「わたしも毎週、ここであなたと会っていたんですよ」

「え?」

「ソファに座って、星空を見上げて」

「え、それじゃあ、え?」

 レオニールは口を開けて、情けない声を出した。

「ずっと好かれてないと思っていましたけど、何回もあなた自身から、好きだって言われていたんですね。妄想だと思っていました」

「そうだったのか……」

「でも、現実での寂しかった日々が無かったことになるわけではありません」

「う、そうだね。ほんとうにごめん」

「うふふ、許してあげます。夢の中で、何度もあなたの悩みを聞いてきましたし……ただ、条件があります」

「あ、なにかな」

「今後は照れ隠しは禁止です。現実でもちゃんと、わたしに向き合ってください」

「も、もちろんです」レオニールは慌てて首を縦に振った。

 エレナはレオニールの姿に微笑むと、少しだけ腕を広げてレオニールに視線を向けた。

「あ」

 レオニールは少しためらいながら、エレナを抱き寄せた。


 ――――――――――――――


 卒業式の日。

「じゃあまたあとで店でな」

「ああ」

 卒業祝いのためにみんなでレストランに行くことが決まっていた。

 会食まで時間があったため、エレナとレオニールは学院内を散歩することにしていた。


 ふたりは示し合わせることなく、自然に庭園の中に歩みを進めていた。

「ここですね」

「そうだね。この場所に、俺は救われたよ」

「わたしもです。あの夢がなかったら、あなたとこうして歩くこともできなかったかも……」

「ほんとうにごめんね……つらい思いをさせて。きみが好きだよ」

 レオニールはエレナを抱き寄せた。

「まあ、夢みたいです」

 少し身体を離して、ふたりは顔を見合わせた。

「ありきたりな言葉だけど」レオニールは微笑んだ。

「わたしたちの間だと意味が変わりますね」エレナも微笑み返した。

「俺は夢でもいいよ。現実のきみも、夢のきみも、どっちも大好きだ」

「わたしも今はそうですよ。一時は夢のレオ様だけが好きでしたけど」

「ごめん、ほんとうにごめん」

「ええ、許してあげます」

「ありがとう」

「ふふ、これからが楽しみですね」

「うん、一緒に頑張っていこう」

「はい」

 ふたりは手をつないで、身を寄せ合って歩き出した。

 春の風がふたりの髪を撫でる。

 鳥の鳴く声がして、ふたりは顔を上げた。

 空には雲ひとつない青空が広がっていた。

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