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「なあリューズ」

 

「どうされたのですかお兄様?」

 

「ジェイミーって何者なんだ?」

 

「え? わたくしのメイドですわ?」

 

 一日の終わり、寝る前にリューズと手を繋いで夜空を見上げていた。 そんな時に今日の事件を思い出して思わず口が開いてしまった。

 

「あ、それは知ってるんだが。 なんかあいつ、身のこなしがすごすぎやしないか?」

 

「確かに、運動神経はいいですわね」

 

「あれは運動神経の問題なのか?」

 

 二階にあるお手洗いの小窓から顔を覗かせるなど、どうやったかすらわからないぞ?

 

 壁をよじ登ったにしても、あの短時間で、しかも絶妙なタイミングで出てくるなんて怖すぎる。

 

 冷たい屋上の床に手をつきながら、さりげなく背後に視線を向けた。 ファエットもジェイミーも、僕たち二人が夜空を見ている間は静かに屋上扉のそばに控えてじっとしている。

 

 背後に控えるジェイミーの無表情を横目に見ながら、トイレでの一件を思い出して背筋に鳥肌を立ててしまった。

 

 ぶるりと身震いすると、寒いと勘違いしたのだろうか? リューズが僕の手を両手で覆ってきた。

 

「お兄様? お体が冷えてしまったのなら、そろそろお部屋に戻りますか?」

 

「ああいや、気にするな。 まだ大丈夫だ。 もう少し、お前と一緒に星を見ていたい」

 

 いつもの調子でボソリと呟き、ハッとする。

 

 何を言っているのだ僕は、キザ男が吐きそうな恥ずかしいことを当然のように口走ってしまった。 思わず頬が赤くなってしまうが、眼球運動で確認したリューズの横顔も僕に負けず劣らず真っ赤になっていた。 完熟したトマトのように。

 

 

 天体観測から私室に戻った僕はすぐ布団に潜りこみ、一人でこの離宮から脱出する方法を思案する。

 

 第一関門は凄すぎる従者の目を盗んで動くこと。 全員寝静まった頃動けばどうにかなるだろうか?

 

 第二関門、離宮を囲んでいる壁。 ロープがないからよじ登るか穴を開けるしかない。 どこかもろそうなところを後でこっそり探してみよう。

 

 第三関門は周囲に広がる大森林、危険な魔獣が徘徊しているらしい。 たまに離宮の壁に魔獣が体当たりしてくるらしく、その衝撃で離宮は時たま揺れている。

 

 リューズはこの揺れをいつも怖がっているが、この揺れが発生するとファエットかジェイミーのどちらかが姿を消すのだ。

 

 第四関門は森の外にある巨大な壁と関所だ。 どうすればいいか全く思いつかない。 ここに関しては情報すらないからだ。

 

 そして最終関門、外の世界の情勢が不明なこと。 世間知らずで外に出れば衣食住を確保できないだろう。

 

 考えても埒が明かない。

 

 いっそ諦めようとするのだが、どうも先日夢で見たあの娘の笑顔が脳裏に浮かんでしまう。 探さなければならないと心のどこかで思い込んでいるのだろう。

 

 そもそもあの夢はなんだったのだろうか? 前世の記憶とかか?

 

 だとしたら約束した手前、あの娘を探すのは義務に近いだろうか、しかし僕はストール・エクリステインであり、天蓋光輝ではない。

 

 前世の俺の記憶があの娘を探すよう促しているのか、そもそも天蓋光輝の魂が俺の心に取り憑いたのか、それすらもわからない状況だ。

 

 だからこの前の事は夢で見た幻ということで水に流し、何も知らないふりをしてこのまま平和に過ごせばいいのだろうか?

 

 そもそも、俺はいつまでこの平和な生活を続けていられるだろうか。 先のことなんて誰もわかったものではない。

 

 いつ問題が発生し、この平和な生活が脅かされるのかもしれないのではないか? ならば無茶をしてでも後悔を残さないよう、あの娘の生まれ変わりを探すだけ探してみてもいいのでは?

