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 離宮の外に出ようと息巻いてみたが、よくよく考えるとかなり難しいということがわかった。

 

 リューズと散歩がてら離宮の周りを一周したが、この離宮も全方位高い壁で覆われている。 壁の高さは約三メーター。 森を囲っている壁は十メーター近くあるため、そちらに比べれば可愛い高さだ。 登ろうと思えば登れるが、しかしそんなことをしたら時間がかかるし一瞬で見つかる。

 

 離宮の中を散策して縄でも探したほうが良さそうだ。 まあ、四六時中僕の後ろには執事のファエットがついてるから怪しい行動はできないのだが………

 

 行動を起こすとすればたまにファエットがいなくなる時、離宮を囲う壁が揺れた時くらいだろう。

 

 僕たちが住む離宮は二階建ての屋敷になっている。 四人で住むには少々広いが、王族が住んでるという割にはたいして豪勢でもない。 まあ、僕たちは死んだことになってるから王族と言っていいのかわからないが。

 

 食堂、広間、使用人の部屋に僕やリューズの私室。 他には書斎や調理場、浴場などの必要最低限の部屋しかない。 中庭には小さな池があって、深さは僕の肩がちょうど浸かるくらいだろうか? 入ったわけではないので深さは詳しくわからない。

 

 入ろうなどとは思わないが、魚を飼っていたりするわけではないので入ろうと思えば入れるのだろうか?

 

 ともかく、逃げるとしても外の世界がどうなっているのかわからない。 周辺の地図は書斎にもなかったし、変な話今の社会情勢が不明だから逃げたところで生きていけるかどうか不安だ。

 

 そもそも僕一人で離宮の外に広がっている大森林を抜けられるはずがない。 関所を通過するのも不可能だろう。

 

 おそらく脱走できないよう手を回されている。 外の情報すら離宮の中には持ち込まれない。

 

 離宮の背後は断崖絶壁で波の高い大海が広がっている。 二階から海の様子をぼんやりみてみたが、船は一隻も通らない。

 

 さりげなく聞き出してみるため、歴史の講義中にファエットに聞いてみることにした。

 

「なあファエット、どうしてここら辺の海には船が一隻も通っていないんだ?」

 

「この周辺の海は潮の流れが激しい上に危険生物が生息していますからな。 死の海域と言われているくらいなので、皆迂回するルートで隣大陸に向かいます。 ですから離宮の背後は船が通りません」

 

「そうか、船ってどんな乗り物なのかな? 書斎でしかみたことないから気になる」

 

「でしたら今度、船の模型を取り寄せてもらいましょう。 ここから近くにある港街には、この危険海域を超えられるよう豪勢な作りのガレオン船が何隻か泊まっていますからな」

 

 外の情報を聞き出すためとは言え、取り止めのない嘘をついた。 僕は船になんて興味ない。

 

 ファエットの心遣いには少しばかり心が痛んだが、知りたいことは知ることができた。 どうやら海から逃げることも困難なようだ。

 

「お兄様! 中庭の池に手作りの船を浮かべてみませんか?」

 

 講義中だったため隣にはリューズもいた、僕たちの話を聞いていたのだろう。 ワクワクした瞳を向けている。

 

「そうだな。 なあファエット、船は木で出来ているのか?」

 

「そうですね、木でできているものが多いのですが、中には鋼鉄でできているものもあります。 王国海軍の船は全て鉄製の船ですぞ!」

 

「まあ! 鉄も海に浮かぶのですわね?」

 

「鉄単体では浮かびませんが、密封した鉄の中に空気を入れたりすれば容易に浮きますぞ?」

 

 リューズとファエットが楽しそうに船の会話を弾ませる。 しかしリューズのメイドであるジェイミーだけは、僕に不気味な視線を向けている。

 

 こいつは初めてみた時からどうも話ずらい。 謎に包まれていて、気さくに会話するファエットとはどこか雰囲気が違う。

 

 年はそんなに離れていないだろうし、容姿にこれと言って特徴的な所はない。 失礼訂正しよう。

 

 容姿は整っていてかなり綺麗な顔をしている。 だからと言って卑猥なことをしようとは思わんが……

 

 話が逸れてしまった。 ジェイミーはいつも無表情で、表情が崩れたところを見たことがないから怒っているようにも見えてしまう。 こんな辺鄙(へんぴ)な離宮で仕事をするのが嫌なのだろうか? まあ好き好んでこんなところで仕事をしようだなんて思わないよな。

 

 彼女の琥珀色の瞳は何かを見透かしているようにも見えるし、どこか濁っているようにも見える。 一体何者なのだろうか?

