告白騒動と放課後ココア
火曜日の昼休み。
教室が、まるで祭りの前のようなざわざわした空気に包まれていた。
「見た!? ウラトモのトップ投稿!」
「え、マジで告白? 誰宛て!?」
「てか、これ本気だよね!? 嘘じゃないよね!?」
その声を聞きながら、俺・相沢悠真は、イヤな予感に頭を抱えていた。
「またかよ……」
スマホを開くと、“ウラトモ”の通知が爆発的に増えている。
アクセス数も跳ね上がり、サーバーが一瞬フリーズしかけたほどだ。
そして、問題の投稿が、画面中央にでかでかと表示されていた。
匿名さん:
「好きです。
名前も言えない、顔も見せられないけど、
毎日、あなたを見てます。
本当に好きになってしまいました。
この気持ち、ここでしか言えません。」
投稿に付いた「♡いいね」の数は、既に300オーバー。
コメント欄も荒れている。
匿名さん:
「これ誰? 学校内っぽいけど!」
匿名さん:
「C組の男子っぽいって噂」
匿名さん:
「まさか、白石さん宛じゃ……?」
(うわ、出たよ。名前出すなよ……)
“名前は書いてない”はずの投稿が、“誰宛か”をめぐって学校中の注目を集め始めた。
それだけならまだしも、最悪の事態が起きる。
匿名さん:
「たぶんこの投稿相沢くんだと思う。白石さんのこと目で追ってるの、見たことあるし」
匿名さん:
「相沢って誰?」
匿名さん:
「2年C組の陰キャ」
「……はい?」
思わず、声が漏れた。
(ちょっと待て、なんで俺!?)
俺がこのアプリの管理者だなんて、誰にも知られていないはずなのに。
どうしてピンポイントで俺の名前が出てくる!?
「おい相沢。お前、なんかやったか?」
横から黒川凛が囁いてくる。
「やってねぇよ! この投稿だって俺じゃないし!」
「にしては、動揺してんなぁ?」
「そりゃするだろ!」
***
昼休みの後半。
ついに教師陣が動き出す。
放送が鳴る。
「2年C組の相沢悠真くん、至急職員室まで来なさい」
(うわ、マジかよ……!)
何人かのクラスメイトが「え、ガチで?」「本当にアイツなの?」と騒ぐ中、俺はひとり立ち上がって、重い足取りで教室を出た。
職員室。
そこにいたのは、いつものように不機嫌そうな顔をした、藤堂先生。
「おう、相沢。来たか」
「……あの、俺、ほんとに何も」
「知ってるよ。お前じゃないだろ、あの投稿」
「え?」
意外な言葉に、思わず拍子抜けする。
藤堂先生は腕を組んで、目を細めた。
「お前が“本当に”やらかすなら、もうちょっと手が込んでるはずだ。てか、サーバーの反応速度見てりゃ、管理者側がバグってないのも分かる」
「……あの、先生。もしかして……」
「まぁ、気づいてるよ。前からな」
(うわあああああああ!!)
(バレてたあああああ!!!)
「ま、俺は責める気はない。むしろ……面白いから続けろ。だがな」
藤堂先生は指を突きつけた。
「炎上させるな。それだけは守れ。これは“言葉”の場所なんだろ?」
「……はい」
「じゃあ、どうこの状況を収めるか、ちゃんと考えろ。期待してるぞ、天才陰キャくん」
ニヤリと笑って、藤堂先生はコーヒーをすする。
俺は、少しだけ安心した。
けれど、同時に、とんでもない重圧を感じていた。
***
放課後。
まだ騒然とする校舎の中で、俺はひとり中庭のベンチに座っていた。
(あの告白投稿……誰なんだ?)
俺じゃない。
でも、“俺だと思われている”。
これ以上広がれば、ウラトモの信頼も、俺の身も危うい。
そのとき。
「……相沢くん?」
振り返ると、そこには白石夏音が立っていた。
「少し、いい?」
ベンチの隣に座った夏音は、静かに言った。
「ねえ、相沢くん。あの投稿、見た?」
「……うん。見たよ。俺じゃないけど」
「うん、知ってる。相沢くんじゃない」
「……え?」
「だって、相沢くんは、匿名で誰かの気持ちを守ってる人だもん。自分の想いを、あんな風に投げない」
夏音の言葉に、息が止まった。
(……なんだよ、それ。なんでそんなに、俺のこと分かってるんだよ)
「でもね、少し、うらやましかった」
「え?」
「誰かに『好き』って言える人。顔を隠してても、自分の想いを伝えられる人って、すごいと思う」
「……白石さんは、誰かに言いたい人がいるの?」
彼女は少し間を置いて、
「うん。でも、まだ言えない。名前を出したら、全部が壊れそうで」
その横顔は、どこか切なくて、でも綺麗だった。
「……だったら、またウラトモに書けばいいじゃん」
俺は、ふと口にしていた。
「そこでなら……白石さんは、自分でいられるんだろ?」
夏音は、驚いたように俺を見つめた。
そして、小さく笑った。
「そうだね。そうかも。ありがとう、相沢くん」
「……なにが?」
「今日、こうして話してくれたこと。ちゃんと、聞いてくれたこと」
彼女は立ち上がり、最後に言った。
「私、また投稿するね。“あのアカウント”で」
それは、“また読んでね”という意味だったのかもしれない。
***
その夜。
スマホに通知が来た。
@nanonanonano:
「私は、まだ言えない。でも、もう少し近づけたら、言えるかもしれない」
@nanonanonano:
「ありがとう。“あなた”」
(……こっちこそ、ありがとう)
俺は、またそっと「いいね」を押した。