 

 ああだめだ、眠れない。 仕方がなく私室の窓に足を向け、夜風にあたろうと窓を開く。

 

「ストールおぼっちゃま? 眠れないのですか?」

 

「ヌぎゃあ———っぷ!」

 

 またも突然現れたジェイミーにエンカウントし、驚いて叫ぼうとした僕の口を塞がれる。

 

 ジェイミーは無表情のまま顔を近づけ、瞳孔を開いて鼻で荒い息をしていた俺にそこのしれない眼差しを向けてきた。

 

「夜遅いのです、騒いではなりません」

 

 恐怖が僕の心を支配していたが、ジェイミーの声音からは殺意や悪意といった感情は浮かばない。 直視してくるジェイミーの視線を無抵抗で受け入れながら、ゆっくりと心を落ち着かせていく。

 

 しばらく口を塞がれた状態で視線を交わらせていると、僕の心境が落ち着いたのを察したジェイミーがゆっくりと手を離し、僕を解放してくれた。

 

「す、すまん。 突然のことで驚いてしまっていた。 だがなジェイミー、前触れもなく現れるのは本当に心臓に悪い。 止まってしまったらどう責任を取るつもりだ?」

 

「そこは大変申し訳なく思っております。 しかし、ストールおぼっちゃまの方こそ、最近よからぬ事を企んではいませんか?」

 

 ジェイミーの静かな問いかけに、思わずギョッとしてしまうが。 僕は必死に平静を装った。

 

 何か勘付かれている?

 

 僕はここ数日の間、できる限りいつもと変わらない生活を送っていたというのに、何かの拍子にバレてしまったのか?

 

 おそらく脱走を企てていることがバレたか、もしくはそれ以外のことでジェイミーに怪しまれる行動を取ったのか。

 

 ジェイミーはリューズのメイドだ。 こいつが動くとするならそれはジェイミーのため。

 

 もしかして僕が最近ジェイミーと話すとき緊張しているせいで、下心があるとでも思ったのか?

 

 ……リューズは妹だから、可愛くてしょうがないとは思うが僕はそこまで変態ではない。 いや待て、文献で見たことがある。

 

 王族同士や神々の間では妹と結婚したりすることも普通だと呼んだことがある。 もしやジェイミーはそれを危惧しているのか?

 

 いや落ち着け僕、下手なことを言ってしまったら余計に怪しまれてしまいそうだ。 ここは知らんぷりが正解な気がする。

 

「………なんの話だ?」

 

「知らんぷりする割には随分と沈黙が長かった気がするのですが? 一体何を考えていたのです?」

 

「えっと、ジェイミーがなんでここにいるのかを勘ぐろうとしててだな」

 

「ご安心を、卑猥なことをする予定はございません」

 

「ななななな! 何をいきなり! お前はバカか!」

 

 ジェイミーは非常に整った容姿をしていて、肌も綺麗だしいい香りもする。 もし、仮にも、万が一にでも! 万に一つの可能性として、ヨヨヨ夜這いに来たとしたのなら、ぶっちゃけた話まんざらでもない気がしないでもなくもない……って違う。 今のは考えなかったことにしよう。

 

 僕はできる限り平常心を保ったまま、眉根を寄せて凝視してくるジェイミーから逃げるように後ずさった。

 

「まあ、今はよろしいでしょう。 一つ忠告しておきます。 あなたは命を狙われている身なのです、ご理解の上で今後の立ち振る舞いをお考え下さい」

 

 僕が、命を狙われてるだと?

 

 予想外の忠告を耳にして思考がガラリと変わる。 命を狙われているのだとしたら、一体誰に?

 

 そんな深読みを始めてしまったのだが、ジェイミーはふーっと細く息を吐きながら僕と距離を取った。

 

 そしてそのまま僕に背中を向け「では、驚かせてすみませんでした。 ごゆっくりとお休みください」とだけ告げてバルコニーの柵に足をかけてしまう。

 

 まさか! 飛び降りる気か?

 

「ちょ、おい! ここ二階だ———ぞ?」

 

 ジェイミーは言葉の途中で飛び去っていく。 僕は慌ててバルコニーから身を乗り出し、ジェイミーを探したのだが………すでにジェイミーの姿はどこにも見当たらず、月光に照らされた中庭しか映っていなかった。

 

 あいつは、一体何者なんだ?

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