音楽家の三兄弟
むかしむかし、ある山のふもとに小さな村がありました。
村はとても静かで穏やか、朝には鳥のさえずり、昼には風が草原を撫でる音、夜には小川のせせらぎが耳をくすぐる……そんな、音と共に生きる人々の暮らす場所でした。
その村の外れに、それはそれは腕の立つ三人の音楽家の兄弟がおりました。
長男のヨハンはヴァイオリンの名手。情熱のままに弓を走らせ、聴く人の心を熱く揺さぶりました。
次男のパウルはフルートの天才。風のように軽やかな旋律で、人々に優しい夢を見せました。
末っ子のリオンはチェロの魔術師。その音色は力強く、優しく語りかけてくるような音色は多くの人をとりこにしました。
三人とも、それぞれの楽器を愛してやまず、幼い頃から音楽一筋で生きてきました。しかし……。
「やはり、ヴァイオリンこそ音楽の花形だ。高らかに響く旋律の美しさ、これに勝るものはないだろう」
「いやいや、兄さん。音楽とは空気を震わせる風のようなもの。フルートの透明な音が一番心に届くんだよ」
「ふん、兄さんたちはどちらも甘い。音楽に必要なのは深みと安定感。チェロの響きは心の底に届くのさ」
三人は毎日のように、口を開けば自分の楽器自慢。そして、誰が一番素晴らしい音楽家なのかを競い合ってばかりいました。
ある日、村の広場に、色とりどりの旗が掲げられました。
「来たれ、音楽家たちよ!明日にこの村最大の祭典、大演奏会を開催します!優れた演奏をした者には、金色のリボンと名誉が与えられます!」
村中がこの知らせに沸き立ちました。村の人々は衣装を整え、花を飾り、広場には小さな舞台が作られていきます。
そして、もちろん三兄弟も……。
「ふふっ、ついに俺の出番だな。ヴァイオリンで村中を酔わせてやろう」
「僕のフルートの音色を空まで、いやあの星空まで響かせてみせるよ!」
「チェロの響きに、皆ひれ伏すことになるさ!」
三人はそれぞれ練習を始めましたが、それぞれの音が混じり始めると……。
「うるさい!君のフルートの音、俺の音にかぶってる!」
「そっちこそ!チェロの低音で、僕の旋律が聞こえにくいんだ!」
「どいつもこいつも、音が甲高くて耳が痛くなる!僕のチェロの邪魔をするな!」
こうして三人の練習は、だんだんと争いに変わっていきました。
──そんな時。
三人の争う声を聞きつけて、広場の隅から一人の少女が歩み寄ってきました。
白いワンピースを着て、小さなカゴに花を入れていたその少女は、村を治める貴族の娘でした。
「ねぇ、けんかしないで」
少女はそう言って、にこりと笑いました。
「一人ひとりの音も素敵だけど、三人で合わせたら、もっと素敵になると思うの」
「「「……は?」」」
三人は顔を見合わせ、そんな馬鹿な……と鼻で笑いました。
でも、その少女の一言が、三人の心の奥に、小さな波紋を残したのです。
互いに譲らず、自分の音だけが一番だと思っていた兄弟たち。でもその中に、ほんの一瞬音が重なりあって綺麗なハーモニーが生まれたという事実が、心の奥にひっかかっていたのです。
「……まぁ、試してみるだけならいいんじゃないか?」
最初に口を開いたのはヨハンでした。座っていた切り株から太く長い丸太へ座り直し、弟たちを誘います。
リオンは少し眉をひそめつつも、ヨハンの隣へと座りチェロを構えます。
「きちんと合わせるなら……」
そんな兄弟を見てパウルもやれやれと、苦笑しながら丸太へと座りフルートを構えました。
こうして三人は初めて同じ楽譜に目を通し、音を重ねるための練習を始めたのです。
最初はお互いに戸惑い、テンポが合わず、入りのタイミングがずれ、互いに「違う!」「そうじゃない!」と指摘し合うこともありました。
けれど、誰かがリードするのではなく、互いの音を聴くことを意識するようになってから、演奏は少しずつ変わり始めたのです。
翌日。
大演奏会が始まりました。
友達と一緒に歌を歌う男の子や、人々の歌や太鼓で踊る若い女の子。
オカリナで人々をうっとりさせるおじいさん。
多くの村人が参加し音楽を楽しみ、今日のお祭りを祝いました。
そして広場の特設舞台へ、いよいよ三人の兄弟がそろってやってきました。
今回は、いつもみたいに一人ずつばらばらではありません。
三人は、同じ楽譜を見ながら、同じ場所に並んでいるのです。
村の人たちは、わくわくした表情で舞台を見つめていました。
まずは、ヨハンのヴァイオリン。
やさしく、天まで響くような透きとおるような音が、そっと広場を包みました。
そこに、パウルのフルートがふわりと重なります。
鳥が空を舞うように、風に花びらが踊るように、軽やかで明るい音がくるくると踊りだしました。
そして、リオンのチェロ。
しっかりとした低い音が、二人の音をやさしく受けとめて、まるであたたかく雄大な大地のように支えてくれました。
三人の音がひとつに溶け合い、心にすーっとしみこんでいくような調べが広がっていきます。
その音は、風に乗って村のすみずみまで届きました。
人々は目を閉じ、音に身をゆだねます。
楽しい思い出、ちょっぴりさびしかったこと、大切な人のこと……そんな色とりどりの気持ちが、音と一緒に浮かんでは、そっと胸に残っていきました。
そして、最後の音が空へと消えていったとき。
広場には、しん……と静かな余韻だけが残っていました。
でも、それは気まずい沈黙ではありません。
とてもあたたかく、心にぽっと灯がともるような、そんな静けさだったのです。
やがて──。
パチン、と誰かが手をたたきました。
それをきっかけに、拍手は少しずつ大きくなり、やがて広場中に響きわたりました。
「ブラボー……!ブラボーッ!!」
「こんなにきれいな音、初めて聴いたよ!」
三人は、はじめて見るような穏やかな顔で顔を見合わせ、ふっと笑いました。
鳴りやまぬ拍手の中、舞台へとユリの花のように可憐な白いワンピースを着た少女がやってきました。
少女は、ひとつのリボンを持っていました。
「これを、三人に……!」
少女は、きらきらと光る金色のリボンをそっと差し出しました。
ヨハンは、恭しくリボンを受け取り、弟たちへと掲げました。
パウルは、ちょっと照れくさそうに笑いながら兄弟の肩を叩き、リオンは小さくうなずいて、笑顔を浮かべました。
三人はリボンを、誰か一人だけのものにするのではなく、三人で分かち合うことに決めました。
なぜなら、それはこの中の誰が一番だというわけではなく、三人で奏でた音楽がもらった、ご褒美だったからです。
それから少しして、三人の兄弟は村を出て、旅をすることになりました。
どこへ行っても、三人は一緒に音楽を奏でました。
けんかをすることもありましたが、最後にはかならず、おたがいの音を思いやって、また笑い合えたのです。
だって三人は、知ってしまったから。
一人の音も素晴らしいけれど。
心を合わせたときの音楽は、もっともっと……あたたかく素晴らしいってことを。
おしまい。