リア充崩壊大作戦
月曜日の朝、教室の空気が明らかにおかしかった。
空気、というより、例えが難しいがとにかく重い。
いつもなら朝からキャピキャピうるさいクラスの陽キャ集団が、まるで葬式のように静まり返っていた。
「……え、なんかあった?」
「やば、昨日の“ウラトモ”、見てないの?」
「……アレ、マジなのかな」
そんな声がチラホラ聞こえてくる。
俺・相沢悠真は、耳をそばだてながら、心臓が嫌なリズムで跳ねるのを感じていた。
(……また何かあったのか?)
スマホを取り出して“ウラトモ”の管理画面を開く。
そこには、昨晩深夜に投稿されたあるメッセージが、異常な数の「いいね」とコメントを引き連れて、トップにランクインしていた。
匿名さん:
「あのカップル、もう終わりじゃね? 片方は浮気してるって噂だし、もう片方は“相手が重い”って言ってたぞ」
続いて、関連投稿がずらり。
匿名さん:
「C組の佐倉って、B組の男子とこの前映画行ってたらしいよ」
匿名さん:
「藤井、他の女子とLINEしてるのバレて大喧嘩してたってww」
この学校のリア充代表、佐倉美優と藤井圭介。
SNSでもリアルでも、誰もが「お似合い」と称える学年公認カップル。
その二人のスキャンダルが、ウラトモ上で炎上していた。
(うわ……マジで?)
画面をスクロールすると、さらにゾッとする投稿が現れた。
匿名さん:
「このアプリのせいで、うちのクラス完全に崩壊寸前なんだけど? 誰が作ったか知らないけど、責任取れるの?」
……責任。
その言葉がズシリと胸に響いた。
「なあ、相沢」
横からひょいと現れた黒川凛が、ポテチを食べながら言う。
「これってもう“ただのアプリ”じゃねぇぞ。お前が想像してたレベル、余裕で超えてきてる」
「……分かってる。てか、俺、何か悪いことしたか?」
「いいことか悪いことかなんて、後から決まるもんだろ。とりあえず、現場は修羅場だぜ?」
修羅場ーーそれは午後になって、本当に現実となる。
***
昼休み、教室。
いつもクラスの中心にいる佐倉と藤井が、机を挟んで険しい表情で言い争っていた。
「ねぇ、私が誰と映画行こうと関係ないでしょ!? 圭介だって他の女子とLINEしてたじゃん!」
「それはただのクラスのグルチャだろ! でも美優は……何も言ってくれなかった……!」
「は? そっちこそ、あんな投稿されるようなことした自覚ないの!?」
クラス中が見て見ぬふりを決め込む中、俺は背筋をピンと伸ばしていた。
“お前が原因だろ”と言われてもおかしくない状況。
いや、間接的に俺が仕組んだようなもんだ。
“本音を語れる場所”
それを作ったのは俺だけど、それが誰かを傷つけるとは考えていなかった。
(……でも、悪いのは“ウラトモ”じゃない)
(本音を言った人間と、それを信じた人間──それぞれの“選択”だ)
でも、思ってても、それを言葉にする勇気はない。
そのとき。
「ちょっと、静かにしてくれない?」
クラスの中心で、白石夏音が立ち上がった。
彼女の声は大きくも怒鳴ってもいないのに、スッと空気を支配する。
「ウラトモの投稿、見たよ。でもそれって……全部“匿名”でしょ?」
「……だから何?」
佐倉が刺すような視線を向けるが、夏音は動じない。
「それって、本当かどうか、わからないんじゃない? 名前がないのに信じて、傷ついて、責め合うのって……虚しくない?」
(……夏音……)
「ねえ。藤井くん、佐倉さん。好きって言葉、簡単に壊れたりしないって……私は思ってる」
二人は、無言になった。
そして佐倉は小さくうなずき、鞄を手にして教室を出て行った。
藤井も追うように席を立つ。
教室に残された生徒たちは、誰もが言葉を失っていた。
(……すげぇ……)
俺は目の前の彼女を、まるで別人のように見ていた。
あのウラトモで、「誰にも本音が言えない」とつぶやいていた彼女が、今、こうしてクラスの空気を変えてる。
もしかして。
“ウラトモ”が、彼女に少しだけ、勇気を与えたのかもしれない。
***
放課後。
俺は久しぶりに、彼女に直接話しかけてみることにした。
「白石さん」
「……あれ、珍しいね。相沢くんから話しかけてくれるなんて」
彼女は微笑んだ。
その笑顔には、どこか“素の自分”がにじんでいる気がした。
「さっきの……ありがとう。俺、ちょっと、いろいろ考えさせられた」
「ううん。私も、自分に言い聞かせてたのかも。誰かの投稿が……ちょっとだけ、勇気くれたから」
ドキッとする。
彼女の言う“誰か”って、まさか。
「ねえ、相沢くん」
「……ん?」
「もしさ、“ウラトモの中の人”が、クラスにいたら──どう思う?」
その言葉に、息が止まる。
「責める?」
「……責めないよ」
「……そうか」
彼女は一拍置いて、ふっと笑った。
「私、今ちょっとだけ、その人に“ありがとう”って思ってる。匿名だけど……でも、ちゃんと伝わってる気がするから」
そう言って、彼女は教室を出て行った。
俺はその背中を見送りながら、心の中で小さくつぶやいた。
(……ありがとうって、言われちゃったな)
(でも俺、そんな立派な人間じゃない。匿名じゃなきゃ、何も言えない“ただの陰キャ”だ)
でも、少しだけ、誇らしかった。
(ウラトモは、間違ってなかった)
(少なくとも、“誰かの本音”を救ったんだから)
そう思った矢先、スマホに通知が来た。
@nanonanonano:
「正体が知りたい。でも、知らないままでもいいかなって、思えてきた」
@nanonanonano:
「ありがとう、“あなた”」
(……!)
その投稿に、“管理者”の俺は、そっといいねを押した。




