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7話〈章完結〉 鈴の守札、帝都へ

封印が鎮まった霧村を後にし、護送馬車は夜明け前の山道を登っていた。

 御者台の迅牙は黒鋼因爪(こくごういんそう──五枚爪型の破砕武具)を外し、手綱捌きだけに意識を注いでいる。幌の下には凛夜と霧花、そして喰因刀(くいいんとう──怒りを“食う”黒刀)を封じた杉箱。箱は銀鉄鎖ぎんてつさで二重に縛ったが、金属喘ぎの震えは夜通し止まらなかった。


「峠を越えれば帝都まで二日」

 霧花は幌を捲り、空を見上げた。雲が裂け、早春の星が最後の輝きを残す。

「帳面を奪った守札衆(もりふだしゅう──大社直属の秘匿封術師)がいるのは封鎖宮ふうさきゅう。あそこへ行くにはまず外郭の因検門を通らないと」


凛夜は頷き、箱の留め金を指で叩く。「帝都で鎖を鍛え直せれば、黒刀の飢えを黙らせられる。帳面も取り戻す」

 囁きが耳裏を撫でた。――怒りを渡せば飢えは満ちる。

「借りない」凛夜は小声で返す。箱の震えはすぐ収まるが、完全には止まらない。


風切峠。谷底から吹き上がる風が杉の梢を揺らし、馬車の車輪を軋ませた。

 その梢にふっと白く光るものがある。面布――額に朱で「奪」の一字。

 迅牙が手綱を締める。「帳を狙う者か、局でも黒因派でもない印だ」


面布の影は三つ。枝から跳び降りざま胡桃大の黒珠を投げる。黒煙弾(こくえんだん──小型破封珠)が空中で割れ、煤の霧が馬の視界を奪った。

「固定!」霧花の白因刀〈静〉(しずか──斬った箇所を凍らせる因刀)が半月を描き、黒煙を氷塊に閉じ込める。

 凛夜は因釘(いんくぎ──因を止める刻印釘)を糸へ打ち込み、爆煙を地へ縫う。

 迅牙の黒爪が枝の影を裂き、残る一体は杉影へ溶けた。


静寂。砕けた氷塊の霧が白日の中に薄れ、墨の匂いだけが残る。面布の裏には小さな鈴。

 霧花が目を細める。「神鈴(かみすず──怒りを測る守札の封具)と同じ形……けれど漆が黒い」

 凛夜は箱の震えを確かめ、眉を寄せた。「守札の鈴を改造し、怒りを貯める器にしたんだ。帳面が狙われたのもその技術が欲しいからかもしれない」


風が抜けた。遠くで鈴がひとつ転がる。澄んだ銀の音。霧花は振り向くが姿は見えない。

「守札だ。こちらを監視している」凛夜は鈴をポケットへ収め、峠の向こうを見た。

 雲間から帝都が姿をのぞかせる。蒼瓦の屋根が重なり、無数の煙突が早朝の空に煤を吐く。怒りと欲と祈りが折り重なる大都市。


「鎖を鍛え、帳を取り返し、鈴の改造者を見つける。借りずに進むためにな」

 凛夜の決意に、霧花は白刃を鞘で叩き返した。「白で止めるわ」

 迅牙は手綱を鳴らし笑う。「殴ってでも止める準備もある」


馬車が峠を下り始め、陽の赤が瓦海を銀に染めた。

 鈴の余韻は早春の風に溶け、箱の中の黒刀がかすかに共鳴音を返す。それは飢えた獣の喉鳴りか、次の戦場を前にした歓喜か、判別のつかない震えだった。


凛夜は拳を固めた。怒りを喰わせず封じる旅が、いま始まる。


(第一章 完)

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