 

 これはつい最近の話なのだが、屋敷内をリューズと手を繋いで歩いていたら黒光りした節足動物が現れた際の事だ。

 

「きゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ! お兄様! 助けてくださいお兄様!」

 

「お、お、お、落ち着け! あいつらはすばしこいだけで噛みついてきたりはしない! 僕が守ってやるから腕を引っ張るな! もげてしまいそうだ!」

 

 黒光りした昆虫を目撃したリューズは取り乱しながら俺の腕を抱きしめた。 抱きしめたというか、腕を固められてへし折られそうになった。

 

 ものすごく痛いが気持ちはわかる、ヤツの動きは気色悪い上に見ているだけで虫唾が走る。 虫だけに。

 

 ともかくヤツを見つけた僕たちは気が動転して騒ぎ散らしていたのだが、そんな大騒ぎの中どこからともなく銀色の影が飛んできた。

 

 銀色の影は床に突き刺さり、小刻みに揺れながら徐々にその全容を明らかにした。 普通のフォークだ。

 

「お嬢様。 落ち着いてください。 ただいま始末致しましたので」

 

 背後から機械のような声がして、僕たちは恐る恐る床に刺さったフォークを見てみると、先端には足をピクピクと痙攣(けいれん)させているヤツの姿が確認できた。 見事に背中を突き刺している。

 

 驚いて振り返りながら声の主、ジェイミーが立っていた場所を確認すると、目測でも五メーター以上離れていた。 どんな命中制度をしているのだと当時は動揺したが、まだこと切れていないヤツの姿を見たリューズが絶叫を上げながら僕の肘にとどめを刺してきたからそれどころではなかった。

 

 もちろん例のフォークは処分してもらったし、ヤツは焼き払ってもらった。

 僕の目にはファエットやジェイミーの身のこなしがどうしても普通には見えない。 他にも人間離れした動きをちょくちょく目撃しているのだ。

 

 リューズが落としたコップを、床に落ちる前に中身を一滴もこぼさずキャッチするジェイミーや、模様替えの際三人掛けのソファーを片手で持ち上げるファエット。 ちなみに僕は引きずるので精一杯だった。

 

 この二人がいるってだけで、離宮から逃げるのは非常に難しい気がしてならない。

 

 僕は試しに、講義が終わると同時にお手洗いに駆け込んだ。 お手洗いや浴場、睡眠する時以外は常にファエットが後ろに控えているからだ。

 

 お手洗いにいる間は完全に一人になれる。

 

 屋敷のお手洗いには水栓式の便座がポツリと置かれていて、広さ的にはちょうど両腕を開ける程度、天井はジャンプしても届かない高さだ。 便座の上には小窓がある、便座に登れば普通に届く。

 

 お手洗いの中なら、僕が何をしてもファエットが介入する余地がない。 とはいえお手洗いの窓は小さいため、そこから脱出を図るのは少々難しい。

 

 まあ何か策があるかもしれない、僕は便座の上に登って小窓を開く。

 

「ストールおぼっちゃま? どうなされなのです?」

 

「うぎゃあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 窓を開けた瞬間、ジェイミーの不敵な笑みが目についた。 しかも目の前に! ここ二階だぞ!

 

 予想だにしない光景に驚いた僕は便座から足を滑らせて尻餅をつく。 するとお手洗いの扉が激しくノックされた。

 

「ぼっちゃま! ぼっちゃま! どうかされたのですか!」

 

「ななな、なんでもないぞ! 気にするな! ちょっと転んでしまっただけだ!」

 

 お手洗いの外からファエットが問いかけてくる。 僕は青ざめながら今なお小窓の向こうから凝視してくるジェイミーに視線を送ると、口元に人差し指を立ててからすぐどこかに消えてしまった。

 

 慌てて小窓から外を見てみると、すでにジェイミーの姿はない。 しかもここは二階だから、この高さなら壁の向こうに海が広がっているのが目視できる。

 

 ———こ、怖すぎる。

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