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6話 封閂(ふうさん)の余燼

夜の底で、井戸蓋がゆっくりと呼吸を止めた。

 白輪三重――釘鎖(くぎぐさり。因釘を鎖で束ねた臨時結界)と銀鍵(ぎんかぎ。百年前の封具)の欠片、そして霧花の白因刀〈静〉(しらしず。斬った動きを凍らせる因刀)で仕上げた即席封印は、竜脈(りゅうみゃく。地下を流れる大因力)の息吹をほぼ完全に封じ込めている。薄灰の霧さえ、いまは境内へ近寄らず鳥居の外で揺れていた。


「九割九分……いや、限りなく一〇〇に近い」

 霧花が刀を納め、石畳へ膝をつく。

 迅牙は黒鋼因爪(こくごういんそう。五本爪型の破砕武具)で蓋石を二度叩き、金属とも石ともつかぬ鈍音を確かめた。

「竜脈の鼓動は途切れた。音も匂いも落ち着いてる」

 凛夜は胸の箱を抱え、蓋に掌を当てる。箱の中には喰因刀(くいいんとう。怒りを喰う黒刀)が封じられたまま。石は冷え切り、さっきまでの熱は嘘のようだった。

「これで霧村の封は百年ぶりに元へ戻った……はずだ」


箱の中で黒刀がかすかに震え、飢えを告げる。

「借りない。まだ喰わせない」

 囁きは小さく笑い、鎮まったが、留め金の隙間から髪ほどの黒靄が漏れて消えた。


竹柵の外から草履の音。因研究局(いんけんきゅうきょく。政府系研究組織)の上席監察官・篠月しのつきが一人きりで現れた。

「封殺、お見事と言う他ない。が、我々の測定帳(そくていちょう。封の解析記録)を返してもらおうか」

「帳は行方知れずだ。誰かが局の箱に“守”の朱字を上書きし、中身を抜いた」迅牙が言う。

 篠月は薄く笑い、懐の短笛をへし折った。

守札衆もりふだしゅうか……。帳面を追えばまた逢うとしよう」


監察官の影が霧へ溶け、境内に静寂が降りた。


霧花が凛夜を見つめる。「黒刀の鎖、緩んでる」

「鍵の欠片を喰ったせいだ。帝都で鎖を鍛え直すしかない」

 迅牙が頷く。「銀鉄を扱える刀匠が都にいる。ついでに帳も探せる」

 凛夜は箱を背負い直し、井戸へ向かって一礼した。「怒りを喰わせず鎖を締め直す。次はそれだ」


遠くで鈴の音がもう一度だけ転がり、早春の風に溶けた。

 井戸蓋は静かだったが、黒刀の飢えと“守”の字が新しい物語を呼んでいた。

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