Ⅷ
「手作りのアクセサリーなんて、すっごくロマンチックだね!」
無邪気な笑みを浮かべながら、手元でキラキラと光る宝石を磨いている星成。
僕たちは付き合い始めて五年目の記念ということで、日帰りの旅行に来ている。 今おこなっているのはアクセサリーの手作り体験だ。 元々材料が用意されていて、それを講師の指示の下ハンマーで叩いたり、ヤスリで削ったりしてペンダントを作っている。
バカップルだとか言われてしまいそうだが、僕たちはお互いのイニシャルをペンダントに彫って交換しようという事になって、現在必死の形相で作業に取り組んでいる。 なんせ星成にプレゼントするものだからな、微塵も手は抜けない。
「ふふ、光輝くん! 顔がマジすぎて怖いよ?」
「ちょっと今話をかけないでくれ、手元が狂ったらどうする! これは星成に渡す物なのだ、失敗は許されない!」
遊びに来ているとは思えない気迫を放っている僕を見て、周りの人たちが呆れたように笑っている。 星成は周囲の笑い声に紛れながら、ボソリと呟いた。
「どんな失敗したって、私は光輝くんが作ってくれた物なら宝物にするのに」
俯いている顔が、火を吹きそうなほど赤くなっている。 星成は僕に聞こえていないと思っているのだろうか? 思い切り聞こえていたせいで心臓が跳ねてしまった。
しかし星成が恥ずかしそうにチラチラ僕の様子を見てくるので、聞こえないふりをしようとした。
「光輝くん! 一生懸命作ってくれるのは嬉しいけど、楽しく作ろうよ!」
脇腹を控えめにつつかれ、思わず全身こわばってしまう。 作業の手を止めて星成の顔を見てみると、唇をわずかに窄ませた可愛らしいアヒルのような顔が視界に入ってくる。
「ああ、それもそうだな。 星成はこういう細かい作業とか好きだもんな? 家でも手芸してたり、この前もなんか作ってただろう? レジンとか言ったか? あれはすごく完成度が高かったもんな」
「うん、いっぱいプレゼントしたもんね! でもねでもね! アクセサリー作るのもすっごく楽しいよ! 家でもできるように道具買っちゃおうかな?」
「まったく、また趣味が増えてしまうな!」
微笑を浮かべながら作業を再開させ、僕たちはお互いのペンダントを見事に作り上げた。
その後、店を出た僕たちは車を使って海まで移動する。 ここはただの海ではなく思い出の場所だ。
海を見ながらお互いの首にペンダントを付け合い、そして僕は高鳴る鼓動を必死に抑え込む。 今日この日に大切な事を言うと決めていたからだ。
なんせこの海は僕が星成に告白した海だったからだ。 だから僕たちの人生の中で一番の記念日になるであろう今日この日は、この特別な場所で迎えたかった。
大きく深呼吸をし、柔らかな笑みで海を眺めている星成の横顔を凝視する。
「星成! たたたたた、ちゃいせつな! 話がありゅ!」
「ど、どうしたの光輝くん? 一回落ち着いて! 深呼吸しようね?」
顎がガクガクと震えてしまっている情けない僕を見て、星成が心配そうに顔を覗き込んできた。 上目遣いが可愛すぎて余計に落ち着かなくなったが、これ以上の無様を見せるわけにはいかない!
バックの中に腕を突っ込み、厳重にしまっていた掌サイズの小箱を引っこ抜く。
星成はその小箱を見てクリクリした大きな瞳をさらに見開き、口元を手で隠しながら潤ませた瞳で何度も何度も箱を確認する。
ドラマや映画で誰もが見たことがある箱だろう、星成は目を見開いたままじっと小箱を凝視していた。
締めの言葉は絶対に噛まないように、ゆっくりと目を閉じて精神を集中させる。
「僕と! 結婚してください!」
勢いよく腰を九十度に折り、小箱を開くためにもう一方の手を小箱の隙間に引っ掛けたのだが——
「——あ、あれ?」
箱を開く方向を確認していなかった。 小箱は頭を下げた僕に向けて開くように持ってしまっていた。
「ぷ、ふふっ!」
間抜けな光景を見て、星成は目元を擦りながら含み笑いを漏らす。 男として恥ずかしい。 こんな大事な場面でカッコつけられないようなダメ男だ、幻滅されても文句言えない。
悔しさのあまり目を力強く閉じたのだが、まだ開いていない小箱を持つ手を、星成の優しくて温かい手が包み込んだ。
すると星成は頭を下げている僕の方に回り込んできて、耳元でそっと囁く。
「光輝くん、一緒に開いてもいい?」
恐る恐る顔を上げると、そこにはすでに涙で化粧が崩れてしまっている星成が映った。 化粧は涙でぐちゃぐちゃになってしまっているが、不思議なことに化粧が崩れているからこそ美しさを際立たせている。
「顔は恥ずかしいから見ないで! 一緒に開けてもいいの? ダメなの?」
星成はあっけに取られる僕の目を両手で塞いできた。 その反応もまた愛らしくて、僕は思わず口元が緩んでしまう。
「もちろんだ、一緒に開けよう!」
星成が小さく頷いた気配がした。 頭を上げて二人ピッタリと身を寄せ合いながら、小さな掛け声を合わせて小箱を開いた。
その小さな箱の中で輝いたダイヤモンドは、夜空のどの星よりも輝いて見えた。
*
ハッと目を覚ますと、目の前にはいつもの天井が広がっている。
まただ、またあいつの夢を見ていた。
光輝と星成という夫婦が婚約をしたときの記憶を、光輝の目線で見るという不思議な夢。 今日の夢でなんとなく感じ取ったが、おそらく僕は今日まで光輝という男の記憶を失っていたのだろう。 なんとなくだがそんな気がする。
はっきりと断言はできないが、僕は光輝という男の生まれ変わり、転生者なのだろう。
この世界で普通に育っていき、先日風呂場でのぼせ、溺れかけた経験をトリガーに前世の記憶を少しづつ思い出しているのだと予測する。
それにしても妙だ。 あの夢に出てきた娘、星成という娘の趣味といい、雰囲気といいリューズに似ている気がする。
まあ、冷静に考えれば僕の近くにいる女性はリューズとジェイミーしかいないから、無理やり似ている部分を重ねているだけな気もする。
だとしたら早くこの離宮を脱走して、僕と同じくこの世界のどこかに転生しているであろう星成の生まれ変わりを探さなくては。
まだ見たこともないその生まれ変わりの女性に、僕はおそらく恋をしているのだろう。 というか、前世の僕が必ず会いにいくと約束したせいで、転生者である僕もその娘のことしか考えられないと考えたほうが良さそうだ。
それに何より、夢の中の光輝は幸せそうだった。 僕もあんなふうに幸せになれるならなってみたい。
星成という娘の生まれ変わりと結婚できれば、間違えなく幸せになれると確信している。
だからこそ、離宮を脱走するために、手始めにジェイミーやファエットの事を詳しく調べなければ!
脱走さえできれば外のことは外に出た時の状況によって考えるしかない。 なんとか金を集めて衣食住を確保する方法を探し、それと並行して星成の記憶を持って生まれた女性を探す旅。
考えただけで心なしかワクワクもしてくる。 もちろん不安な気持ちもあるが、今まで一回も外に出たことがないのだ。 外の世界を見てみたい、書斎にある物語小説のような心躍る冒険をしてみたい。
意気込む僕の気持ちを落ち着けるかのように、私室の扉が優しくノックされる。
「ぼっちゃま! 朝食の時間ですぞ!」
僕は二つ返事で「今いく」と告げ、すぐにベットから降りた